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「犬は勘定に入れません」/猫もいます

 2008-12-29-00:30
犬は勘定に入れません…あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎犬は勘定に入れません…あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎
(2004/04/17)
コニー・ウィリス

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TO SAY NOTHING OF THE DOG or How We Found THe Bishop's Stump At Last

もうねー、ほぼ二週間これを読んでいて、遅々として進まなかったんだけど、途中からはぐんぐん面白くなってきて、いやいや楽しい読書でしたよ。ま、531ページ二段組みというのは、それなりのボリュームでもあるわけですが。

物語は主人公らしき人間とその他数名で「主教の鳥株」とやらを探している場面から始まります。ところが、最初の方はほんとに何が何だか分かりません。実は彼らは「ネット」を使って「降下」してきた時空旅行者で、レイディ・シュラプネルという強権を振るう女丈夫の命により、血眼になって「主教の鳥株」を探している真っ最中。

レイディ・シュラプネルの一大プロジェクト、コヴェントリー大聖堂の復元のために、彼女はその強権を用いて、オックスフォードの中のほとんどすべての学生を徴集していたのです。「神は細部に宿る」。レイディ・シュラプネルは少しの齟齬も許さず、学生たちをあらゆる年代に「降下」させ、あらゆる事象を調査させるのですが…。

そんな中、主人公である史学部の学生、ネッド・ヘンリーは重度のタイムラグ(時代差ボケ)を患っているとされ、現代(二〇五七年)に戻されてしまいます。看護婦からはベッドでの安静をすすめられたけれど、レイディ・シュラプネルはもちろんそんなことを許しはしません。ネッドは彼に同情したダンワージー教授により、19世紀のヴィクトリア朝に派遣されます。ある簡単な任務を果たしたのち、テムズ河でのんびりすると良いと言われたのですが…。問題はネッドがタイムラグにより、ダンワージー教授から託された任務を聞き取れなかったこと。

自分の存在が時空連続体に影響を与えるのでは?、と怯えながら、ネッドはビクトリア朝に飛び込んでいくのですが…。そこにいたのは、ネッドが二〇五七年で一目ぼれしていたヴェリティと、レイディ・シュラプネルのひいひいひいひいお祖母さんであり、コヴェントリー大聖堂の復元や、「主教の鳥株」捜索の元凶でもあるトシー。

段々と分かってくるのは、ネッドとヴェリティが既に時空連続体に影響を与えてしまったこと。ヴェリティが二〇五七年に持ち込んでしまった、、プリンセス・アージュマンドは、ネッドが飼い主のトシーの元に戻すはずだったのに果たせず、さらにネッドはモードとテレンスの出会いを阻害し、テレンスはトシー(未来ではCがつく誰かと結婚しているはず)と婚約してしまった!

未来はいったいどうなってしまうのか? そして主教の鳥株の行方は?

すべてにちゃーんと説明がされるんだけど、探偵役のネッドとヴェリティの関係も楽しいし、テレンスの飼い犬、ブルドックのシリルとプリンセス・アージュマンドの関係も楽しい(何かというと、プリンセス・アージュマンドのパンチがシリルに綺麗にヒット)。「犬は勘定に入れません」の元ネタである(読んでないけど)、「ボートの三人男」となった、ネッド、テレンス、ぺディック教授(隙あらば釣りをする)の旅路も楽しいです。

ヴェリティは一九三〇年代が専門のミステリおたく。ノリノリで探偵ごっこをやり始めるあたりも実に可愛いのです。普段はしっかり者で、むしろネッドにばしばし指示しちゃうような方なんだけど。

コニー・ウィリスは二冊目。両方とも大森望さんの翻訳だったんですが、大森さんの翻訳によるものか、突っ込みなんかがすっごく楽しいんだよねえ。キャラたちまくりの登場人物たちも楽しかったです。
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2008年読書的覚書

 2008-12-28-22:59
今年も残すところ後わずか。
読みかけの本、感想を書いていない本もありますが、ここらでまた一年の総括をば。

2005年にブログを始めたので、こういうことを書くのも早4回目。毎度書いてる気がするんですが、まとめておくと何よりも自分の役に立つんですよねーー。

今年は翻訳物を割と読んだ年だったかと。翻訳者さんのエッセイなんかも読んでいたし、懐かしのアンの村岡花子さんの生涯を追った「アンのゆりかご」も良かったです。

■ジャネット・ウィンターソン、岸本佐知子「灯台守の話」/物語るということ
■「変愛小説集」/岸本佐知子さん、編
■「死んでいるかしら」/柴田元幸さんエッセイ集
■「生半可な学者」/柴田元幸さんエッセイ集
■「アンのゆりかご―村岡花子の生涯―」/腹心の友

その他、海外の迫力の女性作家たち。
■「喪失の響き」/喪失が織り成す様々な響き
■「その名にちなんで」/受け継がれたもの
■「見知らぬ場所」/ジュンパ・ラヒリ、三作目
■「アメリカにいる、きみ」/ナイジェリアという国を知っていますか

ちょっと前のベストセラーですが、著者自身のバックグラウンドがまたぐっと来ちゃうジェットコースターノベル。
■「数学的にありえない」/起こりそうもない?それが何だ!

どったばったで、はちゃめちゃな物語なんだけど、なんだか家族っていいなーと思わされるマロセーヌシリーズも楽しかった!
■「人喰い鬼のお愉しみ」/マロセーヌ・シリーズ1
■「散文売りの少女」/マロセーヌシリーズ3
■「ムッシュ・マロセーヌ」/マロセーヌ・シリーズ4

ブッツァーティの「タタール人の砂漠」も余韻が残りました。
■「タタール人の砂漠」/人生というもの

あとは、2007年に引き続き、前半は有名どころのSFを読んでました。
■「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」/彼らと我とを隔てるものは
■「ターミナル・エクスペリメント」/魂波(ソウルウェーブ)の到来
■「星を継ぐもの」/人類が受け継いだもの
■「ガニメデの優しい巨人」/人類はどこから来たのか?
■「九百人のお祖母さん」/愛すべきほら話

飛さんの<廃園の天使>シリーズも良かったなぁ。続きが待ち遠しいです。
■「グラン・ヴァカンス 廃園の天使1」/永き、休暇
■「ラギッド・ガール 廃園の天使2」/「グラン・ヴァカンス」前日譚など

日本人の作家さんでいえば、角田さんの確かさにはほとんど信仰に近い思いを持ったし、舞城さんもやっぱり好きだなぁ、と思いました。逆に好きー!と思っていた古川さんは、「聖家族」を挫折してしまいました・・・。あの歴史についていけなかったよ。桜庭一樹さんは、結局作品はほとんど読んでないんだけど、その読書日記の目の確かさにはお世話になりました。桜庭さんのweb連載で知った、山口瞳さんの「血族」も迫力でしたし、シャーリイ・ジャクスンの「ずっとお城で暮らしてる」もぞくぞくしちゃいました。あとは有川さんの胸キュンのラブストーリーにやられました。いいですよねえ、ラブラブ♪

■「八日目の蝉」/暗い場所から出た先には
■「ディスコ探偵水曜日・上」/舞城王太郎、総決算?
■「ディスコ探偵水曜日・下」/舞城王太郎、総決算?
■「血族」/ファミリー・サーガ
■「ずっとお城で暮らしてる」/悪意の企み
■「阪急電車」/らぶ・関西

その他、ルワンダの大虐殺を追った「ジェノサイドの丘」はずしんと来たし、四代にわたって語られる「時のかさなり」も良かったです。
■「ジェノサイドの丘・上」/民族という悪夢
■「ジェノサイドの丘・下」/終わらない悪夢とほんの少しの希望
■「時のかさなり」/四人のこども

今年は途中から読書のペースががくんと落ちちゃったんですが、それでもそれなりに良い本とは出会えているみたい。中にはどなたかのブログで知ったものもあるし、直接お勧めして頂いたものもあります。やっぱり一人で読んでいるのとは違う、ブログの醍醐味ですよね。みなさま、今年もお世話になりました。来年もまた良い出会いがありますように。

「マルドゥック・スクランブル・1」「2」「3」/ネズミ&少女&…

 2008-12-27-22:05
マルドゥック・スクランブル―The First Compression 圧縮 (ハヤカワ文庫JA)マルドゥック・スクランブル―The First Compression 圧縮 (ハヤカワ文庫JA)
(2003/05)
冲方 丁

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マルドゥック・スクランブル―The Second Combustion 燃焼 (ハヤカワ文庫JA)マルドゥック・スクランブル―The Second Combustion 燃焼 (ハヤカワ文庫JA)
(2003/06)
冲方 丁

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マルドゥック・スクランブル―The Third Exhaust 排気 (ハヤカワ文庫JA)マルドゥック・スクランブル―The Third Exhaust 排気 (ハヤカワ文庫JA)
(2003/07)
冲方 丁

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自分の中で、最もかっこいいネズミといえば、それは「冒険者たち」のガンバだったんですが(そして、最も怖い白いものといえばノロイ)、ここに出てくる金色のネズミ、ウフコック・ペンティーノもまた、ガンバに匹敵するかっこ良さ! みなさんが、良い良いと仰っていた頃からは、かなーり遅れてしまいましたが、ようやく私も読むことが出来ました。

時はSF的近未来。戦争が終わり、軍事と密接に結び付いていた科学技術が禁じられたものとなって以来、ある者は科学技術発祥の地である”楽園”に閉じ籠ることを選び、ある者は快楽に特化した技術を持って会社を興し(*)、またある者は科学技術を民間で生かしていくことを主張した。発達し過ぎた科学技術は怖れの元、民間でこの技術を生かしていく道は決してたやすいものではなく、その技術によって生み出されたネズミ、ウフコックは常に自分の「有用性」を証明し続けてはならないのだ。

シェルという男に焼き殺されかけた少女、バロットはスクランブル-09によって蘇生を果たし、ウフコック、ドクターと共に事件の解決に当たることになる。スクランブル-09は緊急事態においてのみ、科学技術の使用が許可されるという法。人工皮膚をまとい、高度な電子干渉能力を得たバロットは、なんにでも変身可能なウフコックを「道具」として使い、ドクターとウフコックに協力するのだが・・・。

てきとーに粗筋を書きましたが、実はもっと色々とややこしいのです。体内の亜空間を利用して、どんなものにも変身出来るウフコックは、増大し過ぎていつかは死んでしまうという運命を持っているし、敵方としてバロットたちの邪魔をするのは、ウフコックのかつての相棒ボイルドだし、少女、ルーン・バロットには、彼女の深い絶望がある。

バロットは生命の危機に瀕していたこと、また自分自身の身を守る必要性が高いと予測されたことから、彼女はそういった特殊な体になったわけなんだけど、そうやって特殊な体質になった人というのは、その後どうやって生きていくのかなぁ、とちょっと不思議に思いました。バロットはものすごく適性があるし、ウフコックの相棒として生きていくのだろうなぁ、と思うけど、そうじゃない場合ってもう以前と同じように普通には生きていけないよなぁ…。

続く「ヴェロシティ」では、「スクランブル」以前。ウフコックとボイルドの過去が描かれているのですね。それも勿論楽しみなんだけど、ウフコックとバロットの未来も読んでみたいなぁ。

著者入魂のカジノの場面。わたくし、ちょっと読み流してしまいました…。カジノの場面って、力が入る人が多いですよね。後書き読んで、読み流してゴメンナサイとは思ったんだけど、確率論とか精神的駆け引きとか苦手さ…。この場面、色々かっこいい人たちも出てくるんだけどね。
1巻 The First Compression―圧縮
Chapter.1 吸気 Intake
Chapter.2 混合気 Mixture
Chapter.3 発動 Crank-up
Chapter.4 導火 Spark 
 後書き
2巻 The Second Combustion―燃焼
Chapter.1 活塞 Piston
Chapter.2 噴出 Injection
Chapter.3 回転 Rotor
Chapter.4 爆発 Explosion
 解説 鏡明
3巻 The Third Exhaust―排気
Chapter.1 曲軸 Crank Shaft
Chapter.2 分岐 Manifold
Chapter.3 合軸 Connecting Rod
Chapter.4 導き Navigation
 後書き
*続編、「マルドゥック・ヴェロシティ」(感想)を読んで、間違い発見。会社を興したわけではなく、その技術を持って元々あった企業に入り込んだんですね。
冒険者たち―ガンバと十五ひきの仲間冒険者たち―ガンバと十五ひきの仲間
(1982/01)
斎藤 惇夫薮内 正幸

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「アンのゆりかご―村岡花子の生涯―」/腹心の友

 2008-12-26-00:52
アンのゆりかご 村岡花子の生涯アンのゆりかご 村岡花子の生涯
(2008/06/05)
村岡 恵理

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目次
口絵・村岡花子の書斎、愛用品、『赤毛のアン』直筆翻訳原稿、手紙など
プロローグ 戦火の中で『赤毛のアン』を訳す
 昭和20年(1945)4月13日、太平洋戦争が終結する4か月前
第1章 ミッション・スクールの寄宿舎へ
 明治26~36年(1893~1903、誕生~10歳)
第2章 英米文学との出会い
 明治37~40年(1904~07、11~14歳)
第3章 「腹心の友」の導き
 明治41~大正2年(1908~13、15~20歳)
第4章 大人も子供も楽しめる
 大正3~6年(1914~17、21~24歳)
第5章 魂の住み家
 大正7~10年(1918~21、25~28歳)
第6章 悲しみを越えて
 大正11年~昭和2年(1922~27、29~34歳)
第7章 婦人参政権を求めて
 昭和3~13年(1928~38、35~45歳)
第8章 戦時に立てた友情の証
 昭和14~20年(1939~45、46~52歳)
第9章 『赤毛のアン』ついに刊行
 昭和21~27年(1946~52、53~59歳)
第10章 愛おしい人々、そして
 昭和28~43年(1953~68、60~75歳)
エピローグ 『赤毛のアン』記念館に、祖母の書斎は残る
 アン誕生100周年、花子没後40年の平成20年(2008)4月13日
目次を書き写しただけで、満足ーーー!な感じもするんですが、内容も読んで満足の一冊でした。最初はね、プロローグにここを持ってくるのは構成的にあんまり好きじゃないなぁ、とか思っていたんですが(なんつか、クライマックスを冒頭に持ってくる昔ながらの伝記スタイル?)、途中からはそんなことはすっかり忘れ、引き込まれて読みました。孫なのによくぞそこまで書いた!というぐらい、赤裸々に描かれた部分もありますが、それはスキャンダラスというよりは、真摯な姿勢によるものなのでしょう。

アンはやっぱり村岡花子訳よね♪、と思いつつ、空白だった翻訳者、村岡花子の生涯を知ることが出来ました。でもね、今、気になって、私が持っているポプラ社の「赤毛のアン」を確認してみたら(昭和53年第1刷、昭和57年第9刷のもの)、村岡花子による解説がきちんと書いてありました。この物語を読む少女たちへの優しさ溢れる語り口は、この「アンのゆりかご」を読んで知った、村岡花子の人となりにぴたりと一致したものでした。この解説には、モンゴメリが「赤毛のアン」を出版するに至った経緯、村岡花子自身が翻訳し、日で出版されるに至った経緯がきちんと書いてあるというのに、今の今まで、すっかり思い出す事もなかったのです…。子供時代、何度も読み返していたのに、解説は流してみたい…。

モンゴメリとの共通点、寄宿舎での生活、厳しくも優しい女学校の教師、綺羅星のような友人たちとの交わり、子供たちへ良い物語を届けなければならないという使命感、どれも興味深く良かったです。ちょっと話はずれますが、氷室冴子さんがやっぱり少女小説の復権を志していて、それで知った「リンバロストの乙女」も村岡花子訳だったんだよねえ。

「村岡花子」というと、現代にいても決しておかしくはない名前だけれど(というか、明治、大正、昭和を生きたとなれば、それはそんなに遠い時代ではないのだろうけれど)、佐々木信綱(「一葉さんが歌を始められたのも、あなたと同じくらいの年ごろでしたよ」)、柳原白蓮、市川房江、林芙美子、岡かの子、円地文子、徳富蘇峰、与謝野晶子、宇野千代、真杉静江、吉屋信子、壷井栄、矢田津矢子などなど、私にとっては意外な交友歴が分かりました。「村岡花子」だけはぽーんと宙にいて、あとは歴史的人物だと思っちゃってたんですよね。

「今から何十年後に、あなたがたが学校生活を思い出して、あの時代が一番幸せだったと感じるなら、私はこの学校の教育が失敗だったと言わなければなりません。若い時代は準備のときであり、最上のものは過去にあるのではなく、将来にあります。旅路の最後まで希望と理想を持ち続けて、進んでいく者でありますように」(p97の卒業にあたってのミス・ブラックモアの言葉より引用)

ユートピアのような寄宿舎(ただし、花子自身は、貧しい家庭の出で、成績が悪ければ即退学となる給費生だった)での生活が翻訳者・村岡花子を形作ったのだろうし、灯火規制の中、敵国となってしまったカナダ人宣教師、ミス・ショーとの約束を胸に、いつか平和な時代が来ることを信じて仕上げた「アン・オブ・グリン・ゲイブルズ」だからこそ、私も大好きなアンのあの箇所がぴたりと訳されたんではないのかなぁ、と思いました。

今は曲がり角に来たのよ。曲がり角を曲がった先になにがあるかは、わからないの。でも、きっといちばんよいものにちがいないと思うの。(p247より引用)

実際、村岡花子は翻訳者としてだけではなく、一流の物語作家になれたかもしれないし、「ラジオのおばさん」をやった事もあるそうなんですね。その才能は、もっと多彩な展開があったのかもしれないけれど、「赤毛のアン」を翻訳し、私たちに紹介してくれた事、アンの腹心の友を自称する元・少女としては、非常に感謝なのでありました。「赤毛のアン」はモンゴメリが国カナダで出版するまでも色々な経緯があったわけだし、日での刊行はそれより更に遅れたわけだけれど、辿るべき道を辿って、その物語の力で広まっていったのかもしれませんね。

あ、亡き息子の名にちなんだ「道雄文庫ライブラリー」のお話で、協力者として「エルマーの冒険」の訳者、渡辺茂男(当時、慶應大生)の名前が出てきたのも吃驚でした。石井桃子さんの名前も出てきたし、秀でた人たちはどっかで繋がってたんですねえ。

■関連過去記事■
・「アンの娘リラ」/青春の書(小中編)
「「赤毛のアン」の人生ノート」/いき方

「自負と偏見のイギリス文化」/ジェイン・オースティン

 2008-12-22-23:14
自負と偏見のイギリス文化―J・オースティンの世界 (岩波新書)自負と偏見のイギリス文化―J・オースティンの世界 (岩波新書)
(2008/09)
新井 潤美

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J・オースティンの世界という副題があるだけに、イギリス文化を知ろう!と思って読んだだったけど、読み終わって思ったのはJ・オースティンを読みたい!!、ということでした。

いや、イギリス文化も勿論良く分かるんですけどね~。ディナーの時間の話なんかも面白かったし。ただ、時代が限定されているだけに、そちらは私としては少し霞んでしまって、J・オースティンの作品に心惹かれちゃったわけです。

実際の書のねらいは、引用しちゃうとこうなんですが↓。

ヴィクトリア朝とは明らかなコントラストをなし、どこか堕落した、かつ華やかなイメージがある時代である。この時代の道徳観、階級意識、生活様式など、今日ではあまり知られていない部分を描きだすことによって、オースティンの作品の生まれた背景を明らかにしていく。さらに、オースティンの初期の作品における「パロディ」の要素、そして作品に表われるミドル・クラスのスノビズム、女性の結婚願望などさまざまなテーマを追っていく。これらのテーマを、オースティンの時代というコンテキストだけではなく、現代のイギリスの読者にどう受け止められているかという点からも見ていく。(「はじめに」の”書のねらい”より引用)

残された親族たちが、作家の真実の姿を歪めてしまう行動をとるところには、「アンネの日記」を思い出してしまいましたが、古典ー!と思ってしまうような堅物ではなく、実際には結構茶目っ気のある人だったよう。J・オースティンの場合には、特に彼女が生きた時代のせいもあるそうですが…(奔放なリージェンシー摂政時代から、がちがちのヴィクトリア朝へと時代が移行していた)。

あの「ブリジット・ジョーンズの日記」も、J・オースティン作品の現代版翻案といえるのだとか。確かに、若い女性の夫探しと玉の輿願望が描かれているし、ブリジット自体はミドル・クラスというか、ごく普通の女性だもんねえ。私、最初の一冊だけ読んで、面白いけど、まぁ、一冊読めば十分よねえ、なんて思ってたんですが、J・オースティンを知って読めば、またもっと違う楽しみ方が出来たのかも!

ちょっと皮肉っぽいイギリス的ユーモアの持ち主、ジェイン・オースティンの作品を、読んでみたくなりましたー。各作品のかなり詳しい粗筋があるのも嬉しいところ。amazonをチェックしてみたら、意外と新しいも多いみたいですね。やっぱり、現代でも人気なのかなぁ。翻訳もいろいろあるみたいなので、どの作品を誰の訳で読むべきなのか、迷っちゃいますけど。色々読んでみた後に、「ジェイン・オースティンの読書会」に行ってみるのも楽しそう~。それともこっちを読んだ後に、色々読んでみるべきなのかな。

ジェイン・オースティンの読書会ジェイン・オースティンの読書会
(2006/01)
カレン・ジョイ ファウラー

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目次
 はじめに
第1章 オースティンは「お上品」ではない―奢侈と堕落の時代の文学
第2章 パロディから始まる恋愛小説―分別と多感のヒロインたち
第3章 恋愛と結婚―女性の死活問題
第4章 アッパー・ミドル・クラスのこだわり―階級を示す目安は何か
第5章 オースティンと現代―空前のブームの背景
 あとがき

「フラワー・オブ・ライフ」3・4/花のような一年間

 2008-12-22-22:11
フラワー・オブ・ライフ (3) (Wings comics)フラワー・オブ・ライフ (3) (Wings comics)
(2006/04)
よしなが ふみ

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フラワー・オブ・ライフ 4 (4) (WINGS COMICS)フラワー・オブ・ライフ 4 (4) (WINGS COMICS)
(2007/05)
よしなが ふみ

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1、2巻で描かれたのは、春から秋まで。3、4巻で書かれるのは、高校一年生の残りの時間。

それだけではなく、3、4巻ではぐっとクローズアップされてくることがある。そのことがあるせいで、1、2巻の楽しい時間もより際立つし、3、4巻がぐっと印象深くなるように思います。1~4巻を通じて描かれるのは、楽しい一年間なんだけど、決してそれだけではないのです。

3巻のハイライトは、クリスマスかなぁ。高校生の彼らは春太の家でクリスマス・パーティをし、彼らの担任・斉藤滋は不倫の恋にけりをつける(しかし、けりをつけたところが、ああなっちゃうのは大丈夫なのか、という気もするが。なんてったって、都条例違反)。

よしながさんのマンガを読んでて感じるのは、突き放した優しさ。その時、べたべたと甘やかすだけが優しさではない。それは、登場人物たちがあちこちで食らうお小言にも現われているなぁ、と思います。でもって、人間の行動って、簡単に割り切れないけれど、それすらもいいなぁと思ってしまうエピソードがあるんだよなぁ。

春太たちのお話は、この一年間ですっぱりと終わってしまうんだけど、彼らのその後も気になります。いつか描かれることはないのかしら。

3、4巻で印象深かったのは、春太たちが持ち込みをした、大手出版社の編集者、高山のエピソードと、後期の中間あたりの今頃が一番好き、という相沢さんの呟き。人間同士の関係に合う合わないはあるかもしれないけど、正しいも正しくない。愛ゆえに毒舌を吐いてしまう高山に、春太たちは食らいついていくのです。誰と仲良く出来るかという、最初のドキドキが終わって仲良くなって、次の春が来れば、また仲良しも出来るけど…という相沢さんの呟き。そして4巻は次のクラス分けのシーンで終わるのです。一年を通じて、少し大人になった彼ら。ついつい、彼らの未来の幸福を願ってしまう、そんなラストなのです。
前回の1、2巻の記事への拍手コメントもありがとうございました!印象的なラストでしたよね。

「フラワー・オブ・ライフ」1・2/花のような一年間

 2008-12-19-00:18
フラワー・オブ・ライフ (1) (Wings comics)フラワー・オブ・ライフ (1) (Wings comics)
(2004/04)
よしなが ふみ

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フラワー・オブ・ライフ (2) (Wings comics)フラワー・オブ・ライフ (2) (Wings comics)
(2005/05/25)
よしなが ふみ

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よしながふみさんで、表紙は美少年だけど(正確には1巻の方は、右にいるのはおかまと間違えられる担任教師(女))が、別にそういう物語ではないのでした。描かれるのは、花のような高校生活。

主人公は、姉からの骨髄移植により白血病を克服し、他のみんなより一年と一か月遅れて、1年D組にやって来た、花園春太郎。人よりヘビーな過去を抱えている彼だけれど、1、2巻ではその事による陰は全く見えません。

1、2巻は春太がクラスに入ってきてからと、秋の学園祭まで。真っ直ぐな春太の性格が、周りのクラスメイトたちをも巻き込んでいくのです。何ていうのかなー、似たような子たちばかりでつるむのではなく、ジャンル(人をジャンル分けするのもなんですが)を飛び越えて、仲良くしている彼ら彼女らが素敵。

隠し事が嫌いでどこまでも真っ直ぐな春太なんだけど、その真っ直ぐさゆえに、春太よりもナイーブな親友の翔太を傷つけてしまったりもします。担任の斉藤滋(通称・シゲ、性別・女性)の諌め方もいいなー。

あとはねー、春太と翔太(と真島)が所属するのが漫画研究会なので、漫画の話とか、コミケ(変人、真島が超の付くオタクだから)の話も面白かったっす。1-Aの武田さんの漫画、「ルイジアナにひな菊咲いて」も読んでみたい!

「きのう、何食べた?」のちょっと枯れた感じも好きだけど、青春真っ盛り!も楽しかったなぁ。文化祭の打ち上げで、居酒屋でお酒(いや、あれは苦いジュースだったか…)を飲んじゃったりもするんですが、みんないい子たちなのです。そして、ここでも、とにかく料理が美味しそうなのです。春太の姉、さくらの料理が滅茶苦茶美味しそうなんだよね。

「ゆめつげ」/視えてるんです

 2008-12-18-00:18
ゆめつげ (角川文庫)ゆめつげ (角川文庫)
(2008/04/25)
畠中 恵

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時は風雲急を告げる幕末の世。弱小神社、清鏡神社を護る神官兄弟、川辺弓月、信行は、裕福な札差の生き別れた後継ぎを探す騒動に巻き込まれる。

清鏡神社とは別格の神社、白加巳神社の権宮司、佐伯彰彦に頼み込まれ、また礼金にも(主に兄弟の父親が)心惹かれ、兄、弓月は、気が進まぬまま、夢告げを行うことになったのだが…。辻斬りに襲われたり、集まった三組の親子が襲われたりと、白加巳神社の周辺は何かときな臭く、兄弟の身にも危険が及ぶ。

神社を根城にしているらしき浪人たちの目的は?、また権宮司、彰彦の狙いとは?、三組の親子のうち、本物の後継ぎは誰なのか?、札差をたたむ決意をしている青戸屋の意図とは?

お話は謎仕立て。これにおっとりした兄と、その兄を叱咤激励するしっかり者の弟が絡むわけです。

でもねー、いっそのほほんとした雰囲気なら、それはそれで良かったんだけど、この夢告げ。人の体には悪影響を及ぼすらしく、夢告げを繰り返す度に、お兄ちゃんは何度も血を吐いたり、死にそうな目にあってしまうのです。実際、浪人たちの目的にしても、そんな迂遠なやり方しないだろう、と思ってしまうし、なんだかお兄ちゃんの血のにおいばかりが印象に残るのでした…。結構、人死にも出てしまうしなぁ。もう少し柔らかい謎で、この兄弟の掛け合いを見たかったです。

タイトルだって、平仮名で「ゆめつげ」。表紙といい、もう少し柔らかい物語を期待してしまっただけに、ちょっと残念。

「恋するように旅をして」/世界は広いということを

 2008-12-14-23:02
恋するように旅をして (講談社文庫)恋するように旅をして (講談社文庫)
(2005/04)
角田 光代

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目次
「あんた、こんなとこで何してるの?」
夢のようなリゾート
トーマスさん
旅における言葉と恋愛の相互関係について
旅のシュールな出会い系
ナマグサ
超有名人と安宿
旅トモ
行動数値の定量
ツーリスト・インフォメーションの部屋にて
ベトナムのコーヒー屋
宴のあと、午前三時
ラオスの祭
ミャンマーの美しい雨
Where are we going?
ポケットに牡蠣の殻―アイルランド、コークにて
空という巨大な目玉―モロッコにて
幾人もの手が私をいくべき場所へと運ぶ
 あとがき
 文庫版あとがき
 解説 いしいしんじ
小説は読んではいるのだけれど、エッセイはまだ読んだことがなかった角田さん。旅エッセイにも定評があるようだし、「古本道場」(感想)の中にもちらりとそんな話が出てきたので、角田さんの旅エッセイをずっと読んでみたかったのです。というわけで、ようやく読めたよ角田さんのエッセイ本! 面白かったよー。

あちらこちらに、ふらふらと旅をしている角田さんなんだけど、勿論ある程度の英語などは出来るんだろうけれど、読んでいてもこれが決して旅の達人!、とかそういう感じじゃないんだよねえ。

きっとどこに行くとか何をするとか、そういうことが重要なわけではなく、日常とは違う場所に身を置いた時の、自分の感情の揺れ、揺らぎを試すために旅をしているのではないのかなぁ。自分でこれだけ方向音痴だと自覚していて(そして、それを補強するエピソードだって盛りだくさん)、なのにガイドブックも持たず、調べもせずに良く分からない街をずんずん歩いて行くその姿は頼もしくさえあるんですが。

こどもだ。この町にいる私たちはこども的なのだ。約束もなく、束縛もなく、夕方がきて家に帰ってしまうまでの、どこかでだれかに許されていた、あの短い瞬間みたいなのだ。だからこそ、見知らぬ国の見知らぬ町角で出会った私たちは、恋愛も友情も入りこむ余地がないほど、刹那的に楽しい。(「旅トモ」より引用)

大人になって、多少に困ることがあっても、何となくやり過ごすことを覚えている私たち。何も知らないこどもに戻って、その心細さを、次に何が来るのか予測出来ない、そんな瞬間を楽しむような旅。私にはそんな根性はないけれど、角田さんはそうやって感性を研ぎ澄ませているのかしら、と思いました。

ほとんどがアジア、ほんの少しがヨーロッパの旅。スリランカでは、ほとんど奇跡的ともいえる、自らが使用していた幼稚園バスとの出会いを果たす。この「Where are we going?」が良かったなぁ。

バスがどこへいくのか私は知らない。けれど私はかつてのように絶望しない。不安にすっぽりと覆われて小さく震えることをしない。なぜなら私はすでに知っているのだ。私たちはどこかへいき続けなければならないことを。暴力バスに揺られボートにしがみつき小型飛行機でうなだれながら。快適な乗りものも、そうでないものも、そのほとんどを自ら選べずに、けれどだれかに乗せられるのではなく自分の足で乗りこんで、どこかへ向かわなくてはいけないのだ。それがどこかわからないまま。いきたいところなんかどこにもなくても。(「Where are we going?」より引用)

以前に読んだ「対岸の彼女」(感想)を思い出しました。大人であることとこどもであること。角田さんはきっといいバランスの大人なんだろうなぁ。

「おじいさんの思い出」/郷愁と後悔

 2008-12-11-23:58
おじいさんの思い出おじいさんの思い出
(1988/03)
トルーマン カポーティ山本 容子

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転校していった友達に手紙を書いたことはありますか? もしくは、自分が転校した時に以前の友達に手紙を出したことがありますか?

手紙を出すね、とどんなに約束したとしても、新しい日常にすっかり埋没してしまい、出せないままになったこともあるでしょう。どうしているのかな、と頭に浮かんだとしても、そのままになってしまったこともあるでしょう。

この本の中で語られるのは、”おじいさんの思い出”。孫とおじいさんでは、通常残されている時間が違うもの。いつかまた会えるかもしれない同年代の友達とは違って、「いつか」が永遠に果たされなくなってしまう可能性は非常に高い。
僕たちの一族に、先祖代々引き継がれてきたというウェスト・ヴァージニア州の山脈のふもとの家。おじいさんもおばあさんも、家族が一緒に住むことを当然と思っていたけれど、父さんは違っていた。家からいちばん近い道路まで一マイル、いちばん近い町まで三十マイル。必死に畑を耕しても、自分たちが生きていくだけで精いっぱい。息子を学校にやることも出来ず、これ以上豊かになることだってない。父さんはおじいさんとおばあさんを残して、この家を出ていくことを決めたのだ…。

僕は勿論淋しいし、ここを出て行きたくはない。なんでも教えてくれるおじいさん、やさしいおばあさん。小川(クリーク)のほとりはバターやミルクの保存場所であり、一人になりたい時の僕のお気に入りの場所だった。父さん、母さん、僕の僕たち家族が出ていくことで、おじいさんは老けこみ、おばあさんは寝込んでしまう。

それでも、彼らが出て行く時がやって来る。

新しい場所は、僕たち家族にとって思いの外素晴らしいものであり、僕はおじいさんとの約束を違えてしまう。直接聞くことが出来なかった、おじいさんが伝えたかったという秘密。僕が受け取った小さな箱…。
違えてしまった約束を思い出し、切なくなるようなピュアなお話です。おじいさんの気持も、父さんの気持ちもわかるんだー。そして、僕たち家族の事情もね。おじいさんのもとには、おじいさんとおばあさんの面倒を見るという約束で、家と畑の一部を貰うという、新しい雇い人がやってきます。みんながみんな、以前よりも豊かになろうとすると、それはそうやってまるで玉突きのように、移動していかなければならないものなんだよね・・・。
山本容子さんの銅版画も美しく、時に上段に時に下段に、時に一ページ丸々と、ふんだんに盛り込まれていて、作りも凝った美しい本なのです。村上春樹の小説は、実はあまり肌に合わないのだけれど、翻訳本は好きなんだよなぁ。不思議だよね。
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つな がる

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つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
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2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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