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「チェリー」/大切な、思い出

 2008-10-28-21:03
チェリーチェリー
(2007/09)
野中 ともそ

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「おどりば金魚」(感想)が好印象だった、野中ともそさん。そういえばそれっきりになっていたので、また一冊借り出してきました。

いいなー、これ、好きだ。

物語は、私は見たことがないのだけれど、映画「ハロルドとモード」のような少年と老婆(といっていいのかしら)のお話。まんまではなく、少年が長じて婚約者と思い出の地へと旅をしながら回想するという形になっていて、長じての「こいびと」に対するやわらかい愛情を感じさせながらも、既に失われた、かつての生き生きとした美しい情景が語られます。

「こいびと」にも語ることのない、語ることで草臥れてしまう、薄っぺらくなってしまうことを恐れる思い出。そんなの隠してるなんて、今後結婚するにあたりずるいわー、とも思うけど、この関係は確かに語られない方がいいのかなぁ。かつて全力で愛した女性がいた。その過去を大事にしつつも、また新しい女性と出会い、彼女を愛す。それだけでいいのかもしれませんね。

そういうモードになる前に、少年と老婆というキーワードで、私が思い出していたのは、カポーティの「草の竪琴」。なんとなく印象には残っているのだけれど、今では細部もだいぶおぼろ。そのうち、読み返してみたいなぁ。

さて、「チェリー」に戻りますと、両親の離婚により、アメリカから日本へと戻ってきた祥太。十二歳で帰国してから、周囲のキコクシジョへのからかいもあって、中学に上がる頃には学校ではほとんど口をきかなくなっていた。そんな夏休み、アメリカでかつて前妻と暮らしていた家を売るために、伯父が再びアメリカへと渡るという。誘われた祥太も、その夏をアメリカ北西部のさくらんぼの州で過ごすことになる。

叔父の前の奥さん、ベレニスの母親、モリーが住んでから、「売るには適さない」家になってしまったという、伯父の家。祥太は魔女退治だと張り切るのだが…。そこに現れたのは、家の中はとんでもなくはちゃめちゃだけれど、子供のように人見知りをし、子供のような話し方をし、子供のように行動する大人だった。祥太は魔法や妖精とともにあるかのような、モリーの生き方にだんだんと惹かれていく…。

ほとんどおとぎ話のようなエピソードが満載だけれど、モリーが作るお菓子のように甘い話ばかりではない。それでも、夏の、甘酸っぱい気持ちがいっぱい。町をあげてのイベント、チェリー・フェスティバルも圧巻です。

いくら野生動物が来てくれるかなーと思って♪、などとラブリーなことを言われても、実際屋根や壁に穴開けたい放題、床は砂でざらざらとくれば、とても面白ーい♪などとは言ってられないし、そんな年齢差の恋なんて、そんな綺麗なもんばっかりじゃないとも思うのです。でも、良かったんだよなぁ。

ひっそりとモビールを紡ぐように、行ってしまう人との関係性を考えていたモリー。勿論、そういう淡い繋がりもあるけれども、あの夏の一途なおもかげは消えることなく、力強くくっきりとしたひみつの暗号となったのです。ラストは、「西の魔女が死んだ」のようだよ
第一話 魔女たいじ
第二話 ミドリの館
第三話 砂丘
第四話 果樹園
第五話 祭りと海賊船
第六話 さくらんぼ小屋、本日開店
第七話 池に凍る牛
第八話 おわりのパイ
最終話 精霊
Harold & Maude (Aniv)Harold & Maude (Aniv)
(1997/04/01)
CordonCort

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「長野まゆみ―三日月少年の作り方」/長野まゆみさんムック本

 2008-07-29-22:51
長野まゆみ―三日月少年の作り方 (KAWADE夢ムック)長野まゆみ―三日月少年の作り方 (KAWADE夢ムック)
(2002/12)
不明

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一度もその作品を読んだことがないし、絵を描かれることも知らず、名前すらもあやふやだった長野まゆみさん。表紙の雰囲気につられて、図書館で借りてきちゃいました。

つらつら読んでみるに、いかにも思春期--!!(その分、ちと息苦しくもあるけれども)な感じなのに、なぜ全くスルーしちゃったのかしらん、という感じなんですが、刊行年を見ると、どうもギリギリ自分の思春期とずれちゃってたみたい。鉱物というアイテムや繊細で雰囲気のある絵など、たぶん、私の好みな感じなんだけどなぁ。少年で少女で、女性というものの息苦しさ、生き辛さ、少年というものの特別性が、書き下ろし新作からも、笙野頼子さんとの対談からも読み取れるんだけど、ただ、この辺はあまり突き詰めると気持ちが悪いというか、嫌な感触が残るというか…。自分だってそういう風に思うことはあるけれど、それって全く発展性のない話しでもあるし。実際にちゃんと小説を読んでみないとわからないけど、読んでみたら好きか嫌いかどっちかにきっぱり分かれるような気がします。

インタヴュー・アーカイヴもエッセイも、作品への言及がマニアック過ぎて、読んでない私にはさっぱりだったので、そこは全くスルーしちゃいました。全著作レヴューは、次は何を読もうか決めるのに役立ちました。

ひとつ収穫としては、次は裏表紙に載ってた「猫道楽」がいいかなー、と思ってたんだけど、全著作レヴューで私が思っていたような作品ではない、ということが分かったこと。猫がそっちのネコだなんて、普通思わないよーーー!!

というわけで、次に読むぞリスト。
・「少年アリス」
・「サマー・キャンプ」
・「玩具草子」
しっかし、長野まゆみさんの本ってば、全くスルーしてたのが信じられないくらいの、すっごい作品数ですね…。出会わない本って出会わないもんなんだな、とこれもまたちょっと不思議。

「猫鳴り」/その音の底から

 2008-02-12-23:57
沼田 まほかる
猫鳴り
双葉社

目次

第一部
第二部
第三部


不思議な名前が気になった、沼田まほかるさん、初読みです。このパターンで読んだのは、野中ともそさん(→「おどりば金魚 」)に引き続き二人目です。

もともと何で借りてくる気になったのか、ちょっと忘れちゃったんだけど、たぶん新聞書評かなんか?
何だろうなー、不思議な小説を読んだような気がします。

中編三篇を繋ぐのは、ある一匹の猫の存在なんだけど、その周囲にいる人間たちは、それぞれに孤独を抱えていて…。

第一部は、遅くに出来た子を、妊娠六か月目に亡くしてしまった、信枝と藤治夫妻の話。彼らの家の前に捨てられていたのが、後にこの三篇を繋ぐことになる、猫のモン。

第二部は、父子家庭で暮らす、男子中学生、行雄の話。学校をさぼってうろつく公園で出会うのが、今では巨大猫に成長した、例のモン。行雄と、信枝たち夫妻の元にモンを捨てた有山アヤメが同級生という、緩い繋がり。

第三部は、信枝が亡くなった後の藤治とモンの暮らしの話。

出てくる人間それぞれが孤独なのだけれど、語られない闇の部分があるというか、得体の知れなさがあるというか。特に、少女、有山アヤメの得体の知れなさには、もう少し彼女のことを知りたい気もするなぁ。

「猫鳴り」とは耳慣れぬ言葉だけれど、藤治はモンがグルグルと喉を鳴らす様子をそう呼んだ。それはモンが気持ちを解いていく時に聞こえる音だったのだが…。

三篇通じて、死の匂いが濃厚です。落ち込んでいる時に読むと、ちょっと危険かも。なんとなーく後を引く感じがあるのだけれど、この独特の読後感、自分の好き嫌いも含め、文章化が難しいです。


↑ この二冊も気になります。なんか、タイトルが印象的なのかも。

「おどりば金魚」/おどりばで、待つ

 2008-01-28-22:52
野中 ともそ
おどりば金魚

不思議な名前の作家さん、野中ともそさんの連作短編です。
初読みだったんだけど、いやー、いいな、この雰囲気。好きです。

あるアパートを舞台に、ゆるく繋がる人々の物語。といっても、そのアパートが特別だというわけでもなく、エレベーターもなく、かつメゾン・エルミタージュなんぞという小洒落た名前のつく、ごく普通のアパート。

語られるのもごく普通の人々の話、と言いたいところだけれど、実際には結構どこか外れた人たち。規格外? でも、「○○さんは~」と優しい口調で語られる、彼ら彼女らの話には、しょうがないなぁとか、いいなぁとか、ついぼんやりと頬を緩めてしまう感じなのです。

目次
草のたみ
ダストシュートに星
小鬼ちゃんのあした
イヌとアゲハ
タイルを割る
砂丘管理人
金魚のマント

■草のたみ

このアパートの家主の娘、依子さんの話。大学を出てこの方、働いたこともなく、日々を暮らしている依子さん。依子さんはある日、アパートの踊り場である女に出会う。踊り場に居たのは、二階に住む坂崎タミだった。彼女はそこで人を待っているのだという。部屋ではなく階段の踊り場で人を待つ、その微妙な距離感がいいのだという。外でもなく、中でもない場所。それが踊り場。

■ダストシュートに星
アパートの管理人、太田さんの話。
ここのところ、太田さんを悩ませていたのは、彼の聖域であるゴミ集積所に現れる、一階のクーポンばばあこと、竹ノ塚さん。つらつら考えるに、太田さんはクーポンばばあの遠慮のない物言いだけではなく、彼女の良く動く真っ赤な口唇が苦手なようで…。
太田さんは亡き妻と、失ってしまった息子を回想する。

■小鬼ちゃんのあした
日本に来て六年になるイラン人のジャハドさんは、ある日、おどりばで小鬼ちゃんに出会う。官能的でセクシーでありながら、無邪気で不思議な小鬼ちゃん。小鬼ちゃんは、ジャハドさんの部屋に上がり込み、いつしか二人の時は滞りなく過ぎていくようになる。小鬼ちゃんと暮らして変わったのは、食事に興味を持つようになったこと。ことに最近では、暦に沿った食の行事を二人で楽しんでいたのだが…。

■イヌとアゲハ
「草のたみ」に出てきたタミさんの娘、ふうちゃんのお話。ふうちゃんとママとキタザワくんで暮らしていたときの話。その頃、本当は家族があと一人増えるはずだった…。ふうちゃんに残されたのは、心の中で、その子、キヌアになりきる癖。

■タイルを割る
「草のたみ」に出てきた依子さんのお母さん、草代さんの話。結婚寸前の恋人とうまくいかなくなってしまった草代さんの空白に、ぐいぐいと入って来たのが、夫となった不動産会社の跡継ぎの恒造さんだった。押しの強い恒造さんは、タイル職人の娘であった草代さんの、まさに苦手なタイプだったのだけれど…。
長年連れ添っては来たけれど、病に倒れてはじめて、恒造さんは草代さんにとって近しい人となった。

■砂丘管理人
アパートの一室にひきこもっている、陸二さんのお話。姉から猫を預かった陸二さんは、子供の頃のことを思い出す。砂丘地帯で育った彼と姉は、ある日、砂丘で道に迷ってしまう。

■金魚のマント
「草のたみ」のタミさんの話。タミさんが待っていたのは誰だったか。とにかく、そこに現れたのは、中学校の同級生であり、管理人太田さんの息子、敬太郎ことケイティだった。

ごく普通のアパート、と書いたけれど、普通のアパートには、きっと小鬼ちゃんもいないし、砂地や小鬼ちゃんがいる場所に繋がっているダストシュートだってないでしょう。でも、どこかにこんなアパートがあって、外でもない中でもない、おどりばで誰かが待っていてくれたらいいな、と思うのです。

「宮沢賢治のお菓子な国」/心を満たしてくれるのは

 2007-12-16-21:08

中野 由貴, 出口 雄大

宮沢賢治のお菓子な国


宮沢賢治のレストラン 」のコンビが贈る、お菓子を切り口にした本なのです。

お菓子と言えば、生きていくために、必ずしも必要なものではない。けれど、それがあることで、幸せな気持ちになったり、一緒にお茶の時間を過ごすことで、素敵な時を持つことが出来たり。そんなちょっと余計な部分であるからこそ、より愛しいもの。

ちと長くなるけれど、「お菓子なごちそう」「巨きな菓子の塔」より引用します。

 「お菓子って何だろう」と考えると、童話集『注文の多い料理店』の序文を思い出す。

 ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでせうし、ただそれつきりのところもあるでせうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだが、わけのわからないところもあるでせうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。
 けれども、わたくしは、これらのちひさなものがたりの幾きれかが、おしまひ、あなたのすきとほつたほんたうのたべものになることを、どんなにねがふかわかりません。

 なくても大して困らないし、十分に生きていくことはできる。でも、それだけではきっとつまらないだろう、と気づかせてくれるもの。
 ほっとしたり、うれしくなったり、楽しくなったり、普段とちょっと違った気分や時間を味わわせてくれるもの。
 それがお菓子なのだ。きっと。賢治はそんなお菓子の効能をよく知る人だったのだと思う。
                 
                           (p14-15より引用)

そして、それはきっと物語も同じ。実用書や仕事に必要な書物だけでは、体を作る食べ物としては十分なのかもしれないけれど、それだけではちょっと心がカサカサしてしまう。そこを潤してくれるのが、こういった「お菓子」(勿論、この本の中に出てくるお菓子は、現実に存在するものばかりではない)であったり、想像力豊かな「物語」なのでしょう。ま、現実と同様、お菓子ばかり食べて生きていくことも、また同様に出来ないことだろうけれど、そういった楽しみも必要だよね。

本としては、お菓子を扱う分、ちと細切れになってしまう印象が強いので、「食べ物」を扱った「~レストラン」の方に分があるかなぁ、とも思うのだけれど、こういった切り口は大好きだし(そして、実に良く調べておられること!)、出口さんの水彩画も相変わらずの美しさ。まさにお菓子のように、ちびちびと少しずつ読む楽しみがある本でした。

目次
はじめに
○お菓子なごちそう*和洋菓子
○森のおもてなし*くだものなど
○野原の菓子屋のお気に入り*駄菓子など
○イギリス海岸のティパーティ*のみもの
○イーハトーヴ横丁*お店など
索引
イーハトーヴ<作品別>たべもの帖(宮沢賢治作品別たべもの索引)
参考文献
おわりに


*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

「幻想秘湯めぐり」/温泉の味わい

 2007-12-13-22:33

南條 竹則

幻想秘湯巡り
同朋舎

わー、南條さんだー、と特に確かめもせず、ネットでぽちっと図書館予約をしたのだけれど、実際手元に来てびっくりの表紙のおどろおどろしさ。ま、たしかに表紙に小さく「ホラージャパネスク」とあるのだけれど…。なんか、このノリの表紙と、本の大きさをどこかで見たことがあるなぁ、と思ったら、「日本怪奇幻想紀行」のシリーズが後ろのページに載っていました(以前読んだ、このシリーズの4巻、芸能・見世物録の感想はこちら )。

目次
まえがき
恐山―死者も入りぬという地獄湯に浸かる
台、花巻、鉛温泉―賢治を想いつつ温泉俳諧小説を作る
那須湯本温泉-妖狐を語り、火事の湯の話に震える
山代、山中、和倉温泉―鏡花に誘われて北陸へ旅立つ
修善寺温泉―死人の面に纏わる伝説の筥湯に入る
塩原温泉―とある温泉宿で、身も凍る怖い体験をする
畑毛温泉―過ぎし日を想い、温泉神秘小説の想を練る
温泉津温泉―角の生えた銅像と鄙びた温泉町に安らぐ


南條さんは、「恐怖の黄金時代 」なんて本も著わしておられるわけで、そういった方面にも造詣が深いわけですが、南條さん自身の本来の文章の味わいは、「酒仙 」や「猫城 」に見られるような、どこかすっとぼけたところにあると思うのです。

実際、この本の中でも、本当の恐怖体験は「塩原温泉」くらいのもの。あとは、淡淡とした味わいの不思議や、温泉に絡めた文学が語られる。

温泉というと、私の場合、上げ膳据え膳もまた楽しみだったするのだけれど、ここでいう温泉はもっと純粋な湯治的なもの。一人、ふらりと小体な宿に泊まる、こんな旅も楽しいかもなぁ(南條さんも一人でばっかり旅しているわけではないのだけれど)。

参考文献に挙げられている本、著者を見ても錚々たるメンバーです。私でも知っているところで言うと、幸田露伴、宮沢賢治、鶴屋南北、岡本綺堂、泉鏡花、尾崎紅葉などなど。これらが温泉文学とでもいうのかな、そういった視点で語り直されるわけです。ところで、貫一お宮の「金色夜叉」。これに、「続々金色夜叉」なんてものがあったことを初めて知りました。「金色夜叉」では舞台は熱海だけれど、「続々」では塩原が舞台となるのだって。ここでは、貫一は復讐鬼転じて救い主となり、なんだか「モンテ・クリスト伯」を思わせるのだとか。

なかなかね、その温泉地のことなら何でも知ってる屋台があるような温泉(ここでは、過去の話として、屋台を引く夫婦者の事が書かれていたけど、今でもこういう人達っているのかしら?)には行かないけれども、ノスタルジックな味わいというか、自分が知っている温泉とは、多少パラレルワールド的でもある、少々幻想的な温泉を楽しめる一冊でした。

「新本格魔法少女りすか」/きちきちきちきちきちきち…

 2007-07-25-21:34
西尾 維新
新本格魔法少女りすか
講談社NOVELS

西尾維新さんという人、ずっと気になっていたのです。そんなところ、古本屋でこの本を見つけたので、早速ゲット。

結論からいえば、そして、作中人物、『赤き時の魔女』りすかの口調を真似れば、
 この本をとっても面白く読んだのは、私だったの
面白かったよー。

目次
第一話 やさしい魔法は使えない。
第二話 影あるところに光あれ。
第三話 不幸中の災い。


『城門』の向こうは長崎、『魔法の王国』で育った水倉りすかは、その血液内にあらゆる魔法式を織り込まれている(&ある魔法陣も)。彼女が齢十歳にして、『赤き時の魔女』という称号と、乙種魔法技能免許を取得済みであるのは、そういうわけ。りすかの血は魔法式そのものであるからして、りすかは愛用のカッターナイフで自らを傷つけ、血を流す事により、魔法を発動出来るのだ。きちきちきちきちきちきち…。彼女の魔法の属性(パターン)は『水』であり、種類(カテゴリ)は『時間』。十歳の彼女はそんなわけで、時を前に進めることが出来る。つまり、余計な時間を「省略」出来るというわけ。

さて、りすかは『城門』を越えて、普通の人間が住む世界へやって来た。それは、自分の血液内に高度な魔法式を織り込んだ父、現在行方不明中である水倉神檎を追ってのこと。彼は偉大にして強大な力を持つ魔法使いであり、六百六十五個(半端なのは、一つをりすかにあげたから)の称号保持者でもある。普通の人間に『魔法』を教えることの好きな父親を追い、また、県外(ソト)の人間の「魔法使い」への目を考える内、りすかはいつか県外(ソト)の魔法使いを狩る側へと回っていた。魔法を裁く、『魔法狩り』のりすか。

そんなりすかを『駒』とするのは、りすかの同級生、供犠創貴(くぎきずたか)。ここではまだ明かされていないけれど、大いなる目的とやらのために、『魔法使い』使いを目指す彼。何やら尊大でもあるこのキズタカ。ある魔法使いを自分の手下にならないか?、と勧誘する時の彼の口調はこんな具合。

「魔法使いなんて言っても、奴ら全然魔法を使いこなせていやがらない―まるで、駄人間と同じだ。両者仲良し、駄人間(できそこない)と半魔族(できそこない)。だったら仕方ない、ぼくが使ってやるしかないだろう。ぼくが使ってやらなきゃ誰が使ってやるって言うんだい?」

とにもかくにも、りすかとキズタカの目的はある一面で一致した。りすかは父を探すため、キズタカは自分の『駒』を探すため。そんな彼らが出会う戦いとは?、の三本立て。

不幸中の災い」のみ、「戦い」というにはちょっと違うかなー。そして、俺様キズタカとりすかの関係に変化が現れる。

はっきりいって、キズタカのやっていることは、道徳的、道義的に見て、正しいことではないのだけれど、それでもやっぱり面白いです。それはこの先、キズタカがそのまんま俺様で尊大なままであったとしても、きっと変わらない。うまく言えないのだけれど、世間一般に正しいとされること以外をやる場合、そこには何らかの痛みを引き受ける覚悟がいる。キズタカの場合、その覚悟があるんじゃないかなー。りすかも可愛いよー。現在「3」まで出ているようだけれど、まだ完結してないんだよねえ。途中まで読んでも、欲求不満になるのかしらん。

今後のためのメモ。

・『城門』の向こう長崎には、かつて『核』が落とされた
・キズタカの父は、佐賀県警の幹部
・魔法使いは海を渡ることが出来ない
・りすかの従兄妹、水倉破記の称号は『迫害にして博愛の悪魔』、属性(パターン)は『水』、種類(カテゴリ)は『運命』
・『にゃるら!』の『ニャルラトテップ』ってナニ?

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

「この庭に―黒いミンクの話」/窪地の家で

 2007-06-28-22:04
この庭に―黒いミンクの話この庭に―黒いミンクの話
(2006/12/13)
梨木 香歩

商品詳細を見る
北国の窪地にある家に、引き篭もったある人物の視点で語られる物語。

物語の中でもしんしんと雪が降るのだけれど、この本にはまるでその雪のように静謐な絵が挿まれる。そのほとんどは無彩色の世界なのだけれど、時に効果的に赤い色がほんの少量用いられる。静かで、時にユーモラスな絵が、この物語には良く似合う。

読み進める内に、読者はその人物が若い女性であるらしき事を知り、ある生きにくさを抱えた彼女が、この北国の家に逃避してきたことを知る。それはまるで、春を拒絶する冬眠のよう。部屋に転がるのはさまざまな国籍の酒瓶であり、彼女はアルコールと、この家に偶々あった、オイル・サーディンだけで、この家に来てからの日々を過ごしていた。

そんな彼女の元に現れたのが、「黒いミンクを探している」という日本人形のような女の子。この窪地の家の庭にミンクがいるはずなのだ、と少女は言うのであるが…。そうして、いつしか野性味を残した、しなやかな黒いミンクがあらわれるようになる。そのミンクは、彼女の中のサーディンの群れを狙い、サーディンはミンクから逃げ惑う。

この野性味溢れるミンクを受け容れるか否か? 下品なほどの野性味を見せる、帰化動物であるミンク。新しい環境に適応してしぶとく生きるミンクに、彼女はふと自分の父を思い出す。そんな彼女のもとに、日本人形のような少女が再び訪れる。少女はこの事にも意味があるのだと説き、彼女は深い深い雪の中でただ眠り続ける。

5ページにわたる絵が載せられた後には、更に場面が転換する。そう、この彼女とは「からくりからくさ」「りかさん 」に出てきた、ミケルのことであり、たぶん、今までのことは、熱を出して寝込んでいたミケルの夢の話であり、ミケルの将来の姿でもある。ちょっと不思議で、ミケルに優しく説く少女は、きっとあの人形のりかさん

何かが起こるわけでもなく(頭のないサーディンが宙を舞ったり、頭を見つけたサーディンが、嬉しそうにその頭をてんでばらばらにつけたりはするけれども)、ドラスティックに何かが変化するわけでもないのだけれど、ほんの少しの流れによって、人の心が変わっていく梨木さんお得意のストーリー展開とでも言えましょうか。しんしんと降りこめる雪、現実離れしたサーディンの舞う様、鮮やかにその場を乱す黒いミンク、不思議なストーリーだけど、何だか心地良いのです。

「村田エフェンディ滞土録」/私と、私に連なる者たち

 2007-01-14-22:54
梨木 香歩
村田エフェンディ滞土録

目次
一 鸚鵡
二 驢馬
三 ヨークシャ・プディング
四 神々の墓場
五 アジの塩焼き
六 羅馬硝子(ローマガラス)
七 ニワトリ
八 雑踏の熊と壁の牡牛
九 醤油
十 馬
十一 狐
十二 雪の日
十三 山犬
十四 大市場(カパル・チャルシュ)
十五 まつろわぬ足の指
十六 博物館
十七 火の竜
十八 日本

「Disce gaudere」ディスケ・ガウデーレ(楽しむことを学べ
ムハンマドが通りで拾ってきた鸚鵡は、土耳古(トルコ)の下宿屋の食堂で叫ぶ。

さて、タイトルにあるエフェンディとは、学問を修めた人物に対する一種の敬称。よって、タイトルの村田エフェンディとは村田「先生」という程の意味で、家政を司る土耳古人のムハンマドは、下宿人のことを「エフェンディ」と呼ぶ。下宿人とは、質実剛健な独逸人の考古学者、オットー、発掘物の調査に当たる研究家であり、端正な美男で時に哲学者のようでもある、ビザンツの末裔だという、希臘人のディミトリス、それに日本人の留学生で、考古学を学ぶ村田。マルモラ海への眺望が素晴らしいというこの屋敷には、彼ら三人の学者と、英国人でこの下宿屋の主人であるディクソン夫人、土耳古人のムハンマドが住む。

信仰する神も違えば、民族も異なるこの人々と、日本人村田は友情を育んでいく。最後の村田の言葉を借りれば、「私は彼らに連なる者であり、彼らはまた、私に連なる者達であった。彼らは、全ての主義主張を越え、民族をも越え、なお、遙かに、かけがえのない友垣」となった。

また、「
家守綺譚 」ではないけれども、この屋敷にも様々なものが「出る」。払い下げられた遺物を建築資材とすることが珍しくもないこの街で、この屋敷もまた様々な神々の祭壇で出来ていたのだ。今はもう誰も拝まなくなった、名もない神たち。屋敷の壁には、そこで立つ事が習い性になっているビザンティンの衛兵がぼんやりと立ち、村田の部屋の壁には様々に形を変えるものや、牛の角がぼうっと浮かび上がり、波斯(ペルシア)から土耳古に入る途中、匪賊に襲われた木下から稲荷の札を貰って帰れば、ざわざわとざわめいた後に、これまで居た牛の角や羊の角などと三者がしんみりと語り合っているようでもある。

村田が日本に帰ることになった時に見た夢は、こんな夢。

巨大な牡牛と、キツネに山犬、アオサギに牡羊が、透明な炎を纏っているイモリのような小さな火の竜を真ん中にして、横になりくつろいでいた。それを横目で見ながら、私はアレキサンダー大王に向かい、気心が知れるまでの間なのだ、若しくは全く気心が知れぬと諦めるまでの間なのだ、殺戮には及ばぬのだ、亜細亜と希臘世界をつなげたいと思ったのだろうが、もう既に最初から繋がっているのだ、見ろ、と懸命に説いている。

個別には「連なる者」となった彼らであり、土耳古の未来のために、懸命に働くものたちもいるのだけれど、村田が土耳古を去った後、事態は悪いほうへと進んでいく。ラスト、ディクソン夫人の手紙が知らせる事実は、あまりに切なく、哀しい。

人間は過ちを繰り返すもの。そして、人の世は成熟し、退廃する。人はそれを繰り返していくだけなのだろうか。しかしながら、繰り返す事で学ぶ事もある。繰り返した事は、全く同じでは有り得ない。それはきっと新しい型。「人が繰り返さなくなったとき、それは全ての終焉です」。

歴史とは物に籠る気配や思いの集積でもある。村田たちの友情も、何かに籠り、国境を知らない大地のどこかに、密やかに眠るだろう。

そして、日本に住む村田の手元に戻ってきたのは、絶妙なタイミングで、絶妙な言葉を叫ぶ、あの鸚鵡・・・。友よ!」
ちなみに、この村田は、家守綺譚」で綿貫と時折手紙のやり取りをしていた、あの村田であり、日本へ急遽帰る事になった村田は、綿貫の家を下宿先とし、高堂とも出会います。

本当に好きな言葉が沢山ある本だったのだけれど、西洋の合理的、明晰な論理性を叩き切る、シモーヌの言葉も良かったです。

そういう世界、知らなくもないけど。あまりにも幼稚だわ。分かることだけきちんとお片付けしましょう、あとの膨大な闇はないことにしましょう、という、そういうことよ。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡下さい。

あまりに感銘を受けたので、思わず色々メモしてしまいました。
→「
村田エフェンディ滞土録」覚書
←文庫化もされています。

「家守綺譚」/文士、綿貫、家の守役となる

 2007-01-13-00:38
梨木 香歩
家守綺譚

その家の北側は山になっており、山の裾には湖から引いた疎水が走る。家の南側には田圃。
この田圃にも疎水から用水路が引かれており、その水路の途中が、この家の池になっている。

水や自然に囲まれたこの家の本来の持ち主は、綿貫の学生時代の友人、高堂。高堂は湖でボートを漕いでいる内に、行方不明になった。高堂の老父に頼まれた、私、綿貫征四郎はこの家の守をすることになる。売れない物書きの端くれである、綿貫にとっては願ってもない話。

目次
サルスベリ
都わすれ
ヒツジグサ
ダァリヤ
ドクダミ
カラスウリ
竹の花
白木蓮
木槿
ツリガネニンジン
南蛮ギセル
紅葉


ススキ
ホトトギス
野菊
ネズ
サザンカ
リュウノヒゲ
檸檬
南天
ふきのとう
セツブンソウ
貝母(ばいも)
山椒

葡萄
-------------
綿貫征四郎随筆「烏傷ォ苺記(やぶがらしのき)」

ところで、この家には色々なものが「出る」。水に恵まれた環境からか、最初にやって来たのは、逝ってしまったはずの高堂だった。それに触発されたわけではないのだろうが、庭のサルスベリは綿貫に懸想し、掛け軸の中にいたはずの鷺は池の河童を狙い、犬のゴローは河童と鷺の仲裁で名を馳せ、庭の白木蓮はタツノオトシゴを孕み、木槿が満開になれば、その助けを借りて聖母が出でる。松茸を狩りに山寺へ行けば、信心深い狸に出会い、疎水べりを歩けばカワウソの老人の釣り姿を見る。啓蟄には小鬼のふきのとう採りを手伝い、疎水の桜に見蕩れれば、桜鬼(はなおに)が暇乞いにやって来る。

語られるのは、様々な交わり。

合理的、科学的であることが幅を利かせる以前の時代。隣のおかみさんは、河童や鬼の話をしたり顔で聞き、明快に判断するが、土地の者でもない異国の学者が言う事などには否定的。

文明の進歩は、瞬時、と見まごうほど迅速に起きるが、実際我々の精神は深いところでそれに付いていっておらぬのではないか。鬼の子や鳶を見て安んずる心性は、未だ私の精神がその領域で遊んでいる証拠であろう。鬼の子や鳶を見て不安になったとき、漸く私の精神も時代の進歩と齟齬を起こさないでいられるようになるのかもしれぬ。

とはいえ、これらの鬼の子や鳶との交わりのなんとも豊穣な事。交わるものが人であろうと、そうでなかろうと、恬淡としつつも、綿貫の交わりには貴賎はない。

例えばそれは、信心深い狸と出会い、背中をさすり、お経を称え続けた時の話。信心深い狸は、畜生の身でありながら、成仏出来ない行き倒れの魂魄を背負ってしまうのだという。綿貫を騙して背中をさすらせた格好となった狸は、お礼として松茸を籠に一杯置いてゆく。回復したばかりの身で、律儀に松茸を集めてきた狸を思い、綿貫は胸を突かれる。何をそんなことを気にせずともいいのだ。何度でもさすってやる、何度でも称えてやる。

無駄を愛し、花や木を愛でる。そして、それらとの交わりを持つことで、人間だけではない、もっともっと豊穣な世界が立ち現れるのかも。行動半径も狭い綿貫の世界は、現代のどこへでも行ける私の世界などより、もっとずっと広がっているように思える。

また、のんびりしているようで、綿貫の生き方は真摯。それは高堂たちの世界である、あちらの世界に行った時の会話にも。何者にも煩わされない美しいだけの世界は、「私の精神を養わない」。

何者をも否定しないけれど、自分というものを持つ綿貫。
日常の不思議を扱った小品集のようでありながら、その背後には骨太の時が流れている。
【メモ】
疎水ってナニ?、と思って調べたら、こちらのサイトを見つけました。

 
疎水百選  (音が出ます、注意!)

水のせせらぎが心地よいこのサイトによると、『疏水』とは、水田の国、日本の水路造りや水路網をあらわしてるとのことです。

*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡下さい。
「みすじゃん。」のおんもらきさんの記事にリンク

「寿宴」/宴は続くよどこまでも

 2006-11-09-22:54
南條 竹則
寿宴

野を越え、山を越え、そう、そして谷さえも越えて!!!

目次
寿宴
秦檜
点心厨師

「寿宴」は、南蝶氏(時に、でふ氏)のお仲間たちの宴の算段や、その様子を描いたもの。多分、この作品の前に「満漢全席―中華料理小説」があるんだけど、南蝶氏や仲間達の宴は、中国杭州でのただ一度の満漢全席では終わらなかった!

メインは、でふ氏の恩師、甘木先生の喜寿のお祝いでもある、寿宴のお話かなぁ。昼も夜も、前菜を含めて七つのコース! コースごとに料理が三品に、さまざまな余興付き。

何せ、前回の「満漢全席」は日本ファンタジーノベルの賞金で行われたものだったけれど、今回はそういった当ても少なく、バブルも弾け、宴の実現には若干苦労されている模様。でも、宴には主がいなければならず、みんなで平等にお金を出す民主主義の宴会なんて、宴会とは言えないのだそうな。そうか、宴会の主はまさに主なわけね。途中、寝ぐらである原宿の家を父上に売られそうになったり、これはほとんど「猫城」 の世界。自分の身に起こった事を、このすっとぼけた筆致で、さらに空想の世界に遊ばせてしまわれるのかしら。

「秦檜」
「中華文人食物語」 の憎い敵を食べる話から採られたような話。甘木先生が主人公。

「点心厨師」
榊が出会った不思議な屋台の話。

ご馳走の数々にしても、何せ中国四千年の歴史ある料理なわけで、気合が入り過ぎていて(?)あまり羨ましくはないのだけれど(駱駝の足とか! 流石の面々も辟易するような臭いがあるんだそうな)、この御一行の様子は本当に楽しそう。うー、どこかから、こっそり覗き見てみたいよな、この御一行。

「土の中の子供」/一筋の光

 2006-06-05-22:20
中村 文則
土の中の子供

人間の中には深く暗い闇があるけれど、同様にそこには細くとも一筋の光明がある。舞城氏であれば、こういったお話を、陽性で暴力的な描写で描くのだろうけれど、こちらはひたすら静か。ほとんど陰鬱といってもいい。でも、どちらも非常に強い「文圧」で描かれていると思う(「文圧」って舞城氏の帯によく書いてあるんだ)。

目次
土の中の子供
蜘蛛の声

そうはいっても、「蜘蛛の声」にはあまり光を感じることは出来なかった。というわけで、「土の中の子供」について。「蜘蛛の声」よりも「土の中の子供」の方が後の作とのことで、その辺の違いもあるのかな。

主人公である「私」は幼少時に、遠い親戚の家でひどい虐待を受けて育った。その後、施設に引き取られ、自活するようになって尚、彼は自ら堕ちていくようである。わざわざ暴走族に吸殻をぶつけてみたり、意味もなく仕事を休んでみたり。

「私」の家にふらふらと棲み付いた、白湯子もまた、自ら堕ちていくような女。

彼ら二人ともが、ダメになること、「人間の最低ライン」を知る事を望むようである。

ひどすぎる虐待が「私」に「リアル」を与えたため、彼は常に危うい所からリアルに近づこうとしてしまうのだ。

何か、他にあるのではないだろうか。無事でいられたことを全身で喜ぶような、私の全てが震えて止まらないような瞬間が、あのような暴力とつりあうような、喜びが、この世界にはあるのではないだろうか。

恐怖を克服するために、自ら恐怖を作り出してしまうような「私」。恐怖の中からしか、「全てが震えて止まらないような瞬間」を見出せない「私」が、自分と周囲との関わり、白湯子との関わりの中で少しずつ変わっていく・・・。

「私」は過去、埋められた「土の中から」生まれ出でた瞬間を思い出す。

「僕は、土の中から生まれたんですよ」
「だから親はいません。今の僕には、もう、関係ないんです」

「私」は一筋の光を胸に、白湯子と共に生きて行くことを決意する。今は二人で一人前のようであるけれど、こんな風に自虐的になってしまった人間が、人のために生きようと思えるのも凄い事。彼らはきっと、この後、自分の人生を生きる事が出来るようになるはずだ。

「あとがき」も良かったです。引用します。

僕は小説というものに、随分と救われてきた。世界の成り立ちや人間を深く掘り下げようとし、突き詰めて開示するような物語、そういったものに出会っていなければ、僕の人生は違ったものになっていたと思う。

私もまた、物語には随分救われてきたと思う。
勿論、中村氏とは違って、読む方専門だけれどね。

*臙脂色の文字の部分は引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

「恐怖の黄金時代」/怖い話は好きですか?

 2006-04-13-22:21
私は、「アーサー・キラ・クーチ」(本書では「その他」扱いの、通称「Q」。この本 とかこの本 とか。しかし、「Q」などと言われると、スタートレック?とも思う)と、著者の南條さんに惹かれて、この本を借りてきたのだけれど、これが面白かった! とら さんのところで、お馴染みのダンセイニ卿、ラヴクラフトについても、何だか分かったような気になりました。

南條 竹則
恐怖の黄金時代―英国怪奇小説の巨匠たち
集英社新書


目次
はじめに
第一章・・・四大の使徒    
      -アルジャノン・ブラックウッド
第二章・・・セント・ジョンズ・ウッドの市隠
      -アーサー・マッケン
第三章・・・師匠と弟子    
      -ダンセイニ卿とラブクラフトについて
第四章・・・ケンブリッジの幽霊黄金時代
     -M・R・ジェイムズその他
第五章・・・霊魂の交わるとき
     -メイ・シンクレア
第六章・・・レドンダ島の王たち
     -M・P・シールとジョン・ゴーズワース
第七章・・・魔の家を見し人は
     -H・R・ウェイクフィールド
「枠の中の顔」 付録-M・R・ジェイムズ最後の怪談
あとがき
参考文献一覧

第一章からはブラックウッドについて。ブラックウッドの身上は「大きさ」であり、いまだ大地の始原の力が息づいている土地によって、霊感を吹き込まれた彼の小説は、「自然」が彼を憑坐として、大いなる声で語っているとも言える。

第三章からは、ラヴクラフトについて。神話を、宇宙そのものを創りあげたダンセイニに心酔し、同じく古典や過去の神々を借りる事をせず、幻想境に遊んだラヴクラフトであったが、聡明な彼は他人の亜流たる事を良しとしなかった。ラヴクラフトは「小さき神々」の別天地に遊ぶ事をやめ、その代りに現実の、彼の時代の地球上に、禍々しき暗黒神の一群を連れてくる。クトゥルー、ダゴン、ヨグ・ソトホート、ニャルラトホテプ、”旧支配者”、これら「異界の神々」は、孤独な詩人が人間に追われた神々の復讐をするために召喚した「別の神々」に他ならない。

うーん、読みたくなってきたぞ~。

「怪奇小説」とはただ怖~い物語をいうのではない。それは古めかしくも、香気溢れる物語。人は「怪奇」の向こうに、自然の神秘や、その力に対する畏怖、日常世界の危うさを見るのかもしれない。とすると、美しい自然を持つ、英国や日本で香り高い怪奇の書が生まれたのも、何だか分かる話。

で、「あとがき」を読んで、またまた南條さんってすごいなぁ、と思ったことをついでにメモ。

中学三年の文化祭の時のこと-文芸部の部屋に行ったら、客は誰もおらず、部長である友人が一人で吉川幸次郎全集を読んでいた。この友人は中学時代から漢文学の研究を志し、今はさる大学で教鞭を執っている。漢文などそれこそチンプンカンプンのわたしに、閑なので、阮籍の詠懐詩についてひとしきりレクチャーしてくれた。
わたしはそのおかえしに怪奇小説の話をすることにした。急遽特別講演を行うということで、その部屋に人を集め、一時間くらいしゃべったのである。七、八人は聞き手がいたと思う。話した内容は忘れてしまったが、ただ「ラヴクラフト!ラヴクラフト!」と連呼したのだけは記憶に残っている。

なんだか豊かな中学生活。

さて、ついでに過去記事のサルベージ

・南條竹則 「ドリトル先生の英国 」?
・南條竹則 「中華文人食物語
 一方では英国に関する本があり、またその一方では中国の食に関する本もある(で、上では「漢文などチンプンカンプン」と書かれておりまするが、これを読むと決してそんな事はないことが分かる。というか、それは中学時代限定の話?)。?

・南條竹則 「酒仙 」?
・南條竹則 「猫城
 「猫城」なんかは、本書にもちらりと登場する、萩原朔太郎の「猫町」的でもあり、これもまた一種の怪奇小説?

・小田卓爾 「ふり返らない少女-英国21人の幽霊たち
 「黄金の~」では、ケンブリッジの教授による怪奇譚が語られるけれど、こちらはオックスフォードの日本人留学生が出会う幽霊の話。

*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

「酒仙」/酒星降臨!

 2006-01-11-09:23
南條 竹則「酒仙 ?

calix meus inebrians quam praeclarus
(かりくす めうす いねぶりあんす くあむ ぷらえくらあるす)

いきなり佳境から引いてしまいますが、これはラテン語。最初の部分は比較的時がゆったりと流れるので、退屈される方もいらっしゃるかもしれないけれど、ラストの佳境の部分はほんとに燃えます。この言葉は、一体ナニ?と思われた方(特に酒飲みの方)は、是非読んでみてくださいなー。

さて、本の筋に戻って、最初から。主人公暮葉左近は、御開府以来江戸に住み暮らし、巨万の富を築いた旧家に生まれたのだが、現当主、左近から数えて七代前、暮葉家に突如として異変が起こる。すなわち、代々下戸でしまりのよい人間ばかりだった所に、中年に至って升酒の味を覚え、生涯大酔した当主が現れたのだ。以来、一族は代を重ねるごとに酒量が増え、身すぎ世すぎの才覚と情熱は、それに反比例してすぼまっていく・・・。そして左近に至って、とうとう暮葉家の経営は立ち行かなくなってしまった。奉公人には一人残らず暇を出し、屋敷も明日には債鬼に明け渡さねばならぬ。

どうにもならなくなった左近は、ぬる燗をした濃い飴色の紹興酒、特級品の状元紅の中で、今にも酔蟹となって死なんとす!そこに現れたるは、蓬莱八仙の一人である鉄拐李。左近の額にあるしるしを認めた鉄拐仙人は、左近を抱えて、仙界へと舞い戻る。左近の額にあらわれたるは、実は「酒星のしるし」であった。千年に一度、その身に酒星をおびた人間が生まれるのは、仙人たれば誰もが知っていること。酒星とは千年紀が生命と活力の盛りをすぎて、天地に滅びの影がさす時、世界を救う人間として選ばれる救世主のしるし。

虫の息であった左近は、南総里見城跡、苔むした石塔の後ろ、秘密の岩窟の奥深くに潜む、秘教・金樽教の神殿にて、聖徳利の秘蹟を受け、息を吹き返す。聖徳利の秘蹟によって蘇った左近は、「徳利真人」となる。ちなみに、抱樽大仙によると、二千年ばかり前に、ゴルゴダの丘で尺解を果たした小僧もいた、とのこと。 救世主(メシヤ)となった左近は、膳部のどぶ六を御付として、酒徳を積むことになる・・・。といっても、飲んで飲んで飲みまくってるだけという気もしますが。浅草の飲み屋においてはニライカナイの酒を飲み、小岩の中華では竹葉青酒を飲み、しかもそれぞれの場所は、龍宮と崑崙山に繋がっていて、勿論そこでも酒を飲み・・・。つまみもまた美味しそうなんだ。

救世主たる左近、楽しんでばかりはいられない。左近は、崑崙山で出会った酔悟大法師(ひょうたん老人)に聖徳利が盗まれたことを知らされ、「聖酒変化」のレクチュアを受ける。聖徳利を盗んだのは、三島酒造の三島という男。地獄の眷族に加わった、三島が造る酒は魔酒。三島に、「聖酒変化」に必要な聖杯までもが奪われてはならない!

ようやく救世主らしくなってきた左近、三島と渡り合い、聖杯があるという山梨は勝沼、くれない谷へと乗り込んだ。時はまさに百年に一度の酒星降臨。いざ、聖酒変化の儀をつとめようぞ!

千年に一度の聖酒変化の儀。聖徳利と聖杯、二つの神器が二人の持主の手に分かれた今回の仕儀は、左近と三島、二人が秘祭を行うという極めて異例のものとなる。酒星に詩をうたい、言霊の力を借りて、酔心を捧げるのだ。さあ、勝つのはどっち?三島は李白の漢詩、左近は「ルバイヤート」の助けを借りる。詩が酒星を喜ばせれば、聖徳利から美酒がとくとくと流れ出る。

クライマックスは勿論、聖酒変化。酒仙も下戸も、魔酒の輩もなく、果てしない祝宴が始まる。男も女も、老いも若きもさては酔いしれるばかり。この夜、生きとし生ける者はみな、いいがたき恍惚を味わい、<アラヤ識>は無限の孤独の中で、かぐわしき夢を見る。

お酒を飲んだら、酔わなくちゃいかんぞ―酔わんような酒を飲むんじゃないぞ―

美酒に酔い痴れるような物語。個人的にいいな、と思ったのは、くれない谷の美少女当主、「くれないぶどう」のキャラや、ラスト勝ち負けがついた所で、誰もが楽しめるところ。敵であっても、いつまでも敵ではないところかなぁ。読む前から注意されていたことですが、お酒が飲みたくなります。笑(つまみもまた、いいんだ~)

 ← 文庫でも出ているようです

*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。
+++++++++++++++++++メモ+++++++++++++++++
◆ 紹興酒、状元紅については、『
中国まるごと百科事典 』さんの、
                          中国酒→黄酒に詳しいです
アラヤ識 (阿頼耶識)(Wikipediaにリンク)
◆「
ルバイヤート 」(Wikipedia にリンク)
◆作者、オマル・カイヤーム(リンクではウマル・ハイヤーム)
  に関しては
こちら (同様にWikipediaにリンク)

「猫城」/どこかにあるかも? 猫の世界

 2005-12-15-09:16
オンライン書店ビーケーワン:猫城
「猫城」
南條 竹則著
東京書籍

無宿人となった詩人である「我輩」は、K大学での講演を切っ掛けに、九州の泉都である、とある温泉地に流れ着く。そこで「我輩」は、隻眼の大きな虎猫(「政宗」と名付けた)に出会う。政宗は、町のそこここに貼ってある、お霊符(「此処に犬猫を捨てるな その家に禍が起こります」&呪いの字を書き付けた霊符)を剥がそうと試みており、彼に助力を請われた「我輩」は、お霊符を引っぺがしてやった。

政宗達に品定めをされた「我輩」は、どうやらそれに合格したらしい。講演料も底を尽きた「我輩」は、彼ら猫の導きにより、神乃輪の「くじら荘」に宿を移す。後からやって来た老人(”猫ひげ”とでも呼んでくれ)には、毎晩美味い料理を振舞ってもらえることになる。

さてさて、うまい話には、通常の場合、裏がある。彼ら猫族の望みとは一体何か?それは猫文字で書かれた巻物「万猫譜」(猫神からはじまって、かくれもない猫族の系譜が綴ってある)に、「神乃輪の猫の歴史」の続きを書けということ!
「我輩」は勿論人間だから、「猫文字」を簡単に解するわけではなく、「猫文字」を理解するまでの努力もまた、涙ぐましい。

更に「万猫譜」とは、実は天のお役人にご婚礼の儀を願い出るための書類であった。天官様に楽しんで頂く、口語体の部分が終わったら、次は駢儷文”ニャンスクリット”で上奏文を書かねばならない。お輿入れまでの時間が迫る。鍋島の猫姫様の嫁入りには、果たして間に合うのか?

またこの輿入れにより、神乃輪の猫達が強力な後ろ盾を得て、猫城が建つことを快く思わない、葱坊主のようなバケモノ<アラダマ>の妨害から逃れ、無事神乃輪の猫達の願いは叶うのか?

最後は「我輩」という一人称は、これのためだったのか、という終わり方。
ま、それは大方予想がつくかものかもしれませんが。

話は荒唐無稽だけれど、温泉の描写、”猫ひげ”の作る料理、美麗な駢儷体”ニャンスクリット”、「万猫譜」に記された猫の話などが、独特のリズムある文体で語られ、面白かった。 南伸坊氏による装丁の、すっとぼけた風のある、「猫殿様」の絵も楽しい。

しかし、これ、「
ドリトル先生の英国 」を書いた人とはとても思えないし、更にこの著者は、tujigiriさんが紹介されているような、こんな小説(tujigiriさんの記事はこちら→「酒仙」南條竹則 / 芳醇なる教養ファンタジー )も書かれている方なんですよね。

巻末の著者経歴から抜書きすると、1993年『酒仙』で第五回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。賞金で中国浙江省にて宮廷料理「満漢全席」の大宴を開き『満漢全席』を著す」そうであります。満漢全席なんて、漫画でしか見たことないよ・・・。tujigiriさんの『酒仙』の記事を読んだ時も、只者ではないな、と思ったのですが、やはりすごい人のよう。お酒にも食べ物にも温泉地にも造詣が深く、且つ「西洋史学科卒業、同大学院英語英文学修士課程終了」ってすごいよね。『酒仙』も読んでみるべきかな。

 
南條 竹則
猫城

*臙脂色の文字の部分は引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

「失踪症候群」/必殺仕事人?!

 2005-11-22-10:40
貫井徳郎「失踪症候群」双葉社

貫井徳郎氏、初読みです。でも、実はこの作品はいまいちでありました。
もっと面白いものを、もしご存知でしたら、是非教えてください。

警視庁内のスタッフ部門にあたる警務部人事二課には、環敬吾という妙な人物が居た。私生活を全く見せず、与えられる仕事量も少ないのに、席を立つ回数や、掛かってくる電話の回数がやたらに多い環。
というわけで、冒頭は、この環という人物に疑問を持った、人事二課のスタッフ、安藤京子の視点から始まる。彼は一体何者なのか?

実は環は、現代における必殺仕事人のような役割を果たしていた。警察本体を動かせない時に、闇で事件をするっと解決するわけ。彼はチームを率いるリーダーで、メンバーは次の三名。普段は肉体労働のバイトで稼ぐ、体力自慢の倉持真栄、この作品ではその素性、普段の行いが、まだ謎に包まれている托鉢僧の武藤、警察を辞め探偵業を営む原田柾一郎。

今回の仕事は、失踪した若者を探せというもの。だから、タイトルは「失踪症候群」。次々と失踪した、彼らの共通点の一つ目は年齢、二つ目は親許を離れて一人暮らしをしている点、三つ目はそれほど高い学歴を持っているわけではない点、四つ目は何らかの形で人生相談を受けているという点。
取り立てて美男美女はおらず、あくまでも平凡な若者たち。また、自動車免許を持っていない者も何名か。

彼らはなぜ失踪したのか?
なぜ同年代で、いまひとつ特徴のない彼らの失踪が続くのか?

そこそこには面白かったのだけれど、せっかくの「必殺仕事人」メンバーのキャラが、いまいち立っていない様に思われた。若者たちの失踪の理由も、かなり安易であったりする。絡んでくる不動産業者、ちょっとイカれたミュージシャンたちの設定も、それ程意外性があるわけでもない。「仕事人」メンバーの一人である、原田柾一郎とその娘の関係も、途中クローズアップされるのだけれど、何というか予定調和的。色々な要素を、詰め込み過ぎのようにも思う。後で調べたらこれはシリーズ物の第一作であるようなので、チームのメンバーの「顔見世」的要素が、強いせいもあるのかもしれないけれど。

でも、こういうことが可能であるならば、本当にやってしまいたいと思う若者も、結構多かったりもするのだろうか。現実の闇の方が、怖いのかもしれないなぁ(といっても、これ、10年前の作であるようですが)。


貫井 徳郎
失踪症候群  ← 私が読んだのはこちら
 ← 既に文庫化されているようです
貫井 徳郎
失踪症候群  

「花散る頃の殺人」/刑事・音道貴子

 2005-10-21-08:45
?「凍える牙」でお馴染みの、刑事・音道貴子を主人公とした短編集。

目次
あなたの匂い
冬の軋み
花散る頃の殺人
長夜
茶碗酒
雛の夜
★特別巻末付録★滝沢刑事・乃南アサ 架空対談

「あなたの匂い」では、貴子の近くにストーカーの影が。怖い~。ラストには、相変わらずの、「凍える牙」の皇帝ペンギン、滝沢刑事が登場。

「花散る頃の殺人」。立川の古いビジネスホテルで、老夫婦が死亡しているのが発見された。彼らから立ちのぼった、あんずの香り。なぜ夫婦二人の終焉の地として、住み慣れた土地を離れ、こんなに淋しい場所を選んだのか。

「長夜」。染織家、伊関逸子がビルの上から落ちて亡くなった。貴子は逸子の死に拘る、古くからの友人、安雲(あすみ)とともに、彼女が死を選んだ理由を探る。安雲は、知り合った当時は正真正銘の男性で、貴子と警察の同期だった、おかま人生を歩む美しい親友。

「茶碗酒」では、「あなたの匂い」とは逆に、滝沢刑事がメイン。ラストに貴子が登場。

最後の架空対談もちょっとお得な気分。

この音道貴子シリーズは、貴子のキャラが勿論いいのだけれど、周りの滝沢刑事や安雲といった人たちもいい。

実は口で言うほど悪気がない、お腹の突き出た皇帝ペンギン、中年刑事滝沢。この滝沢と貴子のコンビも「凍える牙」以降はあの緊張感もなくなって、独特のおかしみが滲み出る。滝沢刑事は、しょっちゅう貴子のことを、無表情だとか澄ましてるとか言っているけど(貴子の側から見ると、実は彼女にもそれ程の余裕があるわけではないことが分かる。意地っ張り!)。

私が持っている文庫には、BS-2で当時やっていたらしい、ドラマ「凍える牙」の帯がついている。このドラマ、私は見逃してしまったのだけれど、貴子役に天海祐希さん、滝沢刑事役に大地康雄さん。見たかったなー。

乃南 アサ
女刑事音道貴子 花散る頃の殺人

乃南 アサ
凍える牙

「生首に聞いてみろ」/ミステリーかファンタジーか

 2005-09-06-09:19
法月綸太郎「生首に聞いてみろ」

法月綸太郎氏、初読みで、何の予備知識もないまま読み始めたのだけれど、本書は著者と同名の探偵が活躍するシリーズの内の一作であるとのこと。「本格ミステリ」とのことだけれど、これはちょっと微妙だった。

主人公、法月綸太郎がミステリ作家で、父の警視と協力して捜査にあたるという設定は、どう考えてもファンタジー。現実の警察の捜査では有り得ない(てか、こんなことが現実にあったら、ヤだ)。内田康夫の「浅見光彦シリーズ」との関連性を考えないでもない。親族を印籠に使うのは、ちょっとねえ。

ストーリーはこんな感じ。

前衛彫刻家・川島伊作の遺作、彼の過去の作品「母子像」に連なる石膏直取りの新作から、首が切り取られ、盗まれた。首を切り取られた石膏像は、伊作の娘、江知佳から型取ったもの。綸太郎は、石膏像のモデルである彼女の身を心配した、江知佳の叔父である翻訳家、川島敦志から相談を受ける。謎を追う内に、江知佳が失踪し、川島家の過去の暗部に迫ることになる。

周囲にはちょっと胡散臭い人ばかり。ミスリードの部分が少し冗長。でも、この「胡散臭い」部分は嫌いではないので、このシリーズ、もう一作くらい読んでみようかな。でも、カテゴリーは「本格ミステリ」というよりは「ファンタジー」だと思う。「本格ミステリ」って、大概「謎のための謎」になるから、「ファンタジー」に近付いていくのですかね。
******************************************
ついでに一つ告白。
「ほうげつりんたろう」と読んで、「うちの図書館には置いてないのよねえ」と思っていたのですが、「のりづきりんたろう」さんとお読みするのですね。名字、一文字も合ってませんでしたよ、がくり。そりゃ、図書館でも見当たらないはずだよ、がくり。


法月 綸太郎
生首に聞いてみろ

「りかさん」/慈しむ

 2005-08-16-08:54
梨木香歩「りかさん」

目次
りかさん
  養子冠の巻
  アビゲイルの巻
ミケルの庭

■りかさん
リカちゃん人形が欲しかった「ようこ」の元に、おばあちゃんから送られてきたのは、真っ黒の髪の市松人形の「りか」だった。おばあちゃんの手による「説明書」には、こう書いてある。

『ようこちゃん、りかは縁あって、ようこちゃんに貰われることになりました。りかは、元の持ち主の私が言うのもなんですが、とてもいいお人形です。それはりかの今までの持ち主たちが、りかを大事に慈しんで来たからです。ようこちゃんにも、りかを幸せにしてあげる責任があります』

「大事に慈しむ」というのは、どういうことかというと、具体的には「りか」のお世話をすること。着替え、食事(大事なことは、必ずようこちゃんもいっしょに食べること。(だってひとりのお食事って味気ないでしょう。)の世話、隣でいっしょに眠ること。一緒に食事をするようになって、七日目の夜、「りか」はようこに話しかけるようになる。ようこよりしっかりして、年上のお姉さんのような「りか」を、ようこは「りかさん」と呼ぶことにする。

「りかさん」はおばあちゃん曰く、こんな性質の人形。

「人形の本当の使命は生きている人間の、強すぎる気持ちをとんとん整理してあげることにある。木々の葉っぱが夜の空気を露に返すようにね。」
「気持ちは、あんまり激しいと、濁って行く。いいお人形は、吸い取り紙のように感情の濁りの部分だけを吸い取って行く。これは技術のいることだ。なんでも吸い取ればいいというわけではないから。いやな経験ばかりした、修練を積んでない人形は、持ち主の生気まで吸い取りすぎてしまうし、濁りの部分だけ持ち主に残して、どうしようもない根性悪にしてしまうこともあるし。だけど、このりかさんは、今までそりゃ正しく大事に扱われて来たから(人形の中には、正しくなく大事に扱われるものもある)、とても、気立てがいい」

りかと本当に馴染んでお付き合いが始まったので、ようこには他の人形の気配も分かるようになる。「養子冠」「アビゲイル」のどちらも、人形たちの思いの話。

□養子冠の巻
ようこのお雛さまは、ちぐはぐ。普通、お雛さまは、セットでやって来ることが多いから、セットで一つのぼんやりとした思いを醸し出すもの。別々につくられたお雛さまたちが一つのセットになった、ようこのお雛さまたちは、それぞれの思いが衝突して、不協和音がかしましい。この巻では、擦れ違ってしまっていたようこの父とおばあちゃんの蟠り、お雛さま達の不協和音が解消される。

「でも父さんには父さんの理屈があるんだよ。人間って長く生きてると、ああいう冠みたいなものを置き違えてそのままにしてたりすることもたくさんあるけど・・・・・・」

□アビゲイルの巻
「養子冠」から続くお話。ようこの友達、登美子ちゃんのお家は何だか大変そう。「養子冠」の巻で、ようこの部屋にやって来てしまった「背守の君」と、登美子ちゃんのお家でかしましかった人形たちの中で、ただ一人沈黙を守る「汐汲」の思いが解きほぐされる。「汐汲」はあまりに重くて沈痛な思いを引き受けているので、何も話すことが出来なかったのだ。

「汐汲」が語った悲しいアビゲイルの話。アビゲイルは日米親善使節団の任務を背負わされて、日本にやって来たママードール。美しい青灰色の瞳をした、美しい愛らしい人形であるアビゲイルは、自らの親善使節としての任務を大切に思う。故郷で最初に自分を目覚めさせた、あのまぶしい光の洪水のような愛情を、今こそ自分たちはこの日本の子どもたちに伝えるのだ。折悪しく日米は開戦し、アビゲイルは敵国の使者、「鬼畜アメリカ人のスパイ」と見なされる。哀れな姿になってしまったアビゲイル。ようこはりかさんに促され、アビゲイルの供養を行う。アビゲイルはかわいがられることが使命。とても可愛いとはいえない姿のアビゲイルを、可愛いと抱きしめてあげることが供養になる。

―かわいいという言葉を胸の中に抱いてみて。
ようこはうなずき、かわいいという気持ちを、小さな鞠のように胸の中にふうわりとおいた。
―そしたら、そのかわいいという感じがどんどん拡がって行くように力を出して。
ようこは言われたとおり、かわいい、という温かなどこかくすぐったくなるようなほんわかした気持ちがどんどん、心いっぱい拡がって行くようにした。それはだんだん、ようこの体の隅々まで、髪の先から手足の爪の先まで満ちて来た。両の手のひらを開けるとそのあいだの空間までかわいい温かさでいっぱいになるようだ。

アビゲイルのもう一つの使命は、りかさんに受け継がれ、その後のお話「からくりからくさ」、次の章「ミケルの庭」にリンクする。

「からくりからくさ」に繋がる、ようこの染織の話も出てくる。この頃から、蓉子は既に染織に興味があったのだね。植物染料の話から、おばあちゃんの話はこんな話へ。

「おまえは、ようこ、澄んだ差別をして、ものごとに区別をつけて行かなくてはならないよ」
「まず、自分の濁りを押しつけない。それからどんな『差』や違いでも、なんて、かわいい、ってまず思うのさ」
「ようこがそうやって、頭でなく言葉でなく、納得して行く感じは、そういう『悲しいもの』が『昇華に至る道筋』をつけるんだよ。」

■ミケルの庭
文庫収録にあたり、書き下ろされた短編。これ一編でも分かるけれど、「からくりからくさ」を読んだ後だと、更に良く分かる仕組み。アビゲイルから受け取った使命を、りかさんが果たす。「からくりからくさ」もとてもいい話なのですが、蔓草の様に繋がっていく「からくりからくさ」のお話。まだ上手く感想が書けないのです。
***********************************************************
人形の世話もペットの世話も、私は碌にしたことがありませんが、自分以外のもの(特に小さいもの、かな)の世話をし、慈しむことは自分のためでもあるのかもしれない。
梨木 香歩
りかさん
梨木 香歩
からくりからくさ

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

児童書あれこれ/「西の魔女が死んだ」

 2005-03-17-09:03

昨日の「魔法使いハウルと火の悪魔」 の記事をご覧になった方がもしおられましたら、是非とらさんの「手当たり次第の本棚」 こちらの記事 に飛んでみて下さい。私が勝手に「お約束」として片付けていた所には、きっちりと下敷きがあったそうです。「ハウル」「ヨーロッパの昔話風魔法の世界」「数々のイギリス文学に引用されたり登場したりしてるイギリスの詩人」を知っていると面白さが倍増するようです。どうも映画に引きづられた私。ハウルとソフィーの関係にばかり目がいってしまいました。「下敷き」の部分をほとんど知らなかったために、面白さが半減してしまったようです。

DWJは「ハウル」が初読。ファンタジー好きとか言ってる場合じゃないかもしれません。とほ。とりあえず、DWJの入門書として良いらしい「デイルマーク王国史」に挑戦してみたいと思います。
とらさん、ありがとうでした!ブログやっていると、いろいろ教えて頂けていいですね(初めてトラバされてちょっと嬉しかったり。^_^;)。とらさんのコメントによると、「ファンタジイに、アニメや漫画、ゲームなどから入った人でしたら、むしろ、『ダークホルムの闇の君』(創元推理文庫F)がおすすめ」とのことです。


さて、昨日の続き。どうせ少女の物語を映画化するのであれば、こちらがいいなと勝手に希望しています。梨木香歩「西の魔女が死んだ」。主人公のまいは中学生です。

どうにも学校にいけなくなってしまったまいは、一ヶ月あまりおばあちゃんの元で“魔女の修行“をします。おばあちゃんと暮らす日々の中で、まいは自分を律することを覚えていきます。この後、まいは大好きだったおばちゃんの元を、心にしこりを残したまま去ることになります。しかし、おばあちゃんはまいとの約束を覚えていたのでした。

あんまり書くとネタバレになってしまうので、この辺で。いい本ですよ~。
それ程厚くもなく、比較的字も大きな本です。疲れた時に一読されるとよいかもしれません。風や木々の匂いが感じられるような本です。

赤い野いちごのジャム(黒にも近い、深い深い、透き通った紅!)。毎朝、鶏からいただく卵。ラベンダーの茂みの上に広げて干したラベンダーの香りのするシーツ。おばあちゃんのどっしりした香辛料やドライフルーツの入ったお菓子

映像化すると素敵だと思うのですけど。
「おばあちゃん、大好き」「アイ・ノウ」のやりとりも素敵。

何回か読み直しているのですが、私は最後の方ではいつも泣いてしまいます。良質な児童書だと思います。今読んでも勿論いい本ですが、主人公・まいと同年代の頃に読んでみたかったなあ。
その後のまいを描いた「渡りの一日」も併録されています。

銀龍草をいつか実際に見てみたい。
この本は私の中で「外で読みたい本」に分類されています。




著者: 梨木 香歩
タイトル:
西の魔女が死んだ

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プロフィール

つな がる

Author:つな がる
つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
興味を持った記事があったり、あなたが読み終えた本について語っていたら、是非あなたの感想を教えて下さい。お待ちしています。

2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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