スポンサーサイト

 -----------:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告 トラックバック(-) コメント(-)

「カノン」/絶対の美、至高の音楽、選ばれし者

 2005-07-29-09:52

篠田節子「カノン」

文庫の裏には、「「音」が紡ぎだす異色ホラー長編」と書いてある。怪奇現象が起こる、という意味ではホラーかもしれないけど、私は天才とその音楽の物語だと思った。

主人公・瑞穂は39歳の小学校の音楽専科教員。今現在の瑞穂は、大木のようなどっしりとした母であり妻である。けれど、彼女はかつて憧れに満ちた若木のような少女だった。

経済的事情で教員養成大学に入学したけれど、演奏家になること以外は考えずに、一日八時間の練習をこなす毎日。所属していた学生オーケストラの失敗に終わった演奏会の夜、瑞穂は「闇を切り裂く稲光さながら」のヴァイオリンの音を出す男・康臣に出会う。

堅く、鋭利で、正確無比なタッチのバッハの無伴奏パルティータ

康臣と瑞穂はその晩、オーケストラを辞め、アンサンブルをすることを約束する。ピアノトリオのために現れたのは、康臣とは正反対とも言える、大柄で、秀才、陽性な男・正寛。その夏、三人は「山の家」でアンサンブルのために合宿を行う。様々な出来事があったこの合宿の後、瑞穂の青春の季節もまた終わった。演奏家への道を諦め、康臣への淡い恋も終わり、彼との付き合いも途絶える。

康臣と正寛、彼らの対比は天才と秀才の対比でもある。康臣の天才ぶり。

「原理は好きなんだけど、プラグマティックな学問は嫌いなんだ。もっとも理解は早いよ。あいつ、こっちが地道に論理を組み立てているときに、一気に思考を飛ばすんだよ」

秀才・正寛との付き合いは続いているものの、康臣との付き合いが途絶えた中、瑞穂は康臣の訃報を知らされる。康臣は瑞穂に一本のテープを残して死んでいた。そのテープを貰って以来、瑞穂の身辺に不審な出来事が多発する。なぜなのか。瑞穂は康臣の死の真相や、付き合いが途絶えた後の彼の身辺を探ることになる。

本当の天才というものは、その価値が分かる同じ道を目指す者には、絶望しか与えないものなのか。「ガラスの仮面」では、秀才・亜弓さんが頑張っているけれど、あれはマヤに抜けている部分があるからいいのだろうか。康臣は現実の社会とコミットする術を殆ど持っていなかった。一方の秀才・正寛の生き方もまた凄まじい。現実の世界の若いアスリートなどは、もっと軽やかに生きているように見えるけれど・・・。

ただの天才と秀才の話にならないのは、瑞穂が女性であるからだと思う。瑞穂も、また康臣と同じく天才であった。複層的な話だなあ、と感じた。康臣、正寛の高校時代の重要なキーパーソンである、岡宏子(ナスターシャ)と瑞穂との出会い、会話も印象的。「白い氷花のような峻厳な美貌」の持ち主であったナスターシャは、歳月を経て穏やかな微笑をたたえる女性となった。しかし、彼女は瑞穂に違和感を抱かせる凡庸な女性であった。

卑屈になることも、勘繰ることも知らないまっすぐで謙虚な視線は、しかし複雑極まる人の心の底にある真実に到達する鋭さは持っていない。そこに横たわる真の美を理解しうる聴覚もこの人は持ち合わせていない。

こんな音楽を紡ぎだせること、音楽でしか語れないことは、はたして幸せなのか不幸なのか。

「すすり泣く高音も包み込む低音」も、一時的な気分に過ぎない。優れた音楽のはらむ感情は個人的感傷を超えて、普遍的で雄大だ。

二十年前、打ち捨てた感性、能力を持つ「彼女」と共に生きていく決心をした瑞穂。それはつまり、これまで築いてきた生活を、壊すことでもある。それとは正反対の生き方を続けなければならない、正寛。

瑞穂: 「あなたは松明のような人だ。激しく燃えながら、まっすぐにつき進んでいく性を持っている。しかし今は、ぶすぶすとくすぶっている。いや、何年も、何年も、煙ばかり吐き出してくすぶり続けてきた」
正寛 :「無理して登ってきた人生なら、死ぬまで登り続けなさい。自分の心に嘘をついて生きてきたっていうなら、死ぬまで嘘をつき通しなさい。演技だってなんだっていいのよ。美佐子さんにも子供にも、有能な夫、思いやりのあるお父さんでい続けなさい」

色々な人生が詰まっている。私は、この小説が好きです。


篠田 節子
カノン


*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、御連絡下さい。

コメント












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://tsuna11.blog70.fc2.com/tb.php/898-5a82eb8d
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫
プロフィール

つな がる

Author:つな がる
つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
興味を持った記事があったり、あなたが読み終えた本について語っていたら、是非あなたの感想を教えて下さい。お待ちしています。

2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

掲示板その他リンク

ユーザータグ
最近の記事
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

RSSフィード
カウンター

月別アーカイブ
検索エンジン情報
Googleボットチェッカー Yahoo!ボットチェッカー MSNボットチェッカー

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。