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「最後の瞽女」/過酷な生

 2005-10-05-09:35
桐生清次「最後の瞽女―小林ハルの人生」文芸社

「瞽女」とは、盲目の女旅芸人のこと。案内の「手引き」に連れられ、三味線に合わせて唄をうたいながら、村々をまわり歩く。二十世紀はじめには新潟県に五百人もいたそうだけれど、それから百年たって、養護盲老人ホーム「胎内やすらぎの家」に二人(廃業)しか残っていないとの事。その中の一人、最後の瞽女といわれる小林ハルさんは、明治三十三年(1900年)新潟県三条市で生まれ、今年一月で丁度満百歳となった(出版された2000年当時)。これは小林さんの生涯を辿った本。

目次
はじめに
第一章 生いたち
第二章 瞽女として旅に出る
第三章 親方をかえる
第四章 革張り三味線
第五章 親方となる
あとがき

生後百日で、白内障にかかって失明し、五歳で瞽女にもらわれ、九歳から親方に連れられて旅に出た。お宮に泊められたり、野宿させられたり、三度のご飯も満足には食べさせてはもらえない。彼女の世界は、障害者が差別と偏見の中で生きた過酷なもの。昭和五十三年(一九七八年)、瞽女唄の伝承者として人間国宝(無形文化財)に選ばれ、五十四年には黄綬褒章も受賞した。

聞き書きだから多少分かり難い部分もある。でも、その過酷な世界に圧倒される。健常者であっても辛い道のりを、小林さんはひたすら歩き、うたう。意地悪をされても、決して人の悪口を言わず、人に与えるばかりの人生(「意地悪」なんて言葉が生ぬるい位、ひどい嫌がらせや暴力も受けている)。
眼が見えないからといって決して甘やかさず、人並み以上の厳しさをもって教育に臨んだ母の愛も素晴らしい。盲目の身でありながら、母の教育のお陰で、小林さんは針仕事から何から何まで、生活の殆ど全てを、一人でこなすことが出来る。

小林さんの生家は比較的裕福だったのだけれど、目が見えない彼女の行く末を心配した祖父が連れて行った先で、占い師にこう言われたそうだ。
この子は親が死んでも長生きするし、そうなれば面倒をみてくれる人がいなくなる
祖父が面倒を見られるうちはいいけれど、代替わりしたら? 彼女の将来を考え、祖父は小林さんを瞽女にすることにする。

一生、他人さまの世話にならねばならない者がなんだ」、「おらの目が見えないのがいっち悪いんだ」という言葉が痛い。結局は人一倍働いて、世話になどなっていなかったのになぁ。晩年は老人ホームで穏やかに過ごされたそうだ。過酷な人生を生き抜いた、つよい人だ。

Wikipediaによる「小林ハル」さんの解説はこちら

桐生 清次
最後の瞽女―小林ハルの人生
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