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「黒体と量子猫2」/物理読本

 2009-08-10-22:15
黒体と量子猫〈2〉ワンダフルな物理史 現代篇 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)黒体と量子猫〈2〉ワンダフルな物理史 現代篇 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)
(2007/06)
ジェニファー ウーレット

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目次
20 量子にお願い
 -一九〇〇年一〇月・プランクが量子を提唱
21 なんだって相対的
 -一九〇五年六月・アインシュタイン、特殊相対論を提唱
22 ロケット・マン
 -一九二六年三月一六日・最初の液体燃料ロケットの打ち上げ
23 シュレーディンガーの猫騒動
 -一九三五年・シュレーディンガーの量子猫の思考実験
24 コピーとっといて
 -一九三八年一〇月・はじめての乾式コピー
25 戦時下の人生
 -一九四五年七月・トリニティ実験
26 ギミー・シェルター
 -一九四七年六月二―四日・シェルター島会議
27 小さい泡の玉
 -一九四八年・スプレー式ホイップクリームの登場
28 お手本は母なる自然
 -一九五八年五月一三日・ベルクロ(マジックテープ)の商標登録
29 もっとエネルギーを!
 -一九五八年十二月・レーザーの発明
30 小さな世界
 -一九五九年十二月二九日・カルフォルニア工科大学におけるファインマンの有名な講演
31 瞑想するカオス
 -一九六一年一月ごろ・ローレンツとバタフライ効果
32 カミカゼ宇宙(コスモス)
 -一九六三年七月・宇宙マイクロ波背景放射の発見
33 分子がぶつかるとき
 -一九九四年四月・トップ・クォークの発見
34 まいった!
 -一九九七年五月・ディープ・ブルーがチェスの王者カスパロフを破る
35 「空っぽ」をめぐる空騒ぎ
 -一九九八年十二月・宇宙膨張の加速の発見
36 ニュートリノ行方不明事件
 -二〇〇一年二月・太陽ニュートリノ問題の解決
37 イカロスの墜落
 -二〇〇二年九月・シェーン、科学の不正行為により有罪
38 ひもの奏でる楽曲
 -二〇〇三年一〇月・ひも理論に関する特別番組
 謝辞
 参考文献
目次を書き写しただけで、満足ーなところが大きいんですが…。アメリカのテレビドラマや映画、小説(これは、英米のものかな)を枕に持ってきたり、色々絡めてはくれるんだけど、決して分かり易い書き方ではないんだなー。「ノーベル賞で語る現代物理学」(感想)で分かった気になった部分も、あれ、やっぱり分かってなかったよ…、などと思ったり。そんなわけで、ざざざっと流し読みなんですが、とりあえずそれで満足。現代物理学ということで、前述の「ノーベル賞で語る現代物理学」とかなり被ってはいるのです。

一番面白かったのは、「コピーとっといて」の章かな。新入社員の頃、会社のおじさまに「ゼロックスとっといて!」と言われて戸惑ったことを思い出しました。ゼロックス=乾式コピーであり、その他にも色々あったんですね。っても、私が使ったことがあるのは、大学の印刷機くらいのもんですが…。

「天使と悪魔」でも反物質といえばスター・トレックだったんだけど、ここでもまた反物質とスター・トレックが出てきます。スター・トレックはお付き合いで見てたので、エンタープライズ号の燃料源が反物質だったということも、「天使と悪魔」で知ったくらいなんだけど、英米の読み物を読む際には、スター・トレックの知識があった方が読み易いですよね。
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「らも―中島らもとの三十五年」

 2009-08-04-14:00
らも―中島らもとの三十五年らも―中島らもとの三十五年
(2007/07/26)
中島 美代子

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内容紹介
2004年7月26日、泥酔して階段から転落し、外傷性脳内血腫で52歳にして急逝した鬼才・中島らも。一番の理解者で、妻である中島美代子が、らもとの出会いから死に到るまでの35年を初めて語る。

まるで戦友のような二人の生き方。二人が戦っていたのは、世間だったのか何だったのか…。

常識では考えられないことも、ごくごく普通に語られてしまいます。一般的な貞操観念とは違っていたこの夫婦のあり方も、「キスも、セックスも、私にとっては相手が望めば応えるもの、一つのコミュニケーションのようなものでしかなくて、それほど大きな意味があるものではなかった。」という美代子夫人のそれまでの生き方に、嫉妬したらもさんが長きにわたって意地悪をしていたように思えてしまいます。らもさんと美代子さんが出会ったのは、二人がまだ若い時だったけれど…。破天荒で、家庭人とは言い難い姿ではあれど、美代子さんにキスをして「ごめん」と言った時の、高校生の姿が見えるような気がします。

私はらもさんのエッセイの中で、美代子夫人にあげたというガイコツの灰皿のエピソードが一番好きだったんだけど(生まれて初めて女の子にプレゼントしたのがガイコツの灰皿で、それを今も持っているけれど、それは灰皿を返されたからではなくて、灰皿ごとその女の子を嫁にもらったのだという話)、違う面を見て尚、あの純情を忘れることが出来ない。
序章  さよなら
第一章 一生分のキス
第二章 野生種のお嬢さまと温室育ちのシティーボーイ
第三章 結婚しよう
第四章 光り輝く赤ちゃんさまが降りてきた
第五章 『バンド・オブ・ザ・ナイト』な日々
第六章 中島らも誕生
第七章 二人は一人、一人は一人
第八章 リリパット・アーミーとの決別
終章  あとでゆっくり会おうね
 中島らも略年譜
文中、何度か、「あかんたれな母親」だったから、というフレーズが出てくるんだけど、そりゃあこんな濃ゆい体験をしていたら、一般的な良い母になんてなれませんて。オートバイをかっ飛ばしては、何度か大けがをしている美代子夫人よりも先に、らもさんが階段から落ちて死んでしまったのが不思議。でも、この順番で良かったね、らもさん。

「らも―中島らもとの三十五年」 の続きを読む

「ノーベル賞で語る現代物理学」

 2009-07-06-21:33
ノーベル賞で語る現代物理学ノーベル賞で語る現代物理学
(2008/11)
池内 了

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内容(「BOOK」データベースより)
2008年ノーベル物理学賞受賞者、南部陽一郎が提唱した、素粒子の「質量の起源」を探るカギとなる自発的対称性の破れや小林誠と益川敏英の、クォークが6種類あることを予言した小林・益川理論など、現代物理学のすべてをわかりやすく解説。

目次
 はじめに
第1章 二十世紀の物理学
第2章 古典論最後の輝き
第3章 量子論の確立
第4章 原子核から素粒子へ
第5章 物質の多様な振る舞い
第6章 新しい実験技術
第7章 宇宙への飛躍
 ノーベル物理学賞受賞者/化学賞受賞者/おわりに
これまた大学の授業を引き合いに出してみれば、「科学史」なんかは全く興味が持てなかったんですねえ。でも、これが今読むと面白くって!

図書館でこの本に興味を持ったのは、この美しきスーパーカミオカンデの表紙のため。表紙に惹かれて借りてきたんだけど、中身も表紙に負けずに魅力的でした。構成もすっごく分かり易くて良かったです。人物写真がたくさん載せられてるのも良かったです。女性科学者には美人が多いな~、とか下世話な感想だけれども…。

理論的なところ、基礎的な話も面白かったし、今、自分がやってる仕事と関連して、6章の「新しい実験技術」も面白かったです。”より微妙でより弱い信号を捕捉するためには設備を大型化せざるを得ず、そろそろ経済的な限界に達しつつ”あり、”もはや一国では資金を調達できず、国際的協力をしなければ進められない”なんてところを読むと、確かに“実験物理学の前途は険しい”のかなー、なんて思うのだけれど、でも、逆に国際的協力が必要というのも、利点だってあるはずですよね。“一つの論文に三百人もの名前が並ぶような大型共同研究に科学の本道があるのか”なんて言われると、うーむ、とも思ってしまいますが・・・。

入稿したのが七月で、”まだ七月の段階で、私は小林・益川のノーベル賞を予想して書き込んでいたことを強調したい”なんてところは、何だかほほえましかったです。”素粒子論の分野は実験的証拠が完全になるのを待つために、論文発表の時期から数十年たっての受賞”が多いらしく、”続くのは一九七三年に発表された小林・益川理論以外にはあり得ないと結論”したそうで、”現行の段階で、いち早くお二人の受賞を予言していたことをここに確認しておきたい”のだそう。池内さん、もう、ご自分でも”実際に予想が的中して鼻高々”と書かれているんですが、事実は事実なんだから主張すべき!という話なんだろうけど、なんだか可愛らしいっす。

「池田清彦の「生物学」ハテナ講座」

 2009-07-06-21:31
池田清彦の「生物学」ハテナ講座池田清彦の「生物学」ハテナ講座
(2008/11)
池田 清彦

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出版社/著者からの内容紹介
・なぜ、生物にはオスとメスがいるの? (第3章「性」がわかる)
・なぜ、ヒトは病気になるの? (第5章「病気」がわかる)
・なぜ、生物はこんなにたくさんの種類があるの? (第1章「生物多様性」がわかる)
 ......小さな頃、一度は考えたことのあるこうした質問に、「過激な生物学者」池田清彦が答える、「大人のための生物学の教科書」。

目次
 プロローグ-生物学個人授業、事始
第1章 「生物多様性」がわかる
-種と生存競争をめぐる不思議
第2章 「遺伝子」がわかる
-遺伝子の情報ですべてが決まるわけではない
第3章 「性」がわかる
-オスとメスが存在する理由はいい加減?
第4章 「免疫」がわかる
-インフルエンザ、エイズ、アレルギーと免疫の関係
第5章 「病気」がわかる
-ヒトが病気になるのには理由がある
第6章 「ヒト」がわかる
-ヒトはいつどこで生まれたのか
第7章 「進化」がわかる
-だれも目撃したことない「進化」という現象
 エピローグ-授業のあとで
高校で生物を選択してなかったせいで、大学の生物の講義はちんぷんかんぷーんだったんですが(かつ、強烈に覚えているのが、ひたすら英語で板書を続けていた某先生の授業…)、これは一部分からないところがありながらも、楽しく読めました。

ちょっぴり出来ない君で、でも、いろいろな疑問を持っている「生徒」と、虫の標本に釣られて(これについては、最後にオチあり)「生徒」に生物学を教えることになった「先生」との掛け合いで、話が進んでいきます。

「生物多様性」の章では、”今、日本の河川にいる外来魚は60種類以上いて、絶滅した日本の在来魚はほとんどいない”に、へーー、と思ったり(”外来種は生態系の種類組成、つまり中身の構成を変える可能性はある”が”種類組成が永遠に変わらない生態系なんてない”わけだそう)、「免疫」の章では、ややこしい免疫のシステムに唸ったり、「病気」の章では、話題のiPS細胞についてほんのちょっぴり分かったような気がしたり。そういえば、iPS細胞の前は、ES細胞というのもあったんですね。

あのクローン羊、ドリーの作り方も初めて理解出来たような…。大人の羊からまず乳腺細胞を取り出し、一方別の羊から卵子を取り出し核を抜く。で、核を抜いた卵子に、乳腺細胞から取り出した核を移植。そうすると、この卵が分裂を初めて羊になった! この卵を別の羊の子宮に入れて育て、出産させたそうな。

iPS細胞は、すでに分化した細胞を取り出し、それに刺激を与えてES細胞と同じ機能を持つ細胞を作ってしまう試みなんだって。

ま、分かったような分からないような部分も多かったんですが、それでも知ることは楽しいことですよね。うーん、今だったら、生物の授業ももう少し楽しく受けられるような気がするなぁ。

「書店はタイムマシーン」/桜庭一樹さん読書日記

 2009-03-14-23:30
書店はタイムマシーン―桜庭一樹読書日記書店はタイムマシーン―桜庭一樹読書日記
(2008/10)
桜庭 一樹

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「桜庭一樹読書日記―少年になり、を買うのだ。」(感想)に続く、第二弾。

正直ね、このに収められているものは、全てネットで読んでしまっていたから、あえて読まなくてもいいかなぁ、と思ってたんです。でも、何だか、「日々是げんじつ」のいちみさんが読んでらっしゃるのを見て、むずむずと読みたくなってしまったのです。

結果、やっぱりネットとは違うものなのねえ、とか、ネットで読んでても、流石きちんとお金を取るものだけあって、楽しませてくれるもんなんだなぁ、と思いました。作家も編集者も当然プロなのだものね。

今も、桜庭さんの読書日記はネットで連載されていて、最近で言えば、モリミーの結婚報告にものけぞったんですが、桜庭さんもご結婚されたんですよねえ。おめでとう!

とりあえず、これ読んでも、「翻訳文学ブックカフェ」(感想)を読んでも、やっぱり「アンジェラの灰」は読まなきゃなぁ(しかも、「アンジェラの祈り」という続編もあるんだよね、これ…)とか、後は、ベストセラーで読みそこなってた、なかにし礼さんの「兄弟」とか、新訳の「ロリータ」はみなさん読んでて気になるなぁ、とか、「翻訳文学ブックカフェ」にも出てきた、アーヴィングの「また会う日まで」を読むのはやっぱりキツそうだなぁ、とか、ああ、でも、こういうなっがいのを読んだあとは至福の時間が待ってるんだよなぁ、とかとか。ネットで読んだ時に思った諸々(&最近得た知識)を一気に思い出しましたよー。あ、ちょっとこてこてかなぁ、と思って敬遠してた「香水-ある人殺しの物語」も、ラストがどうのこうのと話されると、やっぱり気になる!

あと、気になると言えば、「灯台守の話」(感想)を読んで、良かったー!面白かったー!と私が思っている、ジャネット・ウィンターソンについて。「灯台守の話」を読んでも「オレンジだけが果物じゃない」を読んでも、桜庭さんは自分にとってのこの作家のベストの一にまだ会っていないと感じたのだとか。「自分にとって」だから、私にとってとはまた別なのかもしれないけれど、その後、桜庭さん的ジャネット・ウィンターソンのベストが見つけられたのか、気になるのです。

しかし、前作もそうでしたし、今の連載もそうですが、呆れるほどに沢山のの話が出てくるわけです。私はこんなに読んでないので、実際にその場にいたとしても話せないけど、桜庭さんと編集者(特にオツボメンK島氏(三十二歳で男性で、夏木マリみたい)が気になる)の会話をのぞき見てみたーい!

とりあえず、図書館でも直木賞受賞作を除き、桜庭の予約も落ち着いてきたことだし、そろそろ作家・桜庭一樹も読んでみようかな。や、「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」(感想)のショックが尾を引いてんですが・・・。「砂糖菓子」と言えば、この間本屋で見かけたんですが、普通の(?)表紙の文庫が出てました。萌え系表紙の文庫→ハードカバー→普通の文庫(今、見たら、角川文庫だった)に漫画と、ものっすごい展開ですねえ、これ。確かにエライ破壊力のお話でありましたが、みんな、これ、普通に読めるのかなぁ。私はきつかったっす…。
目次
三月は(ちょっとだけ)パンク・ロックの月である。
四月は穴居人生活の月である。
五月はクマとパンツとベレー帽だった!
六月はほんの三日間だけ八頭身だった!
七月は海辺の町でみんなで海産物を手に手に踊る。
八月は銀の箱を持って匍匐前進する!
九月は地図を握ってあっちこっちにワープする!
十月はドイルの頭にちょっとだけ、触った。
十一月はジョン・アーヴィングに頭から油をかけられる……。
十二月は編集長が酔って石と話す。
一月はコックリ三で埴谷雄高を呼びだす。
二月はコタツで亀になる。
特別座談会 ジゴロになりたい。あるいは四十八時間の恋!
あとがき

「翻訳文学ブックカフェ」/翻訳者は黒子なのか?

 2009-03-14-22:23
翻訳文学ブックカフェ翻訳文学ブックカフェ
(2004/09)
新元 良一

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珍しくも手持ち。といっても、古屋で偶然見つけたんですが。図書館に押されて、ついつい後回しになっちゃったんだけど、これ、すっごい楽しかったーーー! 最近、自分が読むのも、翻訳モノの比率が増えているしね。

帯から引きます。
翻訳の心
  ×
文学の愉しみ

若島正/柴田元幸/岸本佐知子/鴻巣友季子
    青山南/上岡伸雄/小川高義
中川五郎/越川芳明/土屋政雄/村上春樹
錚々たるメンツでしょ? 元々知っている人も知らない人も、訳したを見て分かる人も、それでも分からない人もいたけれど…。

対談って基的に苦手なんだけど、これは楽しく読めたなぁ。対談というよりもインタビューで、これ、インタビュアーである新元さんがきっと巧いんでしょうねえ。取り上げられたトークのほとんどは、ジュンク堂書店池袋店にて収録されたものなのだとか。

翻訳というとテクニカルな話になるのかなぁ、と思ったんだけど、テクニカルな話で面白い部分もあったけど、みなさん、すごくハートで訳されてる感じがして面白かったです。やっぱり、つるっとした訳がいいわけじゃなくって、原文の癖であるとか、ひっかかりを大切に訳されているのは共通していました。原文に対峙しうる日本語を探すことが大切なんですね。

手がける本の見つけ方も、それぞれ面白かったです。海外ならいざ知らず、日本の書店で見つけて、なんてことも実際にはあるんですねえ。どこまで本当のことかは分かりませんが、青山南さんなんかは、翻訳する作家を、写真で決めるのだとか。

翻訳家は黒子なのか、というと決してそんなことはなくて、今ではこの人が訳しているから読もうとか、自身の言葉で書かれた翻訳家のエッセイも楽しんだり出来るし、更には新訳だって色々出ている。幸せな時代ですよねえ。版権の問題とか色々あるだろうけど、色々な人の訳で読むのも楽しいのかも。

とはいえ、この作家はこの翻訳家じゃなくっちゃ!、というのもあって、小川高義さんの項で言えば、その扉にも書いてあるんですが、「ラヒリは俺の女だ!」発言なども飛び出ています。笑 勿論、冗談ではあるのだけれど、ちょっとドッキリする発言ですよね。でも、作家と翻訳家の名コンビ。素敵ですよね。

全てに色々気になるところはあったけれど、一番びっくりしたのは、土屋政雄さんの項。「日の名残り」の端正な世界が印象深い土屋さんですが、実は文学作品以外にも、コンピュータのマニュアルを訳されることもあるのだとか。意外だなぁ。

同じく土屋さんのところで言うと、その作品の世界を作るため、文体を掴むまでに、小説の推敲作業にかける姿勢に心を打たれました。みなさん、それぞれ色々なやり方があるのだとは思うのですが・・・。

手順としては、ある程度いくまでは、作品の初めから昨日までに訳した部分を全部読み直す。これを必ず毎日やります。原文に対してこれで必要十分な日本語か。違和感があったら、どんな小さな部分でも直す。それを直すことで、ほかにも直す必要のあるところが出てきますから、それもどんどん直す。それを終えて、まだ時間が残っていれば、初めて今日やるべき未訳の部分を訳します。次の日、また同じことを繰り返す。こうやって、もう句読点の位置まで変えるところがない、というところまできっちり決めていきます。

この本、一回読んだだけでは、この情報量をとてもこなせない感じ。いいところは、「これから訳してみたい本」についても、インタビューしてるところなんですよね。その後を考えると、実際に出ているものもあったりとか。ジェフリー・ユージェニデスについて、柴田さんがヘンな作家だ!、って仰ってるところも、何だか嬉しかったなー(既読本:「ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹」、「ミドル・セックス」)。私もヘンだと思うけど、何だか惹きつけられる作家なんです。とにかく本の、作家の話題がいっぱいで、にんまりしてしまう一冊なのでした。楽しかったー! 本の雑誌社、素敵です。

【追記】
そうそう、これについてメモっとこうと思ってたのに、すっかり忘れていたのでした。

青山南さんの項で、創作科の話が出てたんです。あのアーヴィングやレイモンド・カーヴァー(こっちは読んだことないけど)も、先生をしていたことがあるのだとか。

創作科というのは、最初は文学なんて教わるもんじゃないと、バカにされてきたそうだけれど、今アメリカで活躍している作家はほとんど創作科の出身なんだって。創作科を出ると創作科の先生になる。すると、生活が安定して一年に一冊本が書ける。そして、そこの生徒が…、というように再生産のような広がりがあるのだとか。で、アメリカ中の大学にそういう創作科があるから、層の厚さはすごいものになるわけですね。波及効果でイギリスも同じ状況で、カズオ・イシグロとかイアン・マキューアン(こっちも読んだことないけど)も創作科の出身なんだって。

日本では、こういう取組みはないのかしら。アーヴィングの授業なんて、「昨日こんなものを書いたんで、今日の授業はこれを読む!」と、自分の小説を読み、「どうだ、いいだろう」と言っておしまいだったんだそうな。ま、これは創作科の創成期の話らしいんですが、創作科って面白そうな場所だよなぁ、と思ったのでした。そうやって、生活が安定するのもいいことだしね(って、本をあまり買わずに、図書館でばかり借りている私の言う台詞ではないかもしれませんが)。
目次
Day1
若島正
Day2
柴田元幸
Day3
岸本佐知子
Day4
鴻巣友季子
Day5
青山南
Day6
柴田元幸
Day7
上岡伸雄
Day8
小川高義
Day9
中川五郎
Day10
越川芳明
Day11
土屋政雄
Day12
村上春樹
 あとがき

「文芸誤報」/05-08

 2009-02-24-21:42
文芸誤報文芸誤報
(2008/11/20)
斎藤 美奈子

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見開き二ページの鮮やかな書評。知っているについてはふんふんと読んだし、知ってはいても食指が動かなかったものも、斎藤さんの手に掛かると面白そう。「結末がいい」とか言われると、粗筋を何となく知っちゃって、もういいやーと思ってたですら、気になって来ちゃいます。頁数が短くったって、その魅力(やそのトホホっぷり)をきちんと伝えることは出来るのだよね。

書評の数は173で、取り上げられているの冊数は、200冊近いのだったかな。読みたいが色々あって、こまごまとメモしたはずなのに、手違いでそのメモを消しちゃったようなのです。涙 今、覚えているのは、乙一が別名でも書いてるとか、そういうことくらい~。

最初に掲げられていた、文芸書を読むための十箇条も面白かったです。ま、今の世の中、文芸とエンタメを殊更に分ける必要もないとは思うのですが、確かにどっちよりかで自分の読むモードも変わっているものね。純粋文芸も純粋エンタメもあまり好きじゃないので、その中の程良いどこかに自分が好きなバランスがある気がするけど。

「タングステンおじさん」/オリヴァー・サックスの少年時代

 2009-02-14-01:03
タングステンおじさん―化学と過ごした私の少年時代タングステンおじさん―化学と過ごした私の少年時代
(2003/09)
オリヴァー サックス

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脳神経科医、オリヴァー・サックスの少年時代を語ったエッセイです。医者、実業家など、科学に造詣の深い両親や親類たちの中で育ち、化学にのめり込んだ少年時代。少年、オリヴァーが化学にのめり込んだのは、疎開により負った心の傷もまたその一因であった…。不変であり、美しい化学の世界は、不確かなものが多い世の中で、少年オリヴァーを魅了したのだ。

ロンドンからの疎開と言えば、ナルニア国物語もそうであり、本土への空襲を経験していないという意味で、アメリカという国はやはり特別なのかも、などとちらりと思いました。
目次
1 タングステンおじさん-金属との出会い
2 「三七番地」-私の原風景
3 疎開-恐怖の日々のなかで見つけた数の喜び
4 「理想的な金属」-素晴らしきタングステンとの絆
5 大衆に明かりを-タングステンおじさんの電球
6 輝安鉱の国-セメントのパンと鉱物のコレクション
7 趣味の化学-物質の華麗な変化を目撃する
8 悪臭と爆発と-実験に明け暮れた毎日
9 往診-医師の父との思い出
10 化学の言語-ヘリウムの詰まった気球に恋して
11 ハンフリー・デイヴィ-詩人でもあった化学者への憧れ
12 写真-二度と戻らぬ過去への愛着
13 ドルトン氏の丸い木片-原子の目で物質をながめる
14 力線-見えない力のとりこになる
15 家庭生活-身内の死と発狂した兄
16 メンデレーエフの花園-美しき元素の周期表
17 ポケットに分光器を忍ばせて-街や夜空を彩るスペクトル
18 冷たい火-光の秘密へ
19 母-「生物への共感」と解剖の恐怖
20 突き抜ける放射線-見えない光で物を見る
21 キュリー夫人の元素-ラジウムのエネルギーはどこから来るのか
22 キャナリー・ロウ-イカと音楽と詩と
23 解放された世界-放射能がもたらした興奮と脅威
24 きらびやかな光-原子が奏でる天球の音楽
25 終わりのとき-量子力学の到来と化学との別れ
 あとがき
 謝辞
 訳者あとがき
わたくし、一応、化学の専門教育を受けているんですが、これ、すごく分かりやすく広範囲の化学を網羅していて、面白かったです。内容も、普通に教科書としても使えるんじゃないかなぁ、というレベル。科学者の発見を追う部分もあるので、科学史としても面白かった!

危険なものも含めて試薬を買える環境にあり(これは、たぶん時代のせいですよね。今だったら、きっと売ってはもらえない)、自分専用の実験室を持つことが出来(しかも、ドラフト付き)、また、アドバイスをくれる親類にも恵まれたという、特に恵まれた環境もあると思うんですが、少年オリヴァーが追及する化学の真実に、一緒にわくわくしてしまいます。

親類たちがまたすごくてですね、タングステンおじさんは勿論、オリヴァーに植物と数学の面白さを教えてくれた、レンおばさんもまた凄い(他の親類もみんなこんな感じなんだけど)。

あるときは、庭のヒマワリの花の真ん中に密生している小花がらせん状のパターンを描いているさまを見せ、その小花の数を数えてごらんなさいと言った。私が数えていると、おばは小花がある数列にしたがって並んでいるのだと指摘した。つまり、1、1、2、3、5、8、13、21……といった具合に、どの数も前のふたつの数の和となるように並んでいたのだ。

ヒマワリの花から、フィボナッチ数列と、黄金比を教えられる。なんだか、ユダヤ系社会の底力を見せられたというか…。

また、通常、周期表って、水兵リーベ僕の舟…、と何も考えず、覚えるもんだと思うんですが、オリヴァーの場合、アルカリ金属、アルカリ土類金属など、それぞれの元素の性質を知った後に、博物館で周期表の存在を知るのです。周期表を知ったオリヴァーの中で、ただの四角い表である周期表は、らせんやループに形を変え、天まで届くヤコブの梯子となる。こんなところも詩的だなぁ。少年、オリヴァーは融点や密度などから、自らその周期性を確かめ、また未知元素の性質の予言までしてしまうのです。

こういった背景を知って読むと、また、彼のこれまでの著作へのイメージも変わるなぁ。執拗とも思えた追及の仕方とか、物凄く患者に寄り添うところとか(これは、父親の影響なのかな)、何だか少しわかったような気もしました。

■関連過去記事■
・「火星の人類学者」/ダイナミックで複雑な脳というもの、わたしたちの世界

「心臓に毛が生えている理由」/米原万里さん、いろいろ

 2009-01-15-23:29
心臓に毛が生えている理由(わけ)心臓に毛が生えている理由(わけ)
(2008/05)
米原 万里

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目次
Ⅰ 親戚か友人か隣人か
Ⅱ 花より団子か、団子より花か
Ⅲ 心臓に毛が生えている理由
Ⅳ 欲望からその実現までの距離
Ⅴ ドラゴン・アレクサンドラの尋問
Ⅵ 対談 プラハ・ソビエト学校の少女たち、その人生の軌跡
        米原万里 VS 池内 紀
初出一覧
米原さんのエッセイを読むのも、何冊目になるのかな。本のタイトルも、章のタイトルもなんだか不思議だけれど、初出の場所もまたさまざま。まぁ、色々な場所に(例:読売新聞、西南学院大学広報、大法輪閣、上野のれん会、マミフラワーデザイン、ジェイアール東日本、日本経済新聞、神戸新聞、北白川書房、松扇軒、三省堂 ぶっくれっと、毎日新聞、SAS Institute Japan、潮出版、童話社、図書館の学校、大宅壮一文庫、朝日新聞、日本婦人団体連合会、角川書店)、色々なお話を書かれていること!

ほとんどはエッセイなんだけど、一部にはショート・ショート風のものも。エッセイも、渾身の「オリガ・モリソヴナの反語法」(感想)もいいけど、軽いショート・ショートもなかなかでした。

面白かったのは、通訳がらみのⅢ章の「言い換えの美学」。欧米文化圏では、修辞学のイロハというか美学があるのだとか。即ち、同じ事柄を、同じ語で指し示すのを避けようとする傾向。文学作品は分かるとして、経済や科学の論文でも、また演説においてもそうだなんてー! 科学の論文なんて、簡潔であればあるほど良いと思っちゃうんだけどな。でも、何度も同じ単語を繰り返すなんて野暮過ぎるのだそうでありますよ。外国語→日本語の場合は、演者の苦労虚しく、同じ言葉を使えばいいのだけれど、問題なのは、日本語→外国語の場合なのだとか。このままでは、幼稚に聞こえてしまう!、とときに身悶えしておられたそうな。

あとはねえ、ドイツ文学者の池内紀さんとの対談ですね。「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」は読んではいるんだけど、先が気になってざざざっと読んじゃったんですよね。やっぱりきちんと読みなおそうと思いました。

「北緯14度」/絲山秋子、セネガルに旅する

 2009-01-12-22:57
北緯14度北緯14度
(2008/11/21)
絲山 秋子

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食エッセイ、「豚キムチにジンクスがあるのか」(感想)以来の絲山さんです。小説で言えば、「ダーティ・ワーク」(感想)以来。

で、この「北緯14度」は紀行文なので、「豚キムチ~」の方により近く、絲山さんの地が出ているのではないのかなー。紀行文とは言っても、どこかへ行った!、何をした、何を見たという、普通の紀行文ではありません。といっても、角田光代さんのように、自らを知らない地に置くことが目的(旅エッセイ「恋するように旅をして」(感想))なのでもなく、絲山さんは、その地、アフリカのセネガルに、ほとんど家族ともいえる人たちを作ってしまう。

もともとの旅の目的は、絲山さんが九歳の時にテレビで出会った、当時の絲山さんにとっての神さま、ドゥドゥ・ンジャエ・ローズの音楽を、セネガルの空の下で聞きたいという願いから来ていて、それも勿論実現するのだけれど、この旅の収穫はそれだけではないというか、むしろ違うところで結実したように思うのです。

挿入されるメール文(私信)も含め、絲山さんのアップダウンする感情が、ひしひしと伝わってくる。同じ人を好きだと思ったり、あーもー、それじゃ駄目なんだよ!、そこが嫌なんだよ、と思ったり。昔習っただけのフランス語では、子供のような気分になってしまう、というような言葉が文中にもあったんだけど、その感情もまた子供のような素直さ。

「豚キムチ~」でも少し思った、絲山さんの生き辛さのようなものが、セネガルの人たちの間ではそれがすっと溶けていったのかなぁ。ここまでストレートに感情を出すのって、余計な御世話だけど、建前を必要とされる日常生活の中では、ちょっと辛いと思うのよ。

セネガル以前とセネガル以後。絲山さんの中では、きっと何かが変わったんだろうなぁ。

気になって、絲山さんのweb連載(リンク)もチェックしてみました。「カレ」とは、本書で出てきたムッシュ・コンプロネ(本名ではなく日本人。ミスター・パーフェクト?)のことなんだよねえ? お幸せそうで何より。どうにも使えないムッシュ・イシザカ(これは仮名なのか何なのか。講談社の偉い人ってこと?)については良く分からず…。サイン会で、誰?どこ?と言われたそうだけれど、そりゃ気になるよなぁ。

絲山さんは、現在、家を建築中とのこと。これから飼われるという犬との暮らしを含め、その辺のエッセイも読んでみたいなぁ。絲山さんは、小説よりもエッセイの方が自分には読みやすい感じなんだよね。
もくじ
はじめに
Ⅰ ファティガン
Ⅱ テランガ
Ⅲ アプレ!アプレ!

*ファティガン:フランス語。「疲れる」「骨が折れる」「疲れた(様子など)」「うんざりさせる」「うるさい」など。
*テランガ:ウォルフ語で、「もてなし」の意味。
*アプレ:フランス語では「~の後で」という意味。セネガルでは「あとでね!またね」という、別れの挨拶として若者が使うことが多い。
ラック・ローズラック・ローズ
(1997/08/25)
ドゥドゥ・ンジャエ・ローズ・パーカッション・オーケストラ

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「アンのゆりかご―村岡花子の生涯―」/腹心の友

 2008-12-26-00:52
アンのゆりかご 村岡花子の生涯アンのゆりかご 村岡花子の生涯
(2008/06/05)
村岡 恵理

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目次
口絵・村岡花子の書斎、愛用品、『赤毛のアン』直筆翻訳原稿、手紙など
プロローグ 戦火の中で『赤毛のアン』を訳す
 昭和20年(1945)4月13日、太平洋戦争が終結する4か月前
第1章 ミッション・スクールの寄宿舎へ
 明治26~36年(1893~1903、誕生~10歳)
第2章 英米文学との出会い
 明治37~40年(1904~07、11~14歳)
第3章 「腹心の友」の導き
 明治41~大正2年(1908~13、15~20歳)
第4章 大人も子供も楽しめる
 大正3~6年(1914~17、21~24歳)
第5章 魂の住み家
 大正7~10年(1918~21、25~28歳)
第6章 悲しみを越えて
 大正11年~昭和2年(1922~27、29~34歳)
第7章 婦人参政権を求めて
 昭和3~13年(1928~38、35~45歳)
第8章 戦時に立てた友情の証
 昭和14~20年(1939~45、46~52歳)
第9章 『赤毛のアン』ついに刊行
 昭和21~27年(1946~52、53~59歳)
第10章 愛おしい人々、そして
 昭和28~43年(1953~68、60~75歳)
エピローグ 『赤毛のアン』記念館に、祖母の書斎は残る
 アン誕生100周年、花子没後40年の平成20年(2008)4月13日
目次を書き写しただけで、満足ーーー!な感じもするんですが、内容も読んで満足の一冊でした。最初はね、プロローグにここを持ってくるのは構成的にあんまり好きじゃないなぁ、とか思っていたんですが(なんつか、クライマックスを冒頭に持ってくる昔ながらの伝記スタイル?)、途中からはそんなことはすっかり忘れ、引き込まれて読みました。孫なのによくぞそこまで書いた!というぐらい、赤裸々に描かれた部分もありますが、それはスキャンダラスというよりは、真摯な姿勢によるものなのでしょう。

アンはやっぱり村岡花子訳よね♪、と思いつつ、空白だった翻訳者、村岡花子の生涯を知ることが出来ました。でもね、今、気になって、私が持っているポプラ社の「赤毛のアン」を確認してみたら(昭和53年第1刷、昭和57年第9刷のもの)、村岡花子による解説がきちんと書いてありました。この物語を読む少女たちへの優しさ溢れる語り口は、この「アンのゆりかご」を読んで知った、村岡花子の人となりにぴたりと一致したものでした。この解説には、モンゴメリが「赤毛のアン」を出版するに至った経緯、村岡花子自身が翻訳し、日で出版されるに至った経緯がきちんと書いてあるというのに、今の今まで、すっかり思い出す事もなかったのです…。子供時代、何度も読み返していたのに、解説は流してみたい…。

モンゴメリとの共通点、寄宿舎での生活、厳しくも優しい女学校の教師、綺羅星のような友人たちとの交わり、子供たちへ良い物語を届けなければならないという使命感、どれも興味深く良かったです。ちょっと話はずれますが、氷室冴子さんがやっぱり少女小説の復権を志していて、それで知った「リンバロストの乙女」も村岡花子訳だったんだよねえ。

「村岡花子」というと、現代にいても決しておかしくはない名前だけれど(というか、明治、大正、昭和を生きたとなれば、それはそんなに遠い時代ではないのだろうけれど)、佐々木信綱(「一葉さんが歌を始められたのも、あなたと同じくらいの年ごろでしたよ」)、柳原白蓮、市川房江、林芙美子、岡かの子、円地文子、徳富蘇峰、与謝野晶子、宇野千代、真杉静江、吉屋信子、壷井栄、矢田津矢子などなど、私にとっては意外な交友歴が分かりました。「村岡花子」だけはぽーんと宙にいて、あとは歴史的人物だと思っちゃってたんですよね。

「今から何十年後に、あなたがたが学校生活を思い出して、あの時代が一番幸せだったと感じるなら、私はこの学校の教育が失敗だったと言わなければなりません。若い時代は準備のときであり、最上のものは過去にあるのではなく、将来にあります。旅路の最後まで希望と理想を持ち続けて、進んでいく者でありますように」(p97の卒業にあたってのミス・ブラックモアの言葉より引用)

ユートピアのような寄宿舎(ただし、花子自身は、貧しい家庭の出で、成績が悪ければ即退学となる給費生だった)での生活が翻訳者・村岡花子を形作ったのだろうし、灯火規制の中、敵国となってしまったカナダ人宣教師、ミス・ショーとの約束を胸に、いつか平和な時代が来ることを信じて仕上げた「アン・オブ・グリン・ゲイブルズ」だからこそ、私も大好きなアンのあの箇所がぴたりと訳されたんではないのかなぁ、と思いました。

今は曲がり角に来たのよ。曲がり角を曲がった先になにがあるかは、わからないの。でも、きっといちばんよいものにちがいないと思うの。(p247より引用)

実際、村岡花子は翻訳者としてだけではなく、一流の物語作家になれたかもしれないし、「ラジオのおばさん」をやった事もあるそうなんですね。その才能は、もっと多彩な展開があったのかもしれないけれど、「赤毛のアン」を翻訳し、私たちに紹介してくれた事、アンの腹心の友を自称する元・少女としては、非常に感謝なのでありました。「赤毛のアン」はモンゴメリが国カナダで出版するまでも色々な経緯があったわけだし、日での刊行はそれより更に遅れたわけだけれど、辿るべき道を辿って、その物語の力で広まっていったのかもしれませんね。

あ、亡き息子の名にちなんだ「道雄文庫ライブラリー」のお話で、協力者として「エルマーの冒険」の訳者、渡辺茂男(当時、慶應大生)の名前が出てきたのも吃驚でした。石井桃子さんの名前も出てきたし、秀でた人たちはどっかで繋がってたんですねえ。

■関連過去記事■
・「アンの娘リラ」/青春の書(小中編)
「「赤毛のアン」の人生ノート」/いき方

「自負と偏見のイギリス文化」/ジェイン・オースティン

 2008-12-22-23:14
自負と偏見のイギリス文化―J・オースティンの世界 (岩波新書)自負と偏見のイギリス文化―J・オースティンの世界 (岩波新書)
(2008/09)
新井 潤美

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J・オースティンの世界という副題があるだけに、イギリス文化を知ろう!と思って読んだだったけど、読み終わって思ったのはJ・オースティンを読みたい!!、ということでした。

いや、イギリス文化も勿論良く分かるんですけどね~。ディナーの時間の話なんかも面白かったし。ただ、時代が限定されているだけに、そちらは私としては少し霞んでしまって、J・オースティンの作品に心惹かれちゃったわけです。

実際の書のねらいは、引用しちゃうとこうなんですが↓。

ヴィクトリア朝とは明らかなコントラストをなし、どこか堕落した、かつ華やかなイメージがある時代である。この時代の道徳観、階級意識、生活様式など、今日ではあまり知られていない部分を描きだすことによって、オースティンの作品の生まれた背景を明らかにしていく。さらに、オースティンの初期の作品における「パロディ」の要素、そして作品に表われるミドル・クラスのスノビズム、女性の結婚願望などさまざまなテーマを追っていく。これらのテーマを、オースティンの時代というコンテキストだけではなく、現代のイギリスの読者にどう受け止められているかという点からも見ていく。(「はじめに」の”書のねらい”より引用)

残された親族たちが、作家の真実の姿を歪めてしまう行動をとるところには、「アンネの日記」を思い出してしまいましたが、古典ー!と思ってしまうような堅物ではなく、実際には結構茶目っ気のある人だったよう。J・オースティンの場合には、特に彼女が生きた時代のせいもあるそうですが…(奔放なリージェンシー摂政時代から、がちがちのヴィクトリア朝へと時代が移行していた)。

あの「ブリジット・ジョーンズの日記」も、J・オースティン作品の現代版翻案といえるのだとか。確かに、若い女性の夫探しと玉の輿願望が描かれているし、ブリジット自体はミドル・クラスというか、ごく普通の女性だもんねえ。私、最初の一冊だけ読んで、面白いけど、まぁ、一冊読めば十分よねえ、なんて思ってたんですが、J・オースティンを知って読めば、またもっと違う楽しみ方が出来たのかも!

ちょっと皮肉っぽいイギリス的ユーモアの持ち主、ジェイン・オースティンの作品を、読んでみたくなりましたー。各作品のかなり詳しい粗筋があるのも嬉しいところ。amazonをチェックしてみたら、意外と新しいも多いみたいですね。やっぱり、現代でも人気なのかなぁ。翻訳もいろいろあるみたいなので、どの作品を誰の訳で読むべきなのか、迷っちゃいますけど。色々読んでみた後に、「ジェイン・オースティンの読書会」に行ってみるのも楽しそう~。それともこっちを読んだ後に、色々読んでみるべきなのかな。

ジェイン・オースティンの読書会ジェイン・オースティンの読書会
(2006/01)
カレン・ジョイ ファウラー

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目次
 はじめに
第1章 オースティンは「お上品」ではない―奢侈と堕落の時代の文学
第2章 パロディから始まる恋愛小説―分別と多感のヒロインたち
第3章 恋愛と結婚―女性の死活問題
第4章 アッパー・ミドル・クラスのこだわり―階級を示す目安は何か
第5章 オースティンと現代―空前のブームの背景
 あとがき

「恋するように旅をして」/世界は広いということを

 2008-12-14-23:02
恋するように旅をして (講談社文庫)恋するように旅をして (講談社文庫)
(2005/04)
角田 光代

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目次
「あんた、こんなとこで何してるの?」
夢のようなリゾート
トーマスさん
旅における言葉と恋愛の相互関係について
旅のシュールな出会い系
ナマグサ
超有名人と安宿
旅トモ
行動数値の定量
ツーリスト・インフォメーションの部屋にて
ベトナムのコーヒー屋
宴のあと、午前三時
ラオスの祭
ミャンマーの美しい雨
Where are we going?
ポケットに牡蠣の殻―アイルランド、コークにて
空という巨大な目玉―モロッコにて
幾人もの手が私をいくべき場所へと運ぶ
 あとがき
 文庫版あとがき
 解説 いしいしんじ
小説は読んではいるのだけれど、エッセイはまだ読んだことがなかった角田さん。旅エッセイにも定評があるようだし、「古本道場」(感想)の中にもちらりとそんな話が出てきたので、角田さんの旅エッセイをずっと読んでみたかったのです。というわけで、ようやく読めたよ角田さんのエッセイ本! 面白かったよー。

あちらこちらに、ふらふらと旅をしている角田さんなんだけど、勿論ある程度の英語などは出来るんだろうけれど、読んでいてもこれが決して旅の達人!、とかそういう感じじゃないんだよねえ。

きっとどこに行くとか何をするとか、そういうことが重要なわけではなく、日常とは違う場所に身を置いた時の、自分の感情の揺れ、揺らぎを試すために旅をしているのではないのかなぁ。自分でこれだけ方向音痴だと自覚していて(そして、それを補強するエピソードだって盛りだくさん)、なのにガイドブックも持たず、調べもせずに良く分からない街をずんずん歩いて行くその姿は頼もしくさえあるんですが。

こどもだ。この町にいる私たちはこども的なのだ。約束もなく、束縛もなく、夕方がきて家に帰ってしまうまでの、どこかでだれかに許されていた、あの短い瞬間みたいなのだ。だからこそ、見知らぬ国の見知らぬ町角で出会った私たちは、恋愛も友情も入りこむ余地がないほど、刹那的に楽しい。(「旅トモ」より引用)

大人になって、多少に困ることがあっても、何となくやり過ごすことを覚えている私たち。何も知らないこどもに戻って、その心細さを、次に何が来るのか予測出来ない、そんな瞬間を楽しむような旅。私にはそんな根性はないけれど、角田さんはそうやって感性を研ぎ澄ませているのかしら、と思いました。

ほとんどがアジア、ほんの少しがヨーロッパの旅。スリランカでは、ほとんど奇跡的ともいえる、自らが使用していた幼稚園バスとの出会いを果たす。この「Where are we going?」が良かったなぁ。

バスがどこへいくのか私は知らない。けれど私はかつてのように絶望しない。不安にすっぽりと覆われて小さく震えることをしない。なぜなら私はすでに知っているのだ。私たちはどこかへいき続けなければならないことを。暴力バスに揺られボートにしがみつき小型飛行機でうなだれながら。快適な乗りものも、そうでないものも、そのほとんどを自ら選べずに、けれどだれかに乗せられるのではなく自分の足で乗りこんで、どこかへ向かわなくてはいけないのだ。それがどこかわからないまま。いきたいところなんかどこにもなくても。(「Where are we going?」より引用)

以前に読んだ「対岸の彼女」(感想)を思い出しました。大人であることとこどもであること。角田さんはきっといいバランスの大人なんだろうなぁ。

「知床・北方四島」/流氷の秘密

 2008-10-21-06:32
知床・北方四島 カラー版―流氷が育む自然遺産 (岩波新書 新赤版 1135)知床・北方四島 カラー版―流氷が育む自然遺産 (岩波新書 新赤版 1135)
(2008/05)
大泰司 紀之本間 浩昭

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微妙に挫折本なのだけれど、一応メモ。岩波新書のカラー版って好きなんですよね。写真豊富だし、読みやすいし。ところが、ここのところ、色々な本に挫折している私。アザラシかわいー!、ヒグマ迫力あるー!、とパラパラめくりつつも、本としては完全には読めませんでした。

でも、日本人的には当たり前だと思っていた、「流氷」というものが、ヨーロッパや北米からの観光客からは、「海が凍っている」と驚かれるというのが、驚きだったなー。北海道って日本の中では寒いし北の地方だけれど、世界的に見れば特に緯度が高いという場所ではないのだものね。海が氷で覆われるのは「南極か北極辺りだけ」と思うのも、当たり前といえば当たり前?

流氷はオホーツク海北西部の海上で十一月ごろ生まれ、次第に南へと張り出していく。知床半島をかわした後は、根室海峡を漂いながら二月ごろ太平洋へと流れ出て、五月には姿を消す。太平洋に注ぐ漏斗のこし口に当たるのが、根室海峡や国後水道、択捉海峡となる。

勿論、流氷は「流」氷なわけで、実際にそこの海が凍ってるわけではないのだけれど、世界的に見ても、地理条件による特異な現象なんですね。でも、北の風物詩だし、ニュースの定番だから、特に不思議とも思わなかったんだよな。

そして、流氷は豊富な植物プランクトンを連れてきて、それが豊かな連鎖を作りだすのだとか。流氷あっての、あの豊かな自然環境なんですね。自然環境といえば、返還されない方が自然は守られる、というような考え方が通用したのは、旧ソ連時代までの話なのだとか。米原万里さんの本を読んでいても、旧ソ連時代というのも、悪いことばかりではなかったんですねえ。
目次
 はじめに
第1章 流氷が育む生態系
第2章 海と陸との意外なつながり
第3章 地球に残された「最後の秘境」
第4章 生態系に迫る脅威
第5章 自然遺産を守るために
 おわりに
 主な参考・引用文献

「ドット・コム・ラヴァーズ」/ネットで、出会う

 2008-10-05-00:18
ドット・コム・ラヴァーズ―ネットで出会うアメリカの女と男 (中公新書 (1954))ドット・コム・ラヴァーズ―ネットで出会うアメリカの女と男 (中公新書 (1954))
(2008/06)
吉原 真里

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勤務先のハワイ大学から、一年間のサバティカル休暇を貰った、人文科系の大学教授、吉原真里氏。この一年をニューヨークで過ごすことにした彼女は、この機会にオンライン・デーティングをしてみることにしたのだとか。

「オンライン・デーティング」というと、日本で言うと、私などは怪しい出会い系サイト??、などと思ってしまうのですが、著者が利用したものはもっと健全なものだそう。アメリカではこのオンライン・デーティングが、既にアメリカ主流文化の一つなんだそうな。

確かに仕事以外、自分の身近な範囲以外にいる人以外との接点ってなかなかないものだし、効率からいってもこういう出会い方もあるのかもしれません。特にアメリカでは、パーティなどカップルで行動することも多いもんねえ。実際、著者もたくさんの男性と出会い、恋人としてではなく友人としてであっても、なかなかに良い関係を結び、なかには同棲まで進んだ相手とまで出会えたのです。

なんでいきなりこんな本読んでんの?って感じなんですが、著者の大学教授というプロフィールに惹かれたのと、ぱらぱらとめくった部分が面白かったから。アメリカにおける研究書の出版事情なども興味深かったです。

私は、オン/オフラインでの「デーティング」をしているわけではないけれど、ブログを通じて感想を言い合ったり、面白い本を教えて貰う友人も出来たわけで、これってやっぱり実生活ではなかなか出来ないことなんだよね。ネットを通じてだと、自分の都合のいい時間に、いいペースでお話が出来るわけだし。そして、ブログのコメントをする時などに、自分が気をつけてることと、似たことが「オンライン・デーティング」においても大事なのかなぁ、などと思いました。文章だけでも、案外分かるもんですよね。

著者の「デーティング」は、ニューヨークでの一年間だけでは終わらず、本拠地であるハワイに移ってからも続きます。今度、降りかかってくるのは、ハワイのコミュニティの狭さと、アメリカ本土との距離。無尽蔵に出会えてしまうことで、逆に「出会い」がきちんと結実するのが、難しくなっているのかもしれません。ジュンパ・ラヒリの「その名にちなんで」(感想)における、主人公ゴーゴリの母、アシマの回想を思い出してしまいます。条件が合うから、全てその時点で理想を満たしているから、だから結婚して幸せになれる、というわけでもなく、それは育んでいくものなんだけどね。

「科学の扉をノックする」/作家、小川洋子さん、科学の世界をノックする

 2008-08-02-10:49
科学の扉をノックする科学の扉をノックする
(2008/04)
小川 洋子

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目次
 渡部潤一と国立天文台にて
1章  宇宙を知ることは自分を知ること
 図版◆宇宙の姿

 堀秀道と鉱物科学研究所にて
2章  鉱物は大地の芸術家
 図版◆おもしろい鉱物たち

 村上和雄と山の上ホテルにて
3章  命の源“サムシング・グレート”
 図版◆核とDNA

 古宮聰とスプリングエイトにて
4章  微小な世界を映し出す巨大な目
 図版◆宇宙都市のSpring-8

 竹内郁夫と竹内邸にて
5章  人間味あふれる愛すべき生物、粘菌
 図版◆細胞性粘菌の不思議なライフサイクル

 遠藤秀紀と国立科学博物館分館にて
6章  平等に命をいとおしむ学問“遺体科学”
 図版◆引き継がれる遺体たち

 続木敏之と甲子園球場にて
7章  肉体と感覚、この矛盾に挑む
 図版◆身体を動かす主な筋肉
あとがき
取材アルバム
プロフィール
作家、小川洋子さんが訪ねる科学の世界。自分が多少でも知っている分野だと、小川さんがその現象を物語的に解釈する部分に、ちと感傷的過ぎるか?とも思ってしまうんだけど、この子供のような素直さが、作家、小川洋子さんが持つ少女性にもつながってるのかなー、と思いました。

鉱物のお話では、柱状のふわふわの結晶を持つオーケン石が面白かった。なんだかね、飛さんの「グラン・ヴァカンス」に出てくる硝視体(グラス・アイ)の中には、こんな石があるんじゃないかな、と思いました。ネットで検索したところ、オーケン石は別名、「ラビットテール(兎の尻尾)」ということだし、ジュリーが持つのに相応しいもの。
また、粘菌のお話では、粘菌といえば、京極堂シリーズの関口巽よね、と思ったり。粘菌の不思議な挙動には、関口センセイが研究していたという設定に相応しいな、と思いました。京極さんも良くこんな設定をしたよなぁ。
って、私も大概、科学から離れた感想になっちゃったけど。

あとがきから引きます。

取材を終え私が一番に思うのは、皆さんが奉仕の心を持っておられたことです。目に見えない何か、自分より偉大な何かに対し、戦いを挑むのではなく、謙虚な心で奉仕する。その心がいつも私を感動させました。

研究者に拍手ー!な一冊でした。

「文房具と旅をしよう」/雑貨は楽し

 2008-07-27-22:48
文房具と旅をしよう文房具と旅をしよう
(2001/09)
寺村 栄次浅井 良子

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旅行記ではあるのだけれど、切手可愛い!便せん可愛い!スーパーで売ってる雑貨可愛い!という、ちょっと変わった切り口の本です。

表紙にはこんな文が載せられています。

見たことのない文房具・雑貨を探しに、フィンランド、スウェーデン、イギリス、フランス、オランダまで行って来ました。
旅をするのに心掛けたことは、
1、高い所に上る。
2、たくさん歩く。
3、スーパーマーケットに入る。
4、おいしい物を食べる。
この4点を心がけていればきっと楽しい旅行になります。

業務用の余計なものを削ぎ落としたデザインの美しさとか、雑貨の楽しさに共感。最近は、めっきり会社支給の文房具しか使っておりませんが、文房具って楽しいよねえ。

東京は本郷に、この本を著したスコスという文房具屋さんがあるのだそうです。
 → http://www.scos.gr.jp/open.htm

近くに行ったら、ちょっと寄ってみたい感じであります。

もくじ
フィンランドにやって来た
スウェーデンにやって来た
手工作やってみませんか
イギリスにやって来た
私と文房具
フランスにやって来た
ぬり絵
オランダにやって来た
旅のまとめ
文房具の宝箱
鴨ライフ
スコスのおはなし

「豚キムチにジンクスはあるのか-絲的炊事記」/絲山秋子的食の道

 2008-07-24-00:20
豚キムチにジンクスはあるのか―絲的炊事記豚キムチにジンクスはあるのか―絲的炊事記
(2007/12/06)
絲山 秋子

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普通、人が料理本を書くとき、それは自分がべたいものであったり、美味しそうなものだったりすると思うのですよ。なかには、絲山さんがべたいもの(エスニックこてんぱん)、美味しそうなもの(キッシュ・ローレーヌ)あるんだけど、この”炊事記”はいい具合に迷走していて、私は好きだなぁ。

絲山さんは、決して料理は下手ではなくて、むしろキャンプで鍛えられた腕前をお持ちだと思うのだけれど、「これでは普通だから」などと、不思議なチャレンジ精神を発揮されてしまうのです。で、一人暮らしなのに、ひたすら同じものを作り続けて、その消費に苦しんだりしてしまうわけ。

絲山さんの作品は、小説はまだ「ダーティ・ワーク」しか読んだことがないけれど、絲山さんの面白真面目な人柄が良くあらわれていて、面白い本でした。普段の会話の中で多用されると若干いらっとくる、「~じゃないですか」というフレーズが多用されるものの、なんかこの流れだと許せちゃうしなぁ。

特筆すべきは、絲山さんの愛する地元、群馬の野菜の美味しそうなこと。新鮮な産直いいなー。あとは、絲山さんの身長が174センチだってこと。私は結局170センチには至らなかった、中途半端な背丈なんだけど、身長が高い女の人って、ただそれだけでも親近感を持ってしまうのよ。あと、そうだそうだ。仲間内で使われるという「トラバタる」なる動詞。

恋をすると部屋の中を檻のトラのようにぐるぐる歩き回る癖のある私は、そのうち溶けて「ちびくろさんぼ」のトラのようにバターになってしまうんではないかと心配する。それが「恋のトラバター」なんですが、意外に友人たちに受けて、「私も最近トラバターなの」「うそっ、トラバタってるの?」「どうなったんだトラバタは」などと普通に使われるようになりました。いい年して「恋をした」なんてとてもじゃないが恥ずかしくて言えないけれど、「トラバタった」なら全然平気。皆さまもぜひ活用してくださいね。

どうっすか、「トラバタる」。確かに便利かもー。

目次
力パスタ
冬の冷やし中華
大根一本勝負
すき焼き実況中継
GoGoお買い物
丼五連発
蕎麦屋で飲む酒
デパ地下チャーハン
豚キムチにジンクスはあるのか
春の日記
”ヘナッポ”の行く末
ようこそ我が家へ
エスニックこてんぱん(前編)
エスニックこてんぱん(後編)
素麵七変化
真夏の洋風ちゃんこ鍋
されどインスタント
サーモンのサンドウィッチ
高崎コロッケめぐり
秋は舞茸の季節
ゴロピカリはかあさんの味
たまごとトラバター
命からがら牡蠣ごはん
親父と作るキッシュ・ローレーヌ
あとがき

「カッシーノ!」/浅田次郎、ヨーロッパの鉄火場をゆく

 2008-06-22-23:49
カッシーノ!カッシーノ!
(2003/06/20)
浅田 次郎

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目次
1 モナコの伯爵夫人
2 ギャンブラーの聖地
3 誇り高きクルーピエ
4 偉大なる小国家
5 リヴィエラの女王
6 花火とトップレス
7 アンティーブの古城にて
8 カンヌのナポレオン
9 サンレモの夜は更けて
10 バーデンよいとこ
11 ユーロ万歳!
12 カジノは国家なり
13 登山電車に揺られて
14 タイム・イズ・ライフ
15 アルプスのサムライ
16 伝統と格式の鉄火場
17 終身名誉会員
18 1億円しばりの密室
19 ノルマンディの妖精
20 博奕なるものあらずや
21 消費は美徳。倹約は罪。
22 皇帝のシュピール・バンク
23 ゲルマンの叡智
24 名作『賭博者』の背景
25 考えるドイツ人
26 アメリカン・スタイルの正体
27 遊べよ、日本人!

本書には何度も「鉄火場」という言葉が出てくるけれど、浅田さんがこの本の中で訪れるヨーロッパ各国のカジノには、鉄火場という言葉からイメージするような激しさや勇ましさはほとんどない。タキシード着用だったり、ジャケット、タイが必須とされるその場所は、非常に優雅なものであるし、たとえば日本のパチンコのようなせかせかしたところはどこにもない。

アメリカのカジノのような豪快さでもなく、あるのは洗練された大人の社交場としての姿なのかなぁ。ルーレットやブラックジャックの優雅な雰囲気が印象的。とはいえ、比較的ゆったりしたヨーロッパのカジノにおいても、短時間で出来、操作やルールも単純なスロットマシーンの台頭は逃れられないようだし、浅田さん自身もルーレットやブラックジャックで負けると、スロットマシーンの方へ流れておられるようです。

ギャンブルについての心構えについては、色川武大(阿佐田 哲也)さんの本に書いてあったことにも通じていたなぁ。ギャンブラーというと、大勝負を張っちゃう人というイメージがあるけれど、実際、本物のギャンブラーは常に掛け続けなければならないわけで、それには大勝でも大敗でもなく、小さな勝ちを積み上げることが大事なんだよね。

と、まぁ、そんなことは置いておいて、浅田さんがこういった本を書かれたことは特に意外ではなかったんだけど、良かったのはこの本を書くことになった心意気というか、意気込みです。

そう、ギャンブルとは非日常のもの。
プロローグ「非日常と非常識へのいざない」から少し引用します。

目先の事象に対処するだけの知識が、人生においていかに無力であるかは、すでに周知であろう。多くの日本人オヤジに必要なものは、われわれを縛めている日常と常識の打破である。要するに私は、ひたすらに非日常と非常識を求めて、世界カジノめぐりの旅に出た。
男の夢がぎっしりと詰まった紀行文として読むもよし、ギャンブル指南書とするもよし、すこぶるマニアックなガイドブックとなればなおよし、さらにやがて来たるべきカジノ解禁の一助となれば、これにまさる幸いはない。

勤勉を美徳とする日本人はどうしたって、「遊び」が下手。更に博才となると、これがある人は限られているようにも思うけれど、自分のお金をすることなく、一緒にカジノめぐりが出来ちゃうのは嬉しいなぁ。自分のお金や、ギャンブルにおけるヒリヒリとした感覚無くして何するものぞ、という話もあるけれど、実際風光明媚な土地にあるカジノの写真を見ているだけでも楽しいです。そして、なんだかんだいって、やはり「勤勉」かつ真面目であり、日本という国を愛する浅田さんの文章も勿論楽しい。

「死んでいるかしら」/柴田元幸さんエッセイ集

 2008-05-27-23:59
死んでいるかしら死んでいるかしら
(1997/05)
柴田 元幸

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死んでいるかしら?、と聞かれても困っちゃうけれど、自分だけが知らないだけで、もしかして…、と妄想ワールドに入り込む傾向があるとしたら、それは柴田さんと同類とも言えるのかも。

同じく、翻訳家にして名エッセイスト、岸本佐知子さんの本もそうでしたが、エッセイ集一作目である「生半可な学者」(過去感想にリンク)よりも、こちら「死んでいるかしら」の方が、より自由に羽ばたいておられるように見受けられます。こういう妄想系脱力エッセイ、好きだわー。そこはかとない含羞をまぶした妄想って好みなのです。

あとがきにもありますが、これはエッセイ+絵の本。きたむらさとしさんの絵が、すべてのエッセイについていて、これがまたいいのです。

自分の書いたすべての文章にきたむら画伯の絵がつく、という夢のような贅沢が実現できて、本当にものすごく嬉しい。僕の気持ちとしては、この本はきたむらさんとの共著である。   (あとがきより引用)

絵がつくとはいっても、カラーではないし、基本、ワンカットなので、普通は”共著”とは言わないのだろうけれど、そう仰る気持もわかる作りです。表紙もね、犬のすぐ下にある本には”AM I DEAD?”と書いてあるし、この脚は裏面の”柴田くん”のキャラまで繋がってて、彼のTシャツには”entropy”の文字が(エントロピーについては、「エントロピーとの闘い」という項で、エントロピーとの負けいくさについて語っておられます。コリヤー兄弟についても、ここで)。凝ってます。

そうそう、柴田さんといえば、しれっとした書き方でそのまま嘘をつくイメージだったので、この本の中の”コリヤー兄弟”なる人物の話も眉唾だなぁ、と思ってたんですが、Wikipediaによると(リンク)、どうも実話のようですねえ。疑ってゴメン、と思いつつ、便利な世の中だなぁ、と思いました。でも、ほら話の生き難い世の中でもあるのかも?

コリヤー兄弟については、こんな本↓もあるようです。
変人偏屈列伝 (愛蔵版コミックス)変人偏屈列伝 (愛蔵版コミックス)
(2004/03/19)
荒木 飛呂彦鬼窪 浩久

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つな がる

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つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
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2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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