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「アンジェラの灰 上・下」/家族

 2009-03-31-20:59
アンジェラの灰 (上) (新潮文庫)アンジェラの灰 (上) (新潮文庫)
(2003/12/20)
フランク・マコート

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アンジェラの灰 (下) (新潮文庫)アンジェラの灰 (下) (新潮文庫)
(2003/12/20)
フランク・マコート

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子供のころを振り返ると、よく生き延びたものだと思う。もちろん、惨めな子供時代だった。だが、幸せな子供時代なんて語る価値もない。アイルランド人の惨めな子供時代は、普通の人の惨めな子供時代より悪い。アイルランド人カトリック教徒の惨めな子供時代は、それよりもっと悪い。
どこの国にも、幼いころの惨めさを得意気に語る人がいる。涙ながらに語る人もいる。だが、アイルランド人の惨めさは桁が違う。貧困。口ばかり達者で甲斐性なしの、飲んだくれの父親。打ちのめされ、暖炉のわきでうめくだけの信心深い母親。偉ぶった司祭。イギリス人と、そのイギリス人が八百年ものあいだつづけてきたひどい仕打ちの数々……。
それよりも何よりも、私たちはいつも濡れていた。(p7-8より引用)

貧乏、無知、迷信、無理解、不衛生…。まさに引用箇所にもあるように、読みながら良くこれで生き延びられたものだなぁ、と思うのです。実際、弟妹のうち、何人かは幼くして亡くなってしまうのだけれど…。いやー、実のところ人間は揚げパンとお茶、もしくはタバコとアルコールだけで生きられるもんなんでしょうか。明らかにビタミンだのタンパク質なんかが不足してます。

ところが、この前に読んだ「石のハート」(感想)なみに不幸な家庭かというと、これがそうではないんです。どん詰まりもいいところの状況にはあるのだけれど、どこか温かい視線すら感じるのです。父親の口癖、「アッハ、」は原語ではどんな言葉なんだろうな。この言葉がこの文章の独特なリズム感に一役買っているように思うのです。「翻訳文学ブックカフェ」(感想)を読んだ時に、訳者、土屋政雄さんが、この「アンジェラの灰」について言及されていたんだけど、原文の子供言葉の処理、お見事でありました。

飲んだくれの父親。お話をしてくれる父親。アイルランドのために死ぬことを誓わせる父親。少年フランク(フランキー)は父親はまるで三位一体のようだと思う。この父親が一緒に住んでいる時も全く役に立たないんだけど、家族をリムリックにおいて、お金を稼ぐためにイギリスに行ってからも、相変わらず全く役に立たないんです。週末、路地の他の家には、電信為替が届いても、マコート家に為替が届くことはない。例えば、幼い弟、マイクルなんかは、父親を見限って、母親にべったりになることが出来る。けれど、フランクにはそれが出来ない。フランクはクーフリンのお話をしてくれた父を覚えているから。長男の悲哀を感じてしまいます。

チフスで死にかけ入院した病室で、シェークスピアや詩に出会ってからが、私には俄然面白くなりました。しかめっ面で、北の出身の父親に良く似ていると言われ続けてきたフランクが、誰からも愛される弟マラキを巻き返したようにも思います。逆に大人になってからは、マラキの方が辛いんじゃないかな、と思ったり。

印象的だったのが、フランクが十四歳の誕生日を迎え、郵便局の臨時雇いになり、電報を配達をしていたときのお話。チップをはずんでくれるのは、お金持ちでは決してなく、フランクたちと同じような貧乏な人々でした。貧しく無知な中にある、信頼や感謝の念に打たれるのです。

しかし、信仰が何の助けにもなってないところが哀しくもあり。何せ「カトリック教徒の惨めな子供時代は、それよりもっと悪い」んです。司祭や教師が強要するこれは、信仰というかほとんど脅し。

これを読んでも、表題の意味は分かりません。訳者によるあとがきによると、続編「アンジェラの祈り」を読むと、この「灰」の意味が分かるのだとか。あ、アンジェラとは、フランクの母の名です。

こちらは「アメリカに渡ったマコート青年の悪戦苦闘ぶりに目を丸くすること請合い」で、「父マラキ、母アンジェラ、弟三人(マラキ、マイクル、アルフィー)にも再会できる」とのこと。そう、ラストはフランクがアメリカに渡るところで終わるんだけど、父親はイギリスに行きっぱなしだし、このまま家族が生き別れても全く不思議ではないのです(というか、父親に至っては、途中で死んでるんじゃ…、と疑っていましたよ)。マコート一家がもう一度全員揃うだなんて、この段階ではほとんど奇跡に思えるのだけれど、これがノンフィクションだというのだから凄いよねえ。

さっそく「アンジェラの祈り」も予約しちゃいました。

■Wikipediaの「クー・フリン」の項にリンク
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「石のハート」/凍り、そして溶ける

 2009-03-30-22:54
石のハート 新潮クレストブックス石のハート 新潮クレストブックス
(2002/04)
レナーテ・ドレスタイン

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目次
 第一部
学生時代のフリッツ 一九五六年あるいは五七年 秋
ビリー、はじめての海 一九五九年八月
イダの洗礼 一九七二年九月四日
 第二部
ケスター、エレン、バス 感謝祭 一九七二年十一月二十八日
イダ(ケスターの望遠レンズで撮影!) 一九七二~七三年 冬
ミヒールとレゴの城 一九七三年三月三十一日
 エピローグ
 訳者あとがき

震えあがるほど寒い夏の夜、イダがこの世に生まれたとき、わたしたちはすでに四人きょうだいだった。満月にちかかったので午前二時でも十分明るく、鼻のそばかすを数えあえるほどだった。わたしたちは赤ん坊の産声を聞くまで起きていようと約束していた。屋根裏のベッドルームにポテトチップスとコーラを持ちこんで、いちばんあたたかいフランネルのパジャマを着ていた。  (p9より引用)

幸せだった家族を襲ったものとは?、また主人公エレンが、惨劇のあったその家に戻ったわけとは?

サスペンス的な要素を期待して読んだら、これはちょっと違うお話なのでした。

三番目の子ども、エレン。父親から家族の絆であることを求められた彼女は、いったいどうすれば良かったというのでしょう。

氷のように冷たい石のハート。何があっても存在し続けるだろう、墓石のハート型。成長したエレンの心もまた、誰かをその下に埋葬し、凍っていました。その心が溶ける日は…。

彼女たちが待っていた赤ん坊、イダがやって来てから、すっかり壊れてしまった彼女の家庭。大人になったエレンの回想、すっかり気難しい人間に育ったエレンの今、現在。ぐいぐい読まされはするんだけど、なんだか辛い読書でした。責任感の強い少女だったエレンには、こうするしか、こうなるしかなかったんじゃないかなぁ、と。最後は救いなんだろうけど、やり直すことに遅すぎることはないと思いたいけれど、それでもやっぱりこの人生は辛い。

なんだか分からないけど、ばたばたと少女が死んでいく、「ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹」(感想)と似た匂いを感じる部分もあったけど、なんつーか、こちらの方がリアルに感じる部分があって色々と辛かったです…。新潮クレストブックスのラインナップは結構信頼してたんですが、そうはいっても中には苦手なものもあるんだなぁ、と思いました。力作だとは思うのだけれど、とにかく辛いんだよーー。

「架空の球を追う」/人生のスケッチ

 2009-03-24-22:55
架空の球を追う架空の球を追う
(2009/01)
森 絵都

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目次
架空の球を追う
銀座か、あるいは新宿か
チェリーブロッサム
ハチの巣退治
パパイヤと五家宝
夏の森
ドバイ@建設中
あの角を過ぎたところに
二人姉妹
太陽のうた
彼らが失ったものと失わなかったもの
日常を切り取りつつも、舞台は様々。ロンドンで働くアイルランド人の女性だったり(母親に出そうとしている手紙で心情を出すところが巧いな)、ドバイを旅する婚約中のカップルであったり、難民キャンプに暮らす女性だったり、バルセロナ空港で見かけた英国人夫妻であったり。ほんの短いスケッチのような文章からも、ふわりと物語が立ち上るのです。特にすごく前向きだ!とか元気になる!、とかそういうお話ではないのだけれど、さらりと読めてほんのちょっと何かが残る、一服の清涼剤のような短編集ですかね。

なんでもいいけど、大不況の今はともかく、観光地としてすごいと聞いていたドバイ。やっぱり暑いんですね…。

この街に移り住み、ホテルや建設会社、観光会社などで働く日本の若者たちを追ったテレビのドキュメンタリー番組を見たことがある。日本よりも給料は少ないけれど夢がある。それがおおまかな彼らの総意だった。蒸し器のように暑く、澄んだ空も見えないこの街で、彼らは一体どんな夢を描いているのだろう。
「私は現実だけでいい。夢なんかクソくらえだわ」(p118より引用)

五家宝のWikipediaの記述にリンク。おお、これなのね。思い浮かばず、ちょっと苦労しちゃったんです。

「おとぎ話の忘れ物」/おとぎ話はお好き?

 2009-03-24-22:04
おとぎ話の忘れ物おとぎ話の忘れ物
(2006/04)
小川 洋子

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表紙はまるで、ヨハネの首を所望したサロメのような少女。ただし、こちらの少女は赤い頭巾をつけ、その盆に乗せるのは、狼の首。とくれば…、というわけで、これは樋上公美子さんという方の絵に、小川洋子さんがおとぎ話をモチーフにお話をつけた本なのです。いかにも少女ー!な絵なんですが、時にエロチックなものがあったりしつつも、少女のクールな目が素敵です。上質な紙に沢山の絵、なかなか贅沢な本ですよ。
目次
ずきん倶楽部
アリスという名前
人魚宝石職人の一生
愛されすぎた白鳥
……あとがき……
小川洋子
樋上公美子
……画題一覧……
製菓会社の先々代が、とあるきっかけから世界各地を旅して蒐集し、美々しく製本した世界でたった一冊の本。スワン・キャンディーが名物のこの店にはそんなわけで、レジの後ろにおとぎ話を収めた[忘れ物図書館]がある。キャンディーとおとぎ話。二つの組み合わせの妙は、いつしか静かな人気を呼び…。そうして、読者たる私たちも、[忘れ物図書館]の中へ…。キャンディーが溶けるのをゆっくりと楽しむように、ひとつひとつのお話を楽しむことが出来るのです。

「アリスという名前」は、え、そんなちょっとダジャレ的お話?という感じなんですが(ま、それもおとぎ話的と言えるのかもしれませんが)、あとは美しく残酷であるという、おとぎ話の定石を守っているように思います。「ずきん倶楽部」の会長(ずきん倶楽部万歳!)のクールさとか、「人魚宝石職人の一生」の宝石職人の奉仕などが良かったです。

■関連リンク■
樋上公美子さんの、公式サイトにリンク
おお、古川さんの「沈黙/アビシニアン 」の表紙もこの方だったんですね。人物じゃないから気付かなかったよ!

「実さえ花さえ」/今生限りの命にあらば

 2009-03-18-23:27
実さえ花さえ実さえ花さえ
(2008/10/21)
朝井 まかて

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全然、知らない作家さんだったんだけど、これは良かったー! これが初めて書き上げた作品で、初応募での受賞(第三回小説現代長編新人賞奨励賞)、デビューとなったのだとか。他にも読みたい!、と思ったんだけど、そんなわけで出版されているのは、まだこの一作だけみたい。
舞台は向嶋の小体なお店、なずな屋。夫婦二人+αで切り盛りする小さなお店だけれど、種苗の質の良さ、花つきの良さには定評がある。それは、江戸城お出入りの植木商、霧島屋で育種の腕を磨いた花師の新次の力量によるもの。また、なずな屋では売った種苗の手入れについても抜かりがない。手習いの先生をしていた妻、おりんの手による、一つ一つの鉢につけた「お手入れ指南」も、いつしか評判となっていた。

ある日、なずな屋に持ち込まれたのは、日本橋駿河町の太物問屋、上総屋の隠居、六兵衛による桜草のまとまった注文。こうして、六兵衛の知己を得た新次とおりん夫婦。第一章で登場した六兵衛は、実力者だけあって、この後にも何かと新次とおりんの夫婦の前に現れるのです。

その他、彼らに絡んでくるのは、新次の昔馴染みの留吉とお袖一家。新次が若き日に共に修業した霧島屋の一人娘で、女だてらに才能ある花師である理世。六兵衛の孫で、上総屋の跡取り、辰之助。ひょんな事から、新次とおりんがあずかることになった、少年、しゅん吉。このキャラクターがみんな良くてねえ。シリーズ化だって出来そうなのに、途中から時の流れはぐんぐんと早くなってしまって、完全に終わってしまうのが勿体ないです。ま、デビュー作からシリーズ化などは考えないものなのかもしれませんが・・・。

 育種とは樹木や草花の栽培のことで、種から育てる実生はもちろん、挿し芽や挿し木、接ぎ木で数を増やしたり、性質を強くする品種改良や様々な種類を交配して新種の作出まで行なう。
 徳川の時代に本草学が盛んになったことから江戸の植木職人の育種技術は飛躍的に高まり、それを専業とする者が分かれて話を名乗るようになった。梅や椿、菖蒲などは、後世に残る品種のほとんどがこの時代に誕生し尽くしている。   (p7より引用)

「花師」というあまり知らない世界を、分かり易く面白く描き出してくれるところには、諸田玲子さんのお鳥見女房シリーズを思い出します。巻数を重ねているお鳥見女房シリーズとは異なり、こちらは一旦、綺麗に終わってはしまったんだけど、もう少し長くこの世界を楽しみたかったなぁ、と思いました。若干ね、妻おりんの方に感情移入して読むと、「えええ!」と思うところなんかもあったりして、後半は誰を頼りに読んだらいいのさ、と思ったりもするんですが・・・。でも、純粋に花師の世界が面白かったし、また、それぞれに矜持ある人々の生が良かったです。

【メモ】
・松平定信 (Wikipediaにリンク
・染井吉野 (Wikipediaにリンク:これを読むと作中のあの記述は、創作なのかなー。ま、確かにそうだとしたら、ちと出来過ぎですな)
目次
第一章 春の見つけかた
第二章 空の青で染めよ
第三章 実さえ花さえ、その葉さえ
第四章 いつか、野となれ山となれ
終章   語り草の、のち

「星の綿毛」/すべて、泡沫の夢

 2009-03-16-23:28
星の綿毛 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)星の綿毛 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)
(2003/10)
藤田 雅矢

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裏表紙から引いちゃいます。

どことも知れぬ砂漠の惑星。そこでは<ハハ>と呼ばれる銀色の巨大な装置が、荒れた大地を耕し、さまざまな種子を播きながら移動を続けていた。<ハハ>に寄生する人々のムラで、少年ニジダマは暮らしていた。どこかに存在するというトシに憧れる彼は、ある日、トシからの交易人を名乗る男ツキカゲを迎える。それは、世界に隠された大いなる秘密と、ささやかな約束へとみちびく出会いであった―植物育種家にして叙情SFの名手が描く、とある世界の発芽と収穫の物語。

SFは苦手だったはずなのに、もろ日常の本を立て続けに読んじゃうと、最近、何だか苦しくなってきちゃうんです。読書に求めるのが、完全にトリップになってきてるのかなぁ。で、さらにSFとはどれだけ美しいイメージを見せてくれるかだと思った次第。

砂漠をぽくぽくとした黒い土に変え、ゆっくりと進んでいく、銀色に輝くムラの<ハハ>と呼ばれる物体。<ハハ>の下流での少年たちの落ち穂拾いのさま。灼熱の砂漠。灼熱の砂漠に耐えるために、クロモサックなる腰についた瘤に、クロモチップ<人造染色体片>を差し替え、後天的に身体を作り変える交易人。交易人が操る、七本脚のジャランガたち…。太陽の光を受けて発電する、イシコログサの大群落。淡く光るヒカリゴケ。ニジハノチョウの目眩く色彩。

うーん、とっぷりと美しい想像力に浸ることが出来ました。

お話もね、二転三転。あ、こういう物語なのかな、と思った瞬間裏切られ、その感覚が快かったです。
SF

「書店はタイムマシーン」/桜庭一樹さん読書日記

 2009-03-14-23:30
書店はタイムマシーン―桜庭一樹読書日記書店はタイムマシーン―桜庭一樹読書日記
(2008/10)
桜庭 一樹

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「桜庭一樹読書日記―少年になり、を買うのだ。」(感想)に続く、第二弾。

正直ね、このに収められているものは、全てネットで読んでしまっていたから、あえて読まなくてもいいかなぁ、と思ってたんです。でも、何だか、「日々是げんじつ」のいちみさんが読んでらっしゃるのを見て、むずむずと読みたくなってしまったのです。

結果、やっぱりネットとは違うものなのねえ、とか、ネットで読んでても、流石きちんとお金を取るものだけあって、楽しませてくれるもんなんだなぁ、と思いました。作家も編集者も当然プロなのだものね。

今も、桜庭さんの読書日記はネットで連載されていて、最近で言えば、モリミーの結婚報告にものけぞったんですが、桜庭さんもご結婚されたんですよねえ。おめでとう!

とりあえず、これ読んでも、「翻訳文学ブックカフェ」(感想)を読んでも、やっぱり「アンジェラの灰」は読まなきゃなぁ(しかも、「アンジェラの祈り」という続編もあるんだよね、これ…)とか、後は、ベストセラーで読みそこなってた、なかにし礼さんの「兄弟」とか、新訳の「ロリータ」はみなさん読んでて気になるなぁ、とか、「翻訳文学ブックカフェ」にも出てきた、アーヴィングの「また会う日まで」を読むのはやっぱりキツそうだなぁ、とか、ああ、でも、こういうなっがいのを読んだあとは至福の時間が待ってるんだよなぁ、とかとか。ネットで読んだ時に思った諸々(&最近得た知識)を一気に思い出しましたよー。あ、ちょっとこてこてかなぁ、と思って敬遠してた「香水-ある人殺しの物語」も、ラストがどうのこうのと話されると、やっぱり気になる!

あと、気になると言えば、「灯台守の話」(感想)を読んで、良かったー!面白かったー!と私が思っている、ジャネット・ウィンターソンについて。「灯台守の話」を読んでも「オレンジだけが果物じゃない」を読んでも、桜庭さんは自分にとってのこの作家のベストの一にまだ会っていないと感じたのだとか。「自分にとって」だから、私にとってとはまた別なのかもしれないけれど、その後、桜庭さん的ジャネット・ウィンターソンのベストが見つけられたのか、気になるのです。

しかし、前作もそうでしたし、今の連載もそうですが、呆れるほどに沢山のの話が出てくるわけです。私はこんなに読んでないので、実際にその場にいたとしても話せないけど、桜庭さんと編集者(特にオツボメンK島氏(三十二歳で男性で、夏木マリみたい)が気になる)の会話をのぞき見てみたーい!

とりあえず、図書館でも直木賞受賞作を除き、桜庭の予約も落ち着いてきたことだし、そろそろ作家・桜庭一樹も読んでみようかな。や、「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」(感想)のショックが尾を引いてんですが・・・。「砂糖菓子」と言えば、この間本屋で見かけたんですが、普通の(?)表紙の文庫が出てました。萌え系表紙の文庫→ハードカバー→普通の文庫(今、見たら、角川文庫だった)に漫画と、ものっすごい展開ですねえ、これ。確かにエライ破壊力のお話でありましたが、みんな、これ、普通に読めるのかなぁ。私はきつかったっす…。
目次
三月は(ちょっとだけ)パンク・ロックの月である。
四月は穴居人生活の月である。
五月はクマとパンツとベレー帽だった!
六月はほんの三日間だけ八頭身だった!
七月は海辺の町でみんなで海産物を手に手に踊る。
八月は銀の箱を持って匍匐前進する!
九月は地図を握ってあっちこっちにワープする!
十月はドイルの頭にちょっとだけ、触った。
十一月はジョン・アーヴィングに頭から油をかけられる……。
十二月は編集長が酔って石と話す。
一月はコックリ三で埴谷雄高を呼びだす。
二月はコタツで亀になる。
特別座談会 ジゴロになりたい。あるいは四十八時間の恋!
あとがき

「語り手の事情」/言葉と肉体?

 2009-03-14-23:04
語り手の事情語り手の事情
(1998/03)
酒見 賢一

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「後宮小説」(感想)以来、ご無沙汰の酒見さん。「後宮小説」とはまた違っているのですが、これまたけったいな本を読んでしまったなー。嫌いじゃないんですけど、ね。
目次
Circumstance.1 Adolescence fancy
Circumstance.2 Mutated trance sexual
Circumstance.3 Reciter's world
Circumstance.4 Marriage with a succubus
Circumstance.n Never foreber
語り手が語るところによると、舞台はイギリスはヴィクトリア朝の、とあるお屋敷。妄想を育てたものだけが、この屋敷の主人に招待される…。年上のメイドに童貞を奪われることを望む少年、人品卑しからぬ中年紳士(しかし、心は女性になることを熱望している)、性奴隷という妄想を育て、手作りの拷問道具を持ち込んだ荒くれ型の紳士など、いずれ劣らぬ妄想の持ち主が、この屋敷を訪れる。

なんだなんだこの話は、と思う内に、すこーし流れが変わってくるのは、メイドのチッタが呼び出した、霊魂(?)ルーが出てくる辺りから。肉体的な事を書いた小説って色々あるとは思うのだけれど(やたらと五感が刺激される、古川日出男さんとか)、おー、こういうのもあるんだ、と面白かったのです。なんだろう、語られるのは、忘れ去られている肉体感覚? 肉体感覚を失ったら危ないよ?ってこと? いや、教訓とかを見出すお話じゃあないんでしょうけど。

互いにサッキュバスにもインキュバスにも成り得るという意味です。相手に与えたものがその質と量だけ返ってこなかったら、一方が精力を盗むことになるのです。結婚生活はそのバランスの上にあります。ですがもし必ず相手に与えたものよりもちょっぴり多めにお互いが返してもらうならば、二人はサッキュバスに堕さなくてすむのです。そしてそれは不可能なことではないのです。

そうして、テラ・インコグニタ。未知の領域へ。うーん、ヘンな小説だー。

「翻訳文学ブックカフェ」/翻訳者は黒子なのか?

 2009-03-14-22:23
翻訳文学ブックカフェ翻訳文学ブックカフェ
(2004/09)
新元 良一

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珍しくも手持ち。といっても、古屋で偶然見つけたんですが。図書館に押されて、ついつい後回しになっちゃったんだけど、これ、すっごい楽しかったーーー! 最近、自分が読むのも、翻訳モノの比率が増えているしね。

帯から引きます。
翻訳の心
  ×
文学の愉しみ

若島正/柴田元幸/岸本佐知子/鴻巣友季子
    青山南/上岡伸雄/小川高義
中川五郎/越川芳明/土屋政雄/村上春樹
錚々たるメンツでしょ? 元々知っている人も知らない人も、訳したを見て分かる人も、それでも分からない人もいたけれど…。

対談って基的に苦手なんだけど、これは楽しく読めたなぁ。対談というよりもインタビューで、これ、インタビュアーである新元さんがきっと巧いんでしょうねえ。取り上げられたトークのほとんどは、ジュンク堂書店池袋店にて収録されたものなのだとか。

翻訳というとテクニカルな話になるのかなぁ、と思ったんだけど、テクニカルな話で面白い部分もあったけど、みなさん、すごくハートで訳されてる感じがして面白かったです。やっぱり、つるっとした訳がいいわけじゃなくって、原文の癖であるとか、ひっかかりを大切に訳されているのは共通していました。原文に対峙しうる日本語を探すことが大切なんですね。

手がける本の見つけ方も、それぞれ面白かったです。海外ならいざ知らず、日本の書店で見つけて、なんてことも実際にはあるんですねえ。どこまで本当のことかは分かりませんが、青山南さんなんかは、翻訳する作家を、写真で決めるのだとか。

翻訳家は黒子なのか、というと決してそんなことはなくて、今ではこの人が訳しているから読もうとか、自身の言葉で書かれた翻訳家のエッセイも楽しんだり出来るし、更には新訳だって色々出ている。幸せな時代ですよねえ。版権の問題とか色々あるだろうけど、色々な人の訳で読むのも楽しいのかも。

とはいえ、この作家はこの翻訳家じゃなくっちゃ!、というのもあって、小川高義さんの項で言えば、その扉にも書いてあるんですが、「ラヒリは俺の女だ!」発言なども飛び出ています。笑 勿論、冗談ではあるのだけれど、ちょっとドッキリする発言ですよね。でも、作家と翻訳家の名コンビ。素敵ですよね。

全てに色々気になるところはあったけれど、一番びっくりしたのは、土屋政雄さんの項。「日の名残り」の端正な世界が印象深い土屋さんですが、実は文学作品以外にも、コンピュータのマニュアルを訳されることもあるのだとか。意外だなぁ。

同じく土屋さんのところで言うと、その作品の世界を作るため、文体を掴むまでに、小説の推敲作業にかける姿勢に心を打たれました。みなさん、それぞれ色々なやり方があるのだとは思うのですが・・・。

手順としては、ある程度いくまでは、作品の初めから昨日までに訳した部分を全部読み直す。これを必ず毎日やります。原文に対してこれで必要十分な日本語か。違和感があったら、どんな小さな部分でも直す。それを直すことで、ほかにも直す必要のあるところが出てきますから、それもどんどん直す。それを終えて、まだ時間が残っていれば、初めて今日やるべき未訳の部分を訳します。次の日、また同じことを繰り返す。こうやって、もう句読点の位置まで変えるところがない、というところまできっちり決めていきます。

この本、一回読んだだけでは、この情報量をとてもこなせない感じ。いいところは、「これから訳してみたい本」についても、インタビューしてるところなんですよね。その後を考えると、実際に出ているものもあったりとか。ジェフリー・ユージェニデスについて、柴田さんがヘンな作家だ!、って仰ってるところも、何だか嬉しかったなー(既読本:「ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹」、「ミドル・セックス」)。私もヘンだと思うけど、何だか惹きつけられる作家なんです。とにかく本の、作家の話題がいっぱいで、にんまりしてしまう一冊なのでした。楽しかったー! 本の雑誌社、素敵です。

【追記】
そうそう、これについてメモっとこうと思ってたのに、すっかり忘れていたのでした。

青山南さんの項で、創作科の話が出てたんです。あのアーヴィングやレイモンド・カーヴァー(こっちは読んだことないけど)も、先生をしていたことがあるのだとか。

創作科というのは、最初は文学なんて教わるもんじゃないと、バカにされてきたそうだけれど、今アメリカで活躍している作家はほとんど創作科の出身なんだって。創作科を出ると創作科の先生になる。すると、生活が安定して一年に一冊本が書ける。そして、そこの生徒が…、というように再生産のような広がりがあるのだとか。で、アメリカ中の大学にそういう創作科があるから、層の厚さはすごいものになるわけですね。波及効果でイギリスも同じ状況で、カズオ・イシグロとかイアン・マキューアン(こっちも読んだことないけど)も創作科の出身なんだって。

日本では、こういう取組みはないのかしら。アーヴィングの授業なんて、「昨日こんなものを書いたんで、今日の授業はこれを読む!」と、自分の小説を読み、「どうだ、いいだろう」と言っておしまいだったんだそうな。ま、これは創作科の創成期の話らしいんですが、創作科って面白そうな場所だよなぁ、と思ったのでした。そうやって、生活が安定するのもいいことだしね(って、本をあまり買わずに、図書館でばかり借りている私の言う台詞ではないかもしれませんが)。
目次
Day1
若島正
Day2
柴田元幸
Day3
岸本佐知子
Day4
鴻巣友季子
Day5
青山南
Day6
柴田元幸
Day7
上岡伸雄
Day8
小川高義
Day9
中川五郎
Day10
越川芳明
Day11
土屋政雄
Day12
村上春樹
 あとがき

「片目のオオカミ」/その目で見る世界

 2009-03-14-14:31
片目のオオカミ片目のオオカミ
(1999/09)
ダニエル ペナック

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マロセーヌくんシリーズから、ダニエル・ペナックに入った身からすると、ぶっ飛んじゃうようなお話なのです。饒舌なところはすっかり鳴りを潜め、むしろ静かな語り口。でも、こういうのも書けるから、ああいうぶっ飛び話も、読ませるお話になるんですかねー。
目次
第一章 オオカミと少年の出会い
第二章 オオカミの目
第三章 人間の目
第四章 ほかの世界
 訳者あとがき
語られるのは、動物園の檻の中に暮らす青いオオカミと少年との交わり。しっかり者の母、<黒い炎>、美しく優れているが、驕慢だった妹<スパンコール>たちと暮らした日々を、片目のオオカミはその瞳でもって少年に語る。十年前に人間たちに生け捕りにされる前の話、この動物園に来てからの、めすオオカミとの話。

そのお返しに語るのは少年少年の名は、アフリカ。少年が旅してきたのは、ラクダに乗って旅をした砂漠の<黄色いアフリカ>、ヤギ飼いとして暮らした<灰色のアフリカ>、パパ・ビアとママ・ビアと暮らした<緑のアフリカ>…。物語ることが上手なアフリカは、どんなに意地悪な大人に使われようとも、周囲に溶け込み、動物たちと心を通わせ、難題を解決していく。

そうして、少年が片目のオオカミの前に立ったわけ、そこで出会ったものたちとは…。片目で見る世界は、やはり限られたもの。ラストも心憎いのです。
■関連過去記事■
・「ムッシュ・マロセーヌ」/マロセーヌ・シリーズ4
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プロフィール

つな がる

Author:つな がる
つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
興味を持った記事があったり、あなたが読み終えた本について語っていたら、是非あなたの感想を教えて下さい。お待ちしています。

2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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