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青春の書(小中編)/「アンの娘リラ」

 2005-04-29-12:21
きっと誰もが知っている「赤毛のアン」
世界各地にアン(anne)「腹心の友」がいる
アンは私の長きに渡る友で、マシュウ、マリラ、リンド夫人、ダイアナ、ギルバート、フレッドなど等の登場人物たちも、もう他人とは思えない。
「アン」は最終巻まできっちり(?)、モンゴメリの他シリーズは「ストーリーガール」を読んでいます。

村の人がどうしたこうした、ケーキを焼いてどうしたこうした、ドレスの生地がどうしたこうした、ドレスの型・髪の結い方がどうしたこうした、そんな日常の何もかもが大好き。
アンは決して美人ではないけれど、表情と表現力がとても豊か。ある時は誰もが認める美人フィリパをも凌ぐ輝きを見せる。フィリパがアンに、そのことで文句もつける箇所も好き。
持ってうまれた顔形は変えようがないけれど、毎日誰もが認める美人じゃなくても、ある時凄く輝けばいいじゃないかと思わせてくれる(美形じゃなくてもいいのよ~、と思春期の自分に言い聞かせていただけかもしれないけど)。

シリーズの冊数はかなりの量に及ぶけれど、書きたいのは最終巻にあたる「アンの娘リラ」のこと。第一次大戦を背景に、アンではなく「リラ・マイ・リラ」と呼ばれるアンの末っ子リラを中心に物語が進みます。
戦場のウォルターからリラへの手紙がいいのです。「誓い」を守るリラも。

アニメ版のアンしかご存知ない方、少女趣味ではないの?と思う方、アンの長台詞や形容詞に閉口された方(2、3頁に渡って話し続ける人なんて、現実にはいないですよね。私だってそんな人はイヤです。自分の書く文章はだらだらと長いですけれど)であっても、この最終巻は面白いのではないかな、と思います。

リラの成長ぶりが著しいです。
末っ子としていつまでも子どもでいて欲しかったリラが、あまりにも早く大人になりすぎてしまったと嘆くアン。辛い二年間をおもしろいことがぎっしり詰まっている二年と取り替えようとは思わないと言い切るリラ。
いいですよ~。村岡花子訳は、今いきなり読むと辛いのかなあ。少し癖がありますかね。わたしはマシュウの「そうさな」が名訳だと思ってます(って原著にあたったわけではないですが)。マシュウもマリラも大好き。

そういえば「赤毛のアン」を改めて読んだ時に、「お墓」に対する考えが少し変わりました(アンは墓碑を見ながら、散歩したりしているのです。あちらでは普通のことなのでしょうか。横浜山手の外人墓地みたいなもの?)
日本のお墓はさすがに散歩には適さないと思うけれど、お墓参りをした時にはついつい周辺のお墓を見てしまいます。時々興味深い墓碑銘なんかがあるのですよ(って思ってたら、昨日の山田詠美さんの「ご新規熱血ポンちゃん」で、山田家もお墓参りのときに墓碑銘を興味深く読む、って書いてありました)。
著者: モンゴメリ, 村岡 花子
タイトル: アンの娘リラ―第十赤毛のアン
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楽しく生きる/「ご新規熱血ポンちゃん」

 2005-04-28-07:02
みわ
さんの所で知り、図書館を覗いてみたら偶然にもありました。

山田詠美「ご新規 熱血ポンちゃん」

詠美さんの本を一番読んだのは、高校生の頃だったか。繊細でありながら、チリリと痛い恋愛小説もいいけれど、パワー溢れるエッセイ「熱血ポンちゃんシリーズ」もまたよいのだ。最近は離れてしまっていたのだけれど、みわさんの記事を見て、これは読まねばと早速読んでみた次第。

御馴染み詠美さんの、「熱血」な日々。自分もある程度の年齢になったから、分かるようになった気もするけど、「自分はこう生きたい」「こう生きるんだ」という、強い意志を持つのが重要だよね、と。流されて、人を見て羨ましがって、文句ばっかり言ってる生き方の醜さが、非常によく分かる。
「ビバ!自分」な日々が、とてもとても素晴らしい。以前読んだものよりも、更にパワーアップしているような。詠美さん、元気に、いい感じに年をとっているなあ。
恋人とあるいは友人と共有したいのは、常に、嫌いなものに対する価値観
というのにも、ひどく納得。例えそれまで興味がなくとも、その人の「好きなもの」は自分の知らない世界への糸口となり得る。しかしながら、「嫌いなもの」の価値観は、これは如何ともしがたい溝。

もう一点、私が詠美さんを良いなと思うのは、彼女は実に多岐にわたるジャンルの読書をしているので、大変な素養がある所。本書でも「駄洒落」ならぬ「本洒落(?)」(元ネタが本な洒落)「文学ネタな洒落」が、随所に見られる。言葉フェチ(?ケイ さん)的にも嬉しい限り。また、編集者さんや作家さん仲間が大勢出てくるので、その辺への興味も尽きない。今回は吉田修一氏なんかも出ていました。御馴染み島田雅彦さんは、詠美さんの「膝枕」にされている。笑

詠美さんの本を読むと、編集者さん達と本当に良く遊んでいたり、バーで隣り合っただけの人なんかと、とても楽しい会話をしていたりする。それはやっぱり詠美さんの心によるもので、オープンマインドというか、こちらの心の持ちようで、対峙する人の心も変わって来るのだと思う。
嗚呼、山田詠美礼賛な文になってしまった。


自分の実生活においては、飲み屋で隣になっただけの人と話すことはあまりないし、おじいさんにナンパされても困っちゃうのだけど、ブログ上だけでも、そういう偶然を大事にして、色々な人の様々な話を聞きたいなあと思うのだ。
読書を通した自分の引き出しの中身や、双方向で触発された色々な人の想いを聞きたくて、自分はブログをやっているんだな、と最近ようやく分かってきました。
さて、今日は詠美さんじゃないけど、若い男の子と飲みに行く予定。飲みに行くのなんて、久々なので嬉しいです。「若い男の子」といっても、正体は前に居た会社の同期の子なのだけれど。何飲もっかなー。 ふふふ。

タイトル: ご新規熱血ポンちゃん



著者: 山田 詠美

原風景/「はじまりの記憶」 

 2005-04-27-07:51

大きな事故や人為的事件があると、思い出すのが柳田邦男さん。
多くの優れたノンフィクションを著されていることで著名な方。
基本的に人間はミスを犯すもので、そのための安全装置が必要であること、また事故が起こった時に犯人探しをするのではなく、それをもって再発防止の糧とすることの重要性を説かれている。
事故原因の追究とともに、再発防止策が採られることを祈っています。運転手とそのご家族が、必要以上に責められ、暴かれることがありませんように。

今日は次の一冊。

柳田邦男 伊勢英子「はじまりの記憶」

著者: 柳田 邦男, 伊勢 英子
タイトル: はじまりの記憶

私は伊勢英子さんを全く知らなかったのだけれど、絵本・児童書を中心に活躍されている絵描きさんとのこと。
絵本を見たら私にも見覚えがあるのだろうか。
息子さんを亡くされた柳田さんが、宮沢賢治の絵本「風の又三郎」を手に取ったことが切っ掛けで、新聞連載の「「死の医学」への日記」の挿絵を伊勢さんに依頼されたらしい。伊勢さんもノンフィクションに興味がなく、お互いに存在を知らない互角のスタートであったとのこと。人の出会いってほんとうに不思議だ。

プロローグの後は、お互いの原風景を探すということで、テーマに沿ったエッセイをお二人で書かれている(duoエッセイ)。一人で内面を探索するのもいいけど、表現方法の違う人と刺激し合いながらやってみるのも、意外な発見や展開があって面白だろうということらしい。

挿絵も各々がつけておられるので、ノンフィクション作家柳田邦男さんの絵まで見ることが出来てしまう。ちなみに、柳田さんはたいてい花を挿絵にしておられるのだけれど、文章そのままの端正で丁寧な絵です。

かなしみ、空、ころぶ、存在理由、忘れる、音楽、マイ ウェイ、眠る、身体感覚、笑う、夢、自立の各テーマにも、勿論いいなーと思った箇所が沢山あるのだけれど、キリがなさそうなのでプロローグから、少し引用します。

心にたくさんの引き出しを持っていて、そこには生まれたときからいままで見てきた風景とか感性とか涙とかがいっぱい入っている。それらはどういうことばと出会った時に、わっと出たがるのか、自分でも知りたいし、思いがけないものが出てきたとき、あ、絵描きでよかったと、思うわけです。(伊勢

表現しようとするから見えるといってもいいと思うんです。ふつうは、作家や絵描きは人よりよく見えているから表現していると思われがちですが、逆なんですね。表現しようという衝動に突き動かされて表現しようとすると、しっかりと対象を見ていない、ディテールを見てないことに気づく。そこで詳しく調べたり、観察し直したり、歩き回ったりして、はじめて対象の核心や全容をつかみ、ようやく表現に入るわけです。詩歌や文章を書こうとするから、人間の心が見えてくる。絵も同じだと思うんです。自分の原風景だって、何かの形で表現しようとする緊迫感がないと、見えてこない。(柳田

自分の人間形成の原点を探ると、人生も心も豊かになるのではないか。その場合に、大事な体験を絵画的な情景としてとらえることができれば、ヴィヴィッドに自己形成の原点に近づけるような気がするのです。そして、自分という存在への理解と納得を深めることができる。(柳田

この本によって興味が出てきたのは、「伊勢英子」さんというひと。
「フランダースの犬」ルーベンスをもっとちゃんと知ること。
伊勢さんの飼い犬だったグレイ(偶然にもハスキー!)。
ああ、いい本を読んだなー。
(読んだハードカバー版を載せておきますが、既に文庫化されているようです。あと、本日なぜかamazonから引っ張った画像が、変な所にしか入らないので、いつもと違う箇所に挿入してます。他意はありません)

*臙脂色の文字の部分は、引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡下さい。

今、アメブロの「お知らせ」を見たら、「ネタステ」とやらで「JR福知山線の脱線事故原因」について、「ネタ」を募集しているらしい。その取り扱い方には、非常に強い違和感を覚えます。

学問とは教育とは/「臨機応答・変問自在 森助教授 vs 理系大学生」

 2005-04-26-08:49

大学の教授は教師ではありません。
大抵の場合、彼らは「自分の研究をしたい」から大学に残るのであり「若い者にものを教えよう」と思って教授になるわけではありません。
一方、入学してくる学生の方は、受験勉強を突破したことに安堵しており、積極的な学びの姿勢を見せる者は数少ないと思います(私の在籍していた所だけかもしれませんが)。
教授は最高学府であるとのプライドからか、学生の目線に降りてくることはとても少ないですし、学生は与えられる勉強に慣れているので、教授と学生の関係はとかく一方通行になりがちです。
これは互いに不幸なことであるといえます。

著書の森博嗣氏は小説家としても有名ですが、国立大学の助教授として教鞭を取っておられます(もしかして、もう教授になっておられるのでしょうか?)
。私は氏の小説を読んだことがなかったのですが、読み易そうだったのでこちらを手に取りました。

森博嗣「臨機応答・変問自在 森助教授 vs 理系大学生」
集英社新書

氏の授業ではこの教授から学生への一方通行を解決するために、ある工夫を行っています。
講義の後に学生に質問をその場で提出させ、その質問に対し「ユーモアを失わない」回答を付けたプリントを配布するという授業を、何年間も続けているのです。

質問をさせることで理解度を評価するとともに、学生の自主性や創造性などを高めることが出来る。また、基本的にはインプットである勉強が、他人に物事を説明する行為が伴うとき、確実に理解度が深まる。
学生と教授にとって利害が一致する方法であると思います。
意識してものを問う姿勢が重要な因子となり、教師からではなく学生からのアプローチへとベクトルを切り替えることで、学問となり得る。学問の教育は躾ではない。

また子供の教育については、以下のように語っておられます。
子供が遊んでいる以上に楽しく遊んで、「早く大人になって自由に遊びたいな」と彼らに思わせようと考えている。
一生懸命生きている姿を見せることが、大人が子供たちにできる唯一の教育(この言葉には抵抗があるが)だと今は信じているからだ。

森氏の考えに一々納得の一冊でした。質問は授業内容に関連するもの以外に、科学、雑学、人生相談など、ヴァラエティ豊かです。ここはぱらぱらと流し読んだのですが、禅問答調のものもあり、面白かったです。


この本には「学生と教授」の質問と回答が載せられていますが、この後ネット上で質問を募集した第二弾も出版されています。こちらは森氏が誰であるかを知っている人達が主な層になるので、森氏曰く「多少の媚が感じられ、第一弾のほうが面白い」そうです(私自身も読んでそう思ったけど、とても正直な方なのですね)。
大学の先生と生徒という枠を離れた質問は、雑学、ネタからおなじみの人生相談ものまで多岐にわたり、二ヶ月の募集期間で1500以上もの質問が集まったそうです。

第二弾の中で参考になったのが、理系のスタンスと文系のそれの違いに言及している部分。本来文系人間である自分が、理系に進んで苦労したことも意外と役に立っているのかもしれないと思いました。スタンスを感じるためだけにしては、少々長く居過ぎましたが。
ちなみに「理系のスタンス」とは、「物理法則や数字はきっちりと割り切れるものだが、人間や社会といったものはつかみどころがなく、一般的に論じられないというものです。

?*文中の臙脂色の文字は、本書から抜書き、もしくは意訳を行ったものです。何か問題がございましたらご連絡下さい。

著者: 森 博嗣
タイトル: 臨機応答・変問自在―森助教授VS理系大学生
著者: 森 博嗣
タイトル: 臨機応答・変問自在〈2〉

野の花/「野山でたのしむ春の草花」「のはらのずかん」

 2005-04-25-08:23
身近な草花がとても綺麗で、嬉しくなってデジカメでバシャバシャ撮っていたわけですが、ワタクシ、ファイル名が付けられないほどの植物音痴であります。母は結構教えてくれたのですが、いつも耳から耳へと素通り。
あんまり興味なかったのですよね。でも、最近はちょっと興味が出てきて、「綺麗なあの子」の名前を知りたいなーと。図書館の児童館の方で借りてきました。10冊借りられると、こういうのも思う存分借りられて嬉しいです。5冊とかだと、小説などを削るのが辛い。

河野玉樹・文/大室君子・絵
  「野山でたのしむ 春の草花 母と子の植物ガイド」さ・え・ら書房
作 長谷川哲雄 「のはらのずかん 野の花と虫たち」岩崎書店

両方とも写真ではなく、美しい丁寧な絵で説明がなされています。あと、いいなーと思ったのは、「どこで見られる植物か」という、場所別になっている所。

「野山の~」の方は、「どこどこで見られる草花」が見開き二ページに描かれています。名前と、その植物の「高さ」と「長さ」が記されている。で、次の見開き二ページに、名前の由来や、物によっては味や遊び方なんかが書いてあります。

・名前にスズメがついているのは、小さくてかわいいことを意味し、カラスがついているのは、大きいことを意味する
・ウシは牛のことで、大きくてたくましい意味
・オというのは、生き物のオスのことで、大きい、丈夫などの意味
・ツボとは、庭のこと
・ムグラは、よく茂るつる草を意味している
・日本はむかしはオランダとの貿易が盛んだったため、外国からはいってきた植物の名前には、頭にたいていオランダとつけた
・海岸にはえている植物の名前には、頭にハマをつけたものが多い
・ヒメ:小さくてお姫様のようにかわいい感じ

「のはらの~」の方は、やっぱり「どこどこで見られる草花」が見開きになっているのだけれど、こちらは虫付きで、前半にずーっと絵が描いてあって、最後の方に小さな字で植物の名の由来、虫の名、特徴などが書いてあります。
後、こちらは、春から秋までの草花と、草のみとたね、地下茎や根までが書いてありますので、四季を通したものになっています。見開きの絵のページには、細かい所まで虫などが書き込まれているので、ざっと見ると見逃してしまいそう。とても綺麗で、細かく丁寧に描かれています。


植物の名前、どこで切れるのかも、さっぱり分らなかったのですが、「野山の~」の方を見て、少し名の成り立ちがわかってきました。「のはらの~」を見て思ったのですが、例えば「クサレダマ」というのは、「草連玉」なのですね「腐れ玉」と変換した私の頭がおかしいのかもしれませんが、片仮名で書いてあるよりも、漢字で書いてくれた方がイメージが湧くのに、と思ったことでした。子供用の本だから片仮名なのかなと思いつつ、でも、草花の名前って片仮名で書かれることの方が、多いですよね?

「野山の~」の方は、「夏の草花」「秋の草花」編もあるようなので、こちらも借りてみようと思います。

著者: 河野 玉樹, 大室 君子
タイトル: 野山でたのしむ 春の草花―母と子の植物ガイド
著者: 長谷川 哲雄
タイトル: のはらのずかん―野の花と虫たち
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兄弟/「重力ピエロ」

 2005-04-24-09:26
伊坂幸太郎「重力ピエロ」

兄弟とカテゴライズするのもどうかと思うのですが、昨日の「間宮兄弟」繋がりで、こちら。
「アヒルと鴨のコインロッカー」が面白かった伊坂幸太郎さん、図書館で借りてきました。いつも装丁がとても綺麗。

「泉水」と「春」。英語にすると共に『スプリング』となる名を持つ、二人の兄弟の物語。過去彼らの家族を襲った事件、彼らの子供時代の話、グラフティーアート、ネアンデルタール人とクロマニョン人、ピカソ(ピカッソ?)、放火事件、コノハナノサクヤビメ、兄弟の職業、ガンジーと徳川綱吉などなどが、今回のピース。やはり明るくくっきりとした書き方で、これらのピースがぴたりと嵌まっていく。

「アヒルと鴨」の読後感と似ているかなあ。あと、章のタイトルがすごくかっこいいと思う(嗚呼、私のボギャブラリーの貧困ぶりが思いっきり露呈。でも、言葉フェチ的に楽しいタイトルだなあ、と思います)。

「目に見えるものが一番大事だと思っているやつに、こういうのは作れない」
「本当に深刻なことは陽気に伝えるべきなんだよ」
「重いものを背負いながらタップを踏むように」
「ピエロが空中ブランコから飛ぶ時、みんな重力のことを忘れているんだ」
「楽しそうに生きてればな、地球の重力なんてなくなる」

春、いいなあ。お父さんも素敵。「俺たちは最強の家族だ」。お母さんも。
過去の名作、「金閣寺」や「地獄変」を「ただの青春小説」と表現するのにも賛成!
(でも泉水が「おまえは何でもかんでも青春小説にするんだな」と言ってるから、作者の考えはどっちなのかしらん?)

『WEB本の雑誌』「作家の読書道」 によると、伊坂さんは、
「若者たちのちょっと変わった生活と、不思議な冒険を融合させたものを読みたいとは思いました。そうしたものは、僕が知らないだけだったのかもしれないけれど、これまでにないと思って、だから自分で書いてみよう」と思って本を書かれているらしく、
「大江さんのほかに北方謙三さんや逢坂剛さんも好きで、そういうものを合体させたい、それらの作品の中間にあるものが読みたい」そう。
でも、今の所「ちょっと僕の希望より、軟弱な感じです。書きたいものを書いてはいるんですが、まだ通過点というか、強度でいうとずいぶん弱い感じ」らしい。これからの作品も楽しみではないですか。


ところで、既読の方(以下、反転)、
二十螺旋の捩れの距離を教えてくれる女性って、何のために出てきたのでしょうか?
もしお分かりでしたら、私に教えて頂けないでしょうか?
何の振りなのか分からんかった…。そのピースだけ、どこにも嵌まらず。

*)臙脂色の文字の部分は、引用を行っています。何か問題がございましたら、ご連絡下さい。

著者: 伊坂 幸太郎
タイトル: 重力ピエロ

兄弟/「間宮兄弟」

 2005-04-23-07:53
江國香織「間宮兄弟」

これ、良かったです。私には久々の江國香織さん。
「きらきらひかる」はちょっと最後ドタバタ?と思うものの結構好きで、「落下する夕方」「ホリーガーデン」なんかにはついていけたのだけれど、なぜか「流しのしたの骨」で脱落。今だったら、これも読めるのだろうか。
ちょっとね、あまりにふわふわして綺麗で、それでいて残酷な女性像が、一時期苦手に感じたのだと思います。どうも彼女達に振り回される、周囲の方に気が回ってしまう。…脇役気質?

居心地のいい空間で、二人暮らす間宮兄弟。外見や内面は対照的なのだけれど、昭信と徹信の共通点は女性にもてないこと。夏から冬にかけて、彼らの生活に変化が訪れる。切っ掛けは、レンタルビデオ屋の店員直美ちゃんと、徹信の職場の同僚依子を、自宅でのカレーパーティーに誘ったこと。これを機に、直美ちゃんとその妹の夕美ちゃん姉妹、夕美ちゃんのボーイフレンドとの交流も生まれる。昭信の会社の先輩、賢太の妻沙織も後半で登場。夏が過ぎ冬になって、彼らの生活には何の変化もなかったのだけれど、彼ら兄弟の存在は周囲に確かに影響したのだ。

明信は先輩の賢太が評する所、こんな人物。
「何よりも好ましいのは、明信が不快な話を決してしないことだ。愚痴もなければ噂話もない。二人で酒を飲んでいるときでも、明信が話すのは弟のこととか野球のこと、美味いものを食べたとか妙な映画を観たとかいうことばかりで、退屈ではあるが聞いていると我知らず心和む」。
中々好もしい人物なのです。この間宮兄弟のマンションが本当に居心地良さそう。「ダイヤモンドゲーム」、祖父の家にあってよくやったなあ、とか「怪盗ルパンシリーズ」、ケストナー、リンドグレーン、懐かしい!とか。音楽もなかなか。 でもやっぱり「もてない」んですよね。この兄弟もずっとこのままというわけではないのだろうか。それともこのまま、二人生きていくのだろうか。浮世離れした理想郷では、ある。

ところで同性のきょうだいって、こんなにも仲のよいものなのでしょうか。間宮兄弟は勿論、直美ちゃん、夕美ちゃん姉妹も、ちょっとびっくりするくらいの仲のよさ。私は残念ながら、きょうだいは弟一人なので、大人になってからはそんなには仲良くしていません(物理的距離もありますが)。考えれば、母と叔母は今でも仲良し。兄弟、姉妹の絆が少し羨ましくなりました。

でも、「たしけてくえー」と叫ぶきょうだいはいらないかも。笑 
酔っ払いとしてよく分かる言葉ですが、私は酔ってもそんな風にはならないぞー(赤い顔してるか青い顔してるかどっちかで、尚且つ青い顔の時は、そんな風に叫ぶ余裕すらない気がする。や、もういい年なので、最近は赤い顔になるばかりですが) 。

?
著者: 江國 香織
タイトル: 間宮兄弟

*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

お墓・葬儀/「お骨のゆくえ火葬大国ニッポンの技術」

 2005-04-22-08:47

横田睦「お骨のゆくえ火葬大国ニッポンの技術」

「死の壁」を借りる時に、そういえばお墓ってどうなるんだろうと思い、ついでに借りた本書。私、そんなに年をとっているわけではないのですが、この間美容院に行った時の話題は、なぜか「お墓」についてでした。美容師さんも私より少し年上なだけなんですけどね。今思い返しても何でそんな話をしていたのかな、と思うのですが。
「死の壁」曰く「一人称の死は存在しない」し、自分は死んだらそれまでと思うのですが、「二人称の死」について少し思うところがあったのかも。父は次男だし、母はプロテスタントの信者、夫と私自身はカトリックの信者。義父は遠いお寺にお墓があるし、義母はカトリックの信者であったりもします。お墓ってどうなるんだ?と。

本書ではテクノロジーとしての火葬やお墓について、詳しく書かれています。

以下は新たに知った事。

すっぱりそういう視点は抜けていたのだけれど、阪神大震災において全ての遺体がきちんと火葬されたのは奇跡的なことだった事。スマトラ沖地震の様子を見ても、確かにそうだ。阪神大震災では、震災地域における主要火葬場の多くが罹災を免れ、十分に稼動したこと。冬季であったこと。そして職員の尽力があった等、様々な要因が重なったそうです。

また、ペースメーカーの電池が加熱されることによって、爆発、炉が傷ついたり、現場職員が怪我を負う事故が起こるということ。こういった事故に対し、職員は手を打つ術がないそうです。一連の火葬の流れの途中で、遺族や会葬者の眼前で棺の蓋を開けて、その中から危険物や燃焼阻害物を取り出すことは難しい。大まかな知識はあったけれど、気を付けたいと思いました。

焼骨を骨壷におさめる拾骨の所作が東西で違うこと。これに伴い、骨壷の大きさも違うこと。

著者は「撒骨」「個性的な葬儀」には若干批判的な見方をされています。確かにどこにでも勝手に適当な大きさの骨灰を撒かれても困ってしまうし、あまりに「個性的」に拘る事による、残された人々の困惑も予想される。
でも現代は親類縁者が完全に同じ共同体の中で暮らしているわけでもないし、今までのやり方も中々難しいと思うのですよね。お葬式となった途端、突然地域の共同体が復活して、驚いた経験もあるし。

これを読んだからといって、スッキリ!となったわけでもなく、何だかやっぱり悩ましい問題だなあ、と思いました。身近にいる人間は皆健康だし、そんなこと考えてんの!と怒られるかもしれませんが・・・。

著者: 横田 睦
タイトル: お骨のゆくえ―火葬大国ニッポンの技術

*臙脂色の文字の部分は、引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

不可逆なこと/「死の壁」

 2005-04-21-08:29
少し気を付けて見ると、世の中には読み易い新書が沢山ありました。
「バカの壁」は未読なのですが、図書館で目に付いたこちら。

養老孟司「死の壁」新潮新書

章立ては以下のようになっています。

序章   『バカの壁』の向こう側
第一章  なぜ人を殺してはいけないのか
第二章  不死の病
第三章  生死の境目
第四章  死体の人称
第五章  死体は仲間はずれ
第六章  脳死と村八分
第七章  テロ・戦争・大学紛争
第八章  安楽死とエリート
終章   死と人事異動

実は曖昧な「死」という概念、そして具体的なものである「死体」ですら、客観的に「死体」という均一なものが存在しているわけではない。
解剖を多くしてきた養老さんが、死にまつわる様々なテーマを語ります。



私が特に印象に残ったのは、以下の箇所。

第二章「不死の病」
「俺は俺」の矛盾、「本当の自分」は無敵の論理 。
常に変わらない自分が、死ぬまで一貫して存在している、というのが思い込みに過ぎないこと(実際は自分を構成する細胞などがどんどん入れ替わっている)。どんなに自分が変わろうと、常に今現在の自分を「本当の自分」とし、「変わった部分は自分じゃない」とする言い訳。
だから日本の謝罪って、いつまでたっても周辺各国に受け入れられず、現在に至るまで諍いが絶えないのでしょうか。「あれは本当の自分じゃなかったけど、ごめんね!」というのは、日本国内でしか通じない謝罪の仕方なのかもしれません。勿論「反日デモ」には、色々と複雑な原因があるのでしょうが…。

第四章「死体の人称」
死体には「ない死体」(自分の死体は見られないから、これが一人称)、「死体でない死体」(親しい人の死体。二人称)、「死体である死体」(自分に縁がないもの。三人称)の三種類が存在する。

第五章「死体は仲間はずれ」
日本では「死体は人間じゃない」という考え方が文化で、「死んだら最後、人ではない」というのが世間のルールとなっている。この世はメンバーズクラブで、死ぬということはそのメンバーではなくなるということ。日本においてはこのメンバーズクラブの入会の基準にもいろいろあるということ。そして、こういうルールは共同体によって異なり、そのルールは明確に記録されていないということ。

第八章「安楽死とエリート」
エリート、人の上に立つ立場の人というのは、本来、自分の下す決定で人を殺す可能性があるという責任や覚悟を持たなくてはならなかったこと。しかし、戦後派そういう本来の意味でのエリート教育が無くなってしまったこと。

結局は、終章にある一言に尽きるのでしょう。

人生のあらゆる行為は取り返しがつかない。そのことを死くらい歴然と示しているものはないのです。

著者: 養老 孟司
タイトル: 死の壁

*)臙脂色の文字の部分は、本文中より引用後、意訳を行っています。何か問題がございましたら、ご連絡下さい。

少女漫画/「ガラスの仮面」

 2005-04-20-10:16
突然ですが、アニメ「ガラスの仮面」第三話を見ました。
コメント欄を覗いてしまった事のある方は、もしかしたらご存知かもしれませんが、元漫画少女さんと私、怒涛のガラかめ突込みをいつも楽しんでいます。ていうか、「ガラかめ語」で話している気配すら漂っています。

元漫画少女さんの名前欄:速水真澄、桜小路優、源三さんの苗字って何?、速水くん、速水紫織…うわ。違和感のある名前。、速水くん、速水のおやじ、どどめ色のばらのひと、携帯男の憂鬱、ハタチ過ぎの女に「チビちゃん」なんて言うな~~、寝込みを襲う若社長、波動砲を発射する若社長、ああ…おまえさま…、奥さま?決まってるじゃないですか。宇宙の真理のなんちゃらかんちゃらの神のですわよ。ホホホ(泣、闇に隠れて生きる♪…聖まさと、等等
対する私のタイトル:「奥さま」って先生は誰の奥さまなわけ?、マヤ、速水のおじさま、舞、桜小路くんのことずっと待ってる!、大都芸能の速水真澄ともあろうものが(白目)、このオレが11も年下の少女に(白目)、ターミネーターしおりん♪、 奥さま(源三さんから月影せんせいへ)等等)

多分抜けもあるけど、もう十分よね?よく見ると、最初の頃はまだまともでしたね。そして嗚呼、最近の面白い名前欄、載っけ忘れた。
でも、「パトラッシュ。僕もう疲れたよ…」

これだけ見ると、ガラかめを馬鹿にしているように見えてしまうかもしれませんが、そんなことはないのです。愛ある故の突っ込みなんです。
ガラかめは言わずと知れた、「スポ根演劇漫画」。
若い方は分りませんが、多分同年代の方は一度は手に取られたことがあるのではないでしょうか。

マヤの演劇への情熱、「天才」マヤと「秀才」亜弓との対比、「紅天女」、「紫の薔薇の人」への想い。一度ある箇所を読み始めてしまうと、最初から読み直さずにはいられない、恐怖の時間取り漫画でもあります。
…これは私だけ?
そんなわけで、私が持っている文庫版は、実家の箱に封印中です。
私が小学生の頃は、話もガンガン進んでいたのですが、ご存知の様に最近の進行具合はさっぱりであります。
なぜに一度連載したものを、全て書き直す必要があるのでしょうか。
私は未読なのですが、42巻ではてっきり70年代だと思っていた時代背景を、携帯電話の登場がぶち壊し、ファンをびっくりさせてもいるようです。


三話から見たので状況がよく分かっていない所もあるのだけれど、気付いた所突っ込み。
ええ、第三話のタイトルは「逃げた小鳥」。劇団オンディーヌで、マヤがパントマイムをし、亜弓さんに助けられるシーンですね。
冒頭では学校で演じた「ビビ」のお芝居をやっていました。

比較的丁寧に作られているアニメだと思いましたが、言わずにはおられないのが、登場人物達の変貌振り。真澄さんが一番違和感なかったけれど、桜小路君なんて茶髪だし(ええ!ベタ塗りしてなかったっけ?あと癖毛でもなさそう)、亜弓さんの巻きは甘いし(ぐるんぐるんは?)、源三さんは妙にダンディー。月影先生は紫のガウン着て、お屋敷の庭の薔薇に、水をやっていたなあ。ん?これは違和感なしか。
後はですね、時代背景が明らかに現代な気が。赤レンガ倉庫やMM21線だと思われるものも登場。そんなの、私の青春時代にすらありませんでしたよ!「危ない刑事」な横浜を、かるーく越えている模様です。うーん。
(でもね、学校のお芝居のシーンでは「リーゼント」な生徒もいたのよ。
よよよ。一体いつの時代なの?)

ビビのお芝居で、「哀しみ」を表現するシーン、アニメ的だなあ、と思ったけれど、「拍手のヤス@将太の寿司」「金魚素麺(だっけな?)が泳いじゃう@ミスター味っ子」なんかを思い出した。
(って、これを理解してくれる方はいるのでしょうか?)

とりあえず継続して見てみようと思います。第四話は「炎の階段」だそう。
嗚呼、でも目がでかいアニメは苦手なんです。もうちょっと何とかならんもんでしょうか。
(ファーストガンダムのブライトなんて、目が細すぎて白目の部分もないっていうのに)

後、しつこくもう一点突っ込み。 白泉社が、「ガラかめ」の文庫版のCMをしているのですね。
白泉社、そんなことよりすることあるでしょう!アニメ見て購入してしまって、「つ、続き!!」と泣きそうになる読者をこれ以上増やしてどうするんだ。
美内先生にちゃんと本を描かせるとか、時代背景を統一するとか、ちゃんとお仕事して下さい。泣 頼みますよ、もう…。
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つな がる

Author:つな がる
つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
興味を持った記事があったり、あなたが読み終えた本について語っていたら、是非あなたの感想を教えて下さい。お待ちしています。

2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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