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「チェリー」/大切な、思い出

 2008-10-28-21:03
チェリーチェリー
(2007/09)
野中 ともそ

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「おどりば金魚」(感想)が好印象だった、野中ともそさん。そういえばそれっきりになっていたので、また一冊借り出してきました。

いいなー、これ、好きだ。

物語は、私は見たことがないのだけれど、映画「ハロルドとモード」のような少年と老婆(といっていいのかしら)のお話。まんまではなく、少年が長じて婚約者と思い出の地へと旅をしながら回想するという形になっていて、長じての「こいびと」に対するやわらかい愛情を感じさせながらも、既に失われた、かつての生き生きとした美しい情景が語られます。

「こいびと」にも語ることのない、語ることで草臥れてしまう、薄っぺらくなってしまうことを恐れる思い出。そんなの隠してるなんて、今後結婚するにあたりずるいわー、とも思うけど、この関係は確かに語られない方がいいのかなぁ。かつて全力で愛した女性がいた。その過去を大事にしつつも、また新しい女性と出会い、彼女を愛す。それだけでいいのかもしれませんね。

そういうモードになる前に、少年と老婆というキーワードで、私が思い出していたのは、カポーティの「草の竪琴」。なんとなく印象には残っているのだけれど、今では細部もだいぶおぼろ。そのうち、読み返してみたいなぁ。

さて、「チェリー」に戻りますと、両親の離婚により、アメリカから日本へと戻ってきた祥太。十二歳で帰国してから、周囲のキコクシジョへのからかいもあって、中学に上がる頃には学校ではほとんど口をきかなくなっていた。そんな夏休み、アメリカでかつて前妻と暮らしていた家を売るために、伯父が再びアメリカへと渡るという。誘われた祥太も、その夏をアメリカ北西部のさくらんぼの州で過ごすことになる。

叔父の前の奥さん、ベレニスの母親、モリーが住んでから、「売るには適さない」家になってしまったという、伯父の家。祥太は魔女退治だと張り切るのだが…。そこに現れたのは、家の中はとんでもなくはちゃめちゃだけれど、子供のように人見知りをし、子供のような話し方をし、子供のように行動する大人だった。祥太は魔法や妖精とともにあるかのような、モリーの生き方にだんだんと惹かれていく…。

ほとんどおとぎ話のようなエピソードが満載だけれど、モリーが作るお菓子のように甘い話ばかりではない。それでも、夏の、甘酸っぱい気持ちがいっぱい。町をあげてのイベント、チェリー・フェスティバルも圧巻です。

いくら野生動物が来てくれるかなーと思って♪、などとラブリーなことを言われても、実際屋根や壁に穴開けたい放題、床は砂でざらざらとくれば、とても面白ーい♪などとは言ってられないし、そんな年齢差の恋なんて、そんな綺麗なもんばっかりじゃないとも思うのです。でも、良かったんだよなぁ。

ひっそりとモビールを紡ぐように、行ってしまう人との関係性を考えていたモリー。勿論、そういう淡い繋がりもあるけれども、あの夏の一途なおもかげは消えることなく、力強くくっきりとしたひみつの暗号となったのです。ラストは、「西の魔女が死んだ」のようだよ
第一話 魔女たいじ
第二話 ミドリの館
第三話 砂丘
第四話 果樹園
第五話 祭りと海賊船
第六話 さくらんぼ小屋、本日開店
第七話 池に凍る牛
第八話 おわりのパイ
最終話 精霊
Harold & Maude (Aniv)Harold & Maude (Aniv)
(1997/04/01)
CordonCort

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「散文売りの少女」/マロセーヌシリーズ3

 2008-10-27-23:29
散文売りの少女散文売りの少女
(2002/02)
ダニエル ペナック

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「人喰い鬼のお楽しみ」(感想)のマロセーヌシリーズの三作目です。二作目は飛ばしてしまいました…。だって、図書館にそれだけなかったんですもの! 四作目が新しく入ったというのに、わが図書館ってば、なんで二作目だけないんでしょう。

そして、四季さんがご心配してくださっていたように、二作目の粗筋は思いっきり明かされてはいるものの、ま、大勢には影響ないかな。やっぱり読んでみたくはあるんだけど…。

さて、一作目の「人喰い鬼のお楽しみ」では、なんだこりゃー、とかなり目を白黒させながら読んだんですが、人間関係が把握出来たせいか、意外とするする読めちゃいました。

相変わらず、起こる事件は陰惨(拷問され、惨殺される刑務所長とか、ばたばたと銃弾に倒れる出版社社員とか)でもあるんだけど、そういうのを突き抜けて、なぜか楽しいんですよねえ。不思議だわ。

さて、デパートの生贄の山羊から、タリオン出版社の生贄の山羊へと、その居場所を変えたバンジャマン・マロセーヌ。出版社の女社長、ザボ女王の命により、匿名作家J・L・Bのふりをし、プロモーション活動をすることになったバンジャマン。操り人形としてのプロモーション活動の最中、バンジャマンは狙撃されてしまう…。いったい誰が? なぜ?

その後も、J・L・Bのプロモーション活動に携わったタリオン出版社の社員たちが次々と銃弾に倒れることになる。これはバンジャマンの復讐に燃える、恋人ジュリーの仕業なのか??
このシリーズは、バンジャマンたちの母の情熱の果実<パッション・フルーツ>の結果、毎回子供が増えていくのが特徴のようなんですが、今回増えるのは母親の子供ではありません。母は前作で知り合ったとかいう刑事と、長らくの逃避行中なのです。

そもそも、バンジャマンが操り人形となることを承知したのも、この生まれてくる新しい子のため。常に苦難がのしかかるバンジャマンの今回の苦難は、特にお気に入りの妹、クララの結婚話。あと少しで十九歳になるクララのお相手は、なんと五十八歳の刑務所長、クラランス!

まぁ、バンジャマンは、いつだって次から次へと苦労が絶えないわけです…。かつ、バンジャマンが事件の近くをうろつくことで、事件の解決から遠ざかることを危惧したクードリエ警視から、事件に近づくな!と警告されにも関わらず(そして、ちゃーんとその警告を守っていたのに)、バンジャマンは案の定事件に巻き込まれてしまうのです。

バンジャマンたちが暮らす、ベルヴィルの仲間も健在。思い立って、「ベルヴィル」でネット検索してみたところ、ベルヴィル界隈の豆腐屋さんが出てきました。笑 パリは移民の街でもあるもんねえ。

一作目の万引きの件から、私の覚えがあまり良くないジュリー。なんとなく、その最初の出会いのせいで、生活に疲れたおばさんのようなイメージがあったんですが、彼女は実はとても美しい女らしいのです。また、二作目で確固たる地位を築いたらしく、今作ではきっちりバンジャマンの恋人として登場しています。いや、一作目でもそういう関係ではあったんだけど、あまり“恋人”とは感じなかったのよね・・・。ちょっと幼稚なところがあるバンジャマンが、母性の象徴、ジュリーの”おっぱい”に固執しているようでもありますが。

今回、印象深かったのが、実はバンジャマン狙撃の瞬間のこのジュリーの様子。「熱い滝のように噴出する吐瀉物」ですよ。なんとも情熱的? このシリーズ、そもそも映像化にはむいてないと思うんだけど、なんか怖いものみたさで、誰か映画化してくれないかしら、などと思ってしまいます。思いっきりスタイリッシュに撮ったら、格好よくなりそうだなぁ、なんて。

目次
Ⅰ 山羊の職
Ⅱ クララの結婚
Ⅲ クララを慰めようと
Ⅳ ジュリー
Ⅴ 線の価値
Ⅵ 死とは一直線の過程である
Ⅶ 女王とナイチンゲール
Ⅷ 天使だね
Ⅸ ぼく・かれ
あとがき
 訳者あとがき

時間切れ本メモ

 2008-10-26-13:00
まずは、どちらも饒舌な文章に、挫折してしまった二冊の本。

マザーレス・ブルックリン (ミステリアス・プレス文庫)マザーレス・ブルックリン (ミステリアス・プレス文庫)
(2000/09)
ジョナサン レセム

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こちらは、図書館の新刊案内を見ていて、「孤独の要塞」が気になった作家、ジョナサン・レセムの作品。ちょっと変わった探偵ものらしいという前情報で借りてきたんだけど、事件の背景とかミステリ的要素にいま一つのれないままに挫折。

孤児院育ちで、トゥーレット症候群のライオネル・エスログが、脳の命ずるままに語り倒すお話なんだけれど、ライオネルの一人称「自分」にも慣れなかったし、探偵なのかどうなのか、の微妙なラインのまま読んでたから(たぶん、便利屋的仕事をしていた無免許探偵?)、謎に対しての動き方にも戸惑ってしまうというか…。

孤児院育ちのライオネルたち四人の仲間は、十代の頃に兄貴のようなフランク・ミナに拾われる。長じた彼らは、ミナ一家を名乗り、多少に怪しげな仕事に精を出す。ところが、ライオネルとギルバートの二人が見張りをする中、ミナは連れ去られ、ごみ箱の中で血にまみれ、運び込んだ病院で息を引き取る。ライオネルはミナの死の真相を知ろうと動き出す。

この語りにはまれば面白く読めるのかなぁ。トゥーレット症候群に関しては、オリヴァー・サックスの「火星の人類学者」(感想)で読んだ時から、興味があったのです。異色のハードボイルドものではあるのかな。

ノリーのおわらない物語ノリーのおわらない物語
(2004/06)
ニコルソン ベイカー

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なんでか、私はある意味で似ているものを併読する癖があるようで(そして余計苦しくなるんだから、バランスよく違う本を読めばいいんだけどさ)、もう一冊は、少女ノリーのどこまでも続くお喋りにお付き合いする、「ノリーのおわらない物語」。岸本佐知子さんだし、ニコルソン・ベイカーなのにー!!、と思いつつ、途中でちょっとおなかがいっぱいになってしまいました。

ノリーのお喋りに付き合う、心の余裕が必要かと。そして、これはゆっくり読み進めたほうがいいのかもしれませんねー。でも、ノリーの話はどこまでも脈絡がないので、前の話をあっという間に忘れ去りそう…。

お縫い子テルミーお縫い子テルミー
(2004/02)
栗田 有起

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もう一冊は饒舌な語りとかそういうのではないんだけど、実は以前に読んでいたような?、と思った本。「お縫い子テルミー」と「ABARE・DAICO」の二本立て。「お縫い子テルミー」は、日常のようでいて実際にはあり得ない突飛な設定のお話。こちらは嫌いではなかったんだけど、曖昧模糊としたものしか感じ取れず。でも、流れ者のようなテルミーは、面白い存在でした。

「美女と竹林」/森見・Bamboo・登美彦、ミッション、コンプリート??

 2008-10-21-23:22
美女と竹林美女と竹林
(2008/08/21)
森見登美彦

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やみくもに好きなものについて書いてみようとしたら、そこで出てきたのが「美女」と「竹林」だったという、森見さんによる、エッセイとも何ともつかぬ本。でも、小説ではないよね? 読み終わって、たぶんみんな、美女はどこだ?!と思うのだろうけれど、これだけ何も進まない話を面白く読ませちゃう術は流石だなーと思います。

学生時代の研究対象であり、また今でも大好きだという竹林。作家として行き詰った時の保険として多角的経営を考えると、今後は竹林が来る! というわけで、森見氏は職場の先輩、鍵屋さんなる女性のご実家の竹林を預かることになったのです。以前は鍵屋さんの祖父が手入れをされていたというこの竹林。今では荒れ果てているようで…。森見氏は、学生時代からの盟友、明石氏の手を借りて(だって、一人じゃ淋しいから)、この竹林に手を入れることになったのです。

なんだけど! 実際は本業の仕事があったり、執筆活動があったり、執筆にかかわる諸々のお仕事があったり、明石氏は司法試験の受験生であったり、にっくき薮蚊が登美彦氏らを襲ったり、と竹林整備は遅遅として進まないのです。というわけで、途中に挟まるのは、妄想であったり、森見氏の日常&竹林整備が進まない言い訳であったり。

実際手入れが進み始めるのは、担当編集者の方々の手を借りるようになってから? 道具も毎度毎度ホームセンターで購入されているようなんだけど、前回に購入したはずの道具たちはどうなってんでしょ。ノコギリなんかは、消えてなくなるわけもなく。この後も、ほんとに「竹林部」が結成されたんですかねえ。

なんだか、分かるなーと思ったのが、青春のしょうもなさを表現している以下の部分。

ただし明石氏はその能力を、専門たる法律の勉強に傾注するだけに飽きたらず、とにかくもう、お年玉のつかい道を知らない子どものように、めったやたらと浪費した。その余人の追随を許さない圧倒的なお大尽ぶりが、大学内の学生たち(主として男)の繊細で高貴なハートを撃ち抜いた。  (p23より引用)

そういうの嫌いじゃないんだけど、大学に長くいた人って、なんかどこか独特なんだよねえ。無駄であればある程良し、というのも、やはり実社会とはまた違った価値観が支配している場所である証拠な気がします・・・。この明石氏と森見さんのお話は、ほとんど森見さんの描く腐れ大学生のお話そのまま。

面白かったのが、「森見登美彦(MBC最高経営責任者)今、すべてを語る」の部分。妄想って、スバラシイ! 竹林だけでこんだけ妄想出来るのは、作家さんはたくさんいるけど、やはり森見氏をおいて他にないのではないでしょうか。どうでもいいけど、森見さんってセグウェイ好きなのかなぁ。セグウェイには、私はあまり心惹かれないよ…(嵐がCMで楽しそうに乗ってるけども)。
目次
登美彦氏は如何にして竹林の賢人となりにしか
ケーキと竹林
竹林整備初戦
机上の竹林
森見登美彦氏の弁明
登美彦氏、清談に耽る
T君の話
登美彦氏、外堀を埋めて美女と出逢う
竹林は遠きに在りて想うもの
竹林へ立ち向かう四人の男
登美彦氏の夏’07
紳士たちの反撃
孟宗竹分解法講義
腰と竹林
森見登美彦(MBC最高経営責任者)今、すべてを語る(前編)
森見登美彦(MBC最高経営責任者)今、すべてを語る(後編)
大団円の発掘

「知床・北方四島」/流氷の秘密

 2008-10-21-06:32
知床・北方四島 カラー版―流氷が育む自然遺産 (岩波新書 新赤版 1135)知床・北方四島 カラー版―流氷が育む自然遺産 (岩波新書 新赤版 1135)
(2008/05)
大泰司 紀之本間 浩昭

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微妙に挫折本なのだけれど、一応メモ。岩波新書のカラー版って好きなんですよね。写真豊富だし、読みやすいし。ところが、ここのところ、色々な本に挫折している私。アザラシかわいー!、ヒグマ迫力あるー!、とパラパラめくりつつも、本としては完全には読めませんでした。

でも、日本人的には当たり前だと思っていた、「流氷」というものが、ヨーロッパや北米からの観光客からは、「海が凍っている」と驚かれるというのが、驚きだったなー。北海道って日本の中では寒いし北の地方だけれど、世界的に見れば特に緯度が高いという場所ではないのだものね。海が氷で覆われるのは「南極か北極辺りだけ」と思うのも、当たり前といえば当たり前?

流氷はオホーツク海北西部の海上で十一月ごろ生まれ、次第に南へと張り出していく。知床半島をかわした後は、根室海峡を漂いながら二月ごろ太平洋へと流れ出て、五月には姿を消す。太平洋に注ぐ漏斗のこし口に当たるのが、根室海峡や国後水道、択捉海峡となる。

勿論、流氷は「流」氷なわけで、実際にそこの海が凍ってるわけではないのだけれど、世界的に見ても、地理条件による特異な現象なんですね。でも、北の風物詩だし、ニュースの定番だから、特に不思議とも思わなかったんだよな。

そして、流氷は豊富な植物プランクトンを連れてきて、それが豊かな連鎖を作りだすのだとか。流氷あっての、あの豊かな自然環境なんですね。自然環境といえば、返還されない方が自然は守られる、というような考え方が通用したのは、旧ソ連時代までの話なのだとか。米原万里さんの本を読んでいても、旧ソ連時代というのも、悪いことばかりではなかったんですねえ。
目次
 はじめに
第1章 流氷が育む生態系
第2章 海と陸との意外なつながり
第3章 地球に残された「最後の秘境」
第4章 生態系に迫る脅威
第5章 自然遺産を守るために
 おわりに
 主な参考・引用文献

「まっぷたつの子爵」/善と悪と

 2008-10-14-23:44
まっぷたつの子爵 (1971年) (文学のおくりもの〈2〉)まっぷたつの子爵 (1971年) (文学のおくりもの〈2〉)
(1971)
イタロ・カルヴィーノ

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トルコ人との戦争で敵の砲弾を浴びたぼくの叔父、テッラルバのメダルド子爵は、まっぷたつになってしまった! 帰郷した右半身だけの叔父は、容赦のない悪の存在となっていた…。子爵が通り過ぎた道には、子爵によりまっぷたつにされた物たちが残され、村人たちは子爵の訪れを知る。

子爵は村人たちを刑に処する事を喜び、腕の確かな親方に、優れた拷問の道具、処刑のための道具を次々に作らせる。村人たちは子爵を恐れ、親方は自らの作り出す道具がもたらす結果に苦しむ。

そんな中、今度は砲弾により吹っ飛んだと思われていた、子爵の左半身が帰って来た。右半身とは異なり、こちらの左半身は博愛精神に充ち溢れた、まったき善の存在だった!

両者が同じ一人の娘、パメーラに惚れ込んだ結果、決闘が行われることになったのだが…。
まったき悪とまったき善と、子爵はきっぱり二つになってしまったわけですが、悪はともかく善であったとしても、完全な善はそれはそれで迷惑な存在なんですねー。最初はまっぷたつになった子爵に困惑し、彼の残虐な行為に戸惑いながら読んでたんですが、これは完全なる寓話なんだよね。全く医者らしい行いをしない元・船医や、陽気なライ病患者たち、既に意義が失われた信仰を保ち続けるユグノー教徒たちなど、他の登場人物たちもなんだか意味深な存在なのです。清濁併せのむというのとはまた少し違うかもしれないけれど、何でもすっぱり善と悪の二つに分けるわけにはいかないんだよねえ。村人たちにとっての善を押しつける、左半身の「善半」子爵の存在はユグノー教徒たちにとっては、迷惑でしかない。

私は上に載せた方の表紙で読んでたんだけど、下の表紙で読んでたら、また印象が変わっていたかもしれません。ユーモラスな感じで、同じ文学のおくりものシリーズだというのに、えらく違うと思いませんか~? 次は「木のぼり男爵」だ!

まっぷたつの子爵 (ベスト版 文学のおくりもの)まっぷたつの子爵 (ベスト版 文学のおくりもの)
(1997/08)
イタロ カルヴィーノ

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「浅田次郎とめぐる中国の旅」/浅田さんと中国

 2008-10-13-22:45
浅田次郎とめぐる中国の旅 『蒼穹の昴』『珍妃の井戸』『中原の虹』の世界浅田次郎とめぐる中国の旅 『蒼穹の昴』『珍妃の井戸』『中原の虹』の世界
(2008/07/30)
浅田 次郎

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結局、私は全部を読み切ることなく、時間切れになってしまい、浅田さんの小説の美学などを知ることが出来て良かった~!という、そんなちと勿体ない読み方になってしまったんですが、やっぱりメモメモ。「中国」というテーマは、浅田さんの中でずっと繋がっていて、「蒼穹の昴」、「中原の虹」だけではなく、まだまだ続くそうですよー。

何せ「蒼穹の昴」を読んでからも、「珍妃の井戸」を読んでからも、滅茶苦茶時間が経ってしまっていて。分かり易く描いてくれる浅田さんのお陰で、読んでる間は何とかなるんだけど、せっかく浅田さん自身が「蒼穹の昴」縁の場所をめぐり、説明をしてくれるという企画であるのに、いま一つピンとこないままでありましたよ。勿体なー。「蒼穹の昴」、「中原の虹」と合わせて、訪れる場所は、紫禁城、北京、満州、万里の長城の四か所。「蒼穹の昴」は、古き良き北京のイメージが崩れるから、と敢えてその地を訪れることなく、書かれたそうです。

学者と小説家は違っていて、それでも京極さんとか、この浅田さんとか、在野の人たちがこんだけ調べているのが凄いなぁ、といつもその姿勢には頭が下がります。なお且つ、それらをエンターテインメントに仕立て上げてしまうのだから!

以下、インタビュアー・末國善己氏による「浅田次郎、歴史小説を語る」からの引用です。エピソードが血肉になってない小説は、やはり小説とはいえないよね。

誰でも調べたことは書きたくなる。僕はもともと歴史が好きで歴史小説を書いているので、知っていることは何でも書きたくなるのですが、いかにストーリーを妨害させない程度に抑えるかについては、いつも頭を悩ませています。

僕は小説を書く時に、二つのことを憲法にしています。一つは美しく書く。もう一つは分かりやすく書く。

どれほど難しい題材を扱おうと、分からないという読者がいたら作家の負けです。僕は分かる人間にだけ分かればいいという芸術は、間違いなく二流だという芸術観を持っています。頭で考えるのではなく、一目見ただけで驚きがある、感動するのが本物なんです。
その意味では、文字という知的な道具を使っている小説は、表現としては一番難しい。それでも、いい作品を作るためには、分かりやすく書くという努力は必要だと思います。

「ホームズのいない町 13のまだらな推理」/連鎖反応的ミステリー

 2008-10-09-23:53
ホームズのいない町―13のまだらな推理 (FUTABA NOVELS) (FUTABA NOVELS)ホームズのいない町―13のまだらな推理 (FUTABA NOVELS) (FUTABA NOVELS)
(2008/03/19)
蒼井 上鷹

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目次
六本のナポレオン?
被害者は二人
あやしい一輪車乗り
ペット探偵帰る
第二の空き地の冒険
赤い○(わ)
五つも時計を持つ男
吐く人
四つのサイン入り本
銀星ちゃんがいっぱい
まだらのひもで三kg
覆面の依頼人
もう一本の緋色の糸
最初に、まずこれは私の好みの本ではありませんでした。でも、書いておかないと忘れてしまい、性懲りもなくまた手を出しては、あああ!となるので、一応メモメモ。

裏表紙には、「まだらな殺人者(MURDERER)」とあり、まだらなまーだー、うん、そういうセンスの本なのかな。

殺人事件から、小さな謎まで、13の謎。うー、好みでない、と思いつつ、そのまま一応読み続けてしまったのは、この13編が巧妙に繋がっているから。たぶん、範囲はほとんど狭い町内のお話だと思うのに、これが見事に繋がってんだなー。Aという事件が起こったおかげで、実はBという人物がCという被害にあっており、同時にまたDも…という感じ。で、ついつい繋がりが気になって、読んじゃったわけですねー。

でもこの謎が、悪意とか勝手な言い分とか、何だかざらりとする後味なのです。出てくる人々も、キャラクター化されたというか、生身の人間ぽくないし。ただ、パズル的、ゲーム的要素は見事だと思うので、そちらに重きを置かれる方には、面白く読むことが出来るお話なのかも。にしても、この町内、住みたくないなぁ…。

この本で一番ビックリしたのは、あのウーパールーパー(アホロートル)が食べられるということ! 白魚のよう、って言われたら確かにそうかもしれないけど…。いや、北森さんの「香菜里屋」で出されたら、美味しそう!とか思っちゃうかもしれないけど…。

「タタール人の砂漠」/人生というもの

 2008-10-07-23:32
タタール人の砂漠 (イタリア叢書)タタール人の砂漠 (イタリア叢書)
(1992/01)
ディーノ ブッツァーティ

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できれば本に埋もれて眠りたい」のbookbathさんにおススメ頂きまして、読んだ本です。新訳、「神を見た犬」も気になるディーノ・ブッツァーティ。とは言いつつ、お勧め頂かなければ、きっと読まなかった本。ブッツァーティの没年は1972年とのことですが、全く古さは感じませんでした。

「訳者あとがき」にて、これは幻想文学である、と書かれているんだけど、じーつーはー、全く「幻想」だなんて思わずに読んでました。そんな私の本の読み方は、実は素直すぎるかもしれないなんて、最近良く思ったりもします。そのまんまの意味にとりすぎ?汗

さて、物語は青年将校、ジョヴァンニ・ドローゴの生涯をたどる形で語られます。

任官したばかりのドローゴは、町から離れた、古い古いバスティアーニ砦に配属される。国境にある砦としての、重要な時期は既に過去のものであるというのに、それでも砦では、儀式めいた昔ながらの滑稽なほどの厳重な警備が日々繰り返される。

当初、直ぐにこの砦を去るつもりでいたドローゴは、何かを待ち続けるような砦の古株の将校たちにつられてか、自ら砦に残ることを志願する。去って行く者もいれば、残る者もいる。くだらない事で命を落とす者もいれば、後に羨ましく思われるようなやり方で、命を落とす者もいる。そうして、本当に砦を去りたいと思った時には、去ることも出来なくなっているのだ…。そして、ドローゴの掛け替えのない青春の日々は、自身すら気付かないままに、過ぎ去っていく。

ドローゴは、ただただ何とも知れないものを待ち続け、日々は無為に過ぎ去り、年だけがただ重ねられていく。

砦には何も起こらないかといえば、そんなこともなく、ある日、見つけたのは砦の向こう、北の荒野に見える、一筋の小さく黒く細い線。とうとう、待ち続けたその時が来たのだろうか? しかし、その期待は裏切られる。それは、国境を確定する任務を帯びた北の王国の部隊であり、砦の者たちが待ち続けた戦はまだ来ない…。

時が流れ、ドローゴはもはや、彼の古い友人である町の人間と相容れなくなった自分を知る。友人たちが家庭を作り、子をなし、財をなしていく中、彼には砦で待つ僅かな期待しかない…。恋人と言って差し支えなかった、友人の妹とも最早共に生きていくことはないであろうことを知る。

更に時が流れ、友人たちが孫に囲まれ隠居生活を送る中、ドローゴに与えられたのは病。そうして、とうとう砦に待ちに待ったその日がやって来たというのに、病を得たドローゴは砦を追い出され、更には一人、死に向かうことになる…。
人生は、何の保証もないものをただ待ち続けるには短過ぎて、またそのタイミングは時に皮肉であったりもする。ドローゴの周りの人たち、後にドローゴ自身がその姿となる、待ち続けたオルティス大尉、自らの美学に従って死出の旅へ出たアングスティーナ、待ち続けたことで希望に対して臆病者となったフィリモーレ大佐も印象深い。

人は生きる時も死ぬ時も、結局は一人。運命は人の思うようにはならず、時には皮肉としか思えない運命を与えられる者もいる。自分の思うようになるものは、「死」に向かうその姿勢でしかないのだろうか。

ペシミスティックなのかなぁとも思うけど、登場人物たちそれぞれが印象深く、味わい深い物語でした。情景も美しく、読む時期によって、文章から感じ取るものも違いそうです。bookbathさん、読んで良かったです! おススメありがとうございました♪

「ドット・コム・ラヴァーズ」/ネットで、出会う

 2008-10-05-00:18
ドット・コム・ラヴァーズ―ネットで出会うアメリカの女と男 (中公新書 (1954))ドット・コム・ラヴァーズ―ネットで出会うアメリカの女と男 (中公新書 (1954))
(2008/06)
吉原 真里

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勤務先のハワイ大学から、一年間のサバティカル休暇を貰った、人文科系の大学教授、吉原真里氏。この一年をニューヨークで過ごすことにした彼女は、この機会にオンライン・デーティングをしてみることにしたのだとか。

「オンライン・デーティング」というと、日本で言うと、私などは怪しい出会い系サイト??、などと思ってしまうのですが、著者が利用したものはもっと健全なものだそう。アメリカではこのオンライン・デーティングが、既にアメリカ主流文化の一つなんだそうな。

確かに仕事以外、自分の身近な範囲以外にいる人以外との接点ってなかなかないものだし、効率からいってもこういう出会い方もあるのかもしれません。特にアメリカでは、パーティなどカップルで行動することも多いもんねえ。実際、著者もたくさんの男性と出会い、恋人としてではなく友人としてであっても、なかなかに良い関係を結び、なかには同棲まで進んだ相手とまで出会えたのです。

なんでいきなりこんな本読んでんの?って感じなんですが、著者の大学教授というプロフィールに惹かれたのと、ぱらぱらとめくった部分が面白かったから。アメリカにおける研究書の出版事情なども興味深かったです。

私は、オン/オフラインでの「デーティング」をしているわけではないけれど、ブログを通じて感想を言い合ったり、面白い本を教えて貰う友人も出来たわけで、これってやっぱり実生活ではなかなか出来ないことなんだよね。ネットを通じてだと、自分の都合のいい時間に、いいペースでお話が出来るわけだし。そして、ブログのコメントをする時などに、自分が気をつけてることと、似たことが「オンライン・デーティング」においても大事なのかなぁ、などと思いました。文章だけでも、案外分かるもんですよね。

著者の「デーティング」は、ニューヨークでの一年間だけでは終わらず、本拠地であるハワイに移ってからも続きます。今度、降りかかってくるのは、ハワイのコミュニティの狭さと、アメリカ本土との距離。無尽蔵に出会えてしまうことで、逆に「出会い」がきちんと結実するのが、難しくなっているのかもしれません。ジュンパ・ラヒリの「その名にちなんで」(感想)における、主人公ゴーゴリの母、アシマの回想を思い出してしまいます。条件が合うから、全てその時点で理想を満たしているから、だから結婚して幸せになれる、というわけでもなく、それは育んでいくものなんだけどね。
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プロフィール

つな がる

Author:つな がる
つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
興味を持った記事があったり、あなたが読み終えた本について語っていたら、是非あなたの感想を教えて下さい。お待ちしています。

2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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