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「陰の季節」/人間ドラマ

 2005-06-30-07:58

横山秀夫「陰の季節」

目次
陰の季節
地の声
黒い線


出版社/著者からの内容紹介
天下りなどの人事問題に真っ正面から取り組んで、選考委員の激賞を浴びた松本清張賞受賞作ほかテレビドラマ化されたD県警シリーズ

これ、少し変わった形式の小説です。スポットが当たる人物が、一編毎にくるくる変わる。でもこういった、それぞれ一人ずつにスポットをあてていく小説が結構好きなのです。こんな風に人には見せているこの人が、実は内心こうだった、とか。内心こうなのに、他人からはこう見えるんだ~とか。脇役に対する愛なのかも。

「陰の季節」では、他の短編においては、「四十歳の若さで警視となった」「エース(人事の切り札を握る)」と呼ばれ、皆に恐れられる二渡警視がおろおろと惑う。こういうのがあるから、好きなんだよなー。この本に出てきた人たちの中では、二渡警視が一番好きだった。「黒い線」では「顔」 の平野巡査が登場する。


しかし、警察という組織の中での、出世や男の嫉妬はいかにも大変。家族を養うためとはいえ(「養う」というよりは、あくまでプライドの問題なのかな)、中を向いてだけというのも虚しいよなと思う。ちょっとその辺りに、暗い感じを覚えたりもした。人事、査定
というものは、基本的に暗いイメージを持つのかなぁ。

同じ警察小説でも、高村薫氏による「合田刑事シリーズ」とは、ギラギラのベクトルが違う感じ。同じく同僚がライバルであっても、合田刑事シリーズではあくまで外向き、こちらは警察人事などが関わってくるので、多分に内向き。うーん、人ある所にドラマあり、といった所なのでしょうか。

 ←私が読んだのはこちら
著者: 横山 秀夫
タイトル: 陰の季節
 ←既に文庫化されているようです(「文春文庫」)
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「人生のお汁」/創作活動

 2005-06-29-07:50

田島征三「人生のお汁」

絵本作家・田島征三さんのエッセイ集。私がこの人の存在を知ったのは、灰谷健次郎さん絡みだったと思う。灰谷さん→今江祥智さん→田島さんの流れ。結構豪快な絵を描かれる方と記憶している。


目次
第一章 伊豆に暮らす
 海に帰った女/海草押し葉/胃ガンでバンザイ/“安全な食”が裏目に/ラーメン食べたい/くるべくしてやってきた/植物たちの祟り/キャンの改心

第二章 命を食べる
 もったいない!/アジの干物に愛の言葉を/農耕民から採集民へ/かわいいやつほどウマイ/「グリグリグリッ!」の思想/個性のある野菜、個性のない野菜

第三章 自分をこわす
 アートに常識はいらない/土偶のオーラに受精する/罵詈雑言/“売れっ子”にはならんぜよ!/岡本太郎の呪縛/人生のお汁で描く/ウンコのアーティストたち/絵筆でアートと斬りむすぶ

第四章 木の実とあそぶ
 絵の具をやめよう/モクレンのオチンチン/血を流す少年/ミノガシテクダサイ!/縄文人になりたい/植物たちへの鎮魂歌/木陰のエビフライ

第五章 ふたごに思う
 タシマとタジマ/もうひとりの自分/のろまのブーちゃん/ぞうをもむぜよ!/酒盗とままかり

第六章 血を感じる
 “謎の男”の言いぶん/タクシーで伊勢から大阪まで/もう“息子”ではなく/まさぐる生き方/永遠の二七歳


田島さんの胃ガンの恐らくは原因となったゴミ処分場についての話、食べものの話、絵の具の始末の話、アートについて、きょうだいについて、父母について、自分の子供たちについて。目次を見ても分かるけれど、話は実に多岐に渡る。この世代の熱い男性たちに共通なのかなあ、とも思うのだけど(というか、私が読んだ灰谷さん―田島さんラインに共通なのかな)、多少露悪的な面もある。原始的なことを書くことが尊いことである、といったような、別にそれ書かなくてもいいんじゃないの?、と私には思える部分もある(私の人生経験が浅いせいかもしれない)。

アートに関する部分では「こわす」画家である、田島さんの凄まじさが滲み出る。(ちょっと、
この人と結婚生活を送るのは大変そうです)。でも以下の部分には共感する。引用します。

子どもはいずれ大人になる。子どものころに好きだった絵本を大人になってから見て、「なんだ。こんなチャチな子どもだましだったのか」とガッカリさせたくない。大人になってから見ても「こんなすごい芸術作品だったのか」と驚かせるような絵本しか、存在する意味はないと思う。絵本はアート作品であるべきなのだ。そういう意味では、ぼくは大人に向けて絵本を描いている。ただ、それは子どもを無視していることではない。すぐれた感性をもつ大人がおもしろいと思うものは、子どもだっておもしろがるのである。
世の大人たちは絵本を手にとると、「これ、うちの子にどうかしらね」とか「孫がよろこぶかしら」とかいって悩んでいる。でも、ぼくとしては「あなたはどう思うんだ」と聞きたい。大切なのは、大人のあなたがどう感じて、あなたがどう評価するかであって、子どもの目で見たらどうなのかではない。誰がどうやったら子どもの目になれるんだよ!

広い意味で、良質な児童書も同じであると感じる。良質な児童書というものは、大人の読書にも充分耐えられるもの。

同じく絵本作家である、ふたごのきょうだい田島(こちらは「タシマ」ではなく、タジマと読ませる)征彦さんとの、「絶望的な関係」は哀しい。同じ生業であるだけに、この本の著者である田島征三さんの、圧倒的パワーに耐えられなかったのではないかなあ、と思う。冷静なスタンスにたっての批評と言うものは、身内からは難しいもの。

芸術家としてのパワー、土佐人としての気骨溢れる本でありました。これ、賛否は色々あるのだと思います。全ての人に当てはまる(そして押し付けられる)事ではないのだけれど、これ程正直に真っ直ぐ書かれた文は貴重であると私は感じました。

著者: 田島 征三
タイトル: 人生のお汁

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、御連絡下さい。

「プラネタリウムのふたご」/しあわせ

 2005-06-28-08:28
いしいしんじ「プラネタリウムのふたご」

ある村のプラネタリウムで拾われたふたご、テンペルとタットルの物語。装丁もとても綺麗。一人は郵便配達夫、兼プラネタリウムの投影係として村に残り、もう一人は手品師として外の世界で生きていく。長編小説だけれど、童話のような味わい。

説明が上手く出来ない不思議な物語だけれど、読後温かな気持ちになる。最初は世界に入り辛いかもしれないけど、少し時間を置いてからの方が、じんわりといい話だと感じるような本。ふたごを拾い育てる、投影係の泣き男(あだ名)もいい。星の見えない村におけるプラネタリウムは、人々にとって少し特別な意味を持つ。

以下、引用。

プラネタリウムの天井は、つまり外だと。ぼくらがおもてにでていったとしても、そこが空の下なら、どこにいようがその場所を、うちと考えてよいのだと。

ぼくたちはまるで、海をただよっていく氷山だ。ゆっくりと溶けて、少しずつ少しずつ、確実に小さくなっていく。氷山であるぼくたちは、そうしてこれからもこの先も、目に見えないほど広い海に、海にかかわるすべてのものに、きっとつながっていられるのだ。

だまされることは、だいたいにおいて間抜けだ。ただしかし、だまされる才覚がひとにないと、この世はかさっかさの、笑いもなにもない、どんづまりの世界になってしまう。「ひょっとしたら、より多くだまされるほど、ひとってしあわせなんじゃないんだろうか」とタットルはおもった。



著者: いしい しんじ
タイトル: プラネタリウムのふたご

*臙脂色の文字
の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、御連絡下さい。

「植物染料による絞り染め」/美しき布

 2005-06-27-08:22
寺村祐子 豊仁美「植物染料による絞り染め」


これを読んだからといって、自分が染物をやるわけではない。でも、こういう本を見るのは大好き。自分が布を買うときの参考にもなるかもしれないし。絞り染めの布は、夏など(というか、最近こんなに晴れてていいのか!そして暑いですね)、涼しげでいいなぁと思う。

普段見かける絞り染めは、藍染によるものが殆どかなと思う。そして、ある程度そのデザインも限られているような気がする。この本には、私が普段見かけたことのない、デザインや色による絞り染めが載っている。 冒頭には、寺村さん、豊さんのお二人による「絞り染めの魅力」が書いてある。
(以下、引用後要約)

絞りの技術が、インド、チベット、モンゴル、アフリカなど世界各地で発達してきたこと。絞りは直接表現ではなく、布を縫い絞って染め、ほどいたときに初めて模様があらわれる間接的表現方法であること。それであるから、布の種類、技法、絞る力の加減、染料の種類などが作用して、同じ模様を染めても全く同じものにはならないという魅力がうまれること。

今回のこの本では、入手し易く染めやすい素材、植物染料を吟味されたとのこと。細かい「絞りの技法」、「植物染料による基本染め」の他に、「日本の絞り」、「世界の絞り」についても言及あり。 ざっといいなと思ったものを挙げてみる。

「青海波と亀甲の柄の藍染めの座ぶとん」これからの季節に実にいい感じ。
「地色が白になるのが特徴の日の出絞り」大人っぽいドット模様?
「針目のそろった木目絞り」モダン!
「ベニバナの黄色のウールのストール」何とも暖かな色合い。
「柳絞りの木綿のバッグ」これ、欲しいなあ。

不器用だし、ぜーったい自分では出来ないけど、うっとり。美しい布は大好きなのです。

「続ジャパネスク アンコール!」/平安コメディ♪

 2005-06-26-22:05
氷室冴子「続ジャパネスク アンコール!」集英社コバルト文庫


表紙扉より
若君(高彬)と瑠璃姫との仲を裂こうとするわたし(守弥)は、新たな策謀を胸に、姫が静養している吉野に乗り込んだ!!
  (守弥のジャパネスク・ダンディ
わたくし(小萩)が瑠璃さまにお仕えするようになって、もう八年。瑠璃さまとの奇妙な出会いを、日記に認めてみました。(小萩のジャパネスク日記
いよいよ京へ御帰還よ!!小萩とふたり、おしのびで京へ近づいたあたし(瑠璃姫)に、思いもよらないお出迎えが!?(瑠璃姫にアンコール!

目次
守弥のジャパネスク・ダンディ の巻
小萩のジャパネスク日記 の巻
瑠璃姫にアンコール! の巻
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■「守弥の~」では、「ジャパネスク アンコール!」 に引き続き、懲りない高彬の御付・守弥が暗躍(しようとする)。前回の失敗を踏まえ、今度は直接吉野の瑠璃姫の元に乗り込む。しかし、抜けてる守弥の事、そう上手く運ぶわけもなく。崖から落ちて記憶を喪失。敵である瑠璃姫に助けられてしまう。

「あんたの声、好きよ。もう一度言って」
(中略)
だが、しかし、男には主義に反してもやらねばならない時もあるのだ。
わたしは優しく言った。
「瑠璃姫。もう、いいですから、お帰りなさい」

声が好き、とか声で思い出すことがあるのって、分かるような気がする。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■「小萩の~」は今度は、瑠璃姫に仕える一の女房、小萩視点のお話。幼い頃の瑠璃姫との出会いの話。これもまた、瑠璃姫のいい話。瑠璃姫に惚れ直す。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■「瑠璃姫に~」は、サイドストーリーではなく、視点は瑠璃姫に戻る。吉野での長い静養が明け、京に戻ってきた話。身分違いの恋や、少し大人になった瑠璃姫、何とも天晴れな夏姫(於夏)。そして、最後にようやく瑠璃姫と高彬は結ばれる。

みんな、どこかしらで嘘をついているし、奇麗ごとですまない現実を、あたしだっていくつも見てきた。以前だったら、問答無用でむしゃぶりついて、中将の不実を詰り、姉君のわがままを詰り、亡くなった阿久のために泣きじゃくるのだけど、心は今もそうだけど、あたしの目は、現実に生きている優しい女に向いてしまう。
死んだ人より、生きてる人のこれからを考えなきゃ。
******************************************
ジャパネスクの3からは、ちょっと長い続き物の話になるので、それはまた今度。お二方の「ざ・ちぇんじ!」記事にあてられ、ついつい「ジャパネスク」を再読してしまいました。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、御連絡下さい。

「ジャパネスク アンコール!」/平安コメディ♪

 2005-06-26-20:42
氷室冴子「ジャパネスク アンコール!」集英社コバルト文庫


表紙扉より
僧唯恵の謀反事件から五か月あまり・・・・・・ぼく(高彬)の許婚の瑠璃さんは、“物の怪に憑かれた”との悪い噂を残して、吉野に篭もったままだ。おかげで、ぼくの母上の態度は硬化―絶対に瑠璃さんとの結婚は許さぬとおっしゃる。そんなある夜、ぼくはたいへんな情報を耳にした。事件以来行方不明の唯恵を、京(みやこ)の中で目撃したというのだ。事件の真相を知るぼくとしては、唯恵を逮捕させたくないのだが・・・・・・。

の続編にあたります。

目次
高彬のジャパネスク・ミステリー の巻
ジャパネスク・スクランブル の巻

いつもは瑠璃姫が主人公で、彼女視点で語られるのだけれど、これはサイドストーリー。この人から見た時の話、とかの視点が異なる話って、大好きだ。多分氷室さん自身が、脇役などへの愛が深い人で、それでこういう本を楽しんで書かれたのかな、と思う(「多恵子ガール」「なぎさボーイ」「北里マドンナ」みたいにね)。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■「高彬の~」は当然ながら、瑠璃姫の許婚の高彬視点。姉思いだけど、ちょっと抜けてる瑠璃の弟・融が活躍(?)する。

■「ジャパネスク~」は、幼少の砌より高彬に仕える守弥視点。大事な若君・高彬を都の物笑いになった「瑠璃姫」なんかと、くっ付けてたまるかー!!、というお話。策略を巡らせるのだけれど、何せ肉体が伴わない頭脳派なものだから、何やらおかしな方向に? 守弥の相棒、たくましき零落の姫君(身分の高い姫なのに、困窮生活のために超リアリストに!)、煌姫もいい。

「なんて素敵にジャパネスク2」/平安コメディ♪

 2005-06-26-19:57
氷室冴子「なんて素敵にジャパネスク2」集英社コバルト文庫

表紙扉より
あの鷹男の帝からの、三日にあげぬ宮中へのお招き―でも、高彬という立派な(!?)許婚のあるあたし(瑠璃姫)だもの、“持病の瘧”にかこつけて断っていたわよ。だけど、とうとう帝の攻勢に耐えきれなくなったあたしは、最後の切り札と、尼寺へ駆けこんでやったの。ところがその夜、うちの三条邸が、何者かの放火によって焼け落ちてしまった―そして、事件の陰には、妖しくも美しい鬼の姿が・・・・・・。

目次
一の巻 太秦へ
二の巻 初めての夜に燃えて
三の巻 あれは妖しき 美しき鬼
四の巻 夜闇に 鬼は怪しく囁く
五の巻 鬼は荷葉(かよう)の女を喰らう
六の巻 人を愛する眼は青く 人を憎む眼は赤い
七の巻 高彬、鬼を斬る!
八の巻 み吉野に 雪は降りつつ


一作目から転じて、これは哀しい物語。

「その少女は死にました。わたしは、その姫が好きだった。都の姫にありがちの気位の高さというものが微塵もなく、野育ちの里娘のように暖かで、裏がなく、嘘もなかった。勇ましくて、優しかった。そう・・・・・・ある時、野犬が襲ってきたことがありました。その姫は自分も怖いだろうに、庇うようにわたしの前に立って、泣きながら犬に石をぶつけるのです。あっちへ行け、暑リんじゃ駄目、あっちへ行け―そう言いながら、石を拾っては投げ、投げては拾っていた。泣きながら。犬が逃げて行ってから、わたしにしがみつきながら、よかったね、暑リまれなくてよかったねと何度も繰り返し、しゃくりあげていました。吉野君は綺麗だから―」
吉野君の声が、かすかにかすれた。
「綺麗だから、暑リまれて傷が残ってはたいへんよと言って。わたしを全身で守ってくれた」

どうしようもない宮廷の複雑さ、運命が描かれる。高彬も、かっこいいよ。いい男なり。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、御連絡下さい。

「なんて素敵にジャパネスク」/平安コメディ♪

 2005-06-26-19:40
氷室冴子「なんて素敵にジャパネスク」集英社コバルト文庫

←持ってるのと、画像が違うけど


コバルト文庫、氷室冴子とくると、「げー」となる方もいらっしゃるかもしれない。でも、読まなきゃ勿体無いよー、と思うのです。というわけで、「ジャパネスク」。ジャパネスクシリーズは平安朝を舞台にした物語。古文が楽しくなるし、魅力的な人物が沢山出てくる。好みのキャラクターは誰かな?私は女性では、やっぱり主人公・瑠璃姫。ちょっとおっちょこちょいだけど、ひたすらに真っ直ぐな性格が好きだ。男性では、ちとミーハーではありますが、鷹男の帝。かっこいいんだ。

まずは、一冊目。
表紙扉より
あたし、大納言藤原忠宗女瑠璃姫(だいなごんふじわらのただむねのむすめるりひめ)、十六歳。初恋の人、吉野君(よしののきみ)との清らかな思い出に殉じて、生涯独身で過ごそうと決心しているの。だから、世間体を気にして、うるさく結婚を勧めるとうさまとは、毎日のように大喧嘩よ。そんなある夜、とうさまの陰謀で、権少将(ごんのしょうしょう)が夜這いをかけてきた。『強行突破の既成事実』で結婚させられるなんて、ああ、絶対絶命よ!!

目次
お約束は始めての接吻(キス)で の巻
初めての夜は恋歌で囁いて の巻
初めての夜よ もう一度 の巻

シリーズの最初だから、平安時代の風俗(というのかな、文化的なこと。「通い婚」や食べ物の話、宴の話、生活全般の話などなど)の説明の部分も、上手に挟み込まれている。この部分だけでも、ほんとに「古文」の勉強が楽しくなると思う。一夜を過ごした後に、殿方が姫君に贈る後朝の歌、なんて話も出てくるから、何となく「和歌」にも興味が出てきたりね。

第一作目では、初恋の人「吉野君」の思い出に殉じ、独身主義を貫こうと思っていた瑠璃姫が、身近にいた弟・融の友達で筒井筒(おさななじみ)の高彬の存在に気付く。互いの家柄も釣り合い良く、縁談もまとまりそうなのだけれど、悉く横槍が入る瑠璃と高彬の仲。しかし、横槍が入って黙っちゃいないのが、瑠璃姫の瑠璃姫たる所以。そうこうしているうちに、東宮をめぐる陰謀に巻き込まれ、働く内に、「不倫のトキメキ」(事実上、まだ妻ではないのだけれど)なんかも覚えてしまう。瑠璃姫大活躍!な一冊。でも、この一巻が終わるまで、瑠璃姫と高彬は結ばれません(最後の横槍はなかなかひどい)。頑張れー!

企画モノ:「好きな本」と「思い出の本」バージョン

 2005-06-25-11:36

おおもとは「読書感情文」のぐた さんの所の企画。とらさんの所経由 で、のっからせて下さい。

◇Q1:あなたの本の所持数は?
大まかだけど、多分400冊ちょっと超える程度。文庫、児童書、専門書中心。

◇Q2:今読んでいる本は?
高橋源一郎「私生活」集英社

図書館で借りてきた。面白い。でも、この表紙は何とかならないのだろうか。作家の裸なんて初めてだ(岡村靖幸の「早熟」を思い出したよ。これ、開くとどひゃー)。

夫に怪しい本を読んでいるのでは、と誤解されてしまった。

◇Q3:最後に買った本は?
津田 直美「私の動物図鑑」 中公文庫

生き物への愛情溢れる一冊。

◇Q4:よく読む、または思い入れのある本5つ
少女小説については以前書いたので 、「少年モノ」を中心に選んでみた(少女モノの5冊は「赤毛のアン」、「昔気質の一少女」、「リンバロストの乙女」、「大草原の小さな家」、「小さい魔女」かな)。

■中勘助「銀の匙」

出版社/著者からの内容紹介
なかなか開かなかった茶箪笥の抽匣(ひきだし)からみつけた銀の匙.伯母さんの無限の愛情に包まれて過ごした日々.少年時代の思い出を中勘助(1885-1965)が自伝風に綴ったこの作品には,子ども自身の感情世界が,子どもが感じ体験したままに素直に描き出されている.漱石が未曾有の秀作として絶賛した名作.改版.(解説=和辻哲郎)
前編の宝物のような子どもの日々も、青年期に当たる後編もいい。「自分が感じた事」を素直に出している文だと思う。美しい日本語。

■井上靖「しろばんば」
amazonに内容紹介がないので、新潮文庫の表紙裏より
洪作少年は、五歳の時から父や母のもとを離れ、曾祖父の妾であったおぬい婆さんとふたり、土蔵で暮していた。村人たちの白眼視に耐えるおぬい婆さんは、洪作だけには異常なまでの愛情を注いだ。―野の草の匂いと陽光のみなぎる伊豆湯ヶ島の自然のなかで、幼い魂はいかに成長していったか。著者自身の幼少年時代を描き、なつかしい郷愁とおおらかなユーモアの横溢する名作。
土蔵を見ると思い出す。続編「夏草冬涛」、「北の海」もいい。「銀の匙」では伯母さんがそれに当たるのだろうけど、無条件の愛情を受けた子どもの日々と、その狭い世界から抜けて、少しずつ外の世界と渡り合っていく様子がいいな、と思う。

■司馬遼太郎「坂の上の雲」
出版社/著者からの内容紹介
松山出身の歌人正岡子規と軍人の秋山好古・真之兄弟の三人を軸に、維新から日露戦争の勝利に至る明治日本を描く大河小説。全八冊
これもまた、狭い世界から、段々と抜け出て行く所が好きなのかな。切磋琢磨してる仲間。戦争を背景にしているとは言え、あの時代の青年の責任の重さ、精神の大人さに驚く(感情面では今と変わらない部分もあるけど)。

■W・サローヤン 伊丹十三/訳 「パパ・ユーア クレイジー」
内容(「BOOK」データベースより)
マリブの海辺にある父の家で、僕と父の新しい生活が始まった。父は僕に、僕自身について小説を書くように言った。僕は海を、月を、太陽を、船を知ってはいるけれど、僕自身や世界をほんとうに理解するにはどうすればいいんだろう。―10歳の少年ピートは父親との時に厳しく、時にさわやかな会話を通じて、生きることの意味を学んでゆく。名匠が息子に捧げた心あたたまる詩的小説。
一人の個人として、子どもに接する父の姿がいいな、と感じる。
「でも、お願いだからさ、父さん、僕たちお互い、人を笑わせるようなものを書こうよね、お金になんかならなくてもいいからさ。だって、人人が笑わなかったら、人生なんて何の意味もありゃしないじゃない?」

■エンデ「はてしない物語」
出版社/著者からの内容紹介
バスチアンはあかがね色の本を読んでいた-ファンタージエン国は正体不明の〈虚無〉におかされ滅亡寸前.その国を救うには,人間界から子どもを連れてくるほかない.その子はあかがね色の本を読んでいる10歳の少年-ぼくのことだ! 叫んだとたんバスチアンは本の中にすいこまれ,この国の滅亡と再生を体験する.
ただ本を読むだけではなく、自分のための本がどこかにあって、しかもその中で冒険が出来る。最後の現実世界とのリンクもいい。成長したバスチアン。
「ファンタージエンへの入り口はいくらもあるんだよ、きみ。そういう魔法の本は、もっともっとある。それに気がつかない人が多いんだ。つまり、そういう本を手にして読む人しだいなんだ。」

少年ではないけれど、リチャード・バックの「かもめのジョナサン」も好き。
なんと、中勘助以外、全てamazonの画像が出ない。残念なり。

*黄色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、御連絡下さい。

「ダークホルムの闇の君」/ファンタジー

 2005-06-24-08:48

ダイアナ・ウィン・ジョーンズ、浅羽莢子訳「ダークホルムの闇の君」

amazonから引っ張った粗筋はこちら
出版社/著者からの内容紹介
別の世界から事業家チェズニー氏がやってきて四十年、魔法世界は今や観光地。だが諸国の財政は危機に瀕し、町も畑も荒れ放題。この世界を救うのは誰か? 神殿のお告げで選ばれたのは魔術師ダーク。彼と妻、一男一女五グリフィンの子供たちまで巻き込まれて……辛口のユーモアを盛り込んだファンタジイ。 解説・妹尾ゆふ子

これ、すごいです。グリフィンに両親の細胞が入ってるから、子供達とグリフィンは兄弟だし、彼らが生きる魔法世界は、ある事業家のせいで、長年に亘り冒険のテーマパーク化されてしまっている。これらの詳しい説明があまりなされないまま(ずーっと設定の説明が続く物語もうんざりだけど。そして、私の読み取りが甘いという可能性も大ですが)、話はどんどん進んでいく。年寄り竜・ウロコのかっこよさや(教え諭してくれる、威厳ある竜って好きだ)、物語としての面白さ、様々な小道具の素晴らしさなど、魅力的な部分が数多。でも、毎度物語に入り込みにくいのはなぜなんだーーー!(ハウル でいまいち、物語に入り込み難かった私)


と、考えていたら、「物語三昧」のペトロニウス さんの所で拝見した、こちらの記事『賢者の石』ハリーポッターシリーズ第一巻/なぜ世界はハリポタに熱狂したのか?? と、その時のコメントが頭を過ぎった(記事は直接リンク、コメントはそのままここに引用させて頂きます)。

<導入部の間口の広がり>天才的な物語作家は、例外なく導入部を間口の広い『誰にでも分かる』か、もしくは『信じられないほど典型的』なスタイルではじめます。そして、「そこ」から読者を感情移入させたまま、深く広い世界に連れ出してくれます。そういう意味では、まさに天才的物語作家なのだと思います。(「ハリー・ポッター」の著者J.K.ローリング氏についての、ペトロニウスさんのコメントより)

この辺りが「ハリー・ポッター」にはすんなり入れるのに、D.W.ジョーンズにはいまいち入り込み難い要因なのかなぁと思いました(「ハリー・ポッター」だって、きっと4巻、5巻辺りから始まると辛いはず)。D.W.ジョーンズは、その分、元々のファンタジーファンにはすんなり受け入れられるけれど、そうではない場合、少し読み進めるのが辛いのかなぁと感じました。何となく、自分の中でのD.W.ジョーンズの攻略法が出来たような気がして、個人的にはすっきり。

しかし、この「ダークホルムの闇の君」は図書館にたまたま置いてあったのだけど、残りの本は図書館になさそうであります。気長に探してみる事にします。 そして、この一冊目を導入部とすると、次作の方が面白そうな感じ(ダークホルムは二部作)。次作の「グリフィンの年」も読んでみたいと思います。

「これより十年ほど、あの脇谷に棲むことにした」ウロコは告げた。「あそこが気に入った。その間に、おまえたち二人に何が何でも魔法を教える。手始めは読心術じゃ。明日の朝、二人とも参れ。小わっぱ、猫鳥、わかったか?」

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡下さい。ペトロニウスさん、記事中でリンクしたので、トラバさせて頂きました。

著者: ダイアナ・ウィン ジョーンズ, Diana Wynne Jones, 浅羽 莢子
タイトル: ダークホルムの闇の君


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プロフィール

つな がる

Author:つな がる
つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
興味を持った記事があったり、あなたが読み終えた本について語っていたら、是非あなたの感想を教えて下さい。お待ちしています。

2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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