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「火を熾す」/それぞれの闘い

 2009-05-31-23:56
火を熾す (柴田元幸翻訳叢書―ジャック・ロンドン)火を熾す (柴田元幸翻訳叢書―ジャック・ロンドン)
(2008/10/02)
ジャック・ロンドン

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目次
火を熾す|To Build a Fire
メキシコ人|The Mexican
水の子|The Water Baby
生の掟|The Law of Life
影と閃光|The Shadow and the Flash
戦争|War
一枚のステーキ|A Piece of Steak
世界が若かったとき|When the Worlld Was Young
生への執着|Love of Life
 訳者あとがき

柴田元幸翻訳叢書”でございます。そうじゃなかったら、きっと読まなかっただろうな~。

実際、最初はそのあまりの救いのなさ(というか、自然の厳しさ?)に辛くなって、途中で読むのをやめちゃったりしてたんだけど、実は割とバラエティーに富んだセレクトだったので、読み進めている内に、だんだんとのめり込んでいきました。最初に、あ、こういうお話なのね、と見切った気になったんだけど、そこで読むのをやめてしまったら、勿体ない事をするところでした。

「火を熾す」では人間側が自然に敗れ去るけれど、全てがそういう話ではないのです。極寒の地が描かれたかと思えば、革命に燃えるメキシコが描かれたり、マウイ島の老漁師が描かれたり。「影と閃光」、「世界が若かったとき」などは奇妙な味わいで、現代英米作家によるもの、と言われても納得してしまう感じ。

ジャック・ロンドンの生涯は、四十一年に満たない短いものだったのだとか。短いけれど、きっと濃密なものだったのでしょう。人は死から逃げることは出来ないけれど、それまでの対峙の仕方には、色々あるんだよね。

本書では、一本一本の質を最優先するとともに、作風の多様性も伝わるよう、ロンドンの短篇小説群のなかから九本を選んで訳した。また、同じテーマを扱っていても、人間が敗北する場合と勝利する場合のなるべく両方が示せるように作品を選んだ。まあ勝利とは言っても、いずれは誰もが自然の力に屈する生にあっては、一時的なものにすぎないのだが……ロンドンの短篇の終わり方は、個人的に非常に面白いと思っていて、時にはほとんど冗談のように、それまでの展開をふっと裏切って、ご都合主義みたいなハッピーエンドが訪れたりする。そうした勝利の「とりあえず」感が、逆に、人生において我々が遂げるさまざまな勝利の「とりあえず」さを暗示しているようでもいて、厳かな悲劇的結末とはまた違うリアリティをたたえている気がする。  (「訳者あとがき」より引用)

老獪さを備えたときには既に若さはなく、若さに輝くような対戦相手を、少しずつその老獪さで削り取っていくものの…、という「一枚のステーキ」は切ない。名誉のためではない、生活のための試合。そして彼には、既に試合前に一枚のステーキを食べることも、タクシーに乗って会場に行くことも出来ない…。若さと強さだけではない、何かを備えたものだけが、成功者となるのでしょうか。彼の対戦相手は、成功者となれるのでしょうか。

どうしようもない現実が描かれても、どこか納得出来てしまうところも、また特徴なのかなぁ。それはもう仕方のないことなのだもの。それでも、一瞬の輝きが切り取られていれば、それでいいんだ、という気になっちゃいました。

「水の子」は自然の中であっても、南の島を舞台としているからか、極寒の地を描いた他のものとは違う味わい。水の輝きの中、老漁師の語りが伸びやかです。理屈を言う、常識を言う側がばからしくなってしまって、老漁師が言うようにすべては夢なのかもしれないなぁ、などと海面の輝きに幻惑されます。
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図書館本メモ0905

 2009-05-27-23:05
ちぎり屋ちぎり屋
(2002/08)
蜂谷 涼

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内容(「BOOK」データベースより)
北の街の小さな居酒屋「ちぎり屋」では、今日もまた、わけあり者たちが、心に溜めた想いを語っていく。繁栄にわく小樽の街の片隅にあるおもんの店で、一杯の酒とともに語られる「問わず語り」。

「へび女」(感想)も読んだことがある蜂谷さん。小樽を舞台に、女の細腕一つで小料理屋を切り盛りするおもんさん。駆け落ちしてきた夫も既に亡く、残されたのは小料理屋、「ちぎり屋」だった…。しっとりしたいい話なんだけど、欲を言えばまだ枯れてはいなかったおもんさんに、私はもっと幸せになって欲しかったなぁ。伝わってくる小樽の賑わいなどは○。

真夜中の子ネコ (Modern Classic Selection)真夜中の子ネコ (Modern Classic Selection)
(2008/12)
ドディー スミスジャネット ジョンストン

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内容(「BOOK」データベースより)
ふたごのトムとパムは毎晩、真夜中になると、「突然」「何もないところから」庭にあらわれる4匹の子ネコを見つけます。一体、このネコは現実なのでしょうか?それとも魔法?この不思議な出来事をめぐり、ふたごの兄妹、トムとパムとその育ての親のおばあちゃんの間に変化があらわれます。幸せな祖母と孫の関係が、ほんのささいなことで崩れてしまいそうになったとき、それを救ったものとは…?『ダルメシアン』(101匹わんちゃんの原作)の作者ドディー・スミスの知られざる名作初翻訳。

真夜中の子ネコってファンタジック!と思い、また内容紹介にもあるとおり、ちょっと不思議な雰囲気で出てくるんだけど、実際は合理的説明がなされちゃうのが、ちょっとがっかり。イギリスの寄宿学校のふたごの兄妹のお休み中の出来事です。庭でハリネズミに餌付け出来ちゃうなんて羨ましい~(パムは子ネコを待っているので、ハリネズミが出てきてもあんまり喜ばない)。注はついてるものの、スクウォッターなる言葉が突然出てきて(章のタイトルにもなってる)、いったい彼らはどういう人のことなんだ?と思ったら、ネットでは”不法占拠住人”とあてているのも発見。なるほどねえ。

回想のブライズヘッド〈上〉 (岩波文庫)回想のブライズヘッド〈上〉 (岩波文庫)
(2009/01/16)
イーヴリン ウォー

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回想のブライズヘッド〈下〉 (岩波文庫)回想のブライズヘッド〈下〉 (岩波文庫)
(2009/02)
イーヴリン ウォー

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内容(「BOOK」データベースより):上巻
第二次大戦中、物語の語り手ライダーの連隊はブライズヘッドという広大な邸宅の敷地に駐屯する。「ここは前に来たことがある」。この侯爵邸の次男で大学時代の友セバスチアンをめぐる、華麗で、しかし精神的苦悩に満ちた青春の回想のドラマが始まる。
内容(「BOOK」データベースより):下巻
「古昔は人のみちみちたりしこの都巴いまは悽しき様にて坐し」。ひさしぶりに再会したセバスチアンは、別人のように面変わりしていた。崩壊してゆくブライズヘッド邸とその一族―華麗な文化への甘美なノスタルジア。英国の作家ウォーの代表作。

面白かったんです、好みのイギリスだったんです。なんだけど、うまく感想が言えないんです~。貴族のどうでもいい話とも言えちゃうんだけど…。芸術を解する自分を高みにおいて、現実を巧みに渡り歩く人たちを下賤なものと軽蔑する視線は鼻につくのだけれど、これはそれも込みのお話なんだよねえ。ぐるっと回って、最後はそこにあり続けたものが見えたのかな。
ところで、頁数の関係かもしれませんが、これ、上巻に全体の解説が載せられてたんです。上巻のみの解説(よく考えたら、それもおかしいけど)だと思って読んじゃったら、思いっきり後半のネタバレが書いてあってのけぞりました。警告を入れて欲しかった…。解説を先に読んじゃったのは、本当に久しぶりだったんだけど、やっぱり自分は解説を先に読みたくない派なんだな、と再確認致しました。気をつけよっと。

「アフガンからの風」/アフガニスタンに吹く風を知っていますか

 2009-05-26-22:41

アフガンからの風アフガンからの風
(2008/12/11)
長島 義明

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アフガニスタンと言えば、私がイメージするのは、砂埃にまみれた難民キャンプやタリバン、そしてタリバンによるバーミヤン遺跡の破壊、女性たちがその身にまとう黒いブルカ、などなど。決して良いイメージではなかったりします。けれども、アフガニスタン関連の本を読むと、軍事クーデターや、ソ連による侵攻が始まるまでのアフガニスタンは、どちらかと言えば豊かな、自由な国であったという記述があります。どうしても、そういうイメージが出来なかったところ、この本を見つけました。

「アフガンからの風」というタイトルにかぶさっているのは、Afghanistan1977という文字。軍事クーデターが起こったのは1978年。この本は、軍事クーデータ以前のアフガニスタンの姿を写しているのです。

最初に載せられた、「あの笑顔を忘れない」というタイトルの文章には、アフガニスタンを訪れた1977年の秋から30年あまり経った今でも、ヒンドゥークシュ山中の小さな村の村人との約束を果たせていないとあります。その約束とは、写真を届けに来るよ、というもの。平和な時代であったならば、簡単に果たされたであろうこの約束ですが、この30年の間には、軍事クーデター、旧ソ連軍の侵攻、内戦、アメリカ軍による空爆、テロの勃発などがありました。文明の十字路と言われた美しい国は、今どうなってしまっているのでしょう。

美しいタイルのモスク、黒色だけではないブルカ、厳しそうな土地の中での放牧や農業(なんと棚田が! でも、この時点でギリギリ成り立っていたようにも見えるから、この後はもう無理だったのかもしれない)、子どもたちの笑顔(色々な顔立ちの子どもたちがいるのです。多民族国家なんだっけ)、カブールの市場、白い鳩…。

戦争という異常事態の中、ジャーナリスティックな事件ばかりを追うことで、何かが忘れられているのではないか。
 見るに堪えない惨状ばかり流し続ける戦争報道から、ほんとうに平和を希望する気持ちが芽生えてくるとは思えなかった。ただ、痛ましいという他人事の同情を抱くだけではないか。どれほど大切なものが失われ、それがいかに愚かな行為によって引き起こされているのか。それを伝えるためには、失われていくもののかけがえのなさを知ってもらい、一人一人にその大切さを考えてもらうしかない。    (「あとがき」より引用)

同時多発テロが報道されてすぐ、著者は写真展を開いたそうです。初めは戦争のイメージを抱いてきた来場者が、写真を見てその美しさに心をうたれたそうです。声高に叫ぶわけでも、惨状を突き付けるわけでもない。こういう伝え方もあるのですね。
■関連過去記事■
・「千の輝く太陽」/太陽は輝くの?
・「アフガニスタンの少女、日本に生きる」 /アフガニスタン

「おまけのこ」「ちんぷんかん」

 2009-05-20-23:56
おまけのこおまけのこ
(2005/08/19)
畠中 恵

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ちんぷんかんちんぷんかん
(2007/06)
畠中 恵

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「しゃばけ」→「ぬしさまへ」→「うそうそ」→「ねこのばば」と、1→2→5→3の順番で読んでしまったわたくし。「おまけのこ」と「ちんぷんかん」を図書館で見つけ、これで間が埋められると小躍りして借りて来たわけですが、「おまけのこ」が4、「ちんぷんかん」が6。更に、既に第7弾である「いっちばん」が出ているんですね…。いやー、実は「うそうそ」が最新刊だと思っていたし、今回の二冊で「うそうそ」までの間を埋めたつもりでいたんです。ああ、全然順番が分からないですよ…。
 おまけのこ*目次
こわい
畳紙
動く影
ありんすこく
おまけのこ
 ちんぷんかん*目次
鬼と小鬼
ちんぷんかん
男ぶり
今昔
はるがいくよ
「うそうそ」でちょっとしゃばけシリーズから心が離れていたんですが、これはやっぱり順番通りに読まなかったせいなのかも。今度はね、割とすんなりこの世界に入っていくことが出来ました。このシリーズ、短編の方が好き、という自分の好みもあるかとは思うのですけど。

「おまけのこ」では、若だんなと栄吉の幼き日の絆が語られる、「影女」が良かったです。確かに寝込んでばかりの若だんなだものね。たとえ近所に住んでいたとしても、まだ幼く外で活発に遊んでいる他の子どもたちにとっては、こういったことでもないと、若だんなの存在に関心すらわかないよねえ。不思議なタイトル、「ありんすこく」は、吉原の禿、かえでの足抜けの話。

「ちんぷんかん」では、「鬼と小鬼」にて、若だんなはとうとう死出の旅へ! いやー、若だんなも忙しい人ですよね。「ちんぷんかん」を読んでいる時に、「うそうそ」→「ちんぷんかん」だと思っていたので(実際は、「ちんぷんかん」→「うそうそ」)、腹違いの兄、松之助の縁談話におかしいなぁと思ってたんですが、なるほど、これはこれで良かったんですね。マンネリとも思われるこのシリーズ、そうはいっても、若だんなの周囲も何かと変わっていくのだなぁ、と思いました。

変わらぬというか、今回改めて可愛いなぁ、と思ったのが、鳴家たちのきょんぎゅーとか、ぎゅんいーっなどの叫び声。何だか和みますよねえ、この叫び。袖に鳴家を忍ばせてみたい♪

「ボトムズ」/テキサス東部、大恐慌の時代に

 2009-05-12-00:08
ボトムズ (ハヤカワ・ノヴェルズ)ボトムズ (ハヤカワ・ノヴェルズ)
(2001/11)
ジョー・R. ランズデール

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ボトムズ。テキサス東部の田舎の低湿地帯。八十歳を過ぎた私が老人ホームで思い出す、一九三三年から一九三四年にかけて起こったあの一連の事件…。

ジョー・R・ランズデールは、「モンスター・ドライヴイン」(感想)を読んだきりだったので、この「ボトムズ」表紙の”アメリカ探偵作家クラブ賞受賞”に、「えええ?」と思いながら借りてきました。「モンスターズ・ドライヴイン」、好きだったんだけど、いい意味でとってもB級な感じだったので、”探偵”という言葉に何だか違和感を感じたのでした。でもでも、これがまたしてもいい意味で裏切られて、面白かった~。事件自体は、面白いというものではないのだけれど…。

amazonから引きます。

内容(「BOOK」データベースより)
暗い森に迷い込んだ11歳のハリーと妹は、夜の闇の中で何物とも知れぬ影に追い回される。ようやくたどり着いた河岸で二人が目にしたのは、全裸で、体じゅうを切り裂かれ、イバラの蔓と有刺鉄線で木の幹にくくりつけられた、無残な黒人女性の死体だった。地域の治安を預かる二人の父親は、ただちに犯人捜査を開始する。だが、事件はこの一件だけではなかった。姿なき殺人鬼が、森を、そして小さな町を渉猟しているのか?森に潜むと言われる伝説の怪物が犯人だと確信したハリーは、密かに事件を調べる決心をする―鬼才が恐怖の原風景を描き、最高の評価を得た傑作ミステリ。アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長篇賞受賞作。

暗い森の中でハリーと妹トム(トマシーナ)が目にしたのは、死体だけではありませんでした。半身が山羊、半身が人間の姿をしたゴート・マン。大人はその存在を認めないけれど、彼らは確かにその頭に角を見、哀しげな甲高い声を聞いたのです…。

オカルトめいた雰囲気、猟奇的殺人…。こう書くと暗いばっかりなんだけど、裕福とは言えない暮らしの中、テキサス州東部というこの場所で、自分の為すべき事をする、父や母の姿がいいんだなぁ。黒人を差別するのが当たり前のこの土地で、ハリーの父も母もそういった考えは持ってはいないのです。父がこういう考え方や行動を起こす事になった、彼が少年の頃の出来事はやり切れないのだけれど…。

犯人が見つからない中、「二ガー」の死体を調べる父の立場は悪化していきます。二ガーのことはニガーに任せておけ。それがこの土地の一般的な考えなのだから…。黒人の老人、モーズが被害者の遺留品を持っていたことから、父は彼がやっていない事を確信しつつ、事件の進展としてモーズを逮捕します。ところが、このことが漏れたことから、モーズはリンチにより殺害されてしまいます。そうして、強かった父は陰鬱な物思いに沈んでいってしまう…。かつての父の親友であり、母を巡っての恋敵であったという、受け持ち区の違う治安官の警告…。道を見失いかける父でしたが、母やボトムズに骨を埋めたいと、伯母のもとから帰って来た祖母の力もあって、何とか立ち直ります。そうして、対峙した真犯人は…。

それなりに本を読んできちゃうと、やっぱりこいつ胡散臭いな~と思う人間がいるわけで、そういう点ではそう意外な犯人と言うわけではありません。それでもね、ハリーやトムと一緒に暗い闇を歩いた気分になったし、電気も水道もない中、贅沢なんかしようとも思わず、ただひたすら己の仕事をなす姿に打たれました。エピローグで語られる、その後の消息も決して明るいものではないのだけれど、それもまたリアルな人生なのかもしれません。エピローグの最後の台詞がまたいいんだ。これらは恐ろしい出来事だったけれど、楽しいこともまた沢山あった。この恐ろしさ、暗さがきちんと描いてあるから、その楽しさもきっと素晴らしいものだったんだろうなぁ、と感じるのです。川を渡るヌママムシの頭とか、ひーとか思うけど、とってもリアル(あ、これ、楽しい出来事じゃないけど。そして、さらにネットでヌママムシを検索して、その姿に恐れ戦く。Wikipediaにがっつり画像が載ってます)。

ボトムズ (ハヤカワ・ミステリ文庫)ボトムズ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
(2005/03/24)
ジョー・R・ランズデール

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「影踏み」/横山秀夫さん、ノワール

 2009-05-10-23:57
影踏み (祥伝社文庫)影踏み (祥伝社文庫)
(2007/02)
横山 秀夫

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最近、ちょっと読書が低調なのです。図書館で何を借りようかと迷って、まぁ、横山さんなら間違いないだろう、と文庫を借りてきたんですが、これもまたむむむむ。いかにも、祥伝社文庫らしいノワールものというのかなぁ。

amazonから、内容ひきます。

内容(「BOOK」データベースより)
深夜の稲村家。女は夫に火を放とうとしている。忍び込みのプロ・真壁修一は侵入した夫婦の寝室で殺意を感じた―。直後に逮捕された真壁は、二年後、刑務所を出所してすぐ、稲村家の秘密を調べ始めた。だが、夫婦は離婚、事件は何も起こっていなかった。思い過ごしだったのか?母に焼き殺された弟の無念を重ね、真壁は女の行方を執拗に追った…。

横山さんと言えば警察小説!なんですが、この主人公は警察に追われる側。「忍び込みのプロ」がいるなんてことも知らなかったんだけど、素人が一口に”泥棒”というところ、実際は住人がいない時を狙う空き巣から、この真壁のように人がいても関係なく忍び込むノビ師なるものまで、実は専門(?)が色々と分かれているのです。

さて、この主人公の「ノビカベ」にはかつて双子の弟がいて、火事で死んだはずの弟の声が、修一の中耳から聞こえるのです。この兄弟の因縁が、連作の中で語られるという作り。

なんとなく納得いかないのが、刑務所から出所して尚、この「ノビカベ」がノビ師として生計を立てているところ。それなりに頭も切れ、度胸だってあるはずなのに、なぜ君は泥棒を止めないんだい?、と問いかけたくなってしまうのです。彼を待っていてくれた女性だっていたのにね。しかし、ここにも双子の弟との因縁があり、何だか色々煮え切らないのです…。結局、修一が追い求めていたのは、過去の家族だけであり、未来を見ていないところが、読んでいていま一つのれなかった一因かと。

ハードボイルドと言えばハードボイルドなんだけど、この兄弟とはあまりお付き合いしたくない感じ。横山さんの警察小説も、それなりにドロドロはしているけれど、出世や面子のせいでギラギラしても、一応一つの正義は守っているものね。小説読んでる時に、そんなこといっても仕方ないのだろうけど、モラル的にこの本は自分には合いませんでした…。
■関連過去記事■
・「陰の季節」/人間ドラマ
・未熟であるということ/「
・「震度0」/警察内部小説

「鏡は横にひび割れて」/ミス・マープル8/12

 2009-05-07-00:30
鏡は横にひび割れて (クリスティ文庫)鏡は横にひび割れて (クリスティ文庫)
(2004/07/15)
アガサ・クリスティ

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ポアロは結構読んだんですが、実はこれが初ミス・マープルなのです。お話としては面白かったんですが、ミス・マープルものとしては、後半に入っているのでしょうか。何せねえ、ミス・マープルってば、ほとんど家から出ないんです!(あれ、でも、ミス・マープルって、そもそも安楽椅子探偵でしたっけ?) 甥に雇われた付き添いのおばさん、ミス・ナイトには文句たらたらながら、通いのメイドを雇って一人暮らしというわけはいかなくって、ミス・マープルの思い通りにならないことばかり~。

ほとんど家を出ることがないといっても、たまーに家から出た時に、うまいこと(?)後の被害者に出会ったり、肝心な場面に友人がちょうどい合わせたりと、ミス・マープルが推理を行うのに、困ることはないんですけどねえ。ミス・マープルが暮らすセント・メアリ・ミード。もう少し田舎ならではの美しさとか、庭の話とか、そういうのを期待して読んでいたら、古き良きセント・メアリ・ミードにも、古くからの住民が眉をひそめる”新住宅地”が出来ていたりと、既に変化が起きてしまっているのです。今度はもう少し遡って読んでみようかな~。

文庫裏表紙より引用。

穏やかなセント・メアリ・ミードの村にも、都会化の波が押し寄せてきた。新興住宅が作られ、新しい住人がやってくる。まもなくアメリカの女優がいわくつきの家に引っ越してきた。彼女の家で盛大なパーティが開かれるが、その最中、招待客が変死を遂げた。呪われた事件に永遠不滅の老婦人探偵ミス・マープルが挑む。
解説:新津きよみ

そうそう、あと残念だったのが訳の口調。最近のウッドハウス並みの訳の口調だったら、もっと絶対面白かったのにー! 事件自体は今読んでも、なるほどねえと思うし、「鏡は横にひび割れて」という、テニスンの詩からの引用(読んでませんが)も素敵。ふとした瞬間に見えてしまった、人生の裂け目。そこには何があったのか?

口調の何が気に入らないって、老若男女にかかわらず、どの登場人物も「~でしたねえ?」とか「~ですがねえ」とかいう話し方を突然混ぜてくるので、なんだか間延びした感じがしちゃうんです。ダーモット主任警部による、会話が中心の聞き取りになるので、この辺の処理が難しいとは思うのですが、もう少しそれぞれのキャラクターに合わせた話し方にしてくれないものかしら、と思ってしまいました。ウッドハウスのキャラ立ちまくりの会話文を読んだ後遺症かもしれませんが…。
自分の参考に、<ミス・マープル>シリーズの順番をメモ。
・牧師館の殺人
・書斎の死体
・動く指
・予告殺人
・魔術の殺人
・ポケットにライ麦を
・パディントン発4時50分
・鏡は横にひび割れて
・カリブ海の秘密
・バートラム・ホテルにて
・復讐の女神
・バートラム・ホテルにて
・スリーピング・マーダー
ミス・マープルは、「鏡は横にひび割れて」の前に健康を害した感じだったのですが、最後の方では気力も大分復活してきたよう。付添いも叩き出す決心をしたみたいだし、ちょうどこの頃がミス・マープルが一番弱っていた時なのかなぁ。やっぱりぼちぼち読んでみようっと。それでも、家から出ない安楽椅子探偵が、ミス・マープルの正しい姿なのかもしれませんが・・・。

「気まぐれ少女と家出イヌ」/犬と暮らそう

 2009-05-04-21:26
気まぐれ少女と家出イヌ気まぐれ少女と家出イヌ
(2008/12/17)
ダニエル ペナック

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マロセーヌくんシリーズから考えると、この表紙の愛らしさがちょっと不思議だけれど、これもまたダニエル・ペナックなんですねえ。マロセーヌくんシリーズ以外と言うと、「片目のオオカミ」(感想)は少年とオオカミの物語だったけれど、今度は少女の物語。
語り手は「イヌ」(飼い主の「リンゴ」が付けた名が、「イヌ」なんです。斬新な名前?)。「イヌ」がであることを主張し、飼い主である「リンゴ」を教育し、きちんとした「ともだち」になるまでのお話です。

主人公である「イヌ」は、人間に捨てられて(というか、殺されそこない)、彼を教育してくれたおばあちゃん、クロのもと、ごみすて場で育つ。ところが、ある日の悲しい出来事によって、クロは死んでしまう。「イヌ」はクロが話していた「町」に出て、女の飼い主を探すことを決意する。しかし、町を歩いていたイヌは、町の美化活動により、野収容所に入れられてしまい…。

そこへ現れたのが、「リンゴ」たち一家。見てくれのいいは他にもいたのに、両親の渋い顔を尻目に、リンゴは決して器量よしとは言えない「イヌ」を連れて帰ることにする。ところが、リンゴとイヌとの蜜月は長くは続かない。子どもというのは気まぐれなもので、一方のは人間とは違うスピードで成熟していく。誇りある犬である「イヌ」は、家出を決行するのだが…。
読んでみての感想は、犬はこちらが思っている以上の事を、感じ取っているものなのかもしれないなぁ、とか、にしても、最後に「イヌ」たちがとった手段は大人としては、勘弁してほしい類のものだなぁ、とか。リンゴの母さん、「ビリビリ」の気持もわからんでもないのです。でも、ダニエル・ペナックの根底に流れるものは、「博愛」というか、他者の尊厳を守ることなんですよね。だから、あれがああなっちゃうのも、仕方ないのです。最終的にはまるーくおさまったのだしね。

さて、この本は名前が色々と面白いんです。「リンゴ」はリンゴの匂いがしたから「リンゴ」だし、母「ビリビリ」はいつもビリビリしてるからだし、父「デカジャコウ」もでかくて汗っかきだからなんです。こういうところ、きっと原語を巧く処理してるんだろうなぁ。「イヌ」のともだちの「ハイエナ」(犬)、「イノシシ」(こっちは人間)もいいんです。

あとがきにあたる「しつけもせずしつけられもせず」を読みますと、まぁ、ここにすべてダニエル・ペナックが言いたいことが入ってしまってはいるんですが…。それでも、この表紙のように可愛らしい、少女と犬の物語を楽しみました。白水社もこういうのも出すんですねえ。あ、そういえば、ニコルソン・ベイカーの「ノリーのおわらない物語」も白水社でしたっけ。児童書として、ちゃんとターゲットとなる少年少女に届いているといいな。「ちがいを大切にすること。これこそが友情のルール」だというダニエル・ペナック。彼がいうルールは人間同士だけのものにとどまらず、犬にまで広がっていたのでした。
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プロフィール

つな がる

Author:つな がる
つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
興味を持った記事があったり、あなたが読み終えた本について語っていたら、是非あなたの感想を教えて下さい。お待ちしています。

2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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