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「ヴァン・ショーをあなたに」/パ・マル、ふたたび

 2008-08-31-22:59
ヴァン・ショーをあなたに (創元クライム・クラブ)ヴァン・ショーをあなたに (創元クライム・クラブ)
(2008/06)
近藤 史恵

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目次
*Table des matieres*

錆びないスキレット
Le poele ne se rouille pas
憂さばらしのピストゥ
Un pistou malhonnete
ブーランジュリーのメロンパン
Viennoiseries ou pas?
マドモワゼル・ブイヤベースにご用心
Attention a Mademoiselle Bouillabaisse
氷姫
La princesse des glaces
天空の泉
Fontaine-sur-ciel
ヴァン・ショーをあなたに
Vin chaud pour vous
 初出一覧
 sources

「タルト・タタンの夢」のビストロ<パ・マル>再びであります。
おもに<パ・マル>を舞台にしていた前作とは異なり、本作では場所や視点も異なるものがいくつか。関係者以外の視点を通すことで、マンネリを防いでいるのかな。

恋人の不在を描いた「天空の泉」はちょっと大人ですねー。「星の王子さま」の砂漠のバラがキーとなります。「氷姫」は、その名の通り、ちょっとさみしいお話。「マドモワゼル・ブイヤベースにご用心」もそうだけれど、ちょっと恋愛話が多めなのかな? 「ヴァン・ショーをあなたに」は、前作でも何かと出てきたヴァン・ショーのレシピの元だよね。もうすっかり、三船シェフのものとなる前のヴァン・ショー。ここから、現在に至るまで、三舟シェフはいったい何杯のヴァン・ショーを作ったのでしょう。

まだまだ続きもありそうな感じ。次作も美味しく読めるといいな♪
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「ブラックジュース」/常識を揺さぶる短編集

 2008-08-29-00:06
ブラックジュース (奇想コレクション)ブラックジュース (奇想コレクション)
(2008/05)
マーゴ・ラナガン

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目次
沈んでいく姉さんを送る歌
わが旦那様
赤鼻の日
いとしいピピット
大勢の家
融通のきかない花嫁
俗世の働き手
無窮の光
ヨウリンイン
春の儀式
 謝辞
 訳者あとがき
河出書房新社の奇想コレクション、気にはなっていたものの、実はこの本が初めてだったりします。

奇想であるからして、それは少し不思議な話。特にね、短編だからか多くは説明されない中に、その世界独自のルールががっちり存在する雰囲気が良かったな。つまりは、自分の中の常識が揺さぶられる感じがするのです。

訳者あとがきによると、本書は二〇〇五年度の世界幻想文学大賞(短篇集部門)を受賞した、Black Juiceの全訳であるとのこと(「沈んでいく姉さんを送る歌」は、単独でも二〇〇五年度の世界幻想文学大賞(短篇部門)を受賞しているそう)。
■沈んでいく姉さんを送る歌
犯した罪のために、タール池に沈んでいく姉、イッキーを見送る、ぼくたち家族の話。ゆっくりと沈んでいくイッキーの周りに集まった一日。

■わが旦那様
その奥様は、わたしが敬愛する旦那様には、到底相応しいとは言えなかった。ところが、ある時、わたしは彼女に共感を覚える。

■赤鼻の日
ピエロを殺す話。ピエロって確かに、ちょっと禍々しくも見える。

■いとしいピピット
いとしいピピット。そう呼びかけるのは、「キョタイ」の彼ら。

■大勢の家
ある特殊なコミュニティで育った少年が、コミュニティを出て外の世界を知り、そしてまた戻ってくる。

■融通のきかない花嫁
厳しい<花嫁学校>を卒業したわたし。でも、みんなと一緒に<本番>を迎える前に、わたしにはやるべきことがある。

■俗世の働き手
死にゆくばあちゃんのために、おれはじいちゃんに頼まれ、天使を探しに行く。

■無窮の光
おばあちゃんの葬儀のために、今ではゴーストタウンになった街に向かうわたし。汚染されたその地に向かう私の車の中には、種を入れたトレイがある。

■ヨウリンイン
ヨウリンインに家族を殺され、助かったものの町の人たちからも忌み嫌われているあたし。そして、あたしはまたその兆しを見る。

■春の儀式
たったひとり、春を呼び込む儀式に挑むおれ。
常識で言えば、天使というものは白い羽を持った美しい生き物であり、ピエロはその芸を楽しむものである。「いとしい」なんて言葉を使うのは、人間だけだと思いたい。これらがいい感じに裏切られるのが気持ち良いです。
牧歌的な状況の中の残酷な刑を描いた「沈んでいく姉さんを送る歌」、恐ろしげな姿の天使が度肝を抜く「俗世の働き手」が面白かったな~。

「ハドリアヌスの長城」/牢獄からの解放

 2008-08-25-23:31
ハドリアヌスの長城 (文春文庫)ハドリアヌスの長城 (文春文庫)
(2000/12)
ロバート ドレイパー

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主人公である、ヘイドリアンは二重の意味で囚われ人であった。十五歳の誕生日(十五歳以上は、成人と同様に裁かれる)に犯した殺人の罪によって、その後、仮釈放を目前にした時期の脱獄によって。また、ある悪魔に魅入られてしまった罪によって…。

清廉潔白な父を持つヘイドリアン。古い森の人であった祖父は、最初の孫であり、息子の長子である彼に、アール三世という名を付けようとしたが、ヘイドリアンの父はそれを拒否した。父は息子に一族の伝統を束縛と感じさせたくないといい、偉大なローマ皇帝にちなんで、ヘイドリアン(ハドリアヌス)という名を選んだのだ。

「なんでも楽々できたとかいう男の名前を息子につけるというのか。息子に、ただのアールでいるのでは足りないというのか……おまえも王様になれと息子に言うのか……信じられるか……」

様々な重圧が、まだ少年だったヘイドリアンを歪めたのか。彼の罪は、ただ偽の光に魅入られてしまったというだけであったのに。

ヘイドリアンや、親友ホープ、彼の運命の女、ジルが育ち、暮すのは、テキサス州にあるシェパーズヴィルという架空の町。シェパーズヴィルは、刑務所を一大産業とする町。囚人が町を清掃し、農場で収穫をし、テキサス州矯正施設庁長官の家のシェフをし、ハウスボーイを務めるそんな町…。そこには、利権があり、犯罪があり、親子2代にわたる付き合いがある。

文庫裏にあるこの本の紹介は全くの的外れ。

テキサス州シェパーズヴィル。この町では15万人の囚人を収容する州立刑務所が唯一最大の産業だ。ある日、仮釈放寸前に脱獄、8年も逃亡していた殺人犯ヘイドリアンが帰ってきた。幼友達で矯正施設庁長官に納まっているソニーが彼の特赦を認めさせたからだ。ヘイドリアンの帰郷に動揺する住民―監獄の町に仕掛けられた罠とは?

ヘイドリアンの帰郷に住民は全く動揺などしていないし(だって、ここは刑務所の町、シェパーズヴィルなのだ)、むしろ彼を迎える旧知の人々は本質は何も変わっていないと言えるでしょう。偽の光に惑わされていたのは、ヘイドリアンだけではなく、町の人々もまた。

結構、なっがい話なんですが、ずーっと読んでいくと、最後は爆発的だと思います。ここまで読んで良かったー!、と思いました。

その土地の旧家であるエステル家の父娘には、「風の影」を思い出したんだけど、そこまでロマンチックではなかったみたい(というか、見損なったよ、ひどいよ、ジル!)。

誰もが幻惑されずにはいられなかった、ある光。その光から逃れたときに、ヘイドリアンの本当の人生が始まるのでしょう。

訳者あとがきによれば、ロバート・ドレイパーの次の作品は、イタリアのベニスに場を設定し、本作とはまったく趣向の異なる作品になるのだとか。洋書を探してみても、それらしいものはないんだけど…。次作もぜひ読みたい作家でした。

洋書の乾いた雰囲気も、和書の壁と影が印象深い装丁も、両方いいなー。
Hadrian's WallsHadrian's Walls
(1999/05)
Robert Draper

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「数学的にありえない」/起こりそうもない?それが何だ!

 2008-08-24-23:47
数学的にありえない〈上〉数学的にありえない〈上〉
(2006/08)
アダム ファウアー

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数学的にありえない〈下〉数学的にありえない〈下〉
(2006/08)
アダム ファウアー

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目次
<上巻>
第一部 偶発的事件の犠牲者たち
第二部 誤差を最小化せよ
<下巻>
第三部 ラプラスの魔
エピローグ
 謝辞
 訳者あとがき
若き数学者、デイヴィッド・ケインは追い詰められていた。原因不明の神経失調に謎の悪臭。加えてポーカーで作った返せる見込みのない借金。あいつの手にロイヤル・ストレート・フラッシュが出来るなんてことは、確率論的にほとんどありえなかったのに!

上巻では、登場人物の様々な情景がどんどんカットインしてきます。これをどう収束させるか楽しみだー、と思っている間に、物語は加速度を増して下巻へと傾れ込む。

ナヴァ・ヴァナー。彼女はCIAのエージェントにして、ある信念のために、立場を利用して機密情報を敵対組織に売っていた。これまでは巧く切り抜けてきたけれど、彼女は北朝鮮との取引でミスを犯す。二十四時間以内に残りの情報を届け、金を返さなければ命はない。

ドクター・トヴァスキー。天才的科学者にして、ほとんどマッド・サイエンティスト? ある発見をした彼は、愛人である大学院生、ジュリアに対し、危険な人体実験を繰り返す。

ドクター・ジェイムズ・フォーサイス。科学者としての能力よりも、マネジメント能力に長けた男。しかし、優秀な科学者をコマとして使うことが出来るのならば、科学者としての評価などいかほどのものか? そんなドクター・フォーサイスは、何でも情報を覗き放題の<科学技術研究所>所長の椅子を、あと一ヶ月で追われるところ。何としても、ここらで一発、でかいテーマを掠め取っておきたいところだが…。

キーとなるドクター・トヴァスキーの大発見とは何なのか? ナヴァは北朝鮮から身を守ることが出来るのか? ドクター・フォーサイスは、見事、トヴァスキーの研究を横取りすることが出来るのか? ケインに発現した能力とは? 一見、何の関係もなさそうだった人たちの話も見事に絡まってきて、どうなるのか目を離せなくって、ページをどんどん繰ってしまいます。

確率論、統計学、量子力学、いろいろ出てきますが(量子力学に関しての説明はいまいち?)、エンターテインメント性を失わずに、お話を処理する手腕は見事。

ケインの双子の兄で、統合失調症のジャスパーの、韻を踏む癖のある会話も、このスピードに貢献している気がします。

「事情を話してくれる気は-あるか-猿か-割るか-丸か?」

ナンバーズで大当たりをするトミーに関しては、ちょっと可哀想なんだけど、ケイン、ジャスパー、ナヴァの側に立って読んでいれば、ハッピーエンドと言えるのかな。あ、悪役側(?)だし、とんでもない覗き屋なんだけど、監視任務のエキスパート、グライムズも、個人的にはツボでした。

先が気になってざくざく読んじゃうし、登場人物たちもそれぞれに魅力的なんだけど、KGBの忘れ形見というナヴァの設定なんかは、現実味とかそういうのを飛び越えて、実に小説的とも言えましょうか。たぶん、いろいろ欠点もあるんだろうけど、私はこの小説、好きでした。「ダヴィンチ・コード」並みのページ・ターナーっぷりに、同じような値段設定。しかし、この手のエンターテインメント&一気読みが基本な本は、もう少しお安い設定でもいいんじゃないですかねー。と言いつつ、私は毎度の図書館なんですが。

扉の著者紹介を、そのまんま引きます。

1970年生まれ。ブルックリン在住。幼い頃、病で視力を失い、度重なる手術のため少年時代の多くを病院で過ごし、病床で小説の朗読テープを「濫読」する。やがて視力は回復、ペンシルヴァニア大学で統計学を学び、スタンフォード大学でMBAを取得、有名企業でマーケティングを担当。一念発起して執筆した本書でデビューする。本書は日米独伊ほか16か国あまりで出版されるベストセラーとなり、記念すべき第1回世界スリラー作家クラブ新人賞を受賞した。現在、第2長篇を執筆中。

さらにさらに、訳者あとがきから引いちゃいますと、

なお、ファウアーは影響をうけた作家として、アイザック・アシモフ、スティーヴン・キング、マイクル・クライトン、トム・クランシーなどの名前を挙げている。ただし、ファウアーはこれらの作家の作品を”読んだ”わけではない。六歳のときに両目を難病に冒された彼は、膨大な量のエンターテインメント小説を、図書館の録音テープ版でつぎつぎに”聴破”していったのだ。一〇年以上にわたって入退院と手術をくりかえし、その間、つねに失明の恐怖に怯えていたファウアーにとって、こうしたエンターテインメント小説は、「医師や両親でさえあたえてくれなかった”逃避”をもたらしてくれる唯一のもの」だったという。

原題は、「improbable」。起こりそうもない、本当らしくない。著者、ファウアーの来歴を知って読むと、よりぐっと来てしまいます。この世界には色々な選択肢や段階があって、それは無限の可能性でもって伸びていく。でも、起こりそうもないところ、ことであっても、それを選び取って行くのは自分でしかない。ファウアーの第二作も期待しちゃいます。

「王朝懶夢譚」/姫君の恋と冒険と異類の者と

 2008-08-24-22:57
王朝懶夢譚 (文春文庫)王朝懶夢譚 (文春文庫)
(1998/01)
田辺 聖子

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目次
月冴
麻刈
紫々
鮫児
悪来丸

「ああつまらない。あと十年、何ということなく、ただ待つのですって? あたしは海老腰のおばあさんになっちゃうわ。青黴が生えて色が変わるわ。こんな若さが持ち腐れになるっていうの?」

こう嘆くのは、内大臣家の月冴姫。美貌も家柄もどちらも申し分のない月冴だけれど、入内が決まっていた東宮が急死しために、あたら若さを費やそうとしているところ。父と父の一族は、新東宮となった三歳の第二皇子に月冴を入内させようというのだ。乙女にとって十年はあまりに長い…。

わが身を嘆く月冴のもとに姿を現したのは、小天狗もしくは狗賓の外道丸。八つか九つに見える子童の姿をした外道丸は、月冴の境遇にいたく同情し、普通では見られない世の様々なことを見せてやるのだが…。

月冴の性格自体もさばけてるし、なかなかに勇敢だし、所謂深窓の姫らしくはなく、どこか「ジャパネスク」の瑠璃姫を思いださせるところもあるんだけど、何せこっちは誰がどう見ても文句なしの美人! そこはジャパネスクとの大きな違いかしらん。どうも最初っからジャパネスクを連想しちゃったので、ギャグ寄りというかユーモラスな話を期待しちゃったんだけど、実際はギャグっぽくしつつシリアスな話もあり、面白いんだけど、話がギャグに寄るのかシリアスに寄るのか、そこのバランスが読んでて合わない部分もありました。

最初の「月冴」は、月冴姫と小天狗の外道丸の出会いと、月冴が好もしく思っていた仏眼寺の仁照のもとに飛んでいく話。ここはね、文字通り、京の夜空を飛んで行くんだけど、異類たちが飛び交う様子がいいです。一角獣のような獬豸に天禄。正義が行われていれば、地上に降りてその姿を現すのだけれど、何千年、何万年も夜ごと彼らは地上に失望して天界へ還って行く。

野干、白沢、鮫児、猩々、河童…。異類との交わり、姫君の冒険と恋などが、綺麗にまとまった一冊です。今読むと特に目新しいところはないけれども(初出誌は「別冊文藝春秋」平成4年200号~平成6年208号)、安心して読める本ではあります。漫画、アニメなど、ビジュアル化との相性も良さそうな感じ。でも、いまさらそんな展開はないかしら?

「田村はまだか」/待つ

 2008-08-19-23:09
田村はまだか田村はまだか
(2008/02/21)
朝倉 かすみ

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目次
第一話 田村はまだか
第二話 パンダ全速力
第三話 グッナイ・ベイビー
第四話 きみとぼくとかれの
第五話 ミドリ同盟
最終話 話は明日にしてくれないか
なんてったってタイトルがとても印象的。いろいろな方のブログでこのタイトルを見ていて、気になっていました。

「田村はまだか」。「田村」を待っているのは、小学校のクラス会のメンバー、男女五人+バーのマスター、一人。

クラス会とはいえ、すでに三次会。大雪で列車が遅れ、クラス会に間に合わなかった「田村」を、四十歳になった彼ら五人が待つ。舞台は、札幌、ススキノのせまっ苦しい小路にある、十坪ほどのスナック・バー、「チャオ!」。バーのマスターも、「田村はまだか」というフレーズが繰り返されるたび、いつしか彼を待ちわびるのだが…。

四十歳といえば、彼らそれぞれに印象に残る思い出があるわけで、思い出は小学生の頃の話だけではなく、新人の頃のこと、最近のこと、数年前のこと、語り手を変えて飛んでいく。バーのマスター花輪にも、この場所にたどり着いた、またそれなりの理由がある。

学生時代の友人たちが年を経て出会うというと、たとえば恩田陸さんなどが得意とするシチュエーションでもあると思うのです。恩田さんであれば、彼らが話すのは、彼らが共に過ごした学生時代の謎であるかもしれない。でも、ここで話されるのは、小学校六年生にして孤高の存在であった「田村」のことや、大人になってから彼らの心に刻まれた思い出。そういう意味では、ごく真っ当な小説と言えるのかなぁ。

途中までは、ふむふむこういう書き方もあるんだね~、と思って読んでいたし、この本の中で「田村」が登場することをほとんど諦めていたんだけれど…。そこでいったん入る捻りは、どうなんだろう、賛否両論あるんじゃないかな。小説の中のお話とは言え(というか、小説だからこそ、かな。だって、確率的には、そうある出来事じゃないでしょう)、私はそういう運命にはえーー!!、と思ってしまうので、どちらかといえば「否」の方かも。んでも、「話は明日にしてくれないか」の田村、「どうせ死ぬから、今、生きているんじゃないのか」も含めて、かっこいいです。

「安全ネットを突き抜けて」/チャールズ・バクスター

 2008-08-18-23:44
安全ネットを突き抜けて (Hayakawa Novels)安全ネットを突き抜けて (Hayakawa Novels)
(1992/10)
チャールズ バクスター

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目次
安全ネットを突き抜けて
Through the Safety Net
ステンドグラス
Stained Glass
冬の旅
Winter Journey
ソールとパッツィもミシガンで落ち着き始めた
Saul and Patsy Are Getting Comfortable in Michigan
メディア・イベント
Media Event
思いがけない喜び
Surprised by Joy
トーク・ショー
Talk Show
白内障
Cataract
十一階
The Eleventh Floor
グリフォン
Gryphon
ヒューロン河畔のある日曜日午後遅く
A Late Sunday Afternoon by the Huron
アメリカ中西部の孤独/川本三郎
これだから、書いとかないと忘れちゃうのよ!なんだけど、かなり好みの短編集だったはずなのに、今タイトルを見ても、すっと思い出せる話はかなり少ない。情けない話だけど、でも、良かったな~という余韻はたぶん本物。チャールズ・バクスターの本って、そう多いわけでもなさそうなので、残りはぼちぼち時を見て、読んでいこうと思います。

普通なんだけど、どこかずれてる。どこか孤独。フレーズで言うならば、「アメリカ中西部の孤独」という言葉が、確かに実に相応しい。都会的な孤独ではない、どこかしんみりした孤独というか…。具体的なことをだいぶ忘れてしまったので、いつにもまして抽象的な言葉ばかりを連ねてしまうけれども。そもそも、この本は、この「安全ネットを突き抜けて」というタイトルが、図書館で見るたびにずーっと気になっていた本だったのです。

安全のためのはずの安全ネットすら突き抜けてしまう。そこには、なんだか潔さすら感じてしまう。人と人とが完璧に相容れることはないし、孤独だって癒すことは出来ない。それでも、どこか温かい視線を感じるのです。

「6*11=68」という数式だって、実は成立するかもしれない。そんな風に教える「グリフォン」のエキセントリックな代理教師もイカしてます。

「ザ・ロード」/その道の先に

 2008-08-18-23:04
ザ・ロードザ・ロード
(2008/06/17)
コーマック・マッカーシー

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「すべての美しい馬」などの国境三部作、および「血と暴力の国」(未読)のコーマック・マッカーシーの最新刊です。刊行後二か月くらいだから、私にしては割と素早く読んだ方かも。

アメリカでロードノベルと言えば、広大な道を車でぶっ飛ばすようなイメージがあるんですが、これは父と子がひたすら自らの足で歩く、そういう小説です。

舞台は特に明記されていないけれども、核戦争か何か、とにかく人間の生活をまるきり変えてしまうような災害が起こった後の世界。父が過ごした思い出の場所もほとんど姿を変え、子である少年に至っては、災害後に生を受けたため、それ以前の世界を父の言葉でしか知ることがない。荒廃した大地には灰が降り積もり、人間の姿もほとんど見られない。年毎に寒さは厳しさを増していく。父はこの土地でもうひと冬をすごすことを諦め、二人は南へと向かうのだが…。

生き残った人間は、実は彼ら二人だけではない。弱い人間を「食糧」とみなす、「悪い」人間だっている。彼らは身を隠しながら、歩みを進める。残された食料を探し、火を焚き、眠り、水を調達し、歩く。その合間にぽつりぽつりと交わされる、父と少年との会話。ほぼひたすらにその繰り返し。父の拳銃には弾が二発。それは敵に対してというよりは、どちらかといえば惨い目にあわされる前に、少年の生を終わらせるためのものであったのだけれど…。

こんな世界に生まれ、光も希望も知らないはずなのに、少年は驚くほどに他者を思いやる心を失っていない。自分の役目は少年を守ることと、他者と戦い、他者を切り捨てることも厭わない父とは、時に残された弱者をめぐって喧嘩になるほど。それはもちろん、少年が父に守られているからこそ言える言葉では?、とも言えるんだけど…。父と子の会話の中で繰り返されるフレーズ、「火を運ぶ者」。それは自分たちを慰めるだけの気休めの言葉ではなく、彼らは本当にそうだったのかもしれない。
寒く厳しい荒涼とした風景。暑い夏のでろーんとした頭で読んじゃうのは、ちょっと勿体なかったかもしれません。それでも、さすがはマッカーシーの小説で、読んだ後の方が何かと余韻が残るんだけど。

さて、私は小説を読んでいるときに、割とどうでもいいことが気になるタイプなんですが、今回気になったのは、父と子が全財産(防水シートや缶詰だの毛布だの)を載せて運ぶカート。ポール・オースターの「最後の物たちの国で」において、全てが失われゆく街に生きるアンナが、街漁りに使っていたのもショッピング・カートでした。世界の終りのような情景と、ショッピングカートは実は相性が良いのでしょうか。そういうときに使うショッピングカートは、日本の華奢なやつではなくって、やっぱりアメリカのばかでかいやつ? スーパーで世界の終末について、思いを馳せてしまいそうです・・・。

もう一点、思ったのは、マッカーシーの小説は、やはり男の世界であるということ。少年の母は、この状況に耐えきれませんでした。「すべての美しい馬」にも「平原の町」にも、勿論女性は出てくるのだけれど、それは男とは全く別の思考回路で生きている生き物なんだよね。マッカーシーが描くマッチョorタフな女性も、見てみたいなぁ。

「魔法の庭」/美しい泡のような短編集

 2008-08-14-00:04
魔法の庭魔法の庭
(1991/09)
イタロ カルヴィーノイタロ・カルヴィーノ

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目次
蟹だらけの船
Un bastimento carico di granchi, 1947
魔法の庭
Il giardino incantato, 1948
不実の村
Paese infido, 1953
小道の恐怖
Paura sul sentiero, 1946
動物たちの森
Il basco degli animali, 1948
だれも知らなかった
Mai nessuno degli uomini lo seppe, 1950
大きな魚、小さな魚
Pesci grossi, pesci piccoli, 1950
うまくやれよ
Va’ cosi che vai bene, 1947
猫と警官
Il gatto e il poliziotto, 1948
菓子泥棒
Furto in una pasticceria, 1946
楽しみはつづかない
Un bel gioco dura poco, 1952
解説―和田忠彦
イタロ・カルヴィーノを読むのは初めて。もっとトリッキーなイメージを持っていたんだけど、これはそうでもなかったです。印象に残るのは、とにかくきらきらした美しい情景。そこに、イタロ・カルヴィーノ自身の経歴によるものか、パルチザンのお話が忍び込む。とはいえ、それは隣のお兄さんが活動に身を投じてしまったようなもので、決して勇ましくも、あまり血なまぐさくもなく、普通の人の怯え、恐れなどが伝わってくる。

なんとなく短編それぞれのイタリア語を書き残しておきたくて、メモを取っておいていたのだけれど、ずいぶん前に読み終わってしまったので、一編一編の感想は実は既に朧。今残っているイメージは、世界は美しいなぁ、ということを、自分が海底にいて、光射す海面の方を眺めている、そんな感じ。ぷくぷくぷくぷく立ち昇る美しい泡のような短編とでも言いましょうか。
私は例によって図書館でハードカバーで読んだんだけど、文庫のデザインもなかなかいいな。
魔法の庭 (ちくま文庫 か 25-3)魔法の庭 (ちくま文庫 か 25-3)
(2007/08)
イタロ・カルヴィーノ

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「愛の領分」/愛には領分があるのか?

 2008-08-10-23:37
愛の領分愛の領分
(2001/05)
藤田 宜永

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わが図書館で、直木賞特集の本棚が出来てまして、そこから借り出してまいりました。ということで、第125回の直木賞受賞作であります。

藤田宜永さん、初読みです。帚木蓬生さんの、現代離れしたほのぼのとした恋愛小説を読んだ直後だったからか、この情念の世界がなかなか面白かったなぁ。じっとりと濃い。若いころの友情と、自分でも何ともし難い感情の世界が描かれることから、宮本輝さんの「青が散る」を思い出しました。
宮”武”淳”蔵”(テーラー・ムサシ経営)は、妻に先立たれた男やもめ。若いころは随分と遊んだものだったが、今では息子と二人、静かに暮らしている。いつものように静かな仕事場に、若き日に共に遊び歩いた、高瀬昌平が突然現れた。淳蔵は、昌平の妻、美保子にその昔、恋をしており、彼女の手酷い裏切りにあって以来、それまでの交友を断ち、四半世紀ほども高瀬夫妻に会うことはなかった。探偵を雇ってまで、淳蔵を探し出した昌平の真意とは…。

手広く商売をやっている家に生まれ、羽振りが良く、如何にも陽性の坊ちゃんだった昌平は、商売に失敗し、心身ともに別人のようになっていた。美しかった美保子も、重症筋無力症を発症し、衰えを隠せない。淳蔵は昌平のスーツの仕立てを頼まれ、東京から上田に住む高瀬夫妻の元を訪れることになるのだが…。四半世紀を経ての再会により、淳蔵、昌平、美保子、更にもう一人の女性を加えて四人の人生が再び絡まり合う。

もう一人の女性とは、淳蔵、昌平共通の知人である太一の娘、佳世のこと。五十三になる淳蔵と三十九歳の佳世。年齢は若干離れているものの、共に独身の二人。二人の交際には、何の支障もないはずなのだが、この恋にはどこか秘密の匂いが付きまとう。若い日に、不倫相手が自殺した過去を持つ佳世。彼女の書く植物画は、精密で美しいけれど、どこか淋しさが付きまとう。淳蔵と体を重ねるようになっても、その欠落した様子は埋まらず、時に浴びるように酒を飲む。彼女の闇には何があるのか。対する美保子の闇も深い。現実に幸福を見いだせない彼女は、淳蔵に愛された過去に縋り付くようである。

それぞれの人物の陰影が濃いです。淳蔵の亡くなった妻のことを、淳蔵は激しい情愛ではないけれども、愛していたと信じていた。しかし、彼女はおっとりとしたその顔の下で、淳蔵と美保子の繋がりに嫉妬しており、淳蔵の愛は通じていなかったようでもある。また、その母に夫への不信を告げられていた息子も、抑うつを抱えたまま、どこか歪に成長していた。なんか考えちゃうとくらーいし、みんな、もっと思ってることちゃんと発散しようよ!、って感じなんですが、こういうじっとりしたお話も、たまには悪くないなぁ、と思いました。

だけど、悪縁だろうが良縁だろうが、縁には違いない。

人が何を考えているのか、他人には本当の意味で分かることは決してないけれども、それでも人は繋がって生きていく。時にそれは思いがけない因果をもたらすものだけれど、それもまた人生、なんですかねー。昌平と淳蔵のような繋がりは、さすがに一般的とはいえないと思うけれども。淳蔵の職業が、仕立て屋というのもまた素敵です。刹那的なものを抱えつつ、若き日から静かな生活を求めていた淳蔵に、実に相応しい職業と言えるでしょう。キャバレーのボーイから仕立て屋の弟子になる、若き日の選択も凄いけど。
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プロフィール

つな がる

Author:つな がる
つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
興味を持った記事があったり、あなたが読み終えた本について語っていたら、是非あなたの感想を教えて下さい。お待ちしています。

2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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