「ジェノサイドの丘・下」/終わらない悪夢とほんの少しの希望
![]() | ジェノサイドの丘〈下〉―ルワンダ虐殺の隠された真実 (2003/06) フィリップ ゴーレイヴィッチ 商品詳細を見る |
上巻においても、とてもとてもルワンダで起こった大虐殺を理解出来たとは言えなかったんだけど、下巻においては更にそれが加速してしまいました。上巻が主にルワンダの人々個人にスポットがあてられたのに対して、下巻では所謂「国際社会」の「人道支援」について、隣国ザイール(コンゴ)も含めて、多くが費やされている。そのため、色々とこんがらがってしまいました。時系列も、上巻と被っていても、また違うことが書かれているし…。
覚えておきたい部分を引用します。
ジェノサイドとそれに対する世界の反応を論じていたとき、カガメ将軍がこう言ったことがある。「我々に悲しむなと言わんばかりの人もいる。我々は動物のようなものだと思っている。家族を失ったら、慰めて、お茶とパンをくれて―そして忘れてしまえと言う」カガメは舌打ちした。「我々を見下しているんじゃないかとさえ思う。よく、ソーダ水を配っては、『これをやっちゃいけない、これをやるべきだ、これはしない、これをしろ』と言いたがるヨーロッパ人と言い合いになった。わたしは『あんたには感情ってもんはないのか?』と言った。その感情にみんな苦しんでいる」 (p219-220より引用)
繰り返し語られるのは、「援助」が無駄どころか、新たな害悪を撒き散らす姿。金、人、物資の誤った使い方には、思わず暗澹たる気持ちになってしまうほど…。国連で働くということも、イメージで思っているほど、綺麗なことでも、理想を追うことでもないんだろうなぁ、きっと。カガメの理解するところでは「アフリカと西側諸国は多くの点で隔たっている」だが国際社会にとっての敗北が誰にとっての勝利でもないかもしれないと、カガメはわかっているようだった。カガメはこれまでひたすら中央アフリカで、「文明社会」と呼んでいたものと戦うのではなく、そこに仲間入りするために戦ってきた。だが、今や世界は「難民問題」を利用して自分たちの進歩を破壊しようとしている。「それが彼らの本当の目的なのだ。人権などではなく、もっと政治的なものだ。『この発展は押しつぶしてしまえ。アフリカ人が勝手に自立しようとしている危険な発展はつぶしちまえ』ということなんだよ」(p224より引用)
ルワンダの悲劇の一つは、隣人を殺した人間と、生き残った人間が、同じ場所でもう一度生きなおさなければならないこと。これほど過酷な環境で、赦し(とはいえ、命令に従っただけと、真顔で話す殺人者には、自責の念すらないこともあるのだ)が必要とされるのは、本書でも言及されていたけれど、人類史上まれに見ること…。この苛酷な状況の前には、本当に声も出ない。
□上巻の感想にリンク□
□ルワンダ支援のために活動しておられる、「ワンラブプロジェクト」さんのルワンダ事情にリンク□
□Wikipediaのポール・カガメの項にリンク□
□Wikipediaのモブツ・セセ・セコの項にリンク□




