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「ゆう/夕」/夕暮れ

 2005-07-31-18:47
谷川俊太郎/詩、吉村和敏/写真 「ゆう/夕」 アリス館

かなり前に、カナさんの所でこの本を教えてもらった のです。 詩集、写真集はなかなか買わないしなぁ、と諦めていたのですが、図書館に置いてあるのを発見!借りてきました。この本、ちょっと面白い作りなのです。左開きの「ゆう」から読めば時間の流れを感じ、右開きの「夕」から読めば、普通の(?)詩と写真があるスタイル。

夕暮れにはどんなイメージがありますか?「短調の噴煙」のような夕暮れ、世界が所在なげに佇んでいるような夕暮れ、様々な夕暮れがこの本の中には存在します。

私にとって、とても嬉しかったのが、この本の写真を担当した写真家の吉村和敏さんの、次のような経歴。

20歳でプロの写真家を目指し、単身カナダへ渡る。アトランティック・カナダ4州、なかでもプリンス・エドワード島に強く魅せられ、暮しながら写真を撮り続ける。

現在は東京に拠点を置いておられるそうですが、プリンス・エドワード島といえば、いわずと知れた「赤毛のアン」! アンの生まれ故郷である、ノバ・スコシアの写真があったのも、嬉しい偶然でした。

谷川俊太郎さんの詩がいいのは勿論なのですが、この吉村氏による「なつかしい夕焼け空」と題した文章もいいのです。ハリファックスの街中から、車で40分程のペギーズ・コーブと呼ばれる岬での夕陽のお話。ここは、夕陽が最も美しく見える岬として知られているそうです。北海道では色々な岬に行きましたが、時間の都合上、夕陽を見ることが出来なかったのは、とても残念なことでした。このペギーズ・コーブには、街中で暮らす多くの人々が、夕陽を見に訪れるそうです。身近にそんな場所があるのは、とても素敵なことだなぁと思うのです。

夏の夕暮れもいいですよね。今日はこれを書いている間に、気付けば日がとっぷり暮れていました。


谷川 俊太郎, 吉村 和敏
あさ/朝,ゆう/夕(全2冊)

amazonでは残念ながら、画像が出ないようです。この「ゆう/夕」の対となる「あさ/朝」もあるのですよね。こちらは、私は未読です。
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「もののけ化石の物語」/あやしの世界

 2005-07-30-11:37
葛城 稜, 高田 美苗
もののけ化石の物語
新紀元社

時間に追われて慌てて借りてきたので、実は普通の化石の本と勘違いしていた。でも、これはそうではない。現実ではないあやしの世界のお話。

白髪の翁、平田氏の蒐集品を見せてもらうことになった、青年「私」が描き記したもの。主人公の「私」はこんな素養をもつ人物。

幼い頃から私は目には見えないものの<気配>を感じることがあった。だが、木々の枝や草の葉の下に”なにか”を見ても、信じてくれる人はいない。確かにいると感じるから、私は感じとったものを描いている。

目次
序の物語/全体地図/単眼類/多頭類/一角類/水精類/半獣人類/半魚人類/有翼人類/有翅妖精類/小人類/巨人類/人頭蛇身類/龍類/終章

私でも知っているようなものが大半だったので、そうマニアックな本ではない。マニアックな楽しみ方は出来ないけれど、精緻な絵や、翁による独特の語りの雰囲気は、ぐでんぐでんに暑い日々が続く、こんな時期にいいかもしれない。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、御連絡下さい。

「カノン」/絶対の美、至高の音楽、選ばれし者

 2005-07-29-09:52

篠田節子「カノン」

文庫の裏には、「「音」が紡ぎだす異色ホラー長編」と書いてある。怪奇現象が起こる、という意味ではホラーかもしれないけど、私は天才とその音楽の物語だと思った。

主人公・瑞穂は39歳の小学校の音楽専科教員。今現在の瑞穂は、大木のようなどっしりとした母であり妻である。けれど、彼女はかつて憧れに満ちた若木のような少女だった。

経済的事情で教員養成大学に入学したけれど、演奏家になること以外は考えずに、一日八時間の練習をこなす毎日。所属していた学生オーケストラの失敗に終わった演奏会の夜、瑞穂は「闇を切り裂く稲光さながら」のヴァイオリンの音を出す男・康臣に出会う。

堅く、鋭利で、正確無比なタッチのバッハの無伴奏パルティータ

康臣と瑞穂はその晩、オーケストラを辞め、アンサンブルをすることを約束する。ピアノトリオのために現れたのは、康臣とは正反対とも言える、大柄で、秀才、陽性な男・正寛。その夏、三人は「山の家」でアンサンブルのために合宿を行う。様々な出来事があったこの合宿の後、瑞穂の青春の季節もまた終わった。演奏家への道を諦め、康臣への淡い恋も終わり、彼との付き合いも途絶える。

康臣と正寛、彼らの対比は天才と秀才の対比でもある。康臣の天才ぶり。

「原理は好きなんだけど、プラグマティックな学問は嫌いなんだ。もっとも理解は早いよ。あいつ、こっちが地道に論理を組み立てているときに、一気に思考を飛ばすんだよ」

秀才・正寛との付き合いは続いているものの、康臣との付き合いが途絶えた中、瑞穂は康臣の訃報を知らされる。康臣は瑞穂に一本のテープを残して死んでいた。そのテープを貰って以来、瑞穂の身辺に不審な出来事が多発する。なぜなのか。瑞穂は康臣の死の真相や、付き合いが途絶えた後の彼の身辺を探ることになる。

本当の天才というものは、その価値が分かる同じ道を目指す者には、絶望しか与えないものなのか。「ガラスの仮面」では、秀才・亜弓さんが頑張っているけれど、あれはマヤに抜けている部分があるからいいのだろうか。康臣は現実の社会とコミットする術を殆ど持っていなかった。一方の秀才・正寛の生き方もまた凄まじい。現実の世界の若いアスリートなどは、もっと軽やかに生きているように見えるけれど・・・。

ただの天才と秀才の話にならないのは、瑞穂が女性であるからだと思う。瑞穂も、また康臣と同じく天才であった。複層的な話だなあ、と感じた。康臣、正寛の高校時代の重要なキーパーソンである、岡宏子(ナスターシャ)と瑞穂との出会い、会話も印象的。「白い氷花のような峻厳な美貌」の持ち主であったナスターシャは、歳月を経て穏やかな微笑をたたえる女性となった。しかし、彼女は瑞穂に違和感を抱かせる凡庸な女性であった。

卑屈になることも、勘繰ることも知らないまっすぐで謙虚な視線は、しかし複雑極まる人の心の底にある真実に到達する鋭さは持っていない。そこに横たわる真の美を理解しうる聴覚もこの人は持ち合わせていない。

こんな音楽を紡ぎだせること、音楽でしか語れないことは、はたして幸せなのか不幸なのか。

「すすり泣く高音も包み込む低音」も、一時的な気分に過ぎない。優れた音楽のはらむ感情は個人的感傷を超えて、普遍的で雄大だ。

二十年前、打ち捨てた感性、能力を持つ「彼女」と共に生きていく決心をした瑞穂。それはつまり、これまで築いてきた生活を、壊すことでもある。それとは正反対の生き方を続けなければならない、正寛。

瑞穂: 「あなたは松明のような人だ。激しく燃えながら、まっすぐにつき進んでいく性を持っている。しかし今は、ぶすぶすとくすぶっている。いや、何年も、何年も、煙ばかり吐き出してくすぶり続けてきた」
正寛 :「無理して登ってきた人生なら、死ぬまで登り続けなさい。自分の心に嘘をついて生きてきたっていうなら、死ぬまで嘘をつき通しなさい。演技だってなんだっていいのよ。美佐子さんにも子供にも、有能な夫、思いやりのあるお父さんでい続けなさい」

色々な人生が詰まっている。私は、この小説が好きです。


篠田 節子
カノン


*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、御連絡下さい。

「あの酒、その国、このお店」/世界のお酒

 2005-07-28-09:00
玉村豊男編「あの酒、その国、このお店―とっておきの世界のお店」
 TaKaRa酒生活文化研究所

内容(「BOOK」データベースより) 世界の珍しいお酒を取り上げ、その成り立ち、歴史、現地での飲み方などを解説。"ではいったい、そのお酒はどこで飲むことができるのか?"と、東京でそのお酒が飲めるお店を紹介。さらにお酒大好き人間が書き下ろしたエッセイも掲載。最初のページから最後のページまでが、お酒づくしの、とっておきのガイドブック。

目次
第一章 アジア・オセアニア
 タイの陽気な人々とメコン・ウイスキー ―戸田杏子
第二章 ヨーロッパ
 ポーランド人のように酒を飲む ―玉村豊男
第三章 地中海・アフリカ
 地中海世界の酒 ―松原秀一
第四章 北・中南米
 飲みやすく、飲み難かった酒 ―エクアドル・アマゾンのアスア ―山本誠

自分が実際に行くことが出来る土地は限られてくるので、本によってその土地を想像するのも好き。しかもこれは世界のお酒が切り口。お酒は好きなので借りてきました。背景が分かると更に楽しく飲めそうでしょう?

目次を読むだけでも、酔っ払ってきそうなのです『ネパールのどぶろく「チャン」を飲む』というように、どこどこのなになにを飲む、というスタイルが延々と続く)。一つ一つの節の後には、日本でそのお酒が飲めるお店が載っていて、「3000円でチャレンジ!」などと、そのお店での料理とのコーディネートまでなされている。各章の最後には、「ここでも飲める!とっておきの世界のお酒」「世界のBAR・CAFE・RESTAURANT」写真つき。東京近郊の方などは、お出掛けされてもよろしいかと存じます(自分は近郊ではないので、ちょっと無理かな。残念~)。


読んでいて気になったのは、ネパールのチャン
■甘さと酸味、そしてわずかなほろ苦さが混ざり合った喜び
チャンは穀物を発酵させたものなのだけれど、ふかした固体のまま発酵させてしまうのが珍しいらしい。

瓶がとっても可愛かったのは、メキシコのテキーラ「プルフィディオ」
■ボトルの中にサボテンが・・・
 思わず飲みたくなる、飾りたくなる、ポルフィディオ
黄色いテキーラの中に、緑のガラスのサボテンがいるのです。とっても可愛い。FFのサボテンダーを思い出しました(あれは大抵の場合、小憎らしかったけどね)。

企画モノ/Book Baton

 2005-07-19-07:31

「幸せを呼ぶ本棚」のkankanさんから、Book Batonを頂きました 。以前、「好きな本と思い出の本」については、「読書感情文」のぐたさんの企画 で記事を書いたのですが、これとはまた微妙に質問が違うようです。以前の記事へのリンクはこちら


☆今読んでいる本
管啓次郎「コヨーテ読書―翻訳・放浪・批評」青土社

?

コヨーテが吠えている表紙に惹かれて借りてきた。面白いです。翻訳家が著したものだけれど、よくある翻訳の苦労話ではない。文化への深い造詣が偲ばれる一冊。でも普段読んでいるようなものと、ちょっと調子が違うので、読む進めるのに苦労しています。図書館で借り直してこなければ。


☆最後に買った本
「好きな本と思い出の本」から、実は買ってません・・・(6/25にやった企画なのに)。雑誌だと「るるぶ北海道」。というわけで、明日から北海道へ行って来まーす。


☆よく読む作家、または思い入れのある作家 5人(まで)
好きな作家は沢山いるけれど、これ、難しいですね。時期によって読む作家さんも随分異なっているし。このブログに書いた作家さんの大半は、好きな人です。
新しい本を読むことはもうないだろうけれど、幼少期の刷り込みによる、理性を超越した所で好きなのは、モンゴメリ関連記事 )、氷室冴子関連記事 )、灰谷健次郎関連記事 )、喜多嶋隆関連記事 )、坂口安吾など。今だったら、色々な批判があることも知っているし、自分でもそう思う部分もあるけれど。


☆よく読む、または思い入れのある本 5冊(まで)
記事の虫干しを兼ねて、このブログの中に記事があるもので、いきますね。二つに分けました。

■(最近読んだ内で)これは、スゴイ!と思った本5冊
サン‐テグジュペリ, Antoine De Saint‐Exup´ery, 山崎 庸一郎「夜間飛行」
ケリー ジェームズ, Kelly James, 田口 俊樹「哀しいアフリカ」
デヴィッド・マドセン 大久保譲訳「グノーシスの薔薇」
いしいしんじ「プラネタリウムのふたご」
姫野カオルコ「ツ、イ、ラ、ク」

5冊から外れるし記事もないですが、エリザベス キューブラー・ロス「人生は廻る輪のように」も衝撃的でした。普段の重松節とは異なる、重松清「疾走」も。


■人生に役立つと思った本5冊
柳田 邦男, 伊勢 英子「はじまりの記憶」
星野道夫「ノーザンライツ」
石垣りん「ユーモアの鎖国」
大江健三郎「あいまいな日本の私」
魚柄仁之助「うおつか流ぜい肉リストラ術 手間いらずの健康術」


バトンはやってもいいぞ、という方がいらしたら、受け取ってください。

リンクばかりで申し訳ないですが、もし興味が持てるところがありましたら、クリックして頂けると嬉しいです。ブログを書くようになって分かったのが、「新しい世界」を見せてくれる物語が自分は好きだということ。「色々な見方」「色々な考え」を知りたいなぁと思っています。この中の一冊にでも、関連記事などがございましたら、トラバ、コメントを寄せて下さるととっても嬉しいです。


そして聞かれてないけど、普段読まないなーと思う本で、気になってるのは、ペトロニウス さんに多分好きだと思うと言われた、「銀河英雄伝説」
・・・でもこれ何冊あるの?amazon見ても良く分からんのです。図書館にないだろうしなぁ。悩ましい。

「大地の子」/痛い

 2005-07-18-08:49
山崎豊子「大地の子1~4」

実は山崎豊子さん、これが初読みなのです。何となく読まないままにきてしまった作家さんって、考えれば結構多い。これは義父からお借りしました。

この小説は、所謂中国残留孤児である、陸一心の過酷な生涯を辿ったもの。フィクションではあるけれど、緻密で丹念な取材により著されたもので、この中には何人もの姿が投影されている。

■満州開拓団の描写では、藤原てい「流れる星は生きている」を思い出した。あちらも想像を絶する苦難の旅だったけれど、「流れる~」では何とか帰国を果たしている。「大地の子」を読んで、帰国出来なかった場合、もっと悲惨な運命が待っていることを知った。

■文化大革命下における、労働改造所の場面では、篠田節子「弥勒」を思い出した。無能な指導者による、理屈、知識を無視した労働の暗澹たる姿。共産主義は人を大事にするといいながら、特権階級を生み出し、人間をないがしろにするのはなぜだ?

日中共同の大プロジェクト「宝華製鉄」建設では、建設への熱意という点で、吉村昭「戦艦武蔵」を思い出した。しかし、随所で出てくる「中日友好(ここでは、日本の一方的譲歩を意味する)」や、この一大プロジェクトすら政治の一齣として利用する、老獪な政治家など、日中関係(この場合、中日関係というのだろうか)の難しさを感じさせる。

何か事がある度に、「日本人」として疑われ、嫌われ、利用されながらも、「大地の子」として生きる決意を固めた、陸一心の心中は如何なるものか。「痛い」小説。

解説によると、山崎氏はインタビューに答えて、「テーマは、戦争が個人に与える運命」と語っている。これだけ色々なテーマを絡めて、一つの流れとして小説にした、山崎氏の力量は凄いものだと思う。過酷な運命を与えられている人々は、決して減ってはいないのだろう。世界各国に、その土地の「大地の子」が存在しているように思う。悲しいことだ。

山崎 豊子
大地の子〈1〉
吉村 昭
戦艦武蔵

「四季の保存食」/食べる

 2005-07-16-11:33
伊藤 睦美
四季の保存食―自然のめぐみを食卓へ
扶桑社

またまた得意の「自分ではやってないけど」な一冊。沢山読んでる内に、
いつか自分でも作れるようになるかしら。とほほ。

目次
野を摘む 花を摘む
まるごと果物レシピ
梅仕事
野菜を漬ける
辛煮と甘煮
手作り食品と調味料

この本がいいなぁと思うのは、さらにこれらの保存食を使ったメニューが載せられていること。ちょっと時期は違うけど、例えば「ふきのとうみそ」だったら、「おひねりシューマイ」「フォカッチャ」の作り方が載っている。

☆「おひねりシューマイ」 モッツァラレチーズとふきのとうみそを、シューマイの皮に包み、揚げる。
☆「フォカッチャ」 ふきのとうみそ入りのフォカッチャ!

暑いし、白梅酢なんかもいいなぁ。白梅酢は梅を塩漬けにした時に、一週間で上がってくる透明な液体。「梅仕事」によると、難しそうに思われるけれど、漬けっぱなしで作れる梅漬け、梅酒、梅のソフトドリンクまで、現代風梅仕事の難易度は様々なんだそうな。はじめてなら梅漬けや梅酒、慣れてきたら梅干にステップアップという具合に、毎年少しずつ腕前を上げるつもりで気軽に取り組もう、とのこと。

今年はもう遅いけど、来年は挑戦してみようかしら。ノンアルコールのものならば、10日ほどで出来上がって、冷蔵庫で二、三ヶ月は保存可能だそうです。夏はよさそうですよね。すっきり、さっぱり。赤じそジュースもいいなぁ。 ゆずこしょうなんかも、買って使っているけれ
ど、自分で作れちゃうんですね(でも、辛い青い方。赤いのはどうやって作るのだろう)。

「上手に保存するには」に、煮沸消毒やアルコール消毒、より保存性の高い脱気法についても記述がありますので、初心者にも安心みたいです(ああ、でもやってないけどさ)。

「ユーモアの鎖国」/生きて、書く

 2005-07-15-08:28
石垣りん「ユーモアの鎖国」

石垣りんさんを知ったきっかけは、「表札」という詩だったと思う。ずっしりきたのを覚えている。その後、あちこちでぽつぽつとお見掛けした詩も、いいなぁと思うものが多かった。この本のことは、ブログを始めた頃から是非書こうと思っていたのだけれど、ついそのままになっていた。Kyoko さんの石垣りんさんの記事 を拝見して、ようやく書いてみる事にしました。?

ちくま文庫表紙裏より
戦争中には、戦死にまつわる多くの「美談」がつくられた。ある日、焼跡で死んだ男の話を耳にした。その死に「いのちがけのこっけいさ」を感じた時、数々の「美談」に影がさすのを覚えた。そして自分の内の「ユーモアの鎖国」が解け始めたのだ。戦中から今日までに出会った大小の出来事の意味を読みとり、時代と人間のかかわりを骨太にとらえた、エピソードでつづる自分史。

一つ一つは短いエピソード。でも、石垣さんの目を通すことで、ずっしりと重みを持つような気がする。当時は肩身が狭かった、詩を書き、文学を好む娘であった石垣さんは、この「好きなこと」をするために、少女期から永く自分から働きに出て、定年となるまで銀行員として働き続けた。その暮らしの中から、詩が生まれ、これらの文章が生まれたのです。


印象深い箇所。 いつも以上に引用が多いです。
全ていい言葉で、削れなかった。

「果実」:
「いいかい?自分から落ちてはいけないよ。落ちた木の実は鳥もつつかない。枝の上で待つことだ。ああおいしそうだなあ、と思って人がそれをもぎとるまで」
聞いていて自分が、からだごと小枝の先で重くなるりんごのような気がした。
(中略)
けれど師の言葉は、だから待て、と言うのではなかったと思う。ひとり実って、与えることをごく自然に待つ姿。どんなに心がひもじくても物乞いしてはならない愛というもの―師がこぶしを軽く上げて見せた、その高さにいまも目がとまる。不肖の弟子はかすかな風にも落ちてばかりいた。待つことは、しんぼうのいる、むつかしいことでもあった。
「ひとり実る」って、いい言葉だと思う。媚がない。

「待つ」:
個々には何を待ったかわかっていても、それらはすべて、待つということの部分にすぎなかったような気がする。時を待つことも。人を待つことも。
詩を書くことも、待つことのひとつではなかったかと思う。未熟だけれど、それさえ私が一人で書いたものはひとつも無いような気がする。いつも何かの訪れがあって、こちらに待つ用意があってできたものばかり。
待つ用意。私にも何か訪れるものがあるのだろうか。
こんな覚悟がないから、駄目かなぁ。

「詩を書くことと、生きること」:
ただ、長いあいだ言葉の中で生きてきて、このごろ驚くのは、その素晴らしさです。うまく言えませんけれど、これはひとつの富だと思います。人を限りないゆたかさへさそう力を持つもので、いいあんばいに言葉は、私有財産ではありません―。権利金を払わなければ、私が「私」という言葉を使えない。といったことのない、とてもいいものだと思います。
苦しい中で、働いてきた人ならではの言葉だと思う。

「立場のある詩」:
こんな風に、自分の内面にありながらはっきりした形をとらないでいたものが徐々に明確に出てくる、あらためて自分で知るといった逆の効果が、詩を書くことにはあるようです。かりにも私の場合、書くことと働くことが撚り合わされたように生きてきた、求めながら、少しずつ書きながら手さぐりで歩いてきた、といえます。 自分の詩に欲をいえば、その時刻と切りはなすことの出来ない、ぬきさしならない詩を書いてみたいと思います。永遠、それは私の力では及ばない問題です。
綺麗なものを綺麗だと言うものだけが、詩ではない。
実用的な、抜き差しならぬ詩。

「持続と詩」:
私にとって詩は自身との語らい。ひとに対する語りかけ。読んでもらいたいばかりに一冊にまとめたのですけれど、みとめてもらえるというようなことは勘定外でした。詩が私を教育し、私に約束してくれたことがあったとすれば、書いても将来、何の栄達も報酬もないということ。も少し別の言いかたをゆるしてもらえるなら、世間的な名誉とか、市場価格にあまり左右されない人間の形成に、最低役立つだろう、ということでした。その点では、詩は実用的ではありません。その非実用性の中に、私にとっての実用性をみとめたのでした。

石垣さんの文章を読むと、清廉な心持ちに触れて、気持ちがしんとする。「魚の名前 」の川崎洋さんの話があることを、再読してはじめて気付きました

石垣 りん
ユーモアの鎖国
*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、御連絡下さい。

「麦の海に沈む果実」/不安感

 2005-07-14-08:46

恩田陸「麦の海に沈む果実」

全編を覆うのは不安感。主人公は美しい14歳の少女、水野理瀬。本文によると、これは「私がなぜトランクを失い、どうやってそれを取り戻したか」という物語。

わたしが少女であったころ、
わたしたちは灰色の海に浮かぶ果実だった。
わたしが少年であったころ、
わたしたちは幕間のような暗い波間に声もなく漂っていた。

理瀬は風変わりな全寮制の学園に転入する。その学園は、湿原に続く巨大な池に浮かぶ、青い丘の上に建つ(陸の孤島―湿原の中の要塞)。ここでは、各個人のファミリーネームは奪われ、ファーストネームのみの存在となり、生徒同士はファミリーという単位を作る。「三月の国」である学園に、二月の終わりに転入した理瀬「ここに三月以外に入ってくる者があれば、そいつがこの学校を破滅に導くだろう」。伝説が彼女を悩ませる。

美貌の校長(その日の気分で男になったり、女になったりする)、三種類に分けられる生徒たち(過保護な親に送り込まれた「ゆりかご」組、技能を磨くためにやってきた「養成所」組、存在を望まれずに入れられた「墓場」組)。閉ざされた学園内で起こる、失踪事件、殺人事件。これらが不安感を煽り、居心地の悪さを醸し出す。

ラストはあまり好みではなかったのだけれど、独特の世界が構築されていて、興味深かった。「夜のピクニック 」と「ネバーランド」も読んだのだけれど、同じ学園物でありながら、全く違うテイスト。でも、恩田さんの本領はこちらなのでしょうか。Amazonのレビューによると、「三月は深き紅の淵を」「図書室の海」「黒と茶の幻想」「殺人鬼の放課後」「黄昏の百合の骨」と、世界が繋がっているとのこと。ぼちぼち、読んでみようかなぁ。でもちょっと人が死にすぎなのですよ。口直しに、明るい本を用意しておいた方が、よいかもしれません。


「美」についての本を併読していたので、ヨハンと聖の「美少女考」
印象深かった。
ヨハン:
「ただ存在しているだけなのに、その存在が友人を傷つけてしまったり、世渡りの武器になったり、妄想や先入観を植え付けて攻撃されるきっかけになったりするんだから、だんだん用心深くなるよね。そこに辿り着くまでに、いいことばかりではなく相当嫌な思いをしなきゃならない。ただ驕慢に自分の美しさを鼻にかけている女の子ってそういうバランス感覚がない。そういう子って全然きれいだと思わないんだ。その一方で、僕は無垢な美少女っていうのも信じない。ごくまれに自分の美しさに気付いてない子もいるけど、それだってほとんどは演技だ。どこかで分かってるはずさ。自分の美しさに気付かないというのも、ただの無知で、怠慢だよ。自分の美しさに傷つくデリカシーのない女の子って、僕にとってはきれいな女の子じゃない」
聖:
「時々すごく男性的な部分を感じるんだ。彼女が居心地悪そうにしているのは、『きれい』ってところじゃなくて『きれいな女の子』ってところなんだと思うんだけど」


 ←私が読んだのはこちら
恩田 陸
麦の海に沈む果実
 ←既に文庫化されているようです

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、御連絡下さい。

その後に読んだ、「三月シリーズ」本のリンク。

・「三月は深き紅の淵を」、「図書室の海」、「黒と茶の幻想」、「黄昏の百合の骨

残るは「殺人鬼の放課後」! ヨハンのその後も気になる~。

「反貞女大学」/女性学、男性学

 2005-07-13-09:41

三島由紀夫「反貞女大学」ちくま文庫

三島由紀夫による講義を受けることが出来ます。私が持っているちくま文庫版には、この表題でもある女性学「反貞女大学」と、対になる男性学「第一の性」が収められている。

ちくま文庫表紙裏より
「貞女とは、多くのばあい、世間の評判であり、その世間をカサに着た女の鎧であります」さあ、鎧を脱ぎましょう、この大学では、姦通学、嫉妬学、社交学、整形学など種々の講座があります(反貞女大学)。
そのあとで男性をじっくり研究して(第一の性)幸わせとは何なのかお考え下さい。三島のユニークな男と女の研究書二篇を収録。


■「反貞女大学」ではこんな講義があります。

反貞女であればこそ、健康で、欲が深くて、不平不満が多くて、突然やさしくなったりするし、魅力的で、ピチピチしていて、扱いにくくて、まあまあ我慢できる妻でありうるのです。私はこの講義の中で、人間生きていれば絶対の誠実などというものはありえないし、それだからこそ、人間は気楽に人生を生きてゆけるのだ、という哲学を、いろんな形で展開したつもりでした。「絶対の誠実」などを信じている人たちの、盲目と動脈硬化はおそろしい。私はその肩を、多少手荒く、揉みほぐして差し上げようと思ったのです。

結構辛辣な所もありますが、意外と自由な考えなのです。「思い込みから解放して差し上げましょう」というスタンス。この時代でこんな考えを持っていたのだなぁ、というのが何だか不思議。


■「第一の性」は、<総論>と各個人について論じた<各論>からなっている。<各論>の最後には「三島由紀夫」が登場。「三島由紀夫」論はなかなか面白い。「何だ、どう見られてるのか、ちゃんと分かっているんだ」、とニヤリとする感じ。
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三島由紀夫については、この明晰な頭脳と、最期の様子がどうにも結びつかなかったのだけれど、吉本隆明氏「追悼私記」を読んで何となく納得。以下、引用します。

三島由紀夫「重く暗いしこり」より

三島由紀夫の死は、人間の観念の作用が、どこまでも退化しうることの恐ろしさを、あらためてまざまざと視せつけた。これはひとごとではない。この人間の観念的な可逆性はわたしを愕然とさせる。<文武両道>、<男の涙>、<天皇陛下万歳>等々。こういう言葉が、逆説でも比喩でもなく、まともに一級の知的作家の口からとびだしうることをみせつけられると、人間性の奇怪さ、文化的風土の不可解さに愕然とする。


いかに知的な作家であり、明晰な頭脳を持っていても、観念だけではどちらにも進み得るのだろうか。
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「第一の性」の<総論>は、「男はみな英雄」から始まるのだけれど、次の一文など鋭いというか何だか笑ってしまうというか。


男は一人のこらず英雄であります

男性方、失礼。でもこれって、男性の「少年性」や、ある種の「可愛らしさ」に通じているように思うのです。

三島 由紀夫
反貞女大学

*臙脂色の文字の部分は引用を行っております。何か問題がございましたら、御連絡下さい。
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プロフィール

つな がる

Author:つな がる
つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
興味を持った記事があったり、あなたが読み終えた本について語っていたら、是非あなたの感想を教えて下さい。お待ちしています。

2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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