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「ガニメデの優しい巨人」/人類はどこから来たのか?

 2008-04-30-23:39
01714635.jpg
ガニメデの優しい巨人 (1981年) (創元推理文庫)
(1981/07)
ジェイムズ・P.ホーガン

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「星を継ぐもの」の続編です。お馴染みのハントとダンチェッカーも活躍するのだけれど、今回出てくるのは人類だけではなく、異星人であるガニメアン、心優しき巨人たち。そう、今回はいわゆるファースト・コンタクトものでもあるわけです。

amazonから内容紹介を引きます。

 木星の衛星ガニメデで発見された異星の宇宙船は二千五百万年前のものと推定された。ハント、ダンチェッカーら調査隊の科学者たちは、初めて見る異星人の進歩した技術の所産に驚きを禁じ得ない。そのとき、宇宙の一角からガニメデ目指して接近する物体があった。遥か昔に飛びたったガニメアンの宇宙船が故郷に戻って来たのだ。

高度な科学知識を持ち、また、大きく頑丈な体格を持ちながら、争うことも互いに責める事も知らない心優しき巨人たち。彼らが乗っていた宇宙船は、二千五百年前に母星、ミネルヴァを出発したが、思わぬ故障により、二千五百年後の現代に至るまで、その動きを止める事が出来ず、どこにも到達することも出来なかったのだ。彼らガニメアンたちは、二千五百年前に何を求めて旅立ったのか? 

彼らの帰るべき場所であった惑星、ミネルヴァは、既にガニメアンとは正反対とも言える暴力的性向を持つ、ルナリアンたちによって破壊されていた。失望を味わいながらも、地球の科学者たちと関係を深め、ついには地球への訪問も果たすガニメアンたち。人類は異星人とのコンタクトに熱狂するが、ガニメアンたちは伝説の<巨人の星>を目指して、再び旅立っていく。

彼ら、常に慎重を期するはずのガニメアンたちが、快適な地球での生活を捨て、伝説にしか過ぎぬ星を目指すのはなぜなのか。彼らがミネルヴァを旅立った二千五百年前、時をほぼ同じくして、ミネルヴァ陸棲の動物たちが絶滅したのはなぜなのか。今回も、見事にまとめてくれます。途中、振り落とされそうになりながらも、あちらこちらに散りばめられた謎がぴたぴたとはまり、解かれていく様はやっぱり圧巻。

前回はね、人類の生命力よ万歳!、という感じだったんだけれど、今回は心優しく賢い巨人たちに比べると、人類のほとんどはしたないとも言える生命力や、攻撃性が途中までは恥ずかしくも思えるのだけれど…。そうはいっても、ジェイムズ・P・ホーガンは、きっととても楽観的で明るいものの見方をする人なんだろう。人類に対しても、ガニメアンたちに対しても、やっぱりその目線はあくまで温かい。

それは、まさに扉にある妻への言葉のように。

若草は、たとえ日陰に生出でようとも丹精によってきっと育つものだと私に教えてくれた妻リンにこの書を捧げる

勿論、そのマイナス面を理解しながらも、進歩であるとか、進化、前に進んでいくことを、丸ごと肯定しているように思うのです。

いま一つ、今作において、大きな存在感を示しているのが、ガニメアンたちの宇宙船、<シャピアロン>号のコンピューターである、ゾラック。インターネットもそんな感じと言えばそうだけれど、こんな双方向性を持つ存在に慣れてしまったら、そこから引き剥がされてしまった時に、物凄い喪失感に襲われちゃうんじゃないかなぁ。ハントなんか、この後が辛そう。ゾラックは、アン・マキャフリーの「歌う船」の鋼鉄の乙女、ヘルヴァもかくや、という存在なのです。

すっかり、彼らガニメアンたちのファンになってしまったので、次の「巨人たちの星」もぜひ読まなくては! ここまで読んでも、相変わらず、「星を継ぐもの」のプロローグはまだまだ謎だしね。
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SF

「ダヤンのスケッチ紀行 北欧へ行こう」/池田あきこさんスケッチ紀行

 2008-04-23-23:40
北欧へ行こう (ダヤンのスケッチ紀行)北欧へ行こう (ダヤンのスケッチ紀行)
(2007/10)
池田 あきこ

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目次
魚のおいしいノルウェー
スウェーデンのクリスマス
雪のラップランド―フィンランド冬編―
アンデルセンのデンマーク
白夜のカレリア―フィンランド夏編―
「わちふぃーるどって北欧っぽい」。ずいぶんそう言われたのだそう。2006年冬、8年がかりで作って来た『わちふぃーるどの伝説と歴史を探る長い長い物語』も最終刊に入ろうとしていた池田さん。最終刊の舞台は終わりのない冬に一面の雪。テンションを上げ、この最終刊に挑むため、池田さんはそれまで聖域としていた北欧へ足を踏み入れることを決意した。そうして訪れた冬の北欧。さらに、長編完結後、この『北欧へ行こう』の仕上げに入り、やにわに突き上げたのは、「夏の北欧が見たい。白夜が見たい」との強烈な願い。そんなわけで、この『北欧へ行こう』は、冬と夏の北欧がぎっしり詰まった一冊となったようです。

なにせ、ダヤンがわちふぃーるどに行くのは、ヨールカの雪の魔法の扉をくぐってのことだものね。豊かな森と湖、一面の雪の世界は確かに北欧のイメージなのかも(しかしながらこの旅では、地球温暖化の影響か、ノルウェーから入って、フィンランドに至ってようやく雪が見られたようだけど)。

電車に乗ったり、舟に乗ったり、料理を見せてもらったり、料理をしたり、サイドカーに乗ってツーリングをしたり、サウナに入ったり。そして、とにかく良くスケッチをしておられること! それはまるで、あちこちに首を突っ込み飛び込んでいくダヤンのよう。ダヤンの人懐っこく、皆に愛される性格は、作者である池田あきこさんのものでもあるのかも。

このシリーズ、他に出ているのが、『モロッコへ行こう』、『英国とアイルランドの田舎へ行こう』、『イタリアへ行こう』、『ドイツの古城とライン川を行こう』。雰囲気ありそうな、『英国~』も気になるし、意外なところでは『イタリアへ行こう』も気になるなぁ。ダヤンとはあまり関係なさそうだけれど、なんだか美味しそうだし。

「雨ふり花さいた」/座敷わらしとの旅

 2008-04-22-22:33
雨ふり花さいた雨ふり花さいた
(1998/04)
末吉 暁子、こみね ゆら 他

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これまた、こみねゆらさんの絵に惹かれて借りてきた本。蛍袋と思われる花が咲く原っぱの上を、女の子が赤い着物のわらしに手を引かれて飛んでいる。表紙はそんな絵です。

主人公は小学校六年生のユカ。六年生とは言え、都会の現代っ子であるユカは、なかなかに大人びている。六年生の夏、ユカはフリーライターの父、謙介と共に東北にある、とある旅館にやって来る。今ではすっかりさびれてしまっているけれど、この旅館は実は座敷わらしが出る旅館として有名であった。ユカは早速何かの気配を感じるのだけれど…。

今一人の主人公と申しましょうか、それは座敷わらしの茶茶丸。表紙の赤い着物の彼ですね。そう、お気に入りの茅葺屋根をトタンにされてから、すっかり座敷わらしとしての本分を果たす気は失っているけど、この旅館にはほんとに座敷わらしがいたのです。茶茶丸はユカに出会い、「風に飛ばされていった先で出会う”とりこ”」に似ているユカに興味を持つ。何とか言葉を交わせるようになった茶茶丸とユカの二人。茶茶丸は”とりこ”に伝え忘れたことがあることを思い出し、ユカは茶茶丸の手助けを買って出るのだが…。

三番目の風に乗って飛び立つとき、茶茶丸は時空を越えてゆく。だけに、茶茶丸の話は、時系列もまるでバラバラなんだけれど…。ユカもその旅に付き合い、東北地方の貧しい村に生まれた”とりこ”の生涯のある部分を辿っていく。

自身も若干の問題を抱えているとはいえ、現代っ子であるユカが、自分の中にある優しさに気付いていくというか、だんだん素直になっていく過程がいいなぁ。なーんて、ちと教育的な観点は無視しても、優しい座敷わらしとの出会いが羨ましい。

ここに出てくる不思議は、座敷わらしの茶茶丸だけではなくって、ほんのちょっぴり登場する、茶茶丸の幼馴染の花坊河童もまたいいのです。以後は、座敷わらしではなく、茶茶丸と花坊河童の夫婦漫才が名物になるのかも。
目次
1 屋根の上の茶茶丸
2 歌声のぬし
3 月あかりの下で
4 風にのるユカ
5 雨ふり花の咲く野辺
6 足にむすんだ紙の謎
7 金のベコのゆくえ
8 今淵の館
9 ありがとう、茶茶丸
 あとがき

「猫のパジャマ」/ねこ!

 2008-04-20-23:18
猫のパジャマ猫のパジャマ
(2008/01)
レイ・ブラッドベリ

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のパジャマって?

のパジャマ】すばらしい人/ものを意味する俗語

なんだそうな。

「序文」には、ブラッドベリ自身の言葉により、これから読むことになる短編の背景が書かれてます(サービス精神は分かるけど、ネタばらし的でもあり、これ、ない方がいいんじゃないかなぁ。もしくは後ろに持ってくとかさ)。

有色人種と白色人種、見えないものの恐怖、見えないからこその美しさ、そして幻滅。郷愁も豊かに描かれるのだけれど、実はこの表紙以上に素敵な短編には巡り合えなかったのでした。

これはこの装丁の勝利だな~。に関わるのは、「のパジャマ」のみ。こちらはなかなかロマンチックな物語になっております。

気になったのが、

^^
このカバーには耳が付いています

ところが、図書館で借りた私の場合、当然思いっきりフィルムコートされちゃってるので、その耳を確認出来ず。心残りだ~!
目次
 序文―ピンピンしているし、書いている
さなぎ

夜明け前
酋長万歳
ふだんどおりにすればいいのよ
まさしく(オーレイ)、オロスコ、シケイロス、然り(シ)!
屋敷
ジョン・ウィルクス・ブース/ワーナー・ブラザーズ/MGM/NBC葬儀列車
用心深い男の死
猫のパジャマ
三角関係
マフィオーソ・セメント・ミキサー
幽霊たち
帽子はどこだ、急ぎはなんだ?
変身
ルート66
趣味の問題
雨が降ると憂鬱になる(ある追憶)
おれの敵はみんなくたばった
完全主義者
エピローグ―R・B、G・K・C&G・B・S永遠(とわ)なるオリエント急行
 訳者あとがき

「桃山ビート・トライブ」/バンドやろうぜ!in 安土桃山

 2008-04-17-21:47
桃山ビート・トライブ桃山ビート・トライブ
(2008/01/05)
天野 純希

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自由な信長時代に、自らの魂に「ビート」を刻みつけられた若者四人。

ボーカルこそいないものの、これは安土桃山時代における、「バンドやろうぜ!」だと思うのです。

四人がそれぞれ対等ではあるかと思うんだけど、リーダー的な役割を果たすのは三味線をかき鳴らす藤次郎。突っ走る藤次郎に対して、凸凹コンビのように対をなすのが、少々心配症でもある小兵太。笛担当の彼は作り手から演じ手に転向した過去がある。ここに加わるのは、異国からやって来た黒い肌の弥介。なんと、この名は信長から貰ったもの。彼の太鼓が繰り出すのは、その血に刻まれた躍動感あふれるビート。穏やかな性格の彼はまた、藤次郎と小兵太との仲裁を務める事も多い。さらに紅一点、見ているものの心を掴む、ちほの踊り。滅法強く、大酒のみの大食らい。お色気担当というわけにはいかないけれど、実は美しい娘だったりもする。

この四人、それぞれに共通するのは、ロック魂とでもいいましょうか。パトロンの庇護を受け、貴顕の人々の邸に呼ばれて、一時の余興になるのが成功への道だとしても、観客の熱狂のない所に用はない。

心配症で保守的な小兵太がふらふらと他の一座にいってしまったり、彼らが一時庇護を受けた、豊臣秀次やその一族の悲劇的な結末を描きつつも、基本的には明るい造り。何かと規制がかかり、庶民たちが抑え込まれる中、それだからこそ爆発する生のエネルギーがあるという、そんな物語でした。

観客に立つことを求め、自らも立って演奏する彼ら「藤次郎一座」改め「ちほ一座」のライブのように、一気にガーっと読むのがいいのかも。第20回小説すばる新人賞受賞作とのこと。全てが巧く運び過ぎているとか、口調がやたらと軽いとか、多少気になる点はあるものの、この勢いは悪くない。軽く読んで楽しくなることが出来る。そんな時代小説もありかもしれません。
目次
イントロ
序の譜
破の譜
急の譜
アウトロ

「とっても不幸な幸運」/その缶が見せるのは…

 2008-04-14-23:33
とっても不幸な幸運とっても不幸な幸運
(2005/03)
畠中 恵

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「しゃばけ」シリーズの畠中さんの現代物です。新宿の地下に古くからある、滅法腕っ節の強いオーナー店長+赤と金色に髪を染め分けたウェイター二人で切り盛りする酒場、その名も「酒場」。酒場の名前が「酒場」だなんて、ひねくれ者の証拠だと常連客は言うのだが…。三十代半ばの店長がひねくれ者なら、常連客たちもこれまた癖のある人物ばかり。さて、常連客ばかりのこの「酒場」で語られるのは…。
序章
第一話 のり子は缶を買う
第二話 飯田はベートーベンを聴く
第三話 健也は友の名を知る
第四話 花立は新宿を走る
第五話 天野はマジックを見せる
第六話 敬二郎は恋をする
終章
腕っぷしも強いけれど、なかなかの推理力を見せる店長。これは良くある料理+ミステリの小説か?、と思ったのだけれど…。タイトルにもなっている「とっても不幸な幸運」という名の缶詰、実はこれがカギとなっているのでした。ただの現代物ではなく、妖こそ出てこないものの、「しゃばけシリーズ」と同様、この本にも実は「不思議」が詰まっている。

第一話にて、店長の義理の娘、のり子によって「酒場」に持ち込まれたこの缶詰。のり子はこの缶詰を百円ショップで見つけたというのだが…。その缶を開けたとき、居合わせた者たちは幻を見る。さて、この缶は不幸を呼ぶのか、幸運を呼ぶのか?

実際、それぞれの章で語られる、「酒場」に纏わる人々の話は、結構ヘビーだったりするのだけれど、そこはそれ、少々漫画チックでもある人物造形にも助けられているというか…。なんというか、「世にも奇妙な物語」のような一話完結のドラマを見せられている感じ?

まるで見ざる聞かざるのような、表紙の妖精にも見えるイラスト。うーん、缶の中には彼女たちのような妖精が詰まっていたのかしら? 缶の不思議については、明かされることがないのだけれど、第六話「敬二郎は恋をする」のみは、昔の「酒場」の話が語られ、そこにはこの「とっても不幸な幸運」の缶詰は登場しない。それでもやっぱり、ここでもキーになるのは「缶」。「酒場」はどうにも「缶」と縁が深い場所のよう。

すごい面白いか?、と言われると、本としてそこまで面白いわけではないんだけれど(料理も美味しそうだけど、ものすごく美味しそうかと言えば、これまた微妙)、これ、ドラマにしたらいいんじゃないかなぁ、と思いました。「とっても不幸な幸運」。こんな缶があったら、やっぱり開けたくなっちゃうかな。
とっても不幸な幸運 (双葉文庫 は 18-1)とっても不幸な幸運 (双葉文庫 は 18-1)
(2008/03/13)
畠中 恵

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文庫も。ちょっと芋虫のようにも見えますね。

「はまゆり写真機店」/古き良きもの

 2008-04-13-23:49
はまゆり写真機店 (わくわくBOOKS)はまゆり写真機店 (わくわくBOOKS)
(2000/06)
こみね ゆら、茂市 久美子 他

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「ニコルの塔」(感想)を読んだ時に、こみねゆらさんの絵をもっと見てみたいなぁと思って借りてきた本です。絵本なので、絵もたっぷり~で、満足の一冊でした。

海辺の町にある小さなカメラ屋、その名もちょっと古めかしい「はまゆり写真機店」。一年前に、父である朝吉さんが亡くなり、今では周一さんという若者が一人で切り盛りしています。

ある日、一人のおばあさんが、はまゆり写真機店にやって来る。彼女は、自分と娘たちをもう一度写してほしいというのだけれど…。「写真機店」というだけあって、このお店はカメラを売るお店であって、写真を撮る店ではない。周一さんを朝吉さんと呼ぶおばあさんは、朝吉さんに自分たちを写して欲しいのだというのだが…。

満月の夜、いつもの砂浜で…。そうして、約束通り、周一さんを迎えにやって来た娘は…。

「写真をとるとき、いちばんたいせつなことは、うまくうつりますようにって、心をこめることだ。おせば、すぐうつるようなカメラは、べんりかもしれないが、心をこめるひまもなくて、おれは、きらいだな」

父の言葉通りに心をこめて、周一さんは亡き父の古いカメラでおばあさんたちを撮る。

美しく、幻想的なお話です。カラー部分の色合いも綺麗。そばかすのある女の子を見ると、今後も思い出しそうなお話でした(いや、自分もあるんだけど、ね)。

「人類学者のクッキングブック」/食の文化

 2008-04-12-09:45
人類学者のクッキングブック (1983年)人類学者のクッキングブック (1983年)
(1983/04)
ジェシカ・クーパー

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図書館の本は原則二週間で返却。延長して粘ったんだけど(延長は1回までなので、一ヶ月間は手元にあったことになる)、結局、全部は読み通せなかったな~。

とりあえず、メモメモ。
目次

はしがき
Ⅰ ヨーロッパ
Ⅱ 中東
Ⅲ アフリカ
Ⅳ アメリカ、西インド諸島
Ⅴ 東南アジア、セイロン、日本
Ⅵ 南太平洋、オーストラリア
訳者あとがき
は文化。正直美味しくない物も、他にべられる物、栄養学的にもっといい物があったとしても、その国だけでべられるものがある。外から見たら、こちらに代替出来るのでは?、と思っても、その物でなくてはならない歴史や経緯を含んだ理由がある。

「序」から引くと、本書に執筆を依頼された人類学者たちは、料理の材料と、それらが料理され、べられるまでの道筋を書いて欲しいと頼まれたのだとか。たいていの項では、その社会一般の料理についての説明がひとくさり、その後に代表的料理についての説明と、用意するもの、作り方が載せられています。でも、取り上げられる国も違えば(つまり筆者である人類学者も異なるというわけ)、アプローチも少々違ったりして。型にはまった紹介にはなってません。また、「はしがき」にもあるんだけど、たとえばアース・オーブン(地炉)など台所に収まりきらないものや、なまものなので調理法とは呼べないとか、執筆を依頼された人類学者たちを苦戦させたものも多かったらしい…。そういった調理法は、日本はともかく、英語圏では考えられないものなのかも。

ただね、これ、ほんと色々な国、色々な部族の料理が紹介されているんだけど、既に何らかの知識があるところでこれを読めばいいんだろうけど、ほとんど全部が未知の状態で読むのは辛い。その辺が、全部読み切れなかった理由です。

「日本」の項がどう書かれているのかが、ちょっと楽しみだったんだけど、残念ながら、この項は訳者でもある日本の方が書かれていたのでした。ちなみに取り上げられた料理は、カツどん。もっと、未知の国ニッポン!、として外から見た文化を見たかったんだけどな~。とはいえ、日本料理も今ではメジャー(この本の刊行は1983年だけど)。そんなに怪しげなものにはならないかしら?

「序」から引用します。

獣医は、べものを動物のエサとみなしていて、食べものがもっている大きな象徴的な力を認めるというよりは、単に体に力を与えるだけのものと考えている。この考え方は、われわれにとっても便利なものである。しかし、以下のページを何気なく読んでいくだけでも、われわれは、肉体的な要求とはほとんど関係のない満足感を感じることだろう。食べものはエサではない。この本を、食べものについての人類学的系統だての、ひとつの出発点にしたいものである。 p25

きちんと読み切ることは出来なかったけれど、こういう心意気で本が編まれたということいいよねえ。

「Ⅵ 南太平洋、オーストラリア」では、日本の石毛さんによって、ポナペ島のロースト・ドッグ(まさに丸焼きのイヌ)が紹介されている。「訳者あとがき」によると、執筆を依頼されたのが、日本人が動物を虐待するとして、英国のジャーナリズムが騒がしかった頃であったため、いたずら気を出したとのこと。これは鯨のこと? 食「文化」なのだから、その歴史や経緯を知りもせず、一面的に悪と決め付けるのは、やっぱりおかしいよね。

「月の下で」/月夜はお好き?

 2008-04-10-21:31
月の下で月の下で
(2006/03)
森 光伸

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表紙の写真もぽっかり浮かんだ月が美しいけれど、開いても美しい月の写真が満載です。さらに嬉しいのは、「読み物」としても楽しめるこの作り!

コラムの「世界の神話から」では国外の神話なども紹介されるけれど、プロローグには竹取物語、エピローグには枕草子。更には万葉集、源氏物語、土佐日記、俳句、謡曲などなどからとられた文章が、それにふさわしい月の写真とともに紹介されます。また、「月の本棚」では、まさにその名の通り、月に纏わる本が紹介されます。「月の本棚」などと言われると、ぱっと思い浮かぶのはアンデルセンの「絵のない絵本」なんだけど、基本的には日本の月にこだわったのかなぁ。ここで紹介されるのは、宮沢賢治に小川未明、火野葦平です。

火野葦平さんは、初めて読んだんだけど、幻想的で美しい世界にうっとりしました。この「月の本棚」の部分は、写真部分の光沢のある紙とは違って、ざらざらの厚みのある紙。その分、落ち着いて読めるかな~。この部分では、写真ではなく長谷川潔氏の版画が紹介されているのだけれど、それもまたいい感じなのです(横浜美術館の企画展にリンク)。

「月かげ」というお話は、ある河童のお話なんだけれど、河童のおろかさと孤独の哀しみが、月夜にぴかりと光るような美しいお話です。河童の好物だという茄子の表現の美しさ、涙によって死んでしまうという河童の伝説の美しさ、好きだなぁ、これ。
底本は「新装版 河童曼荼羅」なんですが、旧仮名遣いを現代仮名遣いに改め、読みにくいと思われる漢字には振り仮名をつけているのだそう。読みづらいかもしれないけど、読んでみたいなぁ。

小川未明さんの「月とあざらし」は、子をなくしたあざらしの悲しみと、それにそっと添ってやる月の優しさが、宮沢賢治の「月夜のでんしんばしら」は、電気総長のじいさんがいいなぁ。
目次
竹取物語 プロローグにかえて
第一章 月と神と
第二章 恋し月夜
第三章 旅空に月
月の本棚から
 月夜のでんしんばしら 宮沢賢治
 月とあざらし 小川未明
 月かげ 火野葦平
第四章 月もひとり
第五章 怪しの月
 コラム 世界の神話から①、②、③
枕草紙より エピローグにかえて
長谷川潔作品集―京都国立近代美術館所蔵長谷川潔作品集―京都国立近代美術館所蔵
(2003/02)
京都国立近代美術館

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河童曼陀羅河童曼陀羅
(1999/07)
火野 葦平

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「ニコルの塔」/塔の秘密

 2008-04-08-23:13
ニコルの塔ニコルの塔
(2003/11)
こみね ゆら、小森 香折 他

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厳格な修道院学校の寄宿舎で暮らす少女ニコル。寄宿舎と学び舎である塔の間を、生徒たちは日々行き来する。修道院学校の主要教科は刺繍なのだけれど、中でも選ばれた生徒12人だけが、最上階の尖塔部分に住む院長先生の教えを受けることが出来る。ニコルは親友のザザや、いけすかないフォリスと共に、その12人に選ばれるのだが…。

ニコル達は「塔の主」こと院長先生の教えを受け、針の運びを示す針路指定図に従って「地球のマント」に針を刺す。院長先生が言うには、これは遊び半分の授業ではなく、細心の注意と最高の技術が必要とされる仕事。神聖なる仕事場であるこの部屋で見聞きしたことは口外してはならず、また「地球のマント」に針を刺している時には決して声を出してはならない。

ニコルは徐々に、この世界のおかしさに気づいていくのだけれど…。この修道院学校で尊ばれるのは、何よりも従順さと沈黙。

すべてを受けいれよ。
疑問をいだくのをやめよ。
考えるよりしたがうことが、
わたしたちのつとめ

さて、ニコルはどうするのか?
もくじ
1 寄宿舎
2 塔の主
3 刺繍針
4 お茶の時間の珍客
5 サルヴァドール
6 異端者
7 鏡のむこう側
8 蝶の色
9 幻覚のウィルス
10 ひそやかな墓所
11 地下室
12 刺繍された記憶
13 城への道
14 鳥の城
15 あかずの間
16 べつの世界で
17 逃亡と帰還
あとがき
この独特の雰囲気がある表紙絵のように、濃厚な霧の中でお話が進むような雰囲気です。こういう雰囲気、好きだなぁ。

「地球のマント」にはある秘密があるのだけれど、確かに艶やかに施された刺繍には、そんなことがあっても不思議ではないかも、と思わせるところがある。実際、実はお話の構造としては、良くある少女物と言い切ってしまうことも出来るけれど(氷室冴子さんの「シンデレラ迷宮」や、雰囲気は全然違うけど、舞城王太郎さんの「阿修羅ガール」など)、塔、刺繍、寄宿舎、シダ猫、鳥の王などなど、なんといってもモチーフがとっても魅力的なのです。

ネットで検索していたら明治学院大学社会学部の稲葉振一郎氏が作成された「レメディオス・バロ ギャラリー」というページ(リンク)を見つけました。

あとがきによると、この中の「塔に向かう」、「大地のマントを刺繍する」、「逃走」の三枚の絵が、このお話の元になったのだとか。この物語を読んだ後に、この絵を見るとまさにぴったり~! これはこの本を読んだ後に見た方がいいみたいだけれど、確かに同じ世界が拡がっていて、この物語の世界がより深まること請け合いです。

鳥の王、アブラクサスには、ヘルマン・ヘッセの「デミアン」を思い出しました。主人公シンクレールへのデミアンの言葉。

「鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサスという」

これ、なんか、好きなんだよねえ。
デミアン (新潮文庫)デミアン (新潮文庫)
(1951/11)
高橋 健二、ヘッセ 他

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表紙が可愛くなってます。若い人向きに新装版にでもしたのかなぁ。
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プロフィール

つな がる

Author:つな がる
つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
興味を持った記事があったり、あなたが読み終えた本について語っていたら、是非あなたの感想を教えて下さい。お待ちしています。

2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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