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「象と耳鳴り」/日常の謎
「六番目の小夜子」に出てきた、関根多佳雄を探偵役とする、本格ミステリ風の小品集。ただし、「六番目の小夜子」 では、現職の判事だった多佳雄は退職判事となり、「図書室の海」 に出てきた夏は弁護士、兄の春は検事となっている。
目次
曜変天目の夜
新・D坂の殺人事件
給水塔
象と耳鳴り
海にゐるのは人魚ではない
ニューメキシコの月
誰かに聞いた話
廃園
待合室の冒険
机上の論理
往復書簡
魔術師
あとがき
「あとがき」には、恩田氏自身による解説つき。
この短編集のどの短編をタイトルにするか迷った末、装丁のためにこのタイトルに決めたそうだ。東京創元社の三十年前のペーパーバック、バリンジャーの「歯と爪」(装丁は花森安治氏)のデザインに惚れ込んだそう。
- 恩田 陸
- 象と耳鳴り
←というわけで、装丁はこんな感じ。すっきりと美しい。
私が特に好きだったものを挙げておきます。
■曜変天目の夜
-きょうは、ようへんてんもくのよるだ
美術館で倒れた老婦人を見た関根多佳雄は、十年ほど前に亡くなった友人を思い出す。司法学者であった友人、酒寄順一郎と多佳雄は、しばしば順一郎の自宅で深夜まで熱心に判例の解釈について話し合ったものだった。いつもと同じようにすっかり遅くまで話し込んだ多佳雄が、一階の客間で眠り込み、順一郎は二階の寝室に引き上げたのだが、晩秋のその夜、彼は帰らぬ人となった。
最後に窯を開けてみて、美しい茶碗が出てくるか、割れた土くれが出てくるかは、誰にも分からない-
多佳雄は友人の意図に気付く。曜変天目茶碗は、日本の茶道がわび・さびを確立する前の時代、茶碗そのものの美しさが珍重された時代に、最上のものとされた茶碗。茶碗の中に沢山の星が散り輝いている。窯の中で偶然に出来るそれは、宇宙を逆さまに覗き込んでいるような錯覚を人に与える。人は自分の中の暗黒を、どう処理するのだろうか。
■新・D坂の殺人事件
渋谷の道玄坂に、突如若い男性の変死体が現れた。街を徘徊していた「男」は、同じく街を回遊していた多佳雄と知り合う。男性の死体はどこから現れたのか?乱歩の「D坂の殺人事件」を絡めて、「男」と多佳雄は喫茶店で推理を行う。
この「男」は名を時枝満といい、続く「給水塔」には、多佳雄の散歩仲間となって再登場する。
■往復書簡
新人記者となった姪の孝子との書簡のやり取りの中で、多佳雄は奇妙な放火事件の話を聞く。「一見箱入りで世間知らず」に見える孝子の、聡明さ、生き生きと働く様子が清清しい。
「廃園」は私の好みではないのだけれど、女の情念が怖い小編。噎せ返るような薔薇の匂いがする庭園には、どこか妖しさ、恐ろしさを感じずにはいられない。それが廃園となれば、よりいっそう・・・。
どれもごく短い話なので、するりと読める一冊だと思う。
自分の身近にも、実は日常の小さな謎が転がっているのかもしれない。 - 恩田 陸
- 象と耳鳴り―推理小説 ←既に文庫化されているようです
- 祥伝社文庫
*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。