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「儚い羊たちの祝宴」

 2010-02-27-22:53
儚い羊たちの祝宴儚い羊たちの祝宴
(2008/11)
米澤 穂信

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内容(「BOOK」データベースより)
ミステリの醍醐味と言えば、終盤のどんでん返し。中でも、「最後の一撃」と呼ばれる、ラストで鮮やかに真相を引っ繰り返す技は、短編の華であり至芸でもある。本書は、更にその上をいく、「ラスト一行の衝撃」に徹底的にこだわった連作集。古今東西、短編集は数あれど、収録作すべてがラスト一行で落ちるミステリは本書だけ。

身内に不幸がありまして
北の館の罪人
山荘秘聞
玉野五十鈴の誉れ
儚い羊たちの晩餐
今、内容紹介をコピペしていて気付いたんですが、これ、ラストに拘ったものだったんですねえ。そこは良く分かんなかったけど、多少浮世離れしていても、それなりにキレのよい短編集でした。短編を繋ぐのは、ハイソサエティの子女が集う読書会、「バベルの会」。まぁ、それぞれぶっ飛んだ設定でもあるように思うんだけど、「バベルの会」は、”幻想と現実とを混乱してしまう儚い者たちの聖域(アジール)”なんだそうな。再興された「バベルの会」は、また違ったものになるのでしょうか。

ジェリコーのメデューズ号の筏の絵を思わず調べてしまいましたわー。見たことあったけど、これが居間に掛けてある家なんて嫌だわ…(あれ、居間で良かったんだっけ…、応接間とかじゃなかったっけ…)。

それぞれ、多少の突っ込みどころがあるお話なんだけど、「玉野五十鈴の誉れ」だけは、拘ったというラストに突っ込んでしまうなぁ。そういえば、以前、どちらかでもそういった感想をお見掛けしたような…。そ、それはちょっと駄洒落落ちなのでは。
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「影踏み」/横山秀夫さん、ノワール

 2009-05-10-23:57
影踏み (祥伝社文庫)影踏み (祥伝社文庫)
(2007/02)
横山 秀夫

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最近、ちょっと読書が低調なのです。図書館で何を借りようかと迷って、まぁ、横山さんなら間違いないだろう、と文庫を借りてきたんですが、これもまたむむむむ。いかにも、祥伝社文庫らしいノワールものというのかなぁ。

amazonから、内容ひきます。

内容(「BOOK」データベースより)
深夜の稲村家。女は夫に火を放とうとしている。忍び込みのプロ・真壁修一は侵入した夫婦の寝室で殺意を感じた―。直後に逮捕された真壁は、二年後、刑務所を出所してすぐ、稲村家の秘密を調べ始めた。だが、夫婦は離婚、事件は何も起こっていなかった。思い過ごしだったのか?母に焼き殺された弟の無念を重ね、真壁は女の行方を執拗に追った…。

横山さんと言えば警察小説!なんですが、この主人公は警察に追われる側。「忍び込みのプロ」がいるなんてことも知らなかったんだけど、素人が一口に”泥棒”というところ、実際は住人がいない時を狙う空き巣から、この真壁のように人がいても関係なく忍び込むノビ師なるものまで、実は専門(?)が色々と分かれているのです。

さて、この主人公の「ノビカベ」にはかつて双子の弟がいて、火事で死んだはずの弟の声が、修一の中耳から聞こえるのです。この兄弟の因縁が、連作の中で語られるという作り。

なんとなく納得いかないのが、刑務所から出所して尚、この「ノビカベ」がノビ師として生計を立てているところ。それなりに頭も切れ、度胸だってあるはずなのに、なぜ君は泥棒を止めないんだい?、と問いかけたくなってしまうのです。彼を待っていてくれた女性だっていたのにね。しかし、ここにも双子の弟との因縁があり、何だか色々煮え切らないのです…。結局、修一が追い求めていたのは、過去の家族だけであり、未来を見ていないところが、読んでいていま一つのれなかった一因かと。

ハードボイルドと言えばハードボイルドなんだけど、この兄弟とはあまりお付き合いしたくない感じ。横山さんの警察小説も、それなりにドロドロはしているけれど、出世や面子のせいでギラギラしても、一応一つの正義は守っているものね。小説読んでる時に、そんなこといっても仕方ないのだろうけど、モラル的にこの本は自分には合いませんでした…。
■関連過去記事■
・「陰の季節」/人間ドラマ
・未熟であるということ/「
・「震度0」/警察内部小説

「秋期限定栗きんとん事件 上・下」/小市民シリーズ3

 2009-04-06-00:00
秋期限定栗きんとん事件〈上〉 (創元推理文庫)秋期限定栗きんとん事件〈上〉 (創元推理文庫)
(2009/02)
米澤 穂信

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秋期限定栗きんとん事件 下 (創元推理文庫 M よ 1-6)秋期限定栗きんとん事件 下 (創元推理文庫 M よ 1-6)
(2009/03/05)
米澤 穂信

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「春期限定いちごタルト事件」(感想)、「夏期限定トロピカルパフェ事件」(感想)ときて、この「秋期限定栗きんとん事件」では、ラスト、とうとうこの小市民シリーズの世界は高3の秋を迎える…。春夏秋冬、ぐるっと回って、このシリーズももう少しで終わってしまうのかしら、と思うと淋しいなーー。

さて、「夏期~」で袂を分かち、それまでの互恵関係を断ち切った小鳩くんと小佐内さん。小鳩くんには、当世風の彼女が出来、一方の小佐内さんにも、また年下の彼氏が出来たよう。このまま二人は交わらぬ道を歩むかに見えたのだけれど…。
目次
第一章 おもいがけない秋
第二章 あたたかな冬
第三章 とまどう春
第四章 うたがわしい夏
第五章 真夏の夜
第六章 ふたたびの秋
 解説 辻真先
このたび一人称で語るのは、「ぼく」小鳩くんだけではなく、新聞部部員の「おれ」、瓜野くん。瓜野くんは、年上とも知らず、小佐内さんにアタックをし、付き合うようになった猛者でもある。

旧態依然の新聞部を気に入らず、学外の記事を載せるべきだと、堂島健吾部長に楯付いていた瓜野くん。そこで取り上げたのが、木良市で続いていた小火騒ぎ。瓜野くんはほぼ暴走とも言える行動力で持って、犯人を捕まえようと周囲を巻き込むのだが・・・。

途中までは、「月報船戸」(瓜野くんたち新聞部が出している)の騒ぎを横目に、彼女とのデートを楽しんでいた小鳩くん。しかし、何回目かの放火で燃やされたのは、夏のあの事件に関係する車だった。小鳩くんは小佐内さんの関与を疑うのだが・・・。

互いに姿が見えないながらも、再び向き合うことになる小鳩くんと小佐内さん。読んでいるこちらの緊迫感も高まるのだけれど…。なるほどねえ、うっまいなーー。直截は見えないんだけど、どう考えても暗躍してる小佐内さんに、ちょっとにやにやしてしまいます。

確か、「マロングラッセ(仮)」だったはずが、「栗きんとん」になった理由。なるほどねえ。「栗の渋皮煮」でもいいんじゃないかと思ったけど、タイトルとしてはきついですかね。にしても、マロングラッセってああやって作るのね。め、面倒だ…。

ここへきて、自分たちがまったくの小市民ではないことを認めた彼ら。必要なのは、小市民の着ぐるみだったのではなく…。

絶妙のお菓子と、楽しくスリリングな会話。
こういう放課後はやっぱり、素敵の一語に尽きる。

一年たってぐるっと一回り。二人の関係は変わったのかしら? 小鳩くん、ちょっとわかり辛いデス。互いの美学にも目を向けるようになったあたり、ただの互恵関係から、やっぱり変わったんでしょうけれど。

米澤さんの作品は読み易いし、一見可愛らしいんだけど、実際はちょっと暗いというか、ひねくれたところがあるように思うのです。でも、このほんのちょっぴり落された暗さ加減が絶妙で、なんだか後を引くんだよなぁ。

「盆栽マイフェアレディ」/これがわたしの生きる道

 2009-02-24-22:43
盆栽マイフェアレディ盆栽マイフェアレディ
(2008/06)
山崎 マキコ

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年季が明けるまでの六年間は、まさに丁稚奉公。全く儲からず、実家に仕送りを願い出たりもする。そんな盆栽師の世界に、ひょんな事から飛び込むことになった、本当は計算高いはずのわたし、長瀬繭子。

研究室の先輩であり、今では兄弟子ともなった松本と共に、葉刈りに水やり、土にまみれて、死ぬほど地味な毎日を送るのだが…。そこに現れたのは、甘いマスクに文句なしの金持ち男、高野さん。内面にはそこそこの毒だってあるし、兄弟子、松本に対しては、遠慮容赦なくばさばさと本音トークで切りつけるのだけれど、そこはそれ。実は繭子は、ベビーフェースにおとなしげな外見。黙ってれば、従順な「俺についてくる女」と見込まれ、学生時代に三回ものプロポーズを受けた女。気づけば、高野さんの愛人として、週末は愛人道を驀進することになるのだが…。

三百円で手作り弁当を松本に売り付ける生活と、駐車場と一緒にベンツをぽんとプレゼントされてしまう生活。それまでのように週末に景色を愛でたりもせず、都会で高野のためにあくせくと女を磨く。そんな二重生活はいつか破綻が来るわけで…。

ラスト付近はえらく派手かなー。振れ幅の大きい、繭子の性格(というか、何だかまとまってない気がする。これでは、ちとエキセントリックちゃんだ)にはいまひとつ乗り切れませんでしたが、「盆栽師」という世界が面白かったです。好きか嫌いかだというと、あまり好きではないお話だとは思うのだけれど、この勢いは買う、そんな感じのお話でした。

「ガセネッタとシモネッタ」/米原万里さんの豊かな世界

 2008-06-06-23:12
ガセネッタ&(と)シモネッタ (文春文庫)ガセネッタ&(と)シモネッタ (文春文庫)
(2003/06)
米原 万里

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それは、言語の海を泳ぎ切る同時通訳者としての姿だったり、チェコスロバキアのソビエト学校で一般の日本人とは異なる教育を受けた幼き日々の姿だったり、異国の地で「少年少女世界文学全集」を貪るように読む姿だったり。

とにかく印象的なのは、世の中の全ての物事に対する深い愛情と強い好奇心。たとえば、興味を惹かれた本を取っ掛かりとして拡がっていく「芋蔓式読書」にしても、医学や政治経済、金融、電子工学など様々な専門分野の通訳を務めることから必要になる、様々な知識の読み込みや吸収の仕方にしても、まぁ、普通の人でもそういうやり方をすることはある。でも、なかなかこの深度ではやれないよー、ということを、ばりばりがりがりと、しかも楽しんで進んでいく姿がそこには見える。なんというエネルギッシュさ!

言語を操っていた米原さんは、言語の背後にその国の文化を、文学を、人間を見ていた。日本で言う「語学が得意」というのは、大抵単に「その語学が出来る」ということを意味しているけれど、米原さんが話している「語学」というのはそういうものではないんだなぁ。

英文学者・柳瀬尚紀さんとの「翻訳と通訳と辞書 あるいは言葉に対する愛情について」なる対談も面白いです。この柳瀬尚紀さんを全く知らないのに言うのもなんですが、米原さんの器の大きさに比べると、柳瀬尚紀さんが大分小物に見えてしまいます。「鉄のカーテン」を調べ、広辞苑、大辞林ではチャーチルが使ったというところまでしか出ていないけれど、ロシアの辞書では更にその先が載っていて、実は鉄のカーテンというのは、ソ連側から下ろしたものではなく、当初は西側が革命の火除けに引いていたと考えられていたというのも面白ーい(1930年のソ連において、との限定つきだけれど)。米原さんの探求はこの後も続くんだけど、柳瀬さんのおっしゃる「すごい読み手だな」という言葉が、ひしひしと伝わってきます。

通訳をやっていると、知らない単語が出てくると焦りまくります。ですから、事前になるべく資料を取り寄せて調べるんです。ある単語がわからなくて、一つの辞書に当たってなくて、二つ目当たってもなくて、三つ目にあたって語根の同じような単語がある、もう一つ別の用法があったら突き合わせて、たぶんこの意味だろうと類推していくわけです。だから辞書には、ちょっと載っているだけでも、中途半端でも、ありがたいという感じなんですね。辞書はそういうものだと思う。

この辺も全く辞書に頼ってないですもんね。これが英語だったら、グローバルスタンダードだし、通訳者の人数もケタ違いだろうからまた違うんだろうけれど、ロシア語を学んだということも、まさに米原さんという人間を形作ったと言えるような気がします。

そういえば、ちょっと前にテレビで同時通訳者のお仕事を見たんですが(@「ひみつのアラシちゃん」)、ブースの中の緊張感、緊迫感はただ事ではなかったです。あんな集中力を発揮できるのは、やっぱりちょっと特殊な人たちだとしか思えませんでした~(たとえそれが、米原さんのこの本では、あまり面白みがない、といわれる英語の通訳者であってもね。)。
目次
Un Saluto dallo Chef シェフからのご挨拶
 ガセネッタ・ダジャーレとシモネッタ・ドッジ
Apertivo 食前酒
Antipasti 前菜
Primi Piatti 第一の皿
Vino Bianco 白ワイン
Secondi Piatti 第二の皿
Insalata Russa ロシア風サラダ
Vino Rosso 赤ワイン
Formaggi チーズ
Dessert デザート
Caffe コーヒー
Digestivo 食後酒

「血族」/ファミリー・サーガ

 2008-01-21-23:45

山口 瞳

血族


山口瞳さんのファミリー・サーガです。この本のことは、桜庭一樹さんの読書日記で知りました(こちら )。気になって図書館から借りてきたら、ぐぐっと引き込まれ、桜庭さんも「ページをめくるのが止まらなくなったー!」と書いておられるけど、まさにそんな感じ。すっかりページに引き寄せられてしまいました。

薄皮を剥ぐように明らかになっていく、山口氏の母上がひた隠しにしていた母方の「血族」の事情。それはまるで、良く出来たミステリー小説のようでもある。

雑誌に頼まれ、田中角栄論を書いていた山口氏。田中角栄に迫るにあたり、自分の父親との対比を試みようとしていた氏は、ふとこれまで気づかなかったことに気づく。それは、父と母、それぞれの若い頃や、その後の写真はあるのに、両親の結婚式の写真が存在しないこと。自分が生まれる前の写真が、存在しないのはなぜなのか? それだけであるのなら、そう不思議なことではない。しかし、謎は続く。

兄と自分の近すぎる生年月日の謎、「瞳」という男性としては珍しい名前を氏に付けた母の謎、美男美女ばかりの親族の謎、その親族が皆、どこか頽廃的な性情を持つという謎…。山口氏自身に纏わりついた欠落感…。そして、親類の謎めいた言葉。

「いつか教えてやるよ」
と、親類の一人が言った。その人も明治の生まれである。
「いつか教えてあげるけれど、まだその時期じゃないな。お前は小説家なんだから、知っておいたほうがいいかもしれない」

そう、氏の家族には、確かに「何か」があったのだ。しかし、それは母がひた隠していた秘密でもある。父と母の秘密を暴くことを躊躇していた氏は、教えてくれる親類も全て亡くなってしまった頃になって、改めてその謎に向かい合うことになる。

自らの家族の謎を追い求めるという点で、マイケル・ギルモアの「心臓を貫かれて 」を思い出す。

時に怖れながら、時に秘密を暴く辛さに慄きながら、謎に迫って行く姿は、痛々しくもある。

正直ね、時代の違いからか、そうして浮かび上がった真実に、さほど驚きを覚えなかったりもするのだけれど、どこまでも仲間であったのに、血よりも濃い絆で結ばれていたのに、ばらばらであらねばならなかった事情が辛いなぁ。ばらばらでありながら、やっぱり強い絆で結ばれてもいたのだけれど。

「心臓を貫かれて」では、マイケル以外の家族を繋いでいたのは、彼らが体験した同じ地獄だったけれど、「血族」においても一族を繋いでいたのは、彼らが共通に背負った業であった。人を繋ぐのはプラスのものだけではなくて、時にマイナスのものが強く人々を結び付けることがある。なんだか、その繋がりが哀しいものだなぁ、と思いました。でも、過去があって現在がある。過去の欠落は、また新たな欠落を生んでしまう。たとえどんな過去であっても、共有してこそ家族なんじゃないかなぁ、とも思いました。愛する者だからこそ、知られたくないこともあるのだろうけれど…。哀しいけれど、迫力の一冊でした。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

「物語の旅」/五十四篇の本を旅せば

 2007-11-07-22:32
物語の旅物語の旅
(2002/01)
和田 誠

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冒頭から引きますと、

 これから書こうとするのは、物語に関するささやかな四方山ばなしである。自分にとって印象の深かった書物についてごく個人的なことを記すだけだから、読書案内として役に立つものにはならないだろう。
 一つ一つ挿絵を入れるが、仕事で描いたことのないものばかり。ぼくが面白がった物語は、挿絵を描きたくなった物語だと言うこともできそうである。

というわけで、これがこの本の性格です。

基本、読んだ時の記憶を大事にした文章で、後から確認したら~だった、などの注釈が良く入ってますが、そっか、こういう風でもいいんだ、と逆に安心しちゃったり。間違えちゃってる記憶の方が、時に印象深いのは何でなのだろ。特に幼少時に読んだものなどは、一部分のみを強烈に覚えてたりするから、物語のバランスが妙になってたりもするのですよね。

さて、和田誠さんが選んだのは「かちかち山」から「最後の仇討」まで、和洋を問わない全54編。これがね、結構、自分が読んだり、かすったりしていた本と被っていたので、なかなか楽しく読めました。ねじの回転」なんかは、恩田陸さんのは読んだものの、本家(?)のヘンリイ・ジェイムズのは未読なもので、まさに”かすった”印象の強い本です。

この本を読んで、きちんと読んでみたくなったのは、実業家でもあるというヘンリイ・スレッサー(別名O・H・レスリー)による「怪盗ルビイ・マーチンスン」。キョンキョン主演の映画、「怪盗ルビイ」って、和田誠さんが監督してたんですねえ。そして、それはこの「怪盗ルビイ・マーチンスン」を原作としていたわけです(さらに同時期にこの作品を芝居にしていたのが、当時、一部ですでに注目され始めていた三谷幸喜さんだそう)。犯罪者に憧れる従弟のルビイに引き摺られる相棒の「ぼく」。設定が魅力的だ~。

村上 啓夫

怪盗ルビイ・マーチンスン (1978年)

*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

「お神酒徳利」/「深川駕籠」続編、でもちょっとトーンダウン?

 2007-09-25-23:12
山本 一力
お神酒徳利―深川駕篭 (深川駕篭)

深川駕籠 」の元臥煙の新太郎、元力士の尚平の駕篭舁きコンビが、再びお目見え。相も変わらず、尚平とおゆきの仲は新太郎に遠慮してか遅々として進展せず、新太郎も新太郎できれいさっぱり女っ気もなく。そんなわけで、今日も木兵衛長屋では、甲斐甲斐しく新太郎と自分の分の朝飯の支度をする尚平の姿が見られるのでありました…。

目次
紅蓮退治
紺がすり
お神酒徳利


紅蓮退治」は、江戸の住人が最も恐れた火事の話。半鐘を打つのは、各町に構えられた火の見櫓の役目。けれど、屋敷内に櫓を構えた大名は町場の火の見櫓に先駆けて、自家の半鐘を鳴らすこともある。そして、滑った時、つまり煙を見間違えて半鐘を打った時は、すぐさま一点鐘(いってんしょう)を打って鎮火を知らせるのが定め。ところが、「でえみょう屋敷の連中は、滑りのケツを拭かねえ」のだ。しかも、今度の半鐘は「滑り」どころか、遊び半分の「カラ半鐘」のようで…。尚平とおゆきのために、深川不動尊に怒り断ちの願掛けをしていた短気な新太郎なのだけれど、そこは勿論…、という話。

新太郎の実家の両替商の話も出てくるし(蔵の目塗りの話などは興味深い)、番太郎(=木戸番)の話なんかも面白いのだけれど、出てくるエピソードが、きちんと全部生かされている感じがしないんだよねえ。カラ打ちを繰り返していた武家は、なぜそんなことをしていたのかしらん、という疑問が残る。

紺がすり」は、タイトルは因業親父、木兵衛の別の顔を助けるさくらの着物から来ているように思うけれど、実際はタイトルには関係のないお話。新太郎と尚平が煮売り屋で聞き込んだ話と、彼らが助けた母子の話から導かれたのは…。それは、江戸でも屈指の『檜屋』(材木商の中でも、檜の元の値が高いだけに、檜を扱う業者は『檜屋』と別称された)である丸木屋への脅し。

このお話では、江戸の夜の暗さが印象深い。江戸の町人が多く暮らすのが、棟割長屋。明かりといえば、よくて行灯、並の暮らしで魚油を燃やす瓦灯(がとう)。上物の行灯でも部屋をぼんやり照らすくらいで、瓦灯にいたっては、手元の明かりでしかなかったのだとか。こういうの、杉浦日向子さんの次くらいに、分かり易く表現してくれるのが、山本一力さんだなぁ、と思います。

お神酒徳利」では、なんと尚平の想い人、おゆきが攫われる。それは、おゆきのお軽の技を狙ったもの(お軽とは、花札賭博のとき、相手に配る札を一瞬のうちに見定める技)。尚平と新太郎は、今戸の貸元、芳三郎の手を借りて、おゆきを助け出す。

尚平とおゆきの仲が、これで少しは進展するのかな、とも思うのだけれど、これがちょっと尻切れトンボ。おゆきを攫った弥之助は、芳三郎の名を聞いて早々に逃げ出してしまうし、弥之助を雇っていた薬種問屋の息子の徳次郎もまた、てんで腰が据わってないし(そして、助太刀のお武家のことも、あれじゃ丸わかりだしさ)。

深川黄表紙掛取り帖 」と、その続編、「牡丹酒 」でもちょっと思ったのだけれど、山本一力さんは、シリーズの一作目では、色々なエピソードをきっちり落とし込んでくるんだけれど、二作目ともなると、どうもエピソードを端折って、葵の御紋のように豪商とか、一目置かれる貸元などを使ってくるような気がします。ちょっと惜しい! 細部をきっちり語ることのできる作家さんなだけに、紋切り型は嫌だよう。

損料屋喜八郎始末控え 」の続編、「赤絵の桜」は大丈夫なのかなぁ。でも、「赤絵の桜」を読む前には、深川の老舗料亭「江戸屋」を舞台とした、「梅咲きぬ」をぜひ読みたいところ。山本一力作品は、同じ年代の江戸の話を多く書いておられるせいか、あちこちで登場人物がリンクしているんだよなぁ(また、色々見逃してそう~)。

■お神酒徳利とは?■
「菊正宗」のページにリンク

「退屈姫君 恋に燃える」/みたびの、すてきすてき!

 2007-09-18-22:06

米村 圭伍

退屈姫君 恋に燃える (新潮文庫)


えーと、前作にあたる「退屈姫君 海を渡る」は、覚書をしたためる前に図書館に返してしまったのだけれど、そこは米村さん、心配はいりませぬ。ちゃーんとちゃんと、「これまでの流れをざっとご説明」してくださいます。

そんなこんなで、おさらいを終えて。さて、こたび、またしても退屈で死にそうになっていためだか姫を助けてくれたのは、風見藩の藩士にして、将棋家元である伊藤家の門人、榊原拓磨の身分違いの恋。榊原拓磨は、藩命を掛けた将軍家との賭将棋を控え、この江戸で将棋に打ち込む日々を送っていたのだけれど、何の因果か横隅藩の末姫、萌姫に出会ってしまった!

めだか姫は、この若い二人に手を貸すのだけれど、たかが色恋沙汰というなかれ、そこはあのめだか姫の目を輝かせただけのことはあり、やはりこの恋はまたしても天下の一大事へと発展する。さて、若い二人への横やりを首尾よく抑えて、めだか姫は二人を幸せに出来るでしょうか? お馴染みの面子を巻き込んで、めだか姫の策略はこたびも冴える!

このシリーズを読んだ時に、この姫君は誰かに似ている、と思っていたのだけれど、今回は特に『姫若天眼通』(各大名家の姫君若君の出来栄えを記した細見。ちなみに、めだか姫の番付は極々大凶の褌担ぎもしくは天眼鏡(むしめがね))なるものが出てきたり(これは流石に眉唾だけど。笑)、和歌を贈り合ったり、実家の陸奥磐内藩の姉姫の名を騙ったりするところ、時は平安の琉璃姫(@「なんて素敵にジャパネスク)を思い出すのでした。

あと、お仙の兄、幇間の一八といえば、「本多髷」の一八と「本多髷」が良く枕につくのだけれど、杉浦日向子さんの「一日江戸人 」のおかげで「本多髷」が分かりましたー。つーんと細い本多髷、ずいぶん傾いた髪型だったのですねえ。

そしてそして、米村さんといえば、男を押し倒すたくましき女性たち(笑)。めだか姫お付きの諏訪にはまぁ慣れたけれど、めだか姫の姉姫たち、猪鹿蝶三姉妹(シスターズ)は、しかししかし、怖すぎですよ。

■過去関連記事■
風流冷飯伝 」/風見藩が冷飯ども ←本シリーズ
退屈姫君伝 」/めだかの姫さま、活躍す ←本シリーズ

錦絵双花伝 」/虚と実とそして・・・ ←繋がってるけど異色
影法師夢幻 」/それは大いなるゆめまぼろし? ←微かに繋がってます

目次
 みたびはじまる
第一回 諫鼓鶏(かんこどり)告ぐは天下の一大事
第二回 秋空に舞いし扇は恋の花
第三回 煩うて恋する姫は雪兎
第四回 歌会は珍歌下歌(ばれうた)乱れ飛び
第五回 姫ならで妖魔に夜這う菊月夜
第六回 忠臣の血潮が守る命駒
第七回 道行の闇に揺れるは白き足袋
第八回 信長は二色の石を握り込み
第九回 大汗の家元負かす泣き黒子
 これにて幕間

「ゴールデンタイム-続・嫌われ松子の一生」/定点観測

 2007-07-17-23:48
山田 宗樹
ゴールデンタイム―続・嫌われ松子の一生

ある一人の哀しい女の転落していく様を描いた、「嫌われ松子の一生 」の続編。

常に他者に人生の評価を求めていた松子は、ひたすらに堕ちていった。

さて、「嫌われ松子の一生」の感想を書いたとき、私は「笙と彼女、松子と男達を対比させることで、これから如何様にも生きることが出来る、笙の可能性を残しているのではないかと思った」などと書いたのだけれど、まさに、これはその笙と彼女、明日香の物語。

彼女、といっても、「嫌われ松子の一生」において、医者になるために医学部に入りなおすことに決めた明日香は、既に笙との別れを決めていたわけで、今では二人の道は分かれ、元・彼、元・彼女という間柄。

明日香は佐賀で順調に医学生としての道を歩み、開業医の息子である新しい恋人や、友人に囲まれ、充実した日々を送っている。
一方の笙は、こちらは全く振るわず。就職活動に失敗し、ずるずると東京に住みながら、フリーターで食いつなぐ。

佐賀で暮らす明日香。東京で暮らす笙。既に交わることはないかと思われたが?

明日香は順調過ぎる日々の中、申し分のない人であるはずの恋人が、明日香の将来をどんどんと決めてしまうことに焦る。自分の将来は既に自分のものではないのか? 笙と別れ、医学生を志した時の決意はどこにいってしまったのか?

全く振るわなかった笙が出会ったのは、「演じる」人たち。笙はミックやユリとの出会いによって、「俳優」という夢を見るようになる。

二十四歳の二人、明日香は目の前に結婚という現実を見、笙は一度も舞台に立ったこともないのに、ロンドン公演の夢を見る。夢と現実の戦い。けれど、誰が他人の夢や他人の人生を、「くだらない」と決めつけることが出来るのだろう。

二人は恋人同士ではなくなったけれど、「松子」の一生をともに辿ったことで、得難い友となった。笙は明日香の、明日香は笙の、定点観測地点。自分がどこにいるのか、あの頃からどう変わったのか、二人は互いを見ることで、知ることが出来るのだろう。

これ、まだ続編もありそうな終わり方。羽ばたく明日香に比べて、笙は今までいま一つ飛びきれていなかったけれど、今度は笙が羽ばたく様もみたいなぁ。

「夢を与える」/嘘を紡いだその先には

 2007-07-14-23:11
夢を与える夢を与える
(2007/02/08)
綿矢 りさ

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「蹴りたい背中」にはあんまり感心しなかったのだけれど、こっちは良かったよ、綿矢りささん。同時に、あー、「綿矢りさ」も大人になっちゃったんだなぁ、とも思ったけれど。大人も大人、何だかそれはこの「夢を与える」の中で、主人公である夕子が呟く、「私の皮膚は他の女の子たちよりも早く老けるだろう」というような大人になり方で、勝手ながらちょっと心配してしまうくらい。ま、作品は作品、作家は作家で本来別々のものなのでしょうが。

芸能人、スポーツ選手などが、最近よく使うこの「夢を与える」や、希望を与えるという言葉。傲岸不遜とも思われる、この言葉の裏の彼らの生活は、一体どうなっているのか。他人に「夢を与え」続けるというのは、どういうことなのか。本書は、残酷で無残な青春小説とも読めるような気がする。

主人公は、夕子。その愛らしい容姿でもって、チャイルドモデルとして活動していた彼女は、大手チーズ会社との半永久的なCM契約により、日本全国に知られた存在となる。そのCMは「ゆーちゃん」の成長を映し続ける。「ゆーちゃん」とは誰なのか?、世間の関心が高まったところに、普通の少女としての「ゆーちゃん」の難関高校の合格。幼いころから知っている少女が、健やかに成長するさまを見た大衆は、夕子が「普通の少女」である事に好感を持ち、彼女は一気にブレイクを果たすのだが…。

主人公はこのアイドルとなる夕子であるけれど、実際には彼女の母も、この物語に濃密に絡みついてくる。日仏ハーフのどこか頼りなげなトーマを繋ぎ止めたのは、夕子の誕生であったのだけれど、無理矢理繋ぎ止めた関係はいつか破綻する。夕子にとってはいい父親のトーマであったけれど、彼はいつしか夕子や妻、幹子に隠れて、もう一つの「家」を持つようになっていた。夫、トーマへの満たされぬ思いを埋めるように、母、幹子は夕子の芸能活動を全力でサポートする。母子が邁進した芸能活動の果てに待ち受けていたものは、しかし…。

高校に入学する前、完全にブレイクを果たす前の夕子の生活は、時にCMに出たり、ギャルズクラブの妹分としてレポーター活動などもこなすものの、まだまだ至ってのどかなもの。母、幹子の実家にもほど近い、海、山、川と自然に恵まれた昭浜の家での一家三人の暮らし。同級生との他愛もない会話。恋とも呼べぬような淡い思い。

ところが、ブレイクを果たした後の夕子の生活は一変する。都内に借りた仮住まいのままのようなマンションでの母子の暮らし、高校へ辿り着いても、眠り続けてしまうような疲労、詰め込まれたスケジュール。薙ぎ倒す様にひたすらにスケジュールをこなす日々の中で、夕子は段々と倦んでいき、「一般人」に恐怖を覚える「芸能人」になっていく。けれど、どんなに忙しくても、使い捨てられるのは、こわい。

高校三年生となった夕子の勢いが失速するのは、大学受験のため。普通の理想の人生を歩んでこその、みんなの「ゆーちゃん」である、阿部夕子というもの。ところが、夕子は突然の静かな生活に耐えられなくなっていた。そして、夕子にとっては運命の恋に出会ってしまう。それは、普通の人間にとっては、ごく普通の恋愛で終わる可能性もあったのだけれど…。ここでも、母と同じように無理矢理繋げた関係が、ある衝撃的な事件を呼ぶ。

夢を与えるとは、他人の夢であり続けること。そして、その他人の夢を裏切るような生き方をしてはならない。初めての恋に、世間の人々を「裏切った」夕子の独白は、あまりにも早く大人になってしまった少女のもの。諦観に老成。そして、人はきっと、そういう少女をテレビで見たいとは思わない。明るく、頬紅を塗らなくても、ふっくらと輝いていた頬は、すでに痩せて萎んでしまった。夕子の今後はどうなるのか。普通の人々の信頼の手を手放して、文中にあるような赤黒い欲望の手と手を結ぶのか。

ずしんと重い小説です。高校生の頃の夕子が頑張れたのは、中学生の頃やその前の生活が充実していたからなのだよね。ところが、何の実もない高校生活が彼女の心を萎ませてしまった。人間は、自分の現在の少し前の遺産を食い潰して生きている。積み重ねなく、常に人に「夢を与え」続け、他人の夢であり続ける。それは、やっぱり、壊れていくものなのでしょう。

今、amazonを見たら、amazonではなぜか押し並べて低評価のようですが、私は濃密な良い小説だと思いました。でも、この絶望が深すぎて、綿矢りささんがずーっとこっち側に深度を深めていってしまうとしたら、次の作品を読むのが怖いな、とも思いました。蹴りたい背中」のディスコミュニケーション一本槍よりは(って、随分前にぱらぱらと読んだ印象のみだけど)、私はもっといろいろなテーマが盛り込まれた感がある「夢を与える」の方が好きなんだけれど、欲を言えばもう少し希望を感じさせる作品も読みたいな、とも思います。次作はどう来る? 綿矢りさ。

「影法師夢幻」/それは大いなるゆめまぼろし?

 2007-04-10-22:56
米村 圭伍
影法師夢幻 ?

目次
第一章 真田手毬歌
第二章 隠し砦
第三章 七代秀頼
第四章 仙台真田家
第五章 黒脛巾組
第六章 血風奥州路
第七章 忍術合戦
第八章 江戸城御黒書院


 花のようなる秀頼さまを、鬼のようなる真田が連れて、のきものいたり鹿児島へ

豊臣秀頼と淀君が大阪城にて自刃、大阪夏の陣の幕が閉じてから後、巷間にはこんな手毬歌が流行していた。真田幸村は秀頼を連れて鹿児島に落ち延びていた?

秀頼に馬糞を喰わせたことが縁となり、侍大将に取り立てられた、元は水呑み百姓の勇魚大五郎は、秀頼を追って兵庫湊へと急ぐ。秀頼のあのしみじみとした笑顔を再び見るために、秀頼を見送るために・・・。行く道で、真田の手の者、お才や佐助、淀君の守役だった老武者や、大阪方の落武者と知り合い、彼らを連れて大五郎は行く。

ところが、兵庫湊で彼らに追いついたのは、徳川配下の猛将、片倉小十郎だった。大阪方の武士たちの命運は尽きたかに思われたが・・・。

第二章では時代はぐっと下って、大阪城が落城したのはもう百七十年も昔のこと。何やら曰くありそうな、真田幸村の長男と同じ名を持つ浪人、真田大助が隠し砦を探すところから始まる。彼、真田大助が探しているのは、あの豊臣秀頼の末裔を奉る隠し砦であり、真田大助は彼の一族の悲願であった、隠し砦をようやく見つけるのであるが・・・。

この辺から、色々とややこしいのだけれど、七代・真田大助を名乗っていた彼は、実はあの馬糞を喰わせた、勇魚大五郎の末裔であると名乗り直し、本物の七代・真田大助であるところの老武士だの、隠し砦の奥深くに住まう七代・秀頼も出てきて、百七十年後の因縁が回りだす。

更に、勇魚大五郎は秀頼を江戸に向かうよう唆すのであるが、勇魚大五郎の意図は一体どこにあるのか? そして、その道中にも百七十年前の因縁が・・・。回る回るよ因縁は。七代目の誰それなど、子孫がわらわらと出てくるこの物語では、誰もが誰かの影法師のようでもある。

途中、「笠森お仙」が出て来たときに、おおっ、と思ったんだけど、期待違わず、あの熊野忍びお仙も、倉地政之助も終盤で登場します。『
錦絵双花伝 』や、『退屈姫君伝 』シリーズを読んだ人には、実に嬉しい展開。特に『錦絵双花伝』! もしかすると、あの大蜘蛛仙太郎の子種が根付くやもしれません。

終盤の、「秀頼」と家斉の差しでの会話も楽しい。

「予が家斉である」「予は秀頼である」

歴史上のifは色々ありまするが、たとえゆめまぼろしのような儚いものであろうとも、「そう思ったほうが楽しい」、「そう思ったほうが夢がある」、そういうことはそう思ってしまってもいいんじゃないかなぁ、という物語。

松平定信に対する家斉の言葉がなかなかいいのですよ。

「暮らしを豊かにすれば、すべての苦しみが救われるのか。予はそうは思わぬ。たとえ暮らしが貧しくとも、心豊かな暮らしであれば、金の価値が人の価値とばかりに金儲けに血道をあげる暮らしよりも、むしろ苦しみは少ないのではないか。経世済民とは、人倫を正しくし庶民が楽しく日々を送れるようにすることも含まれているのではないか」

滅び行くものに愛惜の念を、可能性には夢を・・・。錦絵双花伝』はちょっとダークだったけれど、これは明るく楽しく読む事が出来ます(真田の忍び、佐助が操る銅蓮花は、ちょっとむごいのだけれども)。米村さんの心豊かさ、ちゃめっ気が十分に生かされた物語。百七十年に及ぶ隠れんぼ。楽しいではないですか。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡下さい。

「震度0」/警察内部小説

 2007-04-07-03:31
横山 秀夫
震度0

阪神・淡路地区を、大震災が襲った1月17日の未明。神戸から遠く離れたN県警にもまた、異変が起こっていた。三千人の職員を抱えるN県警の筆頭課長、不破警務課長が消えたのだ。

時を同じくして目撃された、殺人犯・三沢は関係しているのか? また、不破課長の車が発見されたのは、彼の前任地である東部署の近くであった。不破の署長時代の県議選違反事件は彼の失踪に関係しているのか?

キャリア、準キャリア、ノンキャリア・・・。それぞれの立場のものたちが、それぞれの思いで動く。
恫喝、脅し、秘匿、おもねり、裏切り何でもあり。

最初のページに、《N県警主要幹部》《N県警幹部公舎》《N県警本部庁舎》の見取り図が載せられているのだけれど、これがまた重要になるほどに、公舎の中での妻たちの争いもなかなかに熾烈。近くに見えてしまうがために、彼女たちは夫たちの序列を公舎にも持ち込み、自らと他人とを常に比較する。横山さんお得意の、全ての基準は人事の優劣、警察内部での出世というような、強烈に警察の中に中にと、入り込んだ物語。表紙も如何にも警察だしね。

《N県警主要幹部》を書き写しておくと、こんな感じ。

・本部長・・・・・・・・・・・椎野勝巳。46歳。警視長。警察庁キャリア。
・警務部長・・・・・・・・冬木優一。35歳。警視正。警察庁キャリア。
・警備部長・・・・・・・・堀川公雄。51歳。警視正。警察庁準キャリア。
・刑事部長・・・・・・・・藤巻昭宣。58歳。警視正。地元ノンキャリア。
・生活安全部長・・・倉本忠。57歳。警視正。地元ノンキャリア。
・交通部長・・・・・・・・間宮民男。57歳。警視正。地元ノンキャリア。


例えば、交通部長よりも生活安全部長の方が位が上とか、警務部と刑事部の確執とか、ノンキャリアの退職後の地元でのポストとか、本庁から送り込まれるキャリアと地方の確執とか、興味がないと辛いかなぁ、と思うけれど、そこは横山さんの筆力があるので、私は面白く読むことが出来ました。や、ぶっ飛び警察小説「夜光曲 」を借りてきたので、それとのバランスをとるために、一緒に借りてきたというのもあるんですが・・・。

遠く阪神・淡路地区では被害の様子が段々と明らかになり、その被害の甚大さ、重大さがN県警にも情報として入ってくるようになるけれど、N県警の幹部たちの目はこの不破課長の失踪事件に向いたまま。しかも、それは不破という一人の人間がいなくなってしまったことではなく、県警の幹部の一人が消えた事による、自分の出世、立場への影響を鑑みての事。「揺れることはかなわん」。キャリアの椎野本部長の言葉が全てを表しているように、阪神・淡路地区の大震災を横目に、N県警の幹部達は震度0を望む・・・。

不破課長の失踪の真相は、京極氏の「姑獲鳥の夏」ですか!、とも思うんだけど、ま、あれほどトンでもではないですかね。

ラストは一筋の光明。途中からじわじわと味を出す、堀川警備部長。彼は県警の良心となり、N県警に「激震」をもたらすのだろうか。

最後に。阪神・淡路大震災をこういう形で小説に描くのは、賛否両論があると思います。確かに、N県警での「震度0」と対比するためだけに、この大震災を描いたのだとすれば、こういう形でなくとも良かったのでは、と思うけれど、救援に飛びたいけれどもなかなか現場に入る事の出来ない事情なども描かれ、そのあたり、真摯に書かれているのではないのかなぁ、と私は思いました。

「牡丹酒」/広めてみせましょ、土佐の酒

 2007-03-05-23:57
山本 一力
牡丹酒

江戸で請負仕事をこなす、四人の若者を描いた、「深川黄表紙掛取り帖 」の続篇。
短篇が連なっていくのが前作のスタイルだったけれど、今作で流れるのは一つの大きなお話。南国土佐の酒、「司牡丹」を江戸に広めるという、広目(広告宣伝)の請負仕事の話。

目次
ひねりもち
ながいきの、ます
酒盗
酒甫手
仏手柑
黄赤の珊瑚
油照り
六つ参り
痩せ我慢
土佐堀の返し
土佐の酒、江戸へ
大輪の牡丹
もみじ酒
終章


前作では広目の仕事もあれば、少々怪しげな仕事もありといった感じだったのが、本作では蔵秀らの背後にずらり控える、紀文(紀伊国屋文左衛門)や、幕府側用人、柳沢吉保などの実力者の力を得て、横槍が入る事もなく、メンバーが広目の仕事に専念します、という感じ。前作の因縁のある大田屋親子が、ちょろりと邪魔をしないでもないのだけれど、ま、彼らは如何にも小物だしね。その分、とんとん拍子に物事が進み過ぎて、前作に比べ少々呆気なくもあるのだけれど・・・。

蔵秀の父、山師の雄之助が、土佐は佐川村の酒蔵、黒鉄屋と知己を得、その美味さに驚いた事から、江戸でこの酒を広める事を考えた。となれば、蔵秀たちの出番である。「一筋縄ではいかない」この仕事、さぁて、どのようにして広めましょうか? 蔵秀たちは、広目の仕事のために、土佐まで赴く事になる。

本作の魅力の一つは、南国土佐の生き生きとした描写。土佐の方言、情に篤い人々・・・。佐川村の、ひな、金太母子と親交を結んだ、江戸では少々気難し屋であった宗佑。この三人はどうなるのかな。ま、そこまで書いてはやり過ぎだとは思うのだけれど、蔵秀に雅乃の二人は、前作にそして、さくら湯」という章があったけれど、今作では無事にさくら湯が飲めそうですよ。

「聖楽堂酔夢譚」/物書きと、その裏側と?

 2007-02-21-22:17
夢枕 獏
聖楽堂酔夢譚

本の雑誌社

目次
詠嘆調の序
『清楽ひとり語り』1~3
番外のこと
『清楽ひとり語り』4~5
『風太郎の絵』
『強盗の心理』(「強」は旧字体)
『螺旋教典』
詠嘆調の幕あとがき

夢枕獏は、神奈川は小田原で生まれ育った人なのだという。さて、その小田原には夢枕獏が足繁く通った(う?)、「聖楽堂」なる古書店があるのだという。その古書店を知るものは少なく、建物を外から見ればただの木造の民家にしか見えず、表には看板すらない。ガラス戸を引いて店に入ると、細長い店の両側の壁に、天井近くまで、ぎっしりと本が埋まっているのだという。

聖楽堂には新刊本と古本が一緒に棚に並び、外国の原書や雑誌、流通には全く乗らないような自筆本までもが揃っている。棚に並ぶか否かは、全て、店主の聖楽堂さんの判断によるもの。ここにある全ての本は、店主の聖楽堂が自分で読み、面白いと思った本ばかりなのだ(夢枕氏の本で置いてあるのは、「カエルの死」と「上弦の月を喰べる獅子」のみ)。

夢枕氏の物語の幾つかは、この聖楽堂で仕入れた本から、ネタを仕込んでいるとのこと。語られるは、「聖楽堂で仕入れた本」と若きまだ何者でもない日から現在に至るまでの、作家の日々。

”宇宙の根源力は螺旋である”『螺旋教典』には、何だかホラー漫画、『うずまき』を思い出した。

?
一応、凝った作りにはなっているのだけれど、惜しむらくは法螺を吹くには、どうも夢枕獏氏の人が良過ぎる事。本当のことに巧く嘘を散りばめると、大法螺が出来上がるけど、如何せん分離しちゃってんだよなぁ、これが。法螺を吹くのって、物語を創るのとは、また別の才能なんだな。夢枕獏氏は、とことんフィクションの方がいいみたい。エッセイ的な語り口調も、ちょっとキレの無い椎名誠のようでもあるし。

ラストは若干のネタばらしと、友人であるという中沢新一氏からの手紙が載せられている。

「上弦の月を喰べる獅子」はタイトルも惹かれるし、これは読んでみようかなぁ。
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「損料屋喜八郎始末控え」/江戸の男は仁義にゃ篤い

 2007-02-18-17:55
山本 一力
損料屋喜八郎始末控え

夏の蚊帳、冬場の炬燵から鍋、釜、布団までをも賃貸しするのが、「損料屋」の商い。つまり、所帯道具にも事欠く連中相手の小商いということで、年寄りの生業というのが通り相場。ところが、喜八郎は年の頃は二十八とまだ年若く、眼にも掠れ声にも力がある。

実は喜八郎は武士の出身であり、かつて一代限りの末席同心を務め、与力の秋山の祐筆まで務めた男。詰め腹を切らされる形で同心職を失ったけれど、そこを助けたのが札差を営む米屋の先代。喜八郎は米屋が仲町に調えた損料屋の主となった。

さて、生活に汲々とする御家人達に、米を担保に金を貸し出すのが札差の仕事。先代は、両替相場や米相場の動きにも明るかったけれど、二代目は胆力、器量共に、札差には不向きな男であった。先代・米屋のたった一つの喜八郎への願いは、店を畳む事になったら二代目を助けて欲しいという事。金では返しきれぬ恩を受けたと感じた喜八郎は、先代にいつか報いる事が出来るように、配下の者たちを育て、米屋の周りにそれとなく置く・・・。

目次
万両駕籠
騙り御前
いわし祝言
吹かずとも

物語は、この米屋の二代目が、にっちもさっちもいかずに店を畳む決心をする所から。しかし、先代に大恩を受けた喜八郎。そう簡単には米屋を潰させはしない。与力、秋山と協力し合って、巨利を貪り、贅を極める札差たちに一泡吹かせることに。

田沼バブルがはじけ、何かと悪評の「棄捐令」が出された前後のお話なんだけど、痛手を被った札差たちが、御家人達に金を貸さなくなった事で、江戸の町中が金詰りに陥ったり、この辺りは経済小説の趣きもあり。ただし、そこは時代小説なので、悪いやつらに一泡吹かせる、喜八郎や手下の活躍には胸がすく。また、山本さんの小説なので、悪いやつらも一面的に描かれるのではなく、意外な面も併せ持つというように、多面的に描かれるので飽きがこない。

そして、特筆すべきは、人々の義理堅さ。借りが出来たら、それをお金で返すのではなく、次の行動で返すんだよね(場合によっては、動くお金も何百両とか凄い単位になるので、商売人の胆力にも吃驚するんだけど)。私は「いわし祝言」が好きだったんだけれど、これもまた、その前の仕掛けで世話を掛けた、江戸屋に報いるためのもの。米屋のために作った仕掛けを、江戸屋のために使ってもいいのだろうかと、喜八郎は悩むのだけれど、配下のものたちも喜八郎がやろう!、というのを待っているのだ。大規模資本主義にはない考えかもしれないけど、見事な循環型社会だよなぁ、と思った。「いわし祝言」は身の丈、身の程を考えるものでもあり、この辺もお江戸はいいねえ。いわしで祝う結婚。ちょっと煙そうだけれど、みっしりと実質があるんじゃないかな。

「棄捐令」に深く関わった与力・秋山は、これで良かったのかと自問自答し、最初は棄捐令に喜んだ御家人達も、札差の根強い貸し渋りに合って、秋山に対して冷たく当たるようになる。辞職を決意するも、逃げるなと諌められる秋山もいい。己は己の仕事をきっちりやるしか、道はないものね。

山本さんの物語の一つの特徴として、互いに憎からず思う男女が、程よい大人の距離で出てくるんだけれど、今回は料理屋・江戸屋の女将、秀弥がそれに当たる。くっ付いちゃえばいいのにー、とも思うけれど、この距離が潤いになりつつも話の邪魔にならない感じなのかな。「目元がゆるむ」など、の描写も好き。

深川駕籠 」、「深川黄表紙掛取り帖 」は若干やんちゃ寄り、この「損料屋喜八郎始末控え」は、国の行く末に関わる仕事が絡んでくるだけに、抑制がきいた少々大人な感じですかね。amazonを見て驚いたけれど、これがデビュー作なんだそうです。凄い完成度!

 ← 文庫も

 ← おお、そして続編も!

「深川黄表紙掛取り帖」/よろず相談、承ります

 2007-01-24-23:02
山本 一力
深川黄表紙掛取り帖

深川駕籠 」以来の、山本一力さん。

時代物って色々あるけれど、作家さんによってそれこそ色々なカラーがある。山本さんが描き出す世界は、ゴツゴツとほとんど無骨とも言えるし、最近の時代物のように懇切丁寧な説明があるわけでもない。でも、ぶっきら棒な良さというか、すっぱりきっぱりとした潔さがある。更に言えば、山本さんが描き出す世界の特徴は、出てくる職人や肉体労働者がとても鮮やかで素敵だということ。体を使う事や、培った経験に対する無条件の尊敬があるように思うのだ。

さて、ここに四人の知恵者達がいる。暑気あたりの薬、定斎を夏場に売って歩く事から「定斎売り」として知られる蔵秀(表紙の一番右)。紅一点、尾張町の小間物問屋の一人娘、短髪に黄八丈の作務衣を纏った絵師の雅乃(表紙の一番左)。細工物を作らせたら天下一品、飾り行灯師の宗佑(表紙中央)。算盤勘定にも明るい、文師の辰次郎(表紙右上)。特に宣伝はしていないのだけれど、助けた商家からの評判によって、彼らの元には様々な相談事が持ち込まれる。ぱっと見には不可能だと思われることを、どうやって可能にするかが、彼らの腕の見せ所。で、この請け負い仕事を、蔵秀は黄表紙の帳面に書き付けるのだ。

目次
端午のとうふ
水晴れの渡し
夏負け大尽
あとの祭り
そして、さくら湯

「端午のとうふ」
毎年五十俵の大豆仕入れが、今年に限って五百になってしまった。豆問屋の丹後屋に頼まれたのは、抱えてしまった豆を上手く捌くこと。蔵秀たちは、首尾よく豆を捌くけれども、話はそれだけでは終わらなかった。
更なる問題を片付ける首尾が「端午のとうふ」。同業の穀物問屋と豆腐屋、紙屋や刷り屋を潤す、見事な仕掛け。

「水晴れの渡し」
雅乃が虚仮にされたと知っては、蔵秀たち三人は黙ってはいられない。芝の田舎者、大田屋精六・由之助親子は、尾張町進出への足がかりを狙っているようである。別口で請けた仕事に、この大田屋親子が関わっていたとあっては、これは逆に好都合? 猪之吉親分から仕入れた情報をもとに、ここはきっちりはめさせて頂きます。

「夏負け大尽」
此度持ち込まれたのは、蔵秀の父、名うての山師、雄之助を名指ししての、紀伊国屋文左衛門からの依頼。紀伊国屋の材木置場の檜と杉を、雄之助の目利きで買い取って欲しいというのだ。首尾よく事は運ぶけれども(そして、成り上がりの紀伊国屋に対する支払いの粋な事!)、紀伊国屋はなぜ虎の子の材木を手放したのか? なぜ小判での支払いに拘ったのか? 蔵秀の胸にわだかまりが残る・・・。

「あとの祭り」
再び、深川の堀をちょろちょろするのは、例の田舎者、芝の大田屋親子。大田屋が買った大川橋の舟株は、大川に永大橋が架かる故に、三年後には反故同然となる。鮫洲の実直な船大工、六之助を、大田屋の巻き添えにしないために、大田屋に知られる事なく、六之助に手を引かせる事は出来るのか? 
断りもなく仕掛けに組み入れられた紀文だけれど、流石は若くして財を成した人物。なかなかやるねえ。

「そして、さくら湯」
いつまでも残暑が引かない秋、紀文の隠れ家にやって来たのは、今を時めく側用人、柳沢吉保であった。互いに権力者に気に入られ、若くして成り上がった点で似ているこの二人は、時に本音を漏らす事も出来る仲である。市井の様子を紀文から聞いた吉保は、蔵秀たち四人に興味を持つ。

渡世人の猪之吉との間合いもいいし、蔵秀の母、おひで、蔵秀の父、雄之助も年輪を感じさせていい。雅乃が手早く作るあても美味しそう。いや、ご飯が美味しそうというのは、重要だよな。
神輿も粋、木場の川並たちも粋。

ところで、山師っていかさま師のことだと思ってたんだけど、「諸国の山林を目利きし、樹木の良し悪し判断に加え、伐採後の運び出しの段取りを見極めて値を決める」という凄い技を持った人たちのことを言うのですね。知らなかったなー。

【メモ】
◆定斎売り◆
「くすりの博物館」の該当ページにリンク
◆川並◆
東京新聞の記事 、「ミツカン水の文化センター」の該当ページにリンク
◆柳沢吉保(Wikipedia )?
 ← 続編もあるようで、これは読まねば

「犬はどこだ」/二十五歳、犬探し専門(希望)の私立探偵紺屋。最初の事件

 2007-01-11-23:12
犬はどこだ (ミステリ・フロンティア)犬はどこだ (ミステリ・フロンティア)
(2005/07/21)
米澤 穂信

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何とか持ちこたえようとしたものの、力及ばず、糸がぷつりと切れたように、退職した「私」こと紺屋。東京のアパートを引き払って地元に戻り、約半年間のほぼ引きこもり生活を終え、彼が起したのは犬専門の調査会社。<紺屋S&R(サーチ&レスキュー)>。

ところが、地元の友人、町役場に勤める大南が気を利かせたお陰で、図らずも町の老人たちの間に「探偵さん」として宣伝されてしまったよう。持ち込まれたのは若い女性の失踪事件に、神社に伝わる古文書の解読。さらには、探偵に憧れる、高校時代の後輩、ハンペーこと半田平吉までもが、雇ってくれと<紺屋S&R>に現れて・・・。犬を探すはずだったのに・・・。犬はどこだ??

失踪人、佐久良桐子の足跡を辿るのは紺屋、愛車ドゥカティM400を駆って、古文書の由来を調査するのは、ハンペー。彼らはそれぞれのやり方で、担当した事件に迫る。

理知的で自らを頼むところが強かった桐子は、なぜ失踪したのか? 浮かび上がって来た彼女の姿に、紺屋は心ならずも退職せざるを得なかった、自らの姿を重ねるようになる。ハンペーにはやる気がないと評され、身体は疲れやすく、また仕事としての興味しか持てなかった桐子の失踪について、紺屋は血の通った人間としての興味を持ち始める。

さて、桐子を追うのは、紺屋一人ではなかった。彼女をネット上で追い詰めた、ストーカーの姿が紺屋にもくっきりと見えるようになる。そして、その間、ハンペーは何をしていたかというと、図書館や地元の老人を訪ね、ちゃらんぽらんな見かけによらず、きっちりと古文書の由来に迫っていた。両方の進捗を読んでいる読者には直ぐに分かるけれど、彼ら二人は最後までそれぞれが追うものの関連に気付かない。

ハンペーが追う古文書によれば、中世、戦国の世の人々は、ただ略取されるだけの存在ではなかった。時と場合によっては武器を取り、傭兵を雇い入れる「自力次第」の世界。民衆が常に弱く、虐げられる存在であると誰が決めた? それはまた、紺屋が追う桐子についてもいえる事。
そして、実に鮮やかな反転

最後はちょっとビターな味わい(探偵は警察ではないので、こういう物語もたまにはあるけど)。

春期限定いちごタルト事件 」、「夏期限定トロピカルパフェ事件 」などのほのぼのミステリから、米澤さんに入ったので、このビターなラストはちょっと意外だったけど、概ね楽しく読みました。
私立探偵紺屋、「最初の」事件ってことは、続編も出ると期待してもいいのだよね。

ハンペーのキャラもいいし、妹夫婦が営む喫茶店、<D&G(ドリッパー&グリッパー)>、彼らのキャラもいい感じ。未だ顔の見えないチャット相手の友人、<GEN>(紺屋のHNは<白袴>!)についても、追々明かされたりするのかな。

「夏期限定トロピカルパフェ事件」/小市民を目指した僕らは・・・

 2007-01-07-22:05
米澤 穂信
夏期限定トロピカルパフェ事件

春期限定いちごタルト事件 」の続編。珍しくも新刊で買っちゃいました。

恋愛関係にも依存関係にもないが、互恵関係にある高校生、小鳩くんと小佐内さん。
小鳩くんは、小賢しい狐である自らを封印するため、小佐内さんは執念深い狼である自らを封印するために、互恵関係を結ぶのであるが・・・。

目次
序章  まるで綿菓子のよう
第一章 シャルロットだけは僕のもの
第二章 シェイク・ハーフ
第三章 激辛大盛
第四章 おいで、キャンディーをあげる
終章  スイート・メモリー

高校二年生になったこの夏、彼らの運命を左右するのは、<小佐内スイーツセレクション・夏>。

小鳩くんと小佐内さんが結んだ互恵関係は、本来は、学校など人目がある所をしのぐためのもの。
彼らが目指す「小市民的である」という事にしても、それは人との関係性に表れるものであるしね。
であるからして、夏休みなどの長期休暇中は、この関係は一旦お休みしても良いはずだったのであるが・・・。

小佐内さんは、なぜか小鳩くんを<小佐内スイーツセレクション・夏>と題した、彼らが住む町の甘味所巡りに引っ張り出す。小佐内さんは、一人ではお店に行けないなどという、可愛いタマでは有り得ない。小鳩くんは、小佐内さんの腹のうちを探りながら、このセレクションに付き合う事になったのだが・・・。小佐内さんの意図はさて如何に??

日常の謎に終始し、犯罪の要素はカケラもなかった、前回に対し、今回の謎は何だか不穏。小鳩くんの幼馴染、健吾が探る、薬物乱用グループに、誘拐事件。

そして、二年近く、順調に続いてきた、小鳩くんと小佐内さんの美しい互恵関係にもついにはひびが・・・。小佐内さんのついた「嘘」、最後に小佐内さんの頬を伝った涙。うーん、これらの謎については、次作「秋期限定マロングラッセ事件(仮)」に続くんだろうなぁ。平穏な日常の謎系が続きつつ、彼らの過去が少しずつ明かされるものと思っていたので、この展開はちょっと意外だったけど、次作が楽しみでもある(今回のこの展開には、小佐内さんの過去も、関係してはいるのだけれど、全てのカードが開かれている感じはないんだよな)。

そういえば、この間、ケーキを買ったときに、珍しくもシャルロットを選んでしまったのは、確実にこのシリーズの影響だったり。私が買ったシャルロットには、不意打ちをかましてくれるマーマレードのようなソースは入ってなかったけどさ。

 なんという旨さか!
 泡がさらりと溶けていくような軽やかな口当たりに、見え隠れする程度のほのかな甘味。スポンジ生地の内側は、クリームチーズ風味のババロアだった。そのチーズの味わいは自己主張が強くなく、その穏やかな味わいをしみじみと楽しんでいると、内側に隠されたマーマレードのようなソースが不意に味を引き締めてくれる。このシャルロットはホールを八つ切りにしたものと見たけれど、外見からそんなソースが隠れていることはわからなかった。どうやら一ピースに切り分けた後で、スポイトか何かでババロアの中にソースを注入したらしい。手のかかることをするけれど、確かにこれは嬉しい不意打ちだ。酸味と甘味がこれほどマッチしたものは初めて口にした。

甘いものをそれ程好まぬという小鳩くんを虜にしたという、<ジェフベック>のシャルロット、ああ、美味しそうーー!!・・・って、本筋にはそんなに関係ないけどね。

    リンク: 汎夢殿 (米澤さんの公式サイト)

*臙脂色の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡下さい。

「錦絵双花伝」/虚と実とそして・・・

 2006-12-28-00:11
米村 圭伍
錦絵双花伝

風流冷飯伝 」、「退屈姫君伝 」の米村さん、長編三作目がこの「錦絵双花伝」とのことだったので、借りてきたんですが、私はまたやってしまいましたよ。関連はしているものの、シリーズとしては退屈姫君伝とは違う時間軸で時間が流れているみたい。「退屈姫君伝」シリーズを読みたければ、そのまま素直に「退屈姫君 海を渡る」にいっちゃって良かったようデス。それはさておき、こちらの本の感想をば。

目次
序幕 薄墨
二幕目 笠森お仙
三幕目 柳屋お藤
四幕目 鈴木春信
五幕目 大田直次郎
六幕目 むささび五兵衛
七幕目 怪光
八幕目 変化
九幕目 飛翔
十幕目 熊野行
十一幕目 父娘
十二幕目 嫁入

「風流冷飯伝」、「退屈姫君伝」を読んで、この作家さんは沢山の知識を持っていながら、物語を語る上ではそれを贅沢にざばざばと捨てているんだなぁ、と思っていた。で、そういった知識をきっちり使ったらどうなるのかなぁ、と思っていたんだけど、私の印象で言えば、それがこちらの「錦絵双花伝」。それらの知識を殆ど余すことなく用い、実在の人物、出来事と虚の部分を非常に巧みに絡めたストーリー。ただし、その分、退屈姫君伝などで見られた、あっけらかんとした呑気な雰囲気は随分と陰を顰めている。

これは、お江戸美少女旋風の話であり、とりかへばや物語でもあるんだけど、物語の内容としては、いっそ陰惨とも言える。田沼意次による藩の取り潰しにしても、「退屈姫君伝」の中で描かれるそれは、めだか姫や風見藩の人々の呑気さによるものなのか、身体の危機に迫るものではない。悪人の血は流れるけれど、大半の良い人々は良い人々のまま。悪人を悪人として、ある意味紋切り型に描く「退屈姫君伝」よりも、悪人側の事情が描かれる事で、また遣り切れなさが募るのかも。ほとんど愚かともいえる何とも哀れな女や、因果が巡る様も描かれるしねえ。その辺を考えると、ちょっとしみじみ。

「退屈姫君伝」ではお馴染みの、くの一の真っくろ黒助のお仙。そういえばお仙の父、むささび五兵衛が営む茶屋は笠森にあったわけだけど、でもでも、それが鈴木晴信の美人画「笠森お仙」のモデルだなんてー。もう一つの「花」、つまり双花の片割れは、これまた美人画に描かれた、柳屋お藤なのであります。このお藤はそばかすを除けば、なぜかお仙にそっくりで・・・。取り潰しにあった藩の武家の娘であるお藤と、熊野の山奥で育ったくの一のお仙に果たして何の関係が?
というわけで、これは錦絵に咲いた双つの花、お仙とお藤の物語。

小さい頃を知っていた女の子が美人に育つのは嬉しいもので、その辺はちょっと嬉しく読んだんだけど、内容は結構ハード。実際に合った出来事を盛り込みつつ、終盤は伝奇小説的な要素まで絡んでくる。ある一点を除けば、納まるべきところに納まったんだろうけど、その一点のその後についても気になるなぁ。あ、倉知の旦那は珍しく頑張ってます。

好きか嫌いかで言えば、やっぱり「退屈姫君伝」シリーズの呑気な雰囲気が好きだけど、ま、たまにはこういうのもいいかな、と思った。そういえば、田沼時代を舞台にした時代物としては、この他にも、池波正太郎「剣客商売」、諸田玲子「お鳥見女房」なんかもあるわけで、この時代は小説にし易い時代であったのかなぁ。
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つな がる

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つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
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2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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