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「その名にちなんで」/受け継がれたもの

 2008-05-09-00:02
その名にちなんで (新潮クレスト・ブックス)その名にちなんで (新潮クレスト・ブックス)
(2004/07/31)
ジュンパ・ラヒリ

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「停電の夜に」のジュンパ・ラヒリの、長編小説です。お話としては、「停電の夜に」で言うところの、「三度目で最後の大陸」に近いのかなぁ。新潮クレストブックスは、厚くなりがちな気もするけど、346ページの長編がするすると読めてしまいます。訳者の方の功績なのかもしれないけれど、文章がすごく読み易くて、この世界にするっと潜り込んでいくような感覚を覚えます。馴染みのない世界のはずなのに、物凄く近しい人の話を聞いているような感覚…。そうして、いつしか自分自身の人生についても、重ね合わせて考えてしまう。訳者あとがきにもありましたが、「停電の夜に」の短編はまるで長編のようだったけれど、こちらの長編「その名にちなんで」は壮大な短篇のよう。いやー、良かったっす。
インドからアメリカへとやって来た、アショケとアシマ夫妻の元に生まれた最初の男の子は、ロシアの作家にちなんで「ゴーゴリ」と名付けられた。アメリカに着々と根を下ろしながらも、インドに心を残し、数年に一度のカルカッタへの里帰りを楽しみにする母アシマとは異なり、ゴーゴリはほとんどアメリカ人として成長していく。各々に与えられた個室、レコード、コーラ、ピザ…。ゴーゴリにとって、両親に付き合って訪れる、インドの親戚宅は煩わしい異国でしかなかった。それは、近隣のインド出身の人間で形作られるコミュニティーや、週末毎に行われる両親たちのパーティーもまた。本物のおじやおば、アメリカにおける疑似的なおじやおばも、ゴーゴリには遠いものでしかなかった。

そうして、成長するにつれ、膨らんでくる自らの名前への違和感。父がファンだったから、とだけ聞いていた「ゴーゴリ」という名は、当の作家にとっても、ファーストネームではなく、作品はともかくとして、授業で習ったゴーゴリの人となりも、彼の好みに合うものではなかった。なぜ、父は自分にそんな名を付けたのか。

父がその名を付けたのは、勿論、理由あってのこと。ロシア文学を愛する祖父の元を訪れるために乗っていた列車の中で、若き日の父は脱線事故に遭っていたのだ。多くの人間が亡くなったその事故で大怪我を負いながらも、九死に一生を得た若き日の父が握っていたのは、ゴーゴリの「外套」だった…。直前に話をしていた乗客も死者の一人となり、インドから外へ出ることなど考えていなかったアショケは、その乗客が話していたように外へと飛び出すことを決意する。アショケは列車事故の後を新しい人生だと感じ、それと同じことをゴーゴリの誕生で感じたのだ…。

成長したゴーゴリは、その父の思いを聞く前に、ニキルと改名してしまう。由来を聞いたゴーゴリは複雑な感情を持つことになり、時にゴーゴリとしての自分と、大学以降のニキルとしての自分が分離しているように感じる。主に三人の女性からなる、ゴーゴリの女性遍歴もまた様々。女性たちが変わっても、ゴーゴリの本質は変わらない。また、年を重ねるにつれ、増してくるのは、インド人としてのアイデンティティ。両親や、多くの親戚や、疑似的な親戚であったインド系のコミュニティーとも、ゴーゴリはやはり無縁ではいられないのだ。三人目の女性、インド人の幼馴染、モウシュミとの破局は苦い。モウシュミにもモウシュミの、葛藤があったようなのだけれど…。そうして、最後に知る母の強さ。インドに心を残しているように見えて、母アシマはしっかりとアメリカに根を張っていたのだ。

思いを口にし、体に示して伝えて行くアメリカの人々と、奥床しい移民一世である両親たち世代の違い。ゴーゴリたちの恋愛と両親たちとの違い。ゴーゴリの妹ソニアとアメリカ人ベンの結婚は希望だなぁ。

いまの人は長年かかってなじむというより、まず先に恋愛をしておいて、決めるまでに何ヵ月も何年も考える。昔とは違う。アショケとの結婚を承諾したときは、午後からの半日しか時間がなかった。言うなれば「誰々へ」の名札のようなものだったと思う。いつのまにか捨ててしまったけれど、自分らの生活は、あの札のようなものだった。あの人が私を嫁にすると決めたから思いがけず私にやって来たアメリカ暮らし。なじめるまでには長い時間がかかった。このペンバートン・ロードの家にいて、いまだにわが家と言い切るにはいたらないような気もするが、ここを住処としたことに間違いはない。この手で仕上げた世界がここにある。(p333より引用)

ラストに程近い、母アシマの回想より引用しました。揺るぎない重みのある言葉だと思います。

しかししかし、このインド系コミュニティー。留学し、アメリカで職を持つことが出来た人々ばかりであるからして、恐ろしいほどにインテリばかり。移民であるという他にも、インテリばかりというところにも、ちょっと特殊性があるような気がします。なんとなく、みんな美形ぞろいっぽいしね。
「停電の夜に」よりも、私はこちらの方が好み。「停電の夜に」にあった苦味が分散されてたからかな。読み終わった後、何となく深呼吸してしまいました。ふかぶか~。ああ、いい本を読んだなぁ。
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つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
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2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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