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映画バトン!

 2005-11-30-17:49
喜八さんから、「映画バトン 」を頂きました。早速、いってみます。

1.初めて映画館でみた映画
母に連れられて行った、ディズニーの「ファンタジア」か、アニメ映画の「北極のムーシカミーシカ(1979)」が最初だと思うんですが、この頃母に連れられて見た映画で、印象に残っているのは、実は映画そのものよりも、凍らせて持っていったパックのジュースの事だったりします。これでいいのか、情操教育!(一応、上映された年を調べてみたのですが、「ファンタジア」は分からなかったし、「北極の~」なんかは、三歳離れた弟と一緒に行ったとは思えない・・・)
きちんと覚えているのは、「E.T.(1982)」。ピアノの発表会の後に、母に内緒で父が連れて行ってくれました。


2.最後に映画館でみた映画
先週の土曜日に見た、「ハリー・ポッターと炎のゴブレット 」。
ハリポタはなぜか、直ぐ観なきゃ!という気になります。イベントだから?

3.心に残りつづける映画

「ニュー・シネマ・パラダイス」。音楽から、何から何まで、大好き!
でも、「完全版」よりも、普通のバージョンの方が良いように思います。
大学時代にリバイバル上映されていたのを、映画館に観に行った事もあります。
せまーい映画館で、終わる頃には啜り泣きがあちこちから漏れてきて、妙に一体感があったのを覚えています。

4.愛する人とみたい映画
うーん、うち、夫と映画の趣味が合わないんですよ。ということで、勝手に質問をスライド。「ハリー・ポッター」で予告編を見て、「観に行こう!」と言っているのが、「Mr.&Mrs. スミス 」。ああ、ミーハーだなぁ。でも、こういうノリの映画も好き。何も考えず、ただ楽しい♪ 

5.ホラー
ホラーは苦手。「フェノミナ」や「サイコ」くらいでギリギリです。でもこれって、「ホラー」の定義に合致してます?
「フェノミナ」は、中学生の頃にビデオで見たのだけれど、ジェニファー・コネリーが美しかった~(でも、虫は怖いです、うん)。

そういえば、映画館で「ホラー」を見たことがありません。多分、これまでに映画館で見た一番ホラーに近い映画は、「世にも不思議なアメージング・ストーリー」です。ああ、ヘタレ・・・。

6.バトンをまわす人
映画好きの方は、既にやっておられるのでしょうか。出来ましたら、トラバで教えてくださると、嬉しいです。やってみてもいいぞー、という方がいらっしゃいましたら、是非是非お持ち下さいませ♪
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「イン・ザ・プール」/名医?

 2005-11-30-09:32
奥田英朗「イン・ザ・プール」

2005年春にドラマ化されたのを、つらつらと流し見していて、これが結構好感触だったので、図書館で借りてきた。ちなみに、ドラマ化の際のキャストは、トンデモ精神科医伊良部に阿部寛、相棒のセクシー看護師・マユミは釈由美子。阿部ちゃんは色白でも肥満でもないよー、と思うけれど、それを除けば残りは全てドラマの空気感(逆に言ってしまうと、ドラマで見たものは、読まなくても大丈夫なくらい)。軽く、楽しく読める。

「伊良部総合病院」の地下一階には、「神経科」が存在する。
総合病院自体は、白壁の清潔そうな建物なのだけれど、「神経科」は閑散としていて、如何にも怪しげ。そして、ここに常駐しているのが、注射フェチのトンデモ精神科医伊良部。患者は大抵、階上のまともな科から、匙を投げられ、回されてきた者たちばかり。彩を添えるのは、セクシーな看護婦マユミだけれど、彼女もまた無愛想この上ない。伊良部は病院の跡取りであるために、何とか仕事を与えられているように見える・・・。

■イン・ザ・プール
患者:大森和雄
職業:出版社勤務
症例:心身症(不定愁訴)
治療:一緒に泳ぐ!

「会社依存症とかボランティア依存症だとか無農薬野菜依存症とか、人間にはいろいろな依存症があるけど、水泳なんてのはもっとも害がないんじゃないかな」

心身症は神の采配、抗わないこと。『なすがままに』が一番いい。

■勃ちっ放し
患者:田口哲也
職業:中堅商社勤務
症例:持続勃起症または、陰茎剛直症
治療:感情を爆発させる

伊良部は、自分がこれまで出会ったことのない変人中の変人だ。彼にはきっと悩みなどないのだろう。欲望の赴くままに行動し、わめいて、笑って。
五歳児に悩みがないのと一緒だ。

人間には修羅場の経験が必要で、それがまた生の実感に繋がる。
たまには、体中を熱い血が駆け巡る体験が必要なのかも。

■コンパニオン
患者:安川広美
職業:コンパニオン
症例:被害妄想
治療:肯定してあげる

「眠れない人に眠れって言っても無理でしょ。眠れないなら起きてればいいって言えば、患者はリラックスするじゃない。結果として眠れる」

思いっきり肯定して、寄り添ってくれる人がいれば、何とかなってしまう事もある。

■フレンズ
患者:津田雄太
職業:高校二年生
症例:ケータイ中毒
治療:ただダベる

伊良部の無邪気さがうらやましかった。それはもしかすると、今の世の中ではもっとも強い武器のように思えた。

セクシー看護師マユミの理想のタイプは、”大勢で遊ぶのが苦手だから”、「友達がいない奴」。孤独はさみしくはあるけれど、それは決して怖いものではない。

■いてもたっても
患者:岩村義雄
職業:ライター
症例:強迫神経症
治療:確認行為の習慣化&ライバル医院に嫌がらせ?

「ルポライターは天職じゃん」「楽天家じゃ務まらないわけだから」

人を深刻にさせない精神科医って、名医なのかもしれない。
心配する人と、させる人で成り立つ世の中。でも、心配ばっかりしているのは、天職に役立つものとはいえ、ちょっと損した気になりそう。
****************************************
ストレスは人生についてまわるもの、無理やりではなく別の事に目を向けさせる伊良部は、やっぱり名医? 深刻な悩みは難しいものだと思うけれど、脱力出来た時点で、悩みの大半は溶け去っているのかもしれない。行く度に注射されてしまうのは、嫌だけれどね。

奥田 英朗
イン・ザ・プール

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

「激動の世界史に出会う」/世界史の舞台を見る、知る

 2005-11-29-10:45
ロムインターナショナル
激動の世界史に出会う―歴史をぬりかえたドラマ88
東京書籍

目次
第1章 【世界文明】発祥の舞台を歩く
第2章 降盛をきわめた【王朝】の時代を歩く
第3章 異文化が交錯した【交易・宗教・芸術】の舞台を歩く
第4章 人々に崇められた【神々の聖地】を歩く
第5章 史実の流れを伝える【古都】を歩く
特集1 歴史の巨人たちはどこで何をした?
特集2 グローバル時代の幕開け
コラム

特集1では「傭兵ピエール」 のジャンヌ・ダルクのオルレアン、第3章では「シナン」 のトルコ、イスタンブール、第2章では「三つの都の物語」 のローマ、及び特集1のレオナルド・ダ・ヴィンチ、コラムローマ道の中の「アッピア街道」など、ちょうど自分が読んでいた物語の舞台を写真で見て、知ることが出来た。というわけで、世界史の知識がからっきしない自分には、有り難い本でありました。

私は幾分ミーハー的に読んだのだけれど、写真とコンパクトな解説がついており、なかなかに分かりやすい作り。またもう少し、色々な土地を舞台とした物語を読んでみたり、実際にその土地を訪れたりすることで、より深く理解できる箇所があるのかも、とも思った。

要塞としての機能を持つ「海上にそびえ威容を誇る修道院」モン・サン・ミッシェルの写真などには驚き。世の中には色々な場所があるものなのだなぁ。日本には「城」はあっても、「要塞」はあまりないように思うので、ちょっと新鮮でした。

2002年の本ではありますが、旅に出る人のためのアクセス情報&現地概況」もついています。

「三つの都の物語」/あるヴェネツィアの貴族の生き方

 2005-11-28-09:09
塩野七生「三つの都の物語」

緋色のヴェネツィア
銀色のフィレンチェ
黄金のローマ

「読者に」とされたあとがきを読むと、この三部作の真の主人公は、人間ではなく都市(また、それぞれの初出タイトルは、順に「聖マルコ殺人事件」、「メディチ家殺人事件」「法王庁殺人事件」とのこと)。

トルコ帝国の首都となったコンスタンティノープルと関係を持たざるを得なかった、十六世紀初頭のヴェネツィア、君主国に変わりつつあった同時期のフィレンツェ、最後のルネサンス法王といわれたファルネーゼ法王下のローマ・・・。最盛期を過ぎて、優雅に衰えつつある時期の三つの都市が題材とされる。

この本において特筆すべき事は、塩野氏がこの三部作で、初めて主人公二人を創作するという手法を選んだこと(とはいえ、私はこの本が塩野氏初体験なのですが)になるのだと思う。男女二人の主人公にこの三都市を旅させ、また生活させることで、ルネサンス時代を代表するこの三都市を描いたのだという。主人公二人以外は全て史実によるもので、この三部作は「史実のパッチワーク」であり、常に念頭から離れない「事実は再現できなくても、事実であってもおかしくないことは再現できる」ということの実験例とも言えるのだそう。

ノンフィクション的色彩が強い塩野氏の作品の中では、かなり自由に描いておられるとのことだけれど、例えば歴史小説の系統でいっても、三作品を読んだ佐藤賢一氏(イタリアとフランスという、取り上げておられる国の差もあるけれど)と比較しても、エンターテインメント色は弱く、また読む側にもある程度の知識が必要とされるように思う。

塩野氏が創作した、ヴェネツィア貴族マルコ・ダンドロ、悲しい生涯を秘めた高級遊女、オリンピア。二人とも大変に魅力的であるし、ヴェネツィア貴族の生き方、当時の都市、当時の慣習、政治哲学なども色々興味深いのだけれど、私が読むにはまだまだ自分でこなすことが出来ず、硬い物を無理やり咀嚼しているような感じだった。

「緋色のヴェネツィア」は、ヴェネツィアの元首アンドレア・グリッティの私生児であり、トルコの宰相イブラヒムに深く食い込んだアルヴィーゼ・グリッティを中心に描かれる。そう、「シナン 」ではトルコ側から描かれた史実が、今度はヴェネツィアの側から描かれるというわけ。というわけで、これに関しては、何とかついていくことが出来たように思う。
ただし、ヴェネツィアの貴族、政治に関しては、初めて聞くことばかり。良く出来た制度だなぁ、と感心致しました。外交なくしては立ち行かない、ヴェネツィアという国の強かさ、バランス感覚、情報の重要性が興味深い。
*******************************
さらに「読者へ」によると、いつか余裕ができたら、この三部作の続編を書いてみようか、とのこと。マルコ・ダンドロはまだ四十代に入ったばかり。今後は大使にでもして、十六世紀半ばのヨーロッパ諸国をまわらせてみましょうか」とのことであります。私もこの続編が読めたらなぁ、と思う。それまでに、この文章を噛み砕く力、周辺の知識を養っておこうかと思います・・・。

塩野 七生
三つの都の物語
 ← 三作をばらした文庫もあるようです
 いずれも、朝日文芸文庫より
*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

「さあ、あなたの暮らしぶりを話して」/女王クリスティー、もう一つの顔

 2005-11-26-11:48

アガサ クリスティー, Agatha Christie, 深町 真理子

さあ、あなたの暮らしぶりを話して―クリスティーのオリエント発掘旅行記

クリスティー、中近東に暮らす!

ミステリーの女王、アガサ・クリスティーには、考古学者マックスの妻としての、もう一つの顔があった。これは、クリスティーが考古学者の妻として、第二次世界大戦前に赴いた、シリアの土地で見た美しい風景、出会った人々、体験したユーモラスなエピソードを、愛情及びユーモア溢れる筆致で描いたもの。扉の解説によると「愛すべき旅行記であると同時に、戦前の輝かしい時代へのノスタルジーであり、実り多かった夫妻の結婚生活をも垣間見せてくれる」ということになる。

目次
『テルの上にすわってた』
まえがき
第一章 シリアをさしていざ行かん
第二章 予備調査の旅
第三章 ハーブル河とジャフジャーハ河
第四章 チャガール・バザールでの最初のシーズン
第五章 シーズンの終わり
第六章 旅の終わり
第七章 チャガール・バザールでの生活
第八章 チャガールとブラーク
第九章 マックの到着
第十章 ラッカへの道
第十一章 ブラークよさらば
第十二章 エイン・エル・アルース
エピローグ
訳者あとがき

最初の『テルの上にすわってた』は、夫妻の出会いを『鏡の国のアリス』<白の騎士>調にうたったもの。テルとは、以後御馴染みの言葉となるのだけれど、西アジア一帯に見られる丘状の遺跡で、集落の石材や日干し煉瓦などが堆積した遺丘のこと。

読みながら、あちこち、ほんとにふき出してばかり。クリスティー女史のお茶目な一面がこれでもか、と披露される。面白いよ。

調査隊の一員であり、いつも超然としたマックとようやく打ち解けることが出来た所では、ほっと一安心するし(クリスティー女史ともあろうものが、一介の若き建築技師の、一挙一動にはらはらするとは!)、現場監督のハムーディーの鷹揚さにはほのぼのさせられるし(朝の五時にホテルの部屋にやってくるとは!)、考えうる限り最悪の腕を持つ、運転手アブドゥッラーの描写には笑わせられるし(顔といい、あらゆる点で駱駝並み!)、あくまで穏やかなアルメニア人のタクシー運転手、アリスティードの辛い過去には考えさせられる(たった七歳の身で、家族や他のアルメニア人とともに、生きながらトルコ軍によって深い穴に投げ込まれた)。

また「フォルカ!(えいくそ!)」と叫んでは機械をぶち壊し、彼の信念「エコノミーア(経済的)」のせいで、いつも安物を買っては、夫妻に損失を与えるミシェル、わしのものはなんでもあんたのものですじゃ」(が、非常に抜け目ない)なシーク、とんでもなく不器用なハウスボーイ、マンスールなど、個性豊かな面々は枚挙に遑がない。

さて、そんな個性豊かな面々の描写も面白いのだけれど、勿論この旅(というか暮らし?)の本来の目的である、考古学についての描写も面白い(最初に学術的ではない、と但し書きがあるが)。クリスティーの夫、マックスの関心の対象は、紀元前二〇〇〇年期、ヒッタイト人の盛衰と変遷とに始まり、なかでもとりわけ、ミタンニ族の軍人王朝について、より多くをつきとめたいというのが目的なのだそう。そんなわけで、ローマ時代のもの」というのは、救いがたいほど歴史的に近いのだって。悠久の時の流れを感じます(ローマ時代が歴史的に近いのだって!)。

人っ子一人いないと思われる砂漠で、どこからともなくやって来て静かに語り、また静かに去っていく老人。悪魔崇拝を非難されるイェジッド族(イェジット族の土地は、本当に美しいのだそう)。クルドの女とアラブの女。アラブの女は例外なく控えめで内気であるが、クルドの女たちは、男性と対等か、対等以上であることを疑っていない。
アッラーの神の思し召しのままに(インシャッラー)”という言葉が飛び交い、“評判”“面子”を重んじるアラブ社会(そして、”評判”のためには、常に思わぬ出費が必要となる)、イスラム教とキリスト教(時には更に悪魔崇拝までも)が対立する混沌とした社会を、またそこで暮らす自分が信ずる所を行く、ある意味で単純で明るい人々を、クリスティー女史が非常に愛したことが伝わってくる本。
*******************************************
クリスティーが、駐在フランス人社会の奥さま言う所の「ル・キャンピング(というか、単にテントの中で寝るということだけど)や、土器の修復をしたり、拷問室のようなところ(その中に入ると、座る事もできなければ、立つ事もできない!)で写真の現像を行っていただなんて、想像出来ますか? 時によってはそんな暮らしの中で、描かれたミステリーもあったわけで・・・。裏話を聞いている様で、面白かった。

直接関係ないのだけれど、「シナン 」を読んで興味があった、ハギア・ソフィア寺院(アヤ・ソフィア)についてのクリスティーの評が、短いけれどちょっと面白かった。クリスティーは「悲しいかなわたしは、いまだかつてハギア・ソフィア寺院に感銘を受けたことがない。審美眼が欠けているのかもしれないが、しかし、事実は事実。いつ見ても、決定的に寸法がまちがっているように思えてならない。われながらひねくれたものの見かただと思うから、それを恥じて、わたしは口をつぐんでいる」そう。アヤ・ソフィアを見た人はみな、感銘を受けるらしいんですが・・・。

また、しょっちゅう出て来たお菓子「ターキッシュ・ディライト」は、以前喜八さんのところで 、「ナルニア国ものがたり」の中で、白い魔女がエドマンドを篭絡するための、魔法のお菓子として使われたと教えて頂いたもの。
イギリス人にはメジャーなお菓子だったのでしょうか?

イラストレーター佐々木悟郎氏によるハードカバーの美しい表紙は、amazonでもbk1でも出ないようで、ちょっと残念。

 ← 文庫でも出ているようです
アガサ・クリスティー, 深町 眞理子
さあ、あなたの暮らしぶりを話して


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「だれも猫には気づかない」/ミイ!

 2005-11-25-09:18
アン マキャフリー, Anne McCaffrey, 赤尾 秀子
だれも猫には気づかない

時は中世。エスファニア公国の名摂政、マンガン・ティーゲは、まだ若き領主、ジェイマス五世を残して、亡くなった。しかしかねてより、自分の魂が肉体から離れる時を悟っていたマンガンは、彼が死を迎える前に、様々な策を弄していた。例えばジェイマス五世が自分の死後困ることのないよう、分別のある助言者や、重臣たちを自らの目で選んでおく等。

さらに、そんなマンガンは、最後にとっておきの護衛を遺していた。その正体はなんと、ニフィという猫!黒煙色のニフィは、立派な狩人で華麗な銀色の縞猫、ミランダから生まれ、まだ幼い子猫の頃にマンガンの背によじ登って、自ら摂政マンガンを選んだのだ。マンガンの行く所には、いつもニフィの姿があり、ニフィはマンガンが多くの職務をこなす間、必ず傍にいた。

「猫というのは賢くて、人間にたよることなく、自分のことは自分でめんどうをみることができるのです。犬はつねに人がかまってやらなくてはいけません。でも猫は、友に値すると思ったら、その人間を受けいれてくれます。いったんそうなると、とても忠実で、かわいそうな人間が、猫にしか求められない友情を必要としているかどうか、敏感に感じとってくれるのです。」

実はこの賢き摂政マンガンが亡くなったのは、エスファニア公国が国境線の微妙な問題でもめている時期。血気盛んでまだまだ若輩である、ジェイマス五世がこの難局に当たらねばならない。南の隣国モーリティアには、自称エグドリル王、通称エグドリル熱心王と、その怖い怖い二人目の妻がいて・・・。

「熱心王」の名の所以は、あちらこちらの土地を「熱心に侵略し、占領した」ことによる。エスファニア公国の方が領地も広く、皇帝からさずけられた伝統ある公国だけれど、うかうかしていると、勿論熱心王に「熱心に」どうにかされてしまうというわけ。ジェイマス五世は、エグドリル熱心王から彼の姪三名を紹介され、その中の一人、レディ・ウィローと恋に落ちる。ウィローはジェイムス五世と思いを通じ合わせたものの、なぜか怯えた様子を見せる。

実は彼女の父親や、モーリティアの主たる人物は、熱心王の恐るべき王妃により、みな殺害されていたのだ。つまり王妃は、王の姪のうち誰かとジェイマス五世を結婚させた後に、ジェイマス五世を暗殺することで、エスファニアを自分のものにすることを狙っていたというわけ。ジェイマス五世の身に危機が迫る!ウィローやジェイマス、周囲の者たち(勿論、ニフィが大活躍!)の協力により、ジェイマスの身は何とか無事であったが、隣国モーリティアでは王妃による更に恐ろしい企みが進行していた。いつまでも王妃の影に怯えて暮らしているわけにはいかない!ジェイマス達一行は隣国へ出発する。

最後は勿論目出度し、目出度し。エスファニアの彼らも、モーリティアの人々も、これからは王妃の影に怯えることなく、きっと幸せに暮らしたことでしょう。

とまあ、話の筋はこのようなものなのだけれど、これはもうニフィ・キャットを楽しむための本。こわ~い王妃が類型的であろうと、ジェイマスとウィローが直ぐに恋に落ちようと、そんなことはどうでもいい「ゆたかな毛をもつ、ひとつの人格である」彼女、緑の瞳で微笑み返す彼女、のどをならす彼女、肩に飛び乗って頬にすりよる彼女、読み終わる頃には、きっと誰もがすばらしい(マグニフイセント)猫、ニフィの虜になっていることでしょう。ミイ!

短毛でふかふかなのもいいけれど、長い毛を梳く楽しみもありますよね~。もしもニフィを見かけたならば、私も是非とも撫でさせて貰いたいもの。アーモンド形の目で、こっちを見て「ミイ!」と鳴いてくれないものかしらん。
しかし、ハードの装丁の方が、深い緑がニフィに良く合って好きなのだけれど、ハードも文庫も、ニフィの毛があまり「ゆたか」に見えないのは気のせい?

 ← 文庫もあるようです


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「しゃばけ」/妖(あやかし)

 2005-11-24-08:18
畠中恵「しゃばけ」

江戸十組の株を持つ、廻船問屋の大店である、長崎屋の一人息子、一太郎には、身体が弱く、両親に溺愛されているという他に、ちょっと人とは違う所があった。それは、妖(あやかし)の者達が見えるということ。
五つのときから、祖父につけられて一緒にいる、佐助、仁吉も、実は犬神と、白沢(はくたく)という妖の者。

一太郎は極端に身体が弱く、何度も死にかけた身なものだから、「薬種問屋・長崎屋」を任され、「若だんな」と呼ばれるようになっても、いつも周りの者に気遣われてばかり。そもそも、長崎屋が「薬種問屋」を始めたのも、身体の弱い彼のために薬種を方々から集めている間に、商いが大きくなって一本立ちさせたという経緯がある。齢十七では真実店を切り回せるわけもなく、一太郎はほんの形だけの「若だんな」である。そんな自分を不甲斐なく思うのだけれど、人一倍弱い身体はやはり如何ともし難いもの。

冒頭は、そんな一太郎が独り夜歩きをする場面。彼が供の者も連れず、夜歩きするのは初めてのこと。また、よりにもよってこの夜歩きの際に、人殺しと行き会ってしまう。付喪神・鈴彦姫のお陰でこの危機を何とか逃れ、無事に店へと帰りつくが、一太郎にはこの夜歩きの理由を、周囲の人間に語ることの出来ない理由があった。この理由については徐々に明かされるのだけれど、これは自分の弱い身体、周囲への気兼ねとも無縁ではない。

ある日、一太郎と仁吉は、「命をあがなう特別な薬」を求める客に襲われる。犯人はぼてふりの長五郎で、冒頭の殺人も彼の手によるものであることが分かる。しかし、江戸の町では以来、薬種屋が襲われる事件が相次ぐ。
一太郎と仁吉を襲った犯人は、直ぐに捕まったはずなのに、一体なぜ?
また、薬種屋が襲われた際には、一太郎たちの場合と同じく、下手人が薬を欲しがっている様子が見られたという。下手人が変わりながらも、薬を求めて薬種屋が襲われる事件は止まらない。

この一連の事件は、一太郎の出生の秘密と重なっており、彼は自分の弱い身体、これといった妙案があるわけでもない事を知りながらも、「敵」と対峙することを決意する。そう、見越の入道の言葉の通り、彼もいつまでも甘えてはおられないというわけ。

「まあ、妖の年からみれば、ほんの生まれたてというところだが。人の身なれば、いつまでも甘えてばかりではおられまいよ」
*****************************************
ちょっと軽いかなぁと思う場面もあるのだけれど(ラストの対決とかね)、愛らしい子鬼の鳴家(やなり)、少々色っぽい屏風のぞきなど、なかなかに魅力的。この「しゃばけ」は、第13回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞したとのことで、江戸捕り物帖を期待する人にお勧めすることは出来ないけれど、江戸ものファンタジーとして、私は好感を持ちました。宮部みゆきの手による江戸もののような、熟れた雰囲気はないのだけれど、その分素直でのびのびしている感じ。続編もあるようです。一太郎の腹違いの兄、松之助の今後も気になるところ。

一太郎の幼馴染、表長屋の菓子屋の跡継ぎ、栄吉との会話もいい。十七ともなれば、自分の置かれている立場をきちんと把握しているもの。どうにもお菓子作りが上手くならない、一人息子の栄吉の立場も辛いのだけれど、「現し世はきびしいし、「世の中、願ってもどうにもかなわない事はあるもんだ。とはいえそんな中、一太郎も敵と対峙することで一回り成長し、御付の二人の妖からも、大人扱いされるようになるし、栄吉もまた自分のペースで成長する。菓子屋の命である、美味しい餡を作ることが出来るようになるのは、今しばらくの時が必要になるかもしれないけれど・・。

 ← 私が読んだのはこちら
畠中 恵
しゃばけ
 ← 既に文庫化されています

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「失踪症候群」/必殺仕事人?!

 2005-11-22-10:40
貫井徳郎「失踪症候群」双葉社

貫井徳郎氏、初読みです。でも、実はこの作品はいまいちでありました。
もっと面白いものを、もしご存知でしたら、是非教えてください。

警視庁内のスタッフ部門にあたる警務部人事二課には、環敬吾という妙な人物が居た。私生活を全く見せず、与えられる仕事量も少ないのに、席を立つ回数や、掛かってくる電話の回数がやたらに多い環。
というわけで、冒頭は、この環という人物に疑問を持った、人事二課のスタッフ、安藤京子の視点から始まる。彼は一体何者なのか?

実は環は、現代における必殺仕事人のような役割を果たしていた。警察本体を動かせない時に、闇で事件をするっと解決するわけ。彼はチームを率いるリーダーで、メンバーは次の三名。普段は肉体労働のバイトで稼ぐ、体力自慢の倉持真栄、この作品ではその素性、普段の行いが、まだ謎に包まれている托鉢僧の武藤、警察を辞め探偵業を営む原田柾一郎。

今回の仕事は、失踪した若者を探せというもの。だから、タイトルは「失踪症候群」。次々と失踪した、彼らの共通点の一つ目は年齢、二つ目は親許を離れて一人暮らしをしている点、三つ目はそれほど高い学歴を持っているわけではない点、四つ目は何らかの形で人生相談を受けているという点。
取り立てて美男美女はおらず、あくまでも平凡な若者たち。また、自動車免許を持っていない者も何名か。

彼らはなぜ失踪したのか?
なぜ同年代で、いまひとつ特徴のない彼らの失踪が続くのか?

そこそこには面白かったのだけれど、せっかくの「必殺仕事人」メンバーのキャラが、いまいち立っていない様に思われた。若者たちの失踪の理由も、かなり安易であったりする。絡んでくる不動産業者、ちょっとイカれたミュージシャンたちの設定も、それ程意外性があるわけでもない。「仕事人」メンバーの一人である、原田柾一郎とその娘の関係も、途中クローズアップされるのだけれど、何というか予定調和的。色々な要素を、詰め込み過ぎのようにも思う。後で調べたらこれはシリーズ物の第一作であるようなので、チームのメンバーの「顔見世」的要素が、強いせいもあるのかもしれないけれど。

でも、こういうことが可能であるならば、本当にやってしまいたいと思う若者も、結構多かったりもするのだろうか。現実の闇の方が、怖いのかもしれないなぁ(といっても、これ、10年前の作であるようですが)。


貫井 徳郎
失踪症候群  ← 私が読んだのはこちら
 ← 既に文庫化されているようです
貫井 徳郎
失踪症候群  

「僕にできないこと。僕にしかできないこと。」/フェアであること、幸せということ

 2005-11-21-09:14
春山 満
僕にできないこと。僕にしかできないこと。
幻冬舎

目次
第一章 フェアに、爽やかに生き抜きたい
第二章 死ぬ気になれば何でもできる
第三章 あたり前の幸せのありがたさ
第四章 春山ビジネス成功の秘密
第五章 介護も老いも自己責任の時代
あとがきにかえて 夫への手紙 妻 春山由子

若年層にも分かりやすいようにしているのか、非常に読み易い。
この表紙を見て、どこかで見たことがある、と思う方も多いかもしれない。

春山満氏は、不治の病である「進行性筋ジストロフィー」の宣告を、若くして受けた人である(当時、結婚前の二十六歳)。しかし、車椅子に乗って、バリバリとビジネスをするビジネスマンとしての顔を持つ。

宣告から既に二十年以上が経過し、以前は運動神経抜群だった、春山氏の首から下の運動機能は完全に失われ、現在では自力では全く動かすことが出来ない。しかし、春山氏は社員二十名、年商八億円の総合ヘルスケア企業「ハンディネットワーク インターナショナル」の経営者であると同時に、大手医療法人の総合経営企画並びにコンサルティングも数多く手がけ、全国を飛び回る日々を送っている。

手がけた商品は、「ウェルキャブ」シリーズ(トヨタ、「エスティマ」のスライド式シートリフター)バリアフリーの自販機(大塚製薬)など。コンサルティングをつとめた企業は、松下電工、トヨタ自動車、東京海上火災保険、大塚製薬、大塚化学、岡村製作所など、多岐にわたっている。

全編を貫くのは、春山氏の強烈な意志。身体が動かないけれど、それは大人としての尊厳を冒すものではないし、常にフェアであることを要求している。本当のいいサービスは、口先だけの優しさや、薄っぺらなヒューマニズムからは得られない。いいサービスはフェアな精神から生まれ、またいいサービスを提供して貰おうと思ったら、その関連で働く人たちが安定した暮らしが出来るように、儲けさせてあげなければならない。春山氏が考える福祉とは、本当にみんなをハッピーにさせる究極の産業」なのだ。

「楽天的」だという、奥さんの力も素晴らしい。困難な現実を共に闘ってきたという意味で、これはもう互いに「戦友」だといえる。
お二人の子育ての姿勢もいい。

 ←既に文庫化されているようです 
春山 満
僕にできないこと。僕にしかできないこと。

「ベルギービールという芸術」/ベルギービールだ!

 2005-11-20-16:28
田村功「ベルギービールという芸術」光文社新書

目次
? ベルギービールを知る
? ベルギービールを味わう
? ベルギービールのある食卓
? ビア・カフェを愉しむ
? ビールからベルギーを知る
巻末 ベルギービール名鑑

ベルギーという国に対しては、チョコレートやポアロの国として、勝手に親近感を抱いていたのですが、ここに更に「ビールの国」が加わりました!

ベルギービールに対する愛情溢れる一冊です。

ベルギーは、国土の大きさが日本のほぼ十二分の一しかない、ヨーロッパの小国。北へ行くとオランダ、南へ行くとフランス、東へ行くとドイツと陸続きになっている。ちなみに西海岸の町オーステンデから東端の町アルロンまでは、高速道路を飛ばせば二時間半もかからずに走破出来るそう(距離にすると約280キロ)。

小国ではあるけれど、そこで生み出されるビールの種類はまことに多彩。
ここまで言われると、ちょっと飲みたくなりませんか?

ベルギーの醸造家は、ホップや麦芽だけでなく、スパイスやハーブやフルーツの使い方についても、まったく天才的な閃きとテクニックを駆使しています。よその国の醸造家が目の敵にして嫌う野生酵母すら、見事に手なずけてビールに使い込んでいます。そのベルギーの醸造家たちの手によって造り出されたビールは(人によって好みが分かれることを承知のうえで言いますが)、ありきたりの美味しさをはるかに超えて、飲む人の心の隅々までジーンと沁み込みます。
ベルギービール・・・・・・、まさにビールの芸術品です。ドイツとイギリスがビールの本場であるならば、ベルギーは「偉大なビール芸術国」といってもいいでしょう。

更にベルギービールを造っている醸造家は、<ほかとの違い>を一番大切にし、「ベルギーに同じ味のビールは二つとない」と言われるのだそうだ。どれか一種類のビールが大ヒットしても、それをお手本にしてもコピーはせず、味そのものについては、それぞれの醸造家の嗜好や感性の違いが、ビールにはっきりと現れているそう。「自分なりの解釈」があるんだなぁ。そして、一つのビールが、その市場に多様な味の新たなビールを生み出し、消費者の選択を広げたことを喜ぶのだって。

小さいけれど、ぴりりと個性的で素敵な国。「? ビア・カフェを愉しむ」には、かなり詳しいカフェの紹介が載せられているので、旅行ガイドとして愉しむ事も出来そう。「ベルギービール名鑑」は、写真つき。面白い形の専用グラスも良く分かる。

田村 功
ベルギービールという芸術
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以下、メモ
■「ベルギービールの二大潮流―フランデレンとワロニー」より
ベルギーのほぼ中央に首都ブリュッセルが位置し、その直ぐ下を言語境界線が走っている。北ではオランダ語、南ではフランス語が話される。
☆北部のオランダ語圏―フランデレン
             ・・・ゲルマンの血を多く引く
             ・・・フルーティーさや麦芽の香りを重視
☆南部のフランス語圏―ワロニー
             ・・・ラテンの血が濃い
             ・・・スパイシーさと口当たりの軽さを重視

■「ワイン同様グラスが重要」より
ベルギービールの個性的な味わい、香りを満喫するうえで欠かせないのが、銘柄ごとの専用グラス。これは機能的な要素と美的な要素の二つからデザインされており、機能については、以下、三つの観点から形状が工夫されている。
?泡立ちのコントロールがしやすいこと
?香り立ちを強化すること
?ビールと泡がバランスよく口の中に入るようにすること
(筆者によると、家庭で愉しむ際には、バルーン形、聖杯形、円筒形の三種類を用意しておけば、たいていのベルギービールに対応出来るらしい。ただし、ベルギーのカフェでは、全てのビールに専用グラスを揃えているそう)

■「ベルギービールは「スローフード」である」より
土地土地に伝わる伝統のレシピを受け継ぎ、手塩にかけて造るビールは、世界の多くのビールメーカーが熟成に一ヶ月もかけないで出荷しているのに対し、三ヶ月から四ヶ月、ところによっては二年も三年もの長い熟成期間を要する。

■「国語のない国」より
ベルギービールのラベルは絵画的表現手法でデザインされており、文字は絵画の中に埋没していることが多い。これは北部と南部の間で言語が異なり、コミュニケーション機能を持たないからであり、そのために絵画の持つ豊かなイメージ性とメッセージ性が大切にされている。ラベルに描かれるベルギーの歴史も興味深い(ゴロワーズ:ガリア人、ヘレケテル:古代ギリシャの釜、ユリウス:シーザーのガリア征服などなど)。
(中世ヨーロッパに興味が出てくると、なかなかに面白い由来のラベルが他にもごろごろ)
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秋冬はどうもイベントが多い我が家。昨日はベルギービールを飲ませるお店(メインは牛頬肉のポルト酒煮込みや、子羊のローストだったので、料理はフランス料理なのか?)で、結婚記念日ディナーをしてきました。
・・・なんか飲んでばっか?いや、程ほどですよ、程ほど。多分ね。
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☆関連過去記事:ビール
 何でビールにグラスがいちいち付いてくるんだ?、と疑問だったのですが、合点がいったことでした。今月はこれを読んだので、より楽しめそうです。

先月の「Brugse Tripel」は、”「黄金の木」を意味するハウデン・ボーム醸造所の手によるもの。心地よい甘味を伴うカラメル香とハニーの香りが印象的な、麦藁色の高アルコールビール。飲み込んだ後にホップの香りと苦味が残って、後口はまことに爽やか”なんだそうだ。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。
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つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
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2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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