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「照柿」/狂う、爛れる

 2005-08-31-10:10
高村薫「照柿」

現在三作出ている、合田雄一郎シリーズの真ん中。私はちょっと変則的な読み方をしていて、もう何年も前に「マークスの山」「レディ・ジョーカー」は読んでいるのだけれど、真ん中に当たる本作を飛ばしていた。ちょうど図書館にあったので、借りてきた。
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全編を覆うのは、熱。二人の男の熱、気が狂いそうな暑い夏。照柿という赤色の一種。「熱」のせいか、いつもの緻密で這う様な高村節に、更にねっとりとした感触が加わっている。

二人の男とは、シリーズの主人公でもある合田雄一郎と、彼の幼馴染にあたる野田達夫。

合田雄一郎の「熱」は、刑事である彼が追っている「ホステス殺し」。彼の照柿の色は、線路から見た電車の臙脂色。他の作品では、硬質な石の様な印象を人に与える彼が、すっきりとして容赦ないまでに清涼な彼が、この「照柿」では狂ったように一人の女性に執着する。

一方の野田達夫の「熱」は、彼が勤めるベアリング生産工場の熱処理棟の灼熱。彼の照柿の色は、熱処理棟の老朽化した炉の色。

二人の男を繋ぐのは、佐野美保子という女。高村作品ではいつも女性が描かれないのだけれど(「晴子情歌」を除く)、今回は美保子が重要な役割を果たす。とはいっても、男に惚れられる、というだけでは重要な役割とは言い難いだろうか。彼女の行動に整合性は見られないし、彼女をあらわす言葉は「不機嫌」だと思う。何を考えているのか窺い知れない、深い穴のような女性。熱い男たちとは違い、美保子の存在は冷たさを感じさせる。切れ長の、大きく、冷たく、深い穴のような目を持つ女。白く光るふくらはぎ。

三者の出会いは、悲劇的様相を呈し、それぞれに狂った結末を迎える。

《俺の目、さっきからずっとおかしなっとるんや・・・・・・。臙脂色の雨が降っとる、雨も道路も空も全部臙脂色や、浸炭炉みたいな色や、雨が燃えとる・・・・・・。雄一郎、照柿の雨や・・・・・・》
てりがき。照柿。
ああ、照柿という名前だったか、あの色は。
「ああ、達夫、矢田の家で、庭の柿二つ手にのせて、あんたが教えてくれた色や。照柿いう名前やったな、そうやった」
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ムック本「高村薫の本」「担当編集者が語る創作秘話」によると『照柿』は「ドストエフスキーの『罪と罰』のような作品をお願いできませんでしょうか」との依頼を受けて書かれたものとの事。軟派な本読みの私は、実は「罪と罰」を通して読んだことはないのだけれど、「照柿」はストーリーがどうだというよりも、人の内面をしつこく追ったような本。

「マークスの山」がきて、「照柿」がきて、次に「レディ・ジョーカー」がくるのか、と今更ながら納得した。「照柿」で灼熱の浄化があった後に、「レディ・ジョーカー」がくるのだな、多分「照柿」を読むと、「レディ・ジョーカー」単独で読んだ時も、ぐはっと驚いた、雄一郎の義兄である検事、加納祐介との物語後半部でのやり取りが余計にキた。

高村作品の男性は、大抵整った硬質な外見の内に、どろどろとした感情を秘めている。「照柿」はそういった感情の動きを追ったような作品だった。あと、ほんとはダンテの「神曲」を読んでいれば、もっと深く楽しめるであろう作品。これまた未読なのだった。
高村 薫
照柿
別冊宝島981号「高村薫の本 」

*臙脂色の文字の部分は引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。
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「ダウリーと闘い続けて」/花嫁はなぜ焼き殺されるのか

 2005-08-30-10:30
スパドラー・ブタリアー著/鳥居千代香訳
「ダウリーと闘い続けて―インドの女性と結婚持参金」つげ書房新社

訳のせいなのか、原文のせいなのか、決して読みやすい文ではない。しかし、これは事実が全てを凌駕するタイプの本。

目次
序文
第一章  隣家で起こったこと
第二章  不正感
第三章  活動の始まり
第四章  街頭劇
第五章  家族の共謀
第六章  新しい場所・古い問題
第七章  団体の設立
第八章  インドの司法制度との出会い
第九章  有罪判決と「不確かさの恩恵」
第十章  なぜ有罪判決が珍しいか―立法者と彼らの論理
第十一章 偏見と先入観
第十二章 抵抗することの重要性
第十三章 終わりに
訳者あとがき

ダウリーとは、訳注によれば「結婚持参金・婚資」とのこと。

本書は、隣家の若い女性の死を切っ掛けに、「ダウリー問題」に気付き、この問題と取り組んだ歴史を著したもの。著者は八十一歳でこの本を書いたが、現在でも女性団体「カルミカ」での仕事を続けているとのこと。

日本でも結納金や結婚支度金といったものがあるけれど、ダウリーがこれとは違うのは、ダウリーはただ結婚の時だけに要求されるものではないということ。勿論、結婚の時のダウリーの額も、婚家の重要な関心事項であり、ダウリーの額が十分でないために、婚家で非情ないじめを受けたりもする。ダウリーの要求は際限がない(あなたの息子にスクーターを与えたのだから、義理の息子である私にもスクーターが貰える筈だ、など。現金だけでなく、テレビなどの家電製品も要求される)。

また、ダウリーの問題は、宗教の問題、インドの慣習の問題とも深く結び付いている(カーストとダウリーについては、時々顔を出すものの、全体としてこの本のみでは良く分からなかった)。

魂を救済するには十の方法があるが、ヒンドゥー教徒の女性が救われる道は、ただ結婚という方法のみ。よって、未婚の少女は父親にとって重荷であり、思春期前に娘を結婚させることができなければ、父親はその義務を果たしていないことになる。親は娘を出来るだけ早く結婚させなければならないと焦り、これから姻戚になる人たちにさまざまな気を引くものを提供する。娘を結婚させようと焦るため、娘の結婚相手についての十分な調査も行われない。妻が不審な死を遂げた男性であっても、結婚の申し込みはなくならないのだ。

結婚した娘が、婚家について訴えようと、逃げ出してこようと、女性の実家は「婚家への順応」を望む。なぜなら、離婚した娘がいることは、残りの娘の結婚へ悪影響を及ぼすから。そして女性が殺されて初めて、娘の置かれていた状況に気付くのだ。

この問題で救われないのは、被害者である娘の母親も、またこの慣習に縛られているため、たとえ娘が焼き殺されても、息子の母親としての自分は、「ダウリー」について悪の意識、罪の意識を持たないことだ。司法制度も、著者らの運動により徐々に変わっていくのだが、法律を司る人々の意識の改革は、なかなか難しいようだ(ダウリーは文化的側面も有するので)。

最近でも、ダウリーに関係した暴力やダウリー死の事件の数は増え続けているそうだ。今日、ダウリーは北インドの中流階級のヒンドゥー教徒の家族だけの問題ではなく、その影響は広範囲に拡大し続けており、イスラーム教徒、キリスト教徒、シーク教徒の若い女性たちもまた、ダウリーが原因で苦しんでいるとのことである。

ほとんどの場合、両親や他の人たちは女性にどんな役割も与えない。女性は知性がない、決定を下すことが出来ないと考え、女性に決定権を与えない。だが、そのような考えを捨てれば、必要なとき、女性としての知的な判断を下すことができるのである。

インドでは高い地位に女性がついていることも多いので、こういった問題があることが不思議だったけれど、高い地位にいる女性は、ごく一部の上流階級に属し、機会に恵まれた女性だけであるとのこと。女性は物ではない。慣習も変わっていって欲しいし、女性自身も慣習に縛られることなく、いざという時は自分の身を守り、抵抗出来ますように、と思った。

スバドラー・ブタリアー, 鳥居 千代香
ダウリーと闘い続けて―インドの女性と結婚持参金

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

「空想の繪本」/空想の世界に遊ぶ

 2005-08-29-14:15
安野 光雅
空想の絵本

安野光雅氏本人による、絵を描いた時の「たねあかし」本。
あとがきによると、載せられた絵は、「以前『安野光雅の画集』という絵本を出した頃に描いていた作品がいろいろと出てきたので、これらを併せて取捨選択」したものとのこと。

私が気に入ったのは、「二階だての世界」という絵。
この絵のたねあかしは、こんな感じ。

こどもの頃、階段を上がって二階に行くが、二階にも玄関があって、そこから出るととたんに外国(たとえばイギリス)だ、という空想にこっていた。外国の小学校へ通ってそこで遊び、家に帰ってきて、下に降りるとそこは日本で、日本の友達がいて「やあ、どこに行ってたんだよ、昨日からさがしていたんだぞ」などと言うが、秘密だから「A町のおじさんちに行ってたんだ」などとうそをつくしかない。

子どもの頃って、こういう空想をしたことがあったなぁ。大人になってもこういう空想の世界を忘れず、且つ絵にすることが出来るっていいなぁと思った。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

「マネキン 美しい人体の物語」/お仕事

 2005-08-27-10:54
欠田誠「マネキン 美しい人体の物語」晶文社

「美しい人体」に惹かれて、借りてきた。

目次
第一章 スポーツマネキン誕生記
第二章 人体を表現するということ
第三章 日本のマネキンの歩み
第四章 私は企業内作家である
第五章 人間をまるごと型取りする
第六章 二人の巨匠 村井次郎とジャン=ピエール・ダルナ
おわりに

芸術的な面と、商業ベースに乗せる面とを両立させる所が面白かった。創業期における挑戦も。何であれ、情熱的に仕事をしている人の話を聞くのは面白い。ジェーン・バーキンの等身大マネキンの美しいこと!

彫刻は決意してできるものではないし、決意してやめられるものでもない。私は生活のために職業としてマネキンの製作を始めたわけだが、体験を重ねていくうちに、マネキン造型は人間の表現、人体彫刻の新しいジャンルだという思いが高まってきた。マネキンは一般大衆のためのアートだという考えが確信に変わった。私の二刀流が一刀流になった。そのころはまだ、ポップアートという言葉はなかった。
欠田 誠
マネキン 美しい人体の物語

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

ようやく半分

 2005-08-26-18:20
「三国志」「三国志」と騒いでいるのもどうかと思うのですが、とりあえず10巻中5巻まで読み終わりました。

最初は合戦につぐ合戦に、少々辟易していたものの、何とか面白くなってきました。しかし、登場人物の多いこと!でも、これだけの多さだからこそ、誰かに自分を模す事が出来て、男性に人気があるのかも、と思いました。やっぱり、乱世における一門の武将ってかっこいいですもんね。我もかくあらん、ということでしょうか。

戦いに敗れてもそれで終わりではないところ(負け方、落ちのび方にもキャラクターが出ているような)、昨日の敵は今日の友であったり、またその逆でもあるところ。私はその辺が面白いな、と思います。

5巻の最後にようやく、諸葛孔明登場! しかし、孔明は美人さんなのかな。なんか描写がすごいです。「花のうごくか、嫋々竹そよぐか、と疑われるばかり」ってすごいなーと。「嫋々」って、大抵は美女にかかる形容詞かと思ってたけど、男性にも使うものなのね。うーん、才色兼備?(ちょっと違う?)

「青葉学園物語 まっちくれ、涙」 /学園生活

 2005-08-26-09:17
吉本直志郎作、村上豊絵「青葉学園物語 まっちくれ、涙」

前回書いた「右むけ、左!」 は青葉学園物語の最初の巻だったのだけど、この「まっちくれ、涙」は全5部作の最終巻にあたる。あとがきには、「この青葉学園物語は、一冊ずつが独立完結のおはなしになっているので、みなさんはどれから読んでもさしつかえありません。また、一冊だけしか読まなくてもいいわけです。でもぼくは、五冊みんな読んでくれるひとのほうが好きです」、とある。

残りの3冊は順番に、「さよならは半分だけ」(これは、昭和54年度、第二十五回青少年読書感想文全国コンクール課題図書だって)、「翔ぶんだったら、いま!」「空色の空の下で」。どれも良かった記憶があるのだけれど、手元にないため、今、記事を書くことが出来ません。今の子どもが読んで共感を覚えるかどうかは分からないけど、乱暴なようでいて優しかったり、普段罵り合ってるくせに、いたわりあったり、互いに思いやりあったり。野遊びや彼らの友情がいいと思う。
*****************************************
■水アメ作戦でいこう!
青葉学園では、梅雨明けの夏休み前、すもう大会が行われることになった。寮別対抗に勝つために、なつめ寮の男子は、他の寮とは一味違う作戦を実行するが?

「ええかおまえら。おれらなつめ寮のもんも、あのアホどもとおんなじように練習をつんだって差がつくわけはない。ほかの寮とちがうことをしてこそ、はじめて差がつくんじゃ」
「アホとおんなじことをしよったら、なーんのことはない、おれらもアホじゃないか。ええ、それが道理じゃろうが」
「そこでじゃ。これから耕一くんが、きたるべきすもう大会のために、おれとふたりで知恵をあわせて考えた結果を、練習より、はるかにまさる名案をおまえらに話して聞かせる」
「まあ、いたらぬわれわれじゃが、あのアホどもと反対の方向へむけて努力をすりゃあ勝てるということよ。これがまた、うれしい努力なんよ。くっ、ひっひひ」

■里子の島で
青葉学園の子どもたちは、毎年夏休みになると、日和島という瀬戸内海に浮かぶ小さな島へ里子に行く。一年ぶりに会う家族に優しく世話してもらったり、島の子どもたちと遊んだり、ちょっとした仲たがいをしたり、楽しい日々は10日ほど続く。耕一がお世話になっている藤浦家に、見事な鯉がいた事でちょっとした騒動が起こる。

「―しかし、人間も勝手なことをいうじゃないですか。どの鯉もまじめに泳いどるのに、やれ、おまえは尾に色がついとる、やれ、おまえはヒゲが似合わんとかいうて、鯉に相談もなしに決めつけたりして・・・・・・」
「はははは、なにをばかなことを・・・・・・おまえさんが飼うたんじゃあ、あの赤べっこうも、宝の持ちぐされじゃのう」
「はははは、そういうこと、そういうこと」
「どうじゃ、藤浦さん」「―あの赤べっこうを、つまり、その・・・・・・二万円で、わしに売る気はないかの」

島の子とちょっぴり意地悪し合って、仲たがいしても、結局最後はみんな仲良し。

「おーい、伝ちゃーん!来年もまたくるぜ!」
「バイ、バーイ!伝ちゃーん!」
「あんまり、えらそうにするなよーう!」
と、和彦も進も、それからボータンも、甲板の手すりから身をのりだすようにして手をふりかえした。
「おまえらも、おれらの島へきて、あんまりえらそうにするなよーう!」

■精霊ながし
学園のみんなが日和島で楽しい夏休みを送っている間、学園最年長で高校二年の弘明は、杉の伐採のアルバイトに精を出していた。夏休みいっぱいを働きとおし、手に入れたお金で恵子と二人で喜びを分かち合うのだ。男たちの汗の匂い、いがらっぽい煙草の匂い、花札をめくる音、弘明はこれまで知らなかった別世間を知る。弘明と年の近いタンコは、何かと弘明の世話をしてくれたのだが・・・。

おたがいにしんそこうちとけ、信頼しあえば、人間は、ぜったいこんなことはできないはずだ。しんじつ信頼を得た人間どうしのあいだでは、ぜったい、こんなことはおきないのだ。
―だれだろうと、相手が本気でくるとき、自分も本気でかえさなければいけないんだ。だれもが、そうした信頼のなかで、あったかい心をかよわせあえば、こんなこともなくなるんだ―
弘明は、自分の生活のなかには、学園での暮らしのなかには、そうした信頼のうえに成り立つあたたかい心のかよいあいがあることに思いあたった。

学園を出た仲間たちが、それぞれに遭うだろう試練や障害を考えた弘明は、それでも人を信頼する心を失わずにいて欲しいと願う。そして、学園の一人である恵子と一緒に、あたたかい家族をつくることを強く決意する。弘明の心の片隅にはいつも恵子がいる。山道を歩きながら、弘明は八年前の戦争後の焼け跡でのお骨ひろいを思い出す。

「雲にもお家が、あーるか」
弘明のほうへ首をかたむけ、なぞなぞをかけてくるようにいった。
お骨ひろいは、どの班も、恵子のようにからっぽの箱のまま学園にもどってきた子のほうが多かった。

悲しいとき、つらいとき、まてよ、ここでくじけてはいけんぞ、ここで涙なんか見せてはいけんぞ、とふんばって、明日につなぐ支えになるものを心のなかに持つのだ。
そんな何かを心のなかに持って、強く生きていくのだ。
*****************************************
古い児童書だけれど、最後の「精霊ながし」などは、大人になった今読んでもとてもいい話。世の中は決して楽園ではないけれど、きっとそれもみんな自分の心持ちなんだよね。
吉本 直志郎, 村上 豊
まっちくれ、涙

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

「猫辞苑」/辞典

 2005-08-25-08:38
えびな みつる
猫辞苑―現代「猫語」の基礎知識
1【猫】2【あってもなくても猫の尻尾】から、100【我輩は猫である】まで、100の「猫」を含んだ用語の解説。右頁に1~3つの用語、左頁に右頁の内の1つの画が描かれている。

例えば、この表紙は68の【猫の額】なのだけれど、解説はこんな感じ。

猫の額はせまいことから、場所がきわめてせまい様子のたとえ。
例)猫の額のような庭。
眉から髪の生え際までを額というが、猫の場合、顔中毛だらけで生え際に相当する部分は判然としないため、単純に猫の額イコールせまい、という一般的認識は短絡的と言わざるを得ず、犬の額のほうがせまい、とする識者もある。

基本的に猫よりの解説です。【あってもなくても猫の尻尾】は、「あってもなくてもどちらでもよいもの」「役に立たない無駄なもののたとえ」だけれど、バランス調整や飼い猫の感情表現などに役立っているので、「このことわざは正鵠を得ているとは言い難い」だって。時々、「これは犬派が意図的に流布させたものと思われる」なんていう記述もあります。

【金猫】【銀猫】【皿なめた猫が科を負う】【三年になる鼠を今年生まれの猫が捕らえる】【鍋島の猫騒動】【猫石】【猫板】など、知らない言葉も多かったです。

また、【猫じゃらし】は二つの意味があるのだけれど、その内のよく知られている植物の方。エノコロ草の別名で、エノコロはエノコと同義で犬の子のこと。穂の形状が子犬の尾に似ていることから、エノコロ草と命名されているそうだ。「猫をじゃれさせるものが、実は”子犬の尻尾の草”という意味の名であることを知る人は少ない」とこのことで、言葉って面白いなぁと思ったことでした。画もユーモラスで可愛いです。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

現在、読書中

 2005-08-23-17:53

ずっと手を出していなかった「三国志。とうとう、手を出すことに致しまして、現在つらつらと読み進めています。

夫の実家から北方版を借りてきたので、それを読もうと思っていたのですが、現在そちらは夫が先行して読んでいるため、断念(私には、続き物で人を追い抜いて急かすという悪癖が有る)。家には昭和四十一年発行の、自分よりも古い吉川版「三国志」もあるので、まずはこちらから読んでみることに。現在、10巻ある内の、3巻の頭に入ったところです。

登場人物が滅多矢鱈に多いので、忘れないうちに、短期決戦で読み進めなくては、と思っています。段々ノって来た所ではあるのですが、沢山の人が死んでいくのには少し馴染めません。乱世の物語だから、これが順当なのでしょうけれど。詩的で流れるような文だと思うのですが、それがまた「ああ、あっという間に死んでしまった」と感じさせるのかも。凄い勢いで、首が飛んでます。

しかし、劉備は他の野望家達に比較し、随分いい人ですね。今の所、王允と貂蝉が謀って董卓を倒した所が面白かったのですが、普通はもっと戦いの場面に興味を覚えるものなのでしょうか。うーん、貂蝉の目で語る演技は凄い。悲しく美しくもありましたが、女は怖いです。

「青葉学園物語 右むけ、左!」 /学園生活

 2005-08-23-09:42
吉本直志郎作、村上豊絵「青葉学園物語 右むけ、左!」

カバーの「作者からきみたちへのメッセージ」より

あっ、「右むけ、左!」をみつけたな。これは、ぼくが書いたはじめての作品だ。小説を書く才能があるふりをして、本を出版してもらうのもなかなか才能がいるんだ。毎日、ペンをガリガリやって、ようやくぼくの仕事はおわった。あとは君たちが、青葉学園のなかまとどんなふうに遊ぶか楽しみだ。
さあ、いっしょに飛びだそう!梅雨晴れの空の下をのどいっぱいにわめき、もつれあいながら走っていくあの子たちと。

青葉学園物語は「広島戦災児育成所」という養護施設が舞台になっている。昭和三十年ごろになると、戦災で身寄りを失った子どもたちがあらかた巣立って、一般家庭の事情によって、施設に身を寄せる子どもの方が多くなり、のちに「童心園」と名を改めた。この物語に登場するのは、その戦災児育成所時代と、童心園時代にまたがる時期の子どもたち(以上、「あとがき」より)。

全五巻からなる物語ですが、今も私の手元にあるのは、一巻に当たるこの「右むけ、左!」と、最終巻である「まっちくれ、涙」のみ。読み直していたら、ちょっと買い直したくなりました。この一巻は、どうもその当時のお友達から、私の9歳の誕生日に頂いたものであるようです。お母さまが選ばれたのだとは思うけれど、この物語に出会えてよかったなぁ、と思います。感謝。沢山笑って、ほんのり涙するような物語。
**************************************
■ぶたぶた会議だ ぶう!ぶう!ぶう!
青葉学園にはブタが三匹いる。各寮に分担された畑で野菜をつくり、それを市場におろして買ったブタだ。二年まえ学園にやってきたブタはもうすっかり大きくなって、近いうち売られていく。きょうの夕食のあと、そのブタを売った金でなにを買うか、自治会をひらいて決めることになっている。
進はみんなのまえにまわって、うしろむきで歩きながら、
「―みんな、野球のユニホームがほしゅうないか。」
と、きりだした。

青葉学園のメンバー、お目見え。野球のユニホーム欲しさに、進たちは女の子におべっかを使ったり、色々工夫するのだが・・・。

■青葉ニュースです
毎月の一日には誕生会がある。
みんなで歌をうたったりクイズをして、その月に生まれた子どもたちをまとめて祝うのだ。
誕生会で、きまってやるのは「青葉ニュース」という幻燈だ。先月、学園でおきたことを絵にして、食堂の壁に映すのだ。どこの寮でも誕生会主催の番がめぐってくると、これにいちばん力をいれる。

「ぶたぶた会議」で、惜しくも野球のユニホームの夢破れた進。肥溜めに落ちた子豚を助け、ユニホームへの望みを繋ぐ。そんな進を待っていたのは、楽しい幻燈ニュースでは映せないような出来事だった。

■手品師の忘れ物
―あのおじいさんと女の子は、どこで眠るんじゃろうか。帰っていく家はあるんじゃろうか。あの子、学校はどうしよるんじゃろうか―

「ボータン。右むけひだり、言うたら・・・・・・ついつい、心にもないことをしてしまうことかも知れんのう。」
ボータンは、ちょっとの間だまっていたが、
「おれは、そうは思わん。」
と言った。
「ぶ、ははは、は、おまえもしぶといのう。まあ、それぞれに受けとり方があるわい。」
と、和彦は、にがりきったように笑い、
「おれは、右むけひだり、言うたら、気持ちは右をむいとるのに、ついつい、その反対のことをしてしまうことじゃと決めた。」
「そいじゃあ、おれは、事実が右じゃっても、一歩ゆずって、相手を理解してやることじゃと決めた。」
「言葉いうて、いろいろに考えられるもんじゃのう、ボータン。」

学園に手品師のおじいさんと、女の子がやって来た。学園の皆は滅多に見られない手品を楽しむのだが・・・。
**************************************
表題作である「右むけ、左!」がとてもいいのです。学校帰りに道理もへったくれもない言い合いをするのも、和彦とボータンの二人なら、引用中の会話を交わすのも同じ二人。「右むけ、左!」になること、ありませんか?
吉本 直志郎, 村上 豊
右むけ、左!

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

「英国王室御用達」/伝統、手仕事

 2005-08-22-10:18
恒松郁生・文、岡村啓嗣・撮影「英国王室御用達」

目次
ロイヤル・ワラントとは?
紳士服・礼服 etc.
女性服・革製品 etc.
宝石・雑貨 etc.
釣具、猟銃 etc.
香水、花 etc.
古書・文具 etc.
レストラン・パブ etc.

各章の後ろには、コラム付き。レストランには認定証は発行されていないけれど、本書では王室メンバーが行かれるレストランとして、部外秘の「ロイヤル・アドレスブック」に掲載されている店から選んだとのこと。

認定品の多くは、認定を発行した方の紋章を店の外に掲げている。現在ではエリザベス女王、エジンバラ公(フィリップ殿下)、皇太后、それにチャールズ皇太子の四人が認定出来るのだそうだ。四人の紋章が実際に載せられているのだけれど、チャールズ皇太子の紋章は少し地味に感じる。みんな、権威を感じる立派な紋章なのだけれどね。

認定証は会社の株主か取締役個人宛に発行され、認定が正しく使われているか、責任を持つ義務がある(五年ごとに厳密な審査。認定取り消しもあり得る)。ロイヤル・ワラントを持つ店は、現在約八百軒あるが、毎年二十軒から四十軒が取り消され、ほぼ同数の新しい店が認められている。一つの店で王室全員の認定を受けている店はわずか七軒に過ぎない。

素敵なものばかりだったけれど、自分でも使えそうなのは、フローリス(香水)ペンハリゴンズ(香水)プレスタート(チョコレート)ぐらいかな。後のものは、私には使いこなせそうにない。プレスタートの常連は、王室から画家のルノワール、マティスやピカソ、それに作家ではシャーロック・ホームズの生みの親のコナン・ドイル、最近では「チョコレート工場」の著者ロアルド・ダールがいるそうだ(チョコレート好きだから、ああいう本を書かれたのでしょうか)。

マッグズ・ブラザーズ(古書店)フランク・スマイソン(文房具)も素敵。イギリスでは、個人用の便箋や封筒を作っている人が圧倒的に多く、いかなる理由があろうとも、会社の便箋を私的な手紙に使うのはイギリスの紳士・淑女の間では、恥ずべきことなのだそうだ(会社のものは使わないにしても、日本では個人用まではなかなか作らないですよね)。このフランク・スマイソンでは、便箋の端を好みの色で一重とか二重の線で囲むサービスをしてくれて、これが何と印刷ではなく、一枚一枚熟練した職人が手書きで線を引いてくれるのだそうだ。

伝統の手仕事にうっとり。


恒松 郁生, 岡村 啓嗣
英国王室御用達

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。
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プロフィール

つな がる

Author:つな がる
つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
興味を持った記事があったり、あなたが読み終えた本について語っていたら、是非あなたの感想を教えて下さい。お待ちしています。

2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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