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「世界の車窓から Vol.1」/鉄道の旅

 2005-09-30-08:41
世界の車窓から あこがれの鉄道旅行 Vol.1 遺産と古都をめぐる
テレビ朝日

鉄っちゃんでも何でもないけれど、列車の旅っていいなと思う。「のぞみ」のような速さになってしまうと、風情もあまりないけれど、段々と車窓の風景が変わっていくのを見るのは楽しい。とはいえ、あまり根性もないので、「青春18切符」を使っても、あまり遠くまで行った経験もないのですが・・・(普通列車ってお尻と背中が痛くなりませんか?)。

海外の列車の旅は更に素敵だなぁと思うのですが、時間的制約や言葉の問題(私は言葉の問題が大きいんですが・・・)があって、実現するのはなかなか難しそう。この本は、そんな私の願いにぴったり合った本。

本書は、一八年、六五〇〇回を超える放送の歴史の中から、選りすぐりのコースを本としてまとめ、もうひとつの「車窓」の魅力をお届けする、シリーズ第一弾です。地中海に沿って歴史に彩られた街を行くスペイン・フランスの鉄道、豪華列車に乗ってインカ帝国の諸都市を訪ねるペルーの鉄道、ナイル川をさかのぼり古代文明の遺産をめぐるエジプトの鉄道―歴史と文化を感じる様々な鉄道の旅を厳選しました。さあ、ページをめくって、あなただけの車窓の旅にお出かけください。

あの番組、18年も続いていたなんて、気付きませんでした。最近はニュース・ステーション(というか、今は報道ステーションですが)を見る事もなくなったので、その後のこの番組も一緒に見逃していたのですが、落ち着いたナレーションといい、美しい風景といい、いい番組ですよね、これ。

目次
Route 1 どこまでも続く青い空と海      
      地中海鉄道の旅
Route 2 4000メートルの高地を突き進む     
      ペルー・アンデス鉄道の旅
Route 3 ライン川沿いとメルヘン街道を行く 
      ドイツ鉄道の旅
Route 4 ファラオの夢の跡を結ぶ
      エジプト・ナイル川鉄道の旅
Route 5 ヒンドゥー教と仏教の聖地をめぐる
      インド鉄道の旅
Route 6 中世の面影が残る都市を訪ねる
      イタリア鉄道の旅
Route 7 豊かな歴史遺産をつなぐ
      タイ鉄道北線の旅
Route 8 地中海ブルーと文明の足跡
      チュニジア鉄道の旅
Route 9 南北統一の栄光を乗せて走る
      ベトナム鉄道の旅
Route 10 かつての東西交流の道をたどる
      シルクロード横断鉄道の旅ルートマップ
[特集1] 世界の三大夢鉄道
[特集2] 世界のおもしろ鉄道

この本は見てね、としか言いようがない本だけれど、いいですよ。

それぞれのルート(章)に「ディレクター日誌」なるものがついていて、実際にこの旅をしたディレクターによる話が載っている。

その中で、ドイツの時刻表の話が面白かった(ディレクター森重直子氏による)。
「世界の車窓から」撮影の必需品のひとつが時刻表。時刻表にも各国のお国柄が表れ、補足がたっぷりの詳細なもの、携帯を目的にした簡単なもの、そして、時刻表そのものが存在しない国だってたくさんある。その中で、ドイツは几帳面なお国柄を表して、見事な時刻表が用意されていた。
この「時刻表」がすごいんです。
A4サイズより少し小さく、厚さ約二〇センチの持ち手のついた匣で、中にはエリア別に分かれた時刻表八冊と補足一冊が収められている。
携帯には全然向かないこの時刻表(携帯用にはもっと簡便なものが用意されているらしい)、なんと一式5キロの重さがあるそうだ。よほどのマニアでも、ちょと買うのを躊躇しそうです。

実際の詳しいロケスケジュールも載せられているので、同じコースを辿る事も可能なのかもしれません。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を、ピンクの部分は引用後要約を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。
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「アイルランド音楽入門」/アイルランド音楽

 2005-09-29-08:17
ダイアナ・ブリアー著、守安功訳「アイルランド音楽入門」音楽之友社

序文にはこうある。

多くの音楽家や一般の人々は、アイルランドの音楽を演奏したり聴くのにふさわしい唯一の場所は、酔っ払った人たちでごったがえしているパブであると、いまだに信じている。

私のイメージも「アイルランド音楽=パブ」だったのだけれど、映画などで出てくる雰囲気が気になっていたので、図書館で借りてきた。

更に序文から引くと、「この本の魅力的なところは、いくつかの伝説や妖精の物語を載せているところである。(中略)伝統音楽というわれわれの偉大なる宝物を愛し、その価値のわかる人々のいる、世界じゅうのありとあらゆる場所で、この本が広く受け入れられることを、私は心から願ってやまない」。

目次
Chapter 1 伝統音楽
Chapter 2 ダンス
Chapter 3 音楽
Chapter 4 楽器
Chapter 5 いまはなき巨匠たち
Chapter 6 こんにちの演奏家たち
Chapter 7 ステージ上のアイルランド音楽

序文にもあるように、ごく簡単にではあるけれど、各所で妖精の物語が載せられ、楽譜が散りばめられているところが魅力的。楽譜は短いフレーズだけれど、読んでいると確かに「アイルランド音楽」が浮かんでくる。

面白いな、と思ったのは、1章と4章。フィドル=バイオリン(こんにちでは)であることも、バンジョーが使われる事も知らなかった。イリアン・パイプスとジューズ・ハープだけは、説明が書いてあっても、ちょっとよく分からなかった。実際に見て聴いてみたいなぁ。
ちなみに、4章で取り上げられている楽器は以下。

フィドル、イリアン・パイプス、ティン・ホイッスル、フルート、ハープ、バンジョー、ハンマー・ダルシマー、ジューズ・ハープ、マウス・オーガン(ハーモニカ)、コンサーティーナ、アコーディオン、(以下は伴奏楽器として)ピアノ、ギター、ブズーキ、バゥロン、ボーンズ
*****************************************************************
訳者あとがきによると、この本はあくまで「北アイルランドの音楽家によって書かれた」本であるそうだ。

アイルランドの音楽は、それぞれの地域でとても異なった様相を呈す。この本は、北アイルランドで生まれ暮らす音楽家が著したものであるから、人物やトピックも北アイルランドに関わることが多く、その記述はきわめて北アイルランド的な立場からのものではある。
しかし、アイルランドには「アイルランド音楽」という固定したひとつの音楽が存在するのではなく、それぞれに違うことを考え、信じている数多くの音楽家の集積が、それすなわち「アイルランドの音楽」である。だから、この北アイルランド的な切り口も、アイルランド音楽への理解をより深いものにする。

北アイルランド的というか、あの辺りの地理状況は、あまり良く知らない私にとっては、同じに見えてしまうのだけれど、色々な本などで少し触れた感じでは、別の文化を持っている誇りを感じることが多い。ほとんど均質化されている日本などから見ると、不思議にも思う。

ダイアナ ブリアー, Dianna Boullier, 守安 功
アイルランド音楽入門―音楽・ダンス・楽器・ひと
*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を、ピンクの部分は引用後要約を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

「夢の通い路」/異世界との交歓

 2005-09-28-08:32
倉橋由美子「夢の通い路」

倉橋さんの小説は、典雅でありながらエロチック。現実の世界と、こことは違う世界との境界が曖昧になる感じがする。これは「桂子さんシリーズ」の内の一冊。

背表紙にはこうある。

現世と冥界を自在に往来し、西行、式氏内親王、定家、則天武后、西脇順三郎たちとくりひろげる典雅な交歓と豊潤な性の陶酔。「大人のための残酷童話」の著者の奔放なイマジネーションが、時空を超えて媚薬の香りに満ちた世界へ読者を誘う。幻想とエロティシズムの妙味を融合させた異色の文芸連作二十一編。

冒頭はこう。

夜が更けて犬も子供たちも寝静まった頃、桂子さんは化粧を直して人に会う用意をする。誰にも話していないことであるが、それは別に秘密にしておく必要があってのことではなくて、話す必要がないので黙っているだけのことである。大体、別の世界があってそこの人たちと付き合っているというような話を理解してもらうのは、考えただけでもむずかしい。

これは、「桂子さん」と別の世界の住人たちとの、交わりの話。

目次
花の下
・・・こちらの世界では「佐藤さん」である「西行さん」との話
花の部屋・・・『とはずがたり』の二条のパパ、後深草院の話
海中の城・・・「トリスタンとイズー」が飲んだ媚薬の話
媚薬・・・式氏内親王と「定家さん」の話
慈童の夢・・・「定家さん」ご推薦の美少年、慈童の話
永遠の旅人・・・西脇順三郎と食す、霊魂の実の話
秋の地獄・・・地獄から能舞台に現れた、深草少将の話
城の下の街・・・現世の知人と共に迷い込んでしまった地下街の話
花の妖精たち・・・近所に引っ越してきた、完璧な美少年と美少女の話
月の女・・・月の世界の住人、嫦娥と、蝉丸の話
遁世・・・「西行さん」に学ぶ遁世の心得の話
雲と雨と虹のオード・・・緑珠に学ぶ巫山の夢(房事の術)の話
黒猫の家・・・ポーの『黒猫』を思わせる話
赤い部屋・・・処女の血を好んだ、エルゼベート・バートリ伯爵夫人の話
水鶏の里・・・六条御息所に紹介された紫式部の話
蛍狩り・・・紫式部に連れられて見た、和泉式部から舞う霊魂の話
紅葉狩り・・・桂子さんの誕生会に集まった鬼女たちの話
蛇とイヴ・・・ある学会に現れたHeavahay博士(Yahaveh)の話
春の夜の夢・・・鬼女になってしまった愛人の話
猫の世界・・・トバモリーのような猫、ポザイと暮らす母娘の話
夢の通い路・・・死者との「夢の通い路」を塞ぐ話

元になっている話を全て知っているわけではなく、大方は雰囲気で読んでいるのだけれど、たまに読み返すとこちらの知識量が若干増えて、以前は分からなかった所が分かるようになったりする。一編ずつはとても短いお話なのだけれど、独特の世界に酩酊する。「蛇とイヴ」以降は、桂子さんの物語ではないのだけれど、同じくこちらの世界だけではなく、妖かしの世界とどこかで繋がっている話。

倉橋 由美子
夢の通ひ路
←講談社文庫のものは取り扱われていないようで、これは単行本です

☆関連記事→「ポポイ」/首を飼う

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

「女に向いている職業」/現代の探偵業

 2005-09-27-08:35
ヴァル・マクダーミド、高橋佳奈子訳
 「女に向いている職業 A SUITABLE JOB FOR A WOMAN」

物議を醸しそうなタイトルではあるけれど、これは勿論P.D.ジェイムズ
「女には向かない職業」
(1972年デビュー)を受けてのタイトルだ。

私は知らなかったのだけれど、巻末の解説によると、この本の著者であるヴァル・マクダミードは、「作家として十七年あまりのキャリアをもち、一九九五年には、『殺しの儀式』で、英国推理作家協会のゴールドダガー賞を受賞し、現在、最も期待されているイギリスのミステリ作家の一人」なんだそうだ(ジャーナリストであるリンジー・シリーズと、私立探偵ケイト・ブラニガンシリーズを物しているそう)。

本書はジャーナリストとして長い経歴を持つ著者が、フィクションを離れ、英米を中心に、実際に私立探偵として働いている数多くの女性たちを取材して書き上げたノンフィクション

目次
プロローグ
1 きっかけは
2 同じ言葉を話していても
3 最初の仕事
4 ワンダーウーマン
5 大の男を相手にして
6 仕事について
7 射撃練習
8 犯罪の要素
9 スパイとして
10 人間的な部分
11 潜伏して
12 法組織との関係
13 テクノ、テクノ、テクノ
14 女性への暴力に立ち向かう女性
15 仕事の影響
16 事実は小説より奇なり

著者はフェミニストであることを明言しており、若干「女性の視点」「女性の特質」に拘る傾向が鼻につくかもしれないけれど、豊富な事例でイギリス、アメリカにおける「現代の探偵業」というものが良く分かる本。

サラ・パレッキーのV.I.ウォーショースキー・シリーズで、化学会社などの企業が多く出てくるのが、いつも不思議だったのだけれど、この現代の探偵たちの仕事を読んで、雰囲気を知ることが出来た。子供の頃に読んだ、少女探偵ナンシー・ドルーの話が少し出てきたことは、ちょっとした喜びだった。懐かしい!
****************************************
以下、引用

犯罪小説でこの問題がリアルに描かれることはあまりない。小説の中の卑しい街を闊歩する女探偵たちは、その都度異常なほど叩きのめされるのだが、信じられないぐらい即座に傷が癒えるばかりか、実際の暴力の被害者なら誰しも知っている精神的な後遺症に苦しむ事もないのだ。
サンドラ・サザーランドも同じ意見だ。「サラ・パレッキーの小説は大好きだったわ。でもどの本を読んでも、V.I.ウォーショースキーが叩きのめされては何ごともなかったかのようにすぐまた行動を起こすあたりは気に入らないわね。わたしは実際に暴力を受けた経験のある数少ない私立探偵の一人だけど、拳銃の音やら何やらの記憶を完全に乗り越えることはできないのよ」

実際、サラ・パレッキーの小説の中で、ヴィクはいつも徹底的に痛めつけられる。顔にも身体にも痣を作り、打撲の痛みに耐えながら、調査活動を続行している。うーん、私は結構リアルなのでは、と思っていたのだけれど、そういえばヴィクは精神的にとてもタフで、何が起こっても決して諦めず、そのまま喰らいついていく。実際に暴力にあったら、このトラウマを克服するのは難しいこと。

小説のヒロインと実在の女探偵の違いがはっきりと現れているのは、他人との関係だろう。犯罪小説を読みながら、たまにヒロインの肩をつかんで揺さ振り、「ちゃんと生活しなさいよ!」と言ってやりたくなることがある。どんな友情も維持できないヒロインが多すぎるからだ。

現実の世界の女探偵たちのほとんどは子持ちで、半分が結婚していて、なかには孫のいる人までいるのだそうだ(本書で取材した女探偵の平均年齢は四十五で、まさしく事実は小説よりもタフなことを示している)。私も読みながらそう思うことが多かったので、同じように肩を揺さ振りたくなるのだな、とおかしかった。

でも、現実の世界の女探偵と、小説の中の探偵に共通するのは依頼人への誠実で献身的な姿勢。真実を追い求めていることにはかわりがない(時にそれが依頼人の意図に反しても)。仕事への真摯な姿勢が良く分かった。
****************************************
多くの取材をもとにしているので、文体に独特の癖もあるし(「誰々はこう言った」的な)、時に現実の世界の男性を徹底的にこき下ろしてもいて、男性にお勧めする本ではないかもしれないけれど、現実の探偵業を知る意味では面白い本。

ヴァル マクダーミド, Val McDermid, 高橋 佳奈子
女に向いている職業―女性私立探偵たちの仕事と生活

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

☆関連過去記事「女には向かない職業」/企画参加「名探偵で行こう!

「クジラが見る夢」/ジャック・マイヨールという生き方

 2005-09-26-10:10

池澤夏樹「クジラが見る夢」

これは、ジャック・マイヨールという生き方のお話。彼の思想と、夢の話。

随所に挿入される写真がとても美しい。

若干「男のロマン」というくさみはあるけれど、こんな生き方もあるんだ、と興味深い。

ジャック・マイヨールは、映画「グラン・ブルー」の主人公のモデルであり、また素潜りの世界記録樹立者でもある。その記録はなんと水深105メートル。

■ジャック・マイヨールについて本書より抜粋
一九二七年、上海生まれ。夏休みは九州の唐津で過ごし、泳ぎと潜りを覚える(この海ではじめてイルカに出会う)。
第二次大戦の直前、両親とフランスに戻り、マルセイユで暮らす。ナチス・ドイツに占領されたフランスで、ドイツ兵に命じられ、兄と共にダイナマイト漁を手伝う(海にダイナマイトを放り込んだ後、浮いてきた魚を拾い集める仕事)。
戦後は様々な仕事を転々としたが、動き回り、野外に身を置き、なるべく海の近くにいることを、基本方針とする。
一九五七年秋、ローカル紙の新聞記者として取材に行ったマイアミの水族館で、一頭のイルカと非常に親しくなる。このイルカ、クラウンと遊ぶうちに、長く水中に滞在し、自由に動き回る能力を身に付ける。

冒頭の池澤夏樹氏の言葉より
海そのものは人の理解を超えるが、人にとっての海の意味は理解できる。波に乗って遊ぶイルカの喜びを想像し、月光の海に眠るクジラの夢を想い描くこともできる。これはそういう幸福な日々の記録である。

目次
バハマ沖
サウス・ケイコス
シルバー・バンク

「バハマ沖」は、野生のマダライルカの群れと遊ぶ話。イルカはジャックにとって、泳ぎ、潜りを教えられたという意味で、ちょっと特別な生き物だ。逆に過去、飼われていて、外洋の深い海を知らないイルカに、潜りを教えた事もある(クラウンに教えられたことを、ビミニとストライプに教え返す)。イルカに深く関わって生きてきたジャックではあるが、その彼でも野生のイルカの大きな群れの中で泳いだことはなかった。それを実現出来る場所がバハマ沖。

自然の中で一人で生きてゆける男。逆境は逆境として受け止め、その上でなお不自由な時間を楽しいものにできる男。質素の中に贅沢を見いだせる能力。楽観的でありながら、最悪の事態への準備もさりげなくやっておく。そういう姿勢。

「サウス・ケイコス」は、英領西インド諸島のタークス・アンド・ケイコスという島々の一つ。ジャックは三十数年前、新しいやり方でロブスターを捕って、それを島の人々に教えたために、島の名士だ。彼の昔馴染みのブル・ジョインの話と、サウス・ケイコスの北にあるイースト・ケイコスという無人島でのキャンプの話。

彼は非常に知的な、創造的な人物である。だから人間の身体というものをよく理解し、医者たちが口を揃えて生理的限界を超えていると言った一〇〇メートルに挑戦して勝つこともできた。それは蛮勇ではない。彼なりの思索と推量と緻密な計算の結果生まれた記録である。だから、自分は決してスーパーマンではないと強調するし、最近になって一二〇メートル台の記録を争っている後輩たちについて厳しいことも言う。ジャックが開発した方法をそのまま使っているだけで、何も自分たちで工夫していないと批判する。

「シルバー・バンク」は、ザトウクジラに会いに行く話。ジャックはイルカと出来る事は一通りしてしまったけれど、クジラはそうではない。彼に
はまだまだクジラと一緒にすること、クジラに教えてもらうことがある。

ジャック・マイヨールという男の精神のいちばん奥にあるのは、何かしら偉大なものに近づこうという意志、自分の内なる力によってそれを実行したいという欲望らしい。宗教は自分の外に敷かれたレールに乗ることだから、その方法は彼はとらない。スキューバと同じで、それは安易すぎる。そうでないものを自分の精神と肉体を通じで求める。

「遊び」といっても、ここに書かれる「遊び」の数々は超ハード。でも素敵だ。

人間の身体はかくも優れたものであり、だからこそ精神も優れたものになりうるのだ 「シルバー・バンク」より

池澤 夏樹
クジラが見る夢

*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。
**********************************************************
■追記
全然知らずに記事にしたのだけれど、Wikipedia から引用すると、ジャック・マイヨールは、自死を選び既にこの世にはいない。

晩年は鬱病を患っていた。2001年12月23日、エルバ島の自宅の部屋で首吊り自殺をしているのが発見された。遺骨はトスカーナ湾に散骨された。

後から、ニュースでちらりと見た記憶も蘇ってきたのだけれど。

海から陸に上がる時、どことなく淋しそうだったというジャック。この本には、サウス・ケイコスに彼が建てかけていた家の話も載っている。自然が好きな友人だけを呼んで、泊めるつもりだったという家。ここを完成させて友人の訪問を楽しみ、のんびり暮らす予定を立てていたというのに、人間の世界からは、はみ出してしまったのかなぁ。


本書で描かれるジャックは、とても幸福で満ち足りているように見えるのにと、
今更ながらショックだった。残念。

読書に関する雑感

 2005-09-24-18:10
『「趣味は読書。」/読書って・・・』 の記事に、吃驚する程多くの方からのコメントを頂いたので、少し書いておきます。

この後、個別コメントお返し致しますが、個々のコメントが長くなったり、共通してしまいそうですので。

多くの方が、著書である斎藤美奈子氏から、ネガティブな感じを受け取って、「上手いけれど好きになれない」という感想をお持ちなようでした。

話が多少ずれるのですが、私は物事から直感で「真実」を掴み取る人が一番強いと思っています。さらに本来、その物事というのは自分の体験によるものが一番よいのでしょうが、体験出来る事には限りがあるので、私は本を読む。それで、あちこちに散らばっているであろう「真実」に触れたいと思っています。直感で掴み取ることが出来れば一番良いのでしょうが、そうでない場合は回り道をしながら、分析することになる。

こういった形式の本や批評には、そういう小利口な人間のかなしみというか、足掻きを感じるので、共感する意味で、私はこの本が嫌いではありません。えーと、別に自分が利口である、と言っているわけではなく、あくまで「小」利口です。

ただベストセラーであれなんであれ(明らかに自分が楽しめないだろうな、と思うものには、たいてい最初から近付かないのですけれど)、「物語」として本に向き合う際には、それを出来るだけ楽しもうと思って、いつも読んでいます。そういう意味で、「趣味は読書。」も楽しみました。

しかし、この「読書人の民族説」に全面的に賛成するわけではないですし(ま、そういう分け方もあるよね、と面白いですけれど)、どちらかというと小利口な人間のかなしみを感じます。といっても、斎藤氏もこんな所で、一般人に同情されたくはないでしょうけれどもね。


■追記(9/24夜)

私が読んだ感触では、この本はここで括った読書人や、ベストセラーを決して貶めるものではないと思っています。ほんとに言いたかったのは、次の一文ではないかと思います。


「狭い世界で民族紛争をはじめる前に、互いの文化を知ることが平和的共存の道である」

上でごちゃごちゃ書いてますけど、露悪的な言葉の裏には、そんなに悪意はないと思うのです。

■さらにしつこく追記(9/25朝)
この本は2003年1月初版のものであり、「ベストセラー斬り」という点では、旬を逃している面もあります。私は「あはは、こんな見方もあるよなー」という軽い気持ちで、面白がって読んだ(読書人の分け方にしても)ので、正直こんなに反響があるとは思わず、ちょっと驚いています。

斎藤美奈子さん(ちゃんとご存命です!書き方がややこしかったですが、お亡くなりになっているのは、斎藤澪奈子氏の方です~)の本は、これが初めてですし、著者の一連の作品の中での、この本の位置付けも良く分かりません。他の本も読んでみたいと思います。

でもブログの記事って、自分の思わぬ所で、沢山のコメントを頂いたりして、面白いものだなぁと改めて思いました。

ご意見を下さった方々、ありがとうございました。

「趣味は読書。」/読書って・・・

 2005-09-24-11:20
長いこと、斎藤澪奈子氏(お亡くなりになっていたとは、知らなかった!)と混同していたのだけれど、斎藤美奈子氏は文芸批評家なのでした。 ahahaさんの所で取り上げられていて、面白そうだなぁと思っていたのです。

■取り上げておられる本が私とは異なりますが、ahahaさんの記事はこちら
 →「
あほらし屋の鐘が鳴る」斎藤美奈子
   「
誤読日記」斎藤美奈子

下記の本が図書館にあったので、借りてきた。

斎藤美奈子「趣味は読書。」

目次
本、ないしは読書する人について
1 読書の王道は現代の古老が語る「ありがたい人生訓」である
2 究極の癒し本は「寂しいお父さん」に効く物語だった
3 タレントの告白本は「意外に売れない」という事実
4 見慣れた素材、古い素材もラベルを換えればまだイケる
5 大人の本は「中学生むけ」につくるとちょうどいい
6 ものすごく売れる本はゆるい、明るい、衛生無害

この本は、私も常々疑問に思っていた、「ベストセラーの読者はどこにいる?」から始まっている。その答えは、健全な市民=善良な読者がベストセラーの主な購買層であり、彼らに支持される条件をそなえた本だけが、ベストセラーになる。ちょっと長くなるけれど、ここに至るまでの道筋が面白い。
「ベストセラーの読者は善良な読者である」に至る道筋
「本を読む人」はもともと人口の一割にも満たないが、彼らはさらに言語や文化の異なる多数の部族に分かれている。すなわち、「偏食型読者」「読書原理主義者」「読書依存症」らである。

■「偏食型読者」
:ビジネス書、ミステリ、ファンタジー小説、歴史小説、専門書、健康本、特定作家の追っかけに近いディープなファン。そのジャンル「しか」読まない読者。

■「読書原理主義者」
:本であれば何でもいい、本ならば何でも読めというタイプ。この中の武闘派が、声に出して本を読めとか、三色ボールペンで線を引けとか、人の世話を焼く。

■「読書依存症」
:新刊情報にやたら詳しく、本におぼれ、頼まれもしないのに、ネットで読書日記を公開したりする。おっと、私のことですか?(新刊情報には疎いですが)

これらのタイプは、どこか一癖があり「多かれ少なかれ治療が必要な人々」と、斎藤氏は括っている。

これらの他に、読書人の多数派を占めるのが、善良な読者」たち。他の本読み族がそれぞれ鼻持ちならないのに比べ、善良な読者」は健全で友好的な平和主義者。明朗で前向き。彼らの唯一の欠点は、本の質や内容までは問わない点。「感動しろ」、「泣け」、「笑え」と言われれば、その通りに行動する。

「善良な読者」は同時に「健全な労働者」であり「真っ当な生活者」である。だから、自らの意識を根底から覆すような本は読みたくないし、後々までズシリと残るような重たい本も読みたくない。その場限りの楽しい娯楽。本を閉じたら、日常業務に即戻る。読書はあくまで趣味なのである。

これらの健全な市民=善良な読者が、ベストセラーの主な購買層なのではないだろうか。そして、こういった人たちに支持される条件をそなえた本だけが、ベストセラーになる。
読書人は同じ民族同士がかたまって生活文化圏を形成する傾向にあり、しかもそれぞれが「自分たちこそがいっぱしの読書人」と信じている。さらに、異民族同士は言語も文化も風習もちがうので、互いに話が通じない。

しかし、もともとが少数派同士。狭い世界で民族紛争をはじめる前に、互いの文化を知ることが平和的共存の道である。善良な読者」はメディア・リテラシーを多少は養った方がいいし、「ベストセラーなど読みたくない」「読まなくてもわかる」とうそぶく「邪悪な読者」の一群は、自分が「あんな大衆食堂のメシなど食いたくない」「食わなくてもわかる」とうそぶく嫌味ったらしい美食家と同類であることを、少しは自覚したらよい。

以上が前置き。要約したつもりだけれど、やっぱり長くなってしまった。この前提のもとに、互いを知るための異文化探検(ベストセラー本の分析)が始まる。

ベストセラーを斬るこれらの話は面白かったのだけれど、惜しむらくは、私も「ベストセラーなんて・・・」とうそぶきがちであるので、きちんと読んでる本が少なかったこと。

読んだことがあったのは、「人間まるわかりの動物占い」T・ケイ「白い犬とワルツを」天道荒太「永遠の仔」宮部みゆき「模倣犯」乙武洋匡「五体不満足」J・K・ローリング「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」の6冊。この本では全41冊が取り上げられているので、6冊と言う数字はきっと少ない。これは「邪悪」が入っている証拠なのかもしれない。

逆に、読んでいない本で興味を持ったのは、西尾幹二「国民の歴史」(「新しい歴史教科書をつくる会」関連の本)。この本に関しては、斎藤氏も「関ヶ原の合戦におもむいた小早川秀秋の気分」だそうであります。小声で面白い、って仰ってます。

斎藤 美奈子
趣味は読書。

☆この記事の反響に吃驚して、別に上げた記事はこちら
 →
読書に関する雑感

読んだことがあった6冊の、私の感想は以下。

■「人間まるわかりの動物占い」
:会社でぐるぐると回っていた。ちなみに、私は「たぬき」です。関係性という点では、面白い本だったと思う。
■「白い犬とワルツを」
:親の本棚にあったから読んだけど、私にはこれがさっぱり分からなかった。どこで泣けと?
■「永遠の仔」
:「AC小説である!」、と斬るのは分かるけれど(私は、危うい所で踏みとどまっていると見た)、でも、私は感動したなぁ。
■「模倣犯」
こちら に感想あり。私はいい小説だと思った。
■「五体不満足」
:確かにこれ以降、「健全なる」障害者が持て囃されるようになったのかも。でも、彼が好青年で、努力の人であることは間違いない(ハンサムだし)。
■「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」
:私はハリー・ポッターはいい物語だと思う。最初は間口を広げ、段々本来書きたかった事に近付いているのではないのかなぁ。

「多恵子ガール」/女の子の気持ち

 2005-09-23-07:51

これは昨日の「なぎさボーイ」 の対となる作品。

目次
第一章 女の子以前―十三歳
第二章 遅すぎた予感―十五歳
第三章 あなたについて考えている

多恵子から見たなぎさは、「なぎさボーイ」よりも随分と格好いい。「なぎさボーイ」はなぎさの内面の七転八倒で、周囲に見せたい「なぎさ像」とは違っているから、これは当然の帰結といえるのかもしれないが。多恵子はお節介で感情的な女の子だけれど、デリカシーもあるし(時々興奮し過ぎるきらいはある)、「見守る」ことの出来る女の子。だから、この「多恵子ガール」が、「なぎさボーイ」の補完的な位置にあたる。


「女の子以前―十三歳」は、多恵子が「雨城くん(なぎさ)」のどこが好きかという話。彼女の周囲でごちゃごちゃが色々あって、もっと違う目でいろいろなことをして、いろいろなことを見るんだと決意する、女の子以前の話。

あの人は強い人だ。ほんとに偉い人だ。
あたしはとても、そんな人にはなれそうもないけど、そういう人をわかる人にはなりたい。
拍手する時、その人の後ろにあるたくさんの練習や、いろんな気持ちを想像できる人には、なりたい。


こんなこと言われたら、男の子冥利に尽きるような気がするよ。
男の子限定ではないのかもしれないけど。


「遅すぎた予感―十五歳」は、多恵子の口から語られる受験勉強時代の話。「なぎさボーイ」から見ると、例の「革命」前後の話になる。同じ蕨高校を受けるということで、なぎさと多恵子は、その他、北里、野枝、三四郎を入れたグループを作っていた。楽しい生活の中に不穏な空気が忍び寄る。

何ヶ月かして、あたしはこの日のことを、ある理由から、たびたび
思い出した。
この日の自分の呑気さ、他愛なさがおかしくて、思い出すたび苦笑した。


「あなたについて考えている」は、ライバルにあたる槇修子が、多恵子の前に現れて以降の話。

離れれば離れるだけ、あの人は知らない人になった。他人の顔した人に
なった。
知りたい。
もっともっとあの人のことが知りたい。
あたしはちょっとだけしか、あの人のことを知らなかった。それだけのことだ。


「多恵子ガール」を読むと、なぎさが思っていた以上に、多恵子がなぎさのことを良く見ていたことが分かる。 私はクラスの人気者的な明るい多恵子が苦手で、当時、鮮やかな槇修子に随分と肩入れして読んだものだった。なぎさが色々思い悩むだけあって、槇修子は鮮やかで凛々しく魅力的な女の子。硬質なイメージ。これを読んでいた当時は、なぎさなんて大した男じゃないんだから、そんな男は多恵子に上げてあげるわ、なんて思っていたのだけれど。

改めて読んでの感想は、若いって恥ずかしいけどいいよね、ということかなぁ。この本には、思春期の色々が沢山詰まっている。多恵子の良さ、可愛らしさも、今読んだ方が良く分かる。

氷室 冴子
多恵子ガール
集英社コバルト文庫

*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

「なぎさボーイ」/男の子の気持ち

 2005-09-22-08:32

氷室冴子「なぎさボーイ」

突然、古い本を持ち出してしまいますが、今日は「なぎさボーイ」について。渡辺多恵子さんによる、表紙イラストも実に愛らしい。

「男はすべからく枝葉末節にこだわることなく泰然と構える」をもって理想とする、俺、雨城なぎさ。しかし、彼の外見はそんな決意を裏切るもの。身体は小づくりで、女顔。幼稚園の入園式ではプロポーズされ、中学生となっても、全校生徒に「なぎさちゃん」呼ばわりされてしまう、一種のアイドルでもある。これはそんな「男たるもの」な彼が、恋愛に七転八倒する様を描いた本。

タイトルに「男の子の気持ち」と入れたけれど、実際は女性である氷室冴子さんが書かれているので、これが本当に「男の子の気持ち」なのかは分からない。でも思春期で、且つ「男たるもの」な男の子って、こんな感じなのでしょうか。対になる「多恵子ガール」があって、こちらは多恵子の側から描かれた本。

目次
第一話 俺たちの序章
第二話 俺たちの革命
第三話 俺たちの乱世


「俺たちの序章」は、同じ高校を受験する、なぎさと多恵子の共通の友人、三四郎の恋物語。三四郎は気弱で頼りない同級生。なぎさは父のように、多恵子は母のように、これまで彼の面倒を見てきたのだ。なぎさから見た多恵子は、彼の建前では、でしゃばりでお祭り好きの、お節介で感情的なオンナ。でも本当は? 根性を見せた三四郎にならい、建前ばかりだったなぎさが、ようやく自分の本音を認めるようになる。ちなみに、三四郎の恋は「蕨ヶ丘物語」という別の本になっている。

そうなんだ。
俺は多恵子が、ずっと気に入っていた。
だけど、素直になるのが下手だった。しょうがないよな、性格だし。

「俺たちの革命」は、なぎさが自分の気持ちを認めてからの話。彼は「革命」と呼ぶのだけれど、実際は大した行動を起こしたわけではない。だけれどなぎさは、「革命後」に多恵子が気になって仕方がない、自分自身が気に入らない。多恵子の一挙一動が気になる彼は、「男は泰然と」からは外れているわけであるから。自分の心を乱したくないなぎさは、多恵子に「革命前」に戻ることを宣言する。なぎさにとって思わぬ伏兵が現れ、またごちゃごちゃと考えた挙句に、もう一度仲直り。

あれに意味をもたせて、革命革命と騒いでいたのは、俺の独り芝居だったのか・・・・・・。とすると、今までが革命前夜、今日が革命当日ってことになるのかな。

「俺たちの乱世」では、舞台は高校へ。乱世というだけあって、なぎさと多恵子の周囲にも、それぞれにライバルが出現する(なぎさのライバル、松宮は前章で出てきているけれど)。なぎさは多恵子とはクラスが離れてしまうものの、あまり一緒になりたくなかった、ライバルの松宮、槇修子とは同じクラスになる。突然名前が出てきてしまうけれど、槇修子とは、なぎさが中学時代に陸上競技会で出会った、鮮やかで凛々しく
強い女の子。有体に言えば、多恵子と槇修子の二股状態になってしまい、自他共に認めるシンプル思考のなぎさは大混乱に陥る。

「槇が男だったら、北里以上の親友になれるよ。槇は特別な人間だ。多恵子とは次元が違う。多恵子がいてもいなくても、特別な人間には変わらないんだ」
****************************************************
ちなみに、この「なぎさボーイ」は中途半端な所で終わっているので、「多恵子ガール」を手元において読まないと、身もだえする羽目に陥る。「多恵子ガール」は、「なぎさボーイ」のラストよりも、もう少し長く物語が続く。「ボーイ」と「ガール」、両方の側面から描かれるのが、当時はとても新鮮だった。

氷室 冴子
なぎさボーイ
集英社コバルト文庫
古い本なのに、画像が出て感動です。可愛いでしょ?

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたらご連絡ください。

「毒草を食べてみた」/植物の毒

 2005-09-21-09:59
植松 黎「毒草を食べてみた」文春新書

タイトルに「食べてみた」とあるけれど、実際に著者がこれらの毒草を食されたわけではありません。なので、そういうのを期待すると、これはちょっと違う話になる。

1話ドクウツギ別名はイチロベゴロシから、44話ゲルセミウム・エレガンス葉っぱ三枚であの世へまで。四十四種の毒を持つ植物の実例と、歴史が載せられている。章タイトルの下には、漢字表記(和名がある場合)、科・属学名英名成分症状が記されている。
例えば、1話ドクウツギだったら、毒空木、ドクウツギ科・ドクウツギ属、Coriaria japonica、Coriaria、コリアルミルチン(coriamyrtin) ツチン(tutin)、ケイレン おう吐というように。

写真も載せられているけれど、白黒なので、毒のある植物かどうかをこの本で判断するのは難しい(ただし、野草と間違えて誤食した実例が、文章で多く取り上げられている)。

キョウチクトウ(心臓毒)スイトピー(頚椎マヒ)スイセン(ヒフ炎 おう吐)などの身近な植物にも毒があることに驚いた。アフリカの矢毒文化も、どうしてこんなレシピを編み出せたのだろうと興味深い。

解説文も味があって、どことなくユーモラス。でも、17話イヌサフラン四十八時間後の恐ろしさの中の、次の文などはちょっとどうなの?、とも思いますが・・・。それは性別にはよらないと思うなぁ。

イヌサフランは、あなどると、捨てられた女の復讐のように陰険なところがある。


さて、この季節といえば彼岸花。彼岸花については、12話ヒガンバナなぜか墓場に咲く花がで説明がなされている。 この間、白い彼岸花の蕾を見つけた のだけれど、ヒガンバナはガーデニングブームにのって、装い新たに「リコリス」という名前で登場してきたそうだ。色は野生種のような妖しい赤ではなく、すっきりと明るい赤、ピンク、クリーム、薄紫、白といったパステルカラーであるとのこと。野生種を改良してつくられたリコリスは、ヒガンバナから受ける陰気なイメージをすっかり払拭するようなもの。

ヒガンバナの毒は、リコリンというアルカロイド。球根に多く含まれていて、これはおう吐、ヒフ炎を引き起こす。その毒性は、煮たり炒めたりして、熱を加えても変わらない。それでも、この毒を持つ球根を食べざるを得なかった、貧しさがかつて存在した。

この本には、能登のおばあさんに、「ヘソビ餅(ヒガンバナの球根を粉にして蒸したもの)」を頂いた時のエピソードが載せられている。日本海の荒涼たるロケーションと相まって、なんとも凄味を感じさせられるエピソードです。


植松 黎
毒草を食べてみた
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「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
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2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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