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「心臓に毛が生えている理由」/米原万里さん、いろいろ

 2009-01-15-23:29
心臓に毛が生えている理由(わけ)心臓に毛が生えている理由(わけ)
(2008/05)
米原 万里

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目次
Ⅰ 親戚か友人か隣人か
Ⅱ 花より団子か、団子より花か
Ⅲ 心臓に毛が生えている理由
Ⅳ 欲望からその実現までの距離
Ⅴ ドラゴン・アレクサンドラの尋問
Ⅵ 対談 プラハ・ソビエト学校の少女たち、その人生の軌跡
        米原万里 VS 池内 紀
初出一覧
米原さんのエッセイを読むのも、何冊目になるのかな。本のタイトルも、章のタイトルもなんだか不思議だけれど、初出の場所もまたさまざま。まぁ、色々な場所に(例:読売新聞、西南学院大学広報、大法輪閣、上野のれん会、マミフラワーデザイン、ジェイアール東日本、日本経済新聞、神戸新聞、北白川書房、松扇軒、三省堂 ぶっくれっと、毎日新聞、SAS Institute Japan、潮出版、童話社、図書館の学校、大宅壮一文庫、朝日新聞、日本婦人団体連合会、角川書店)、色々なお話を書かれていること!

ほとんどはエッセイなんだけど、一部にはショート・ショート風のものも。エッセイも、渾身の「オリガ・モリソヴナの反語法」(感想)もいいけど、軽いショート・ショートもなかなかでした。

面白かったのは、通訳がらみのⅢ章の「言い換えの美学」。欧米文化圏では、修辞学のイロハというか美学があるのだとか。即ち、同じ事柄を、同じ語で指し示すのを避けようとする傾向。文学作品は分かるとして、経済や科学の論文でも、また演説においてもそうだなんてー! 科学の論文なんて、簡潔であればあるほど良いと思っちゃうんだけどな。でも、何度も同じ単語を繰り返すなんて野暮過ぎるのだそうでありますよ。外国語→日本語の場合は、演者の苦労虚しく、同じ言葉を使えばいいのだけれど、問題なのは、日本語→外国語の場合なのだとか。このままでは、幼稚に聞こえてしまう!、とときに身悶えしておられたそうな。

あとはねえ、ドイツ文学者の池内紀さんとの対談ですね。「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」は読んではいるんだけど、先が気になってざざざっと読んじゃったんですよね。やっぱりきちんと読みなおそうと思いました。
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「ガセネッタとシモネッタ」/米原万里さんの豊かな世界

 2008-06-06-23:12
ガセネッタ&(と)シモネッタ (文春文庫)ガセネッタ&(と)シモネッタ (文春文庫)
(2003/06)
米原 万里

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それは、言語の海を泳ぎ切る同時通訳者としての姿だったり、チェコスロバキアのソビエト学校で一般の日本人とは異なる教育を受けた幼き日々の姿だったり、異国の地で「少年少女世界文学全集」を貪るように読む姿だったり。

とにかく印象的なのは、世の中の全ての物事に対する深い愛情と強い好奇心。たとえば、興味を惹かれた本を取っ掛かりとして拡がっていく「芋蔓式読書」にしても、医学や政治経済、金融、電子工学など様々な専門分野の通訳を務めることから必要になる、様々な知識の読み込みや吸収の仕方にしても、まぁ、普通の人でもそういうやり方をすることはある。でも、なかなかこの深度ではやれないよー、ということを、ばりばりがりがりと、しかも楽しんで進んでいく姿がそこには見える。なんというエネルギッシュさ!

言語を操っていた米原さんは、言語の背後にその国の文化を、文学を、人間を見ていた。日本で言う「語学が得意」というのは、大抵単に「その語学が出来る」ということを意味しているけれど、米原さんが話している「語学」というのはそういうものではないんだなぁ。

英文学者・柳瀬尚紀さんとの「翻訳と通訳と辞書 あるいは言葉に対する愛情について」なる対談も面白いです。この柳瀬尚紀さんを全く知らないのに言うのもなんですが、米原さんの器の大きさに比べると、柳瀬尚紀さんが大分小物に見えてしまいます。「鉄のカーテン」を調べ、広辞苑、大辞林ではチャーチルが使ったというところまでしか出ていないけれど、ロシアの辞書では更にその先が載っていて、実は鉄のカーテンというのは、ソ連側から下ろしたものではなく、当初は西側が革命の火除けに引いていたと考えられていたというのも面白ーい(1930年のソ連において、との限定つきだけれど)。米原さんの探求はこの後も続くんだけど、柳瀬さんのおっしゃる「すごい読み手だな」という言葉が、ひしひしと伝わってきます。

通訳をやっていると、知らない単語が出てくると焦りまくります。ですから、事前になるべく資料を取り寄せて調べるんです。ある単語がわからなくて、一つの辞書に当たってなくて、二つ目当たってもなくて、三つ目にあたって語根の同じような単語がある、もう一つ別の用法があったら突き合わせて、たぶんこの意味だろうと類推していくわけです。だから辞書には、ちょっと載っているだけでも、中途半端でも、ありがたいという感じなんですね。辞書はそういうものだと思う。

この辺も全く辞書に頼ってないですもんね。これが英語だったら、グローバルスタンダードだし、通訳者の人数もケタ違いだろうからまた違うんだろうけれど、ロシア語を学んだということも、まさに米原さんという人間を形作ったと言えるような気がします。

そういえば、ちょっと前にテレビで同時通訳者のお仕事を見たんですが(@「ひみつのアラシちゃん」)、ブースの中の緊張感、緊迫感はただ事ではなかったです。あんな集中力を発揮できるのは、やっぱりちょっと特殊な人たちだとしか思えませんでした~(たとえそれが、米原さんのこの本では、あまり面白みがない、といわれる英語の通訳者であってもね。)。
目次
Un Saluto dallo Chef シェフからのご挨拶
 ガセネッタ・ダジャーレとシモネッタ・ドッジ
Apertivo 食前酒
Antipasti 前菜
Primi Piatti 第一の皿
Vino Bianco 白ワイン
Secondi Piatti 第二の皿
Insalata Russa ロシア風サラダ
Vino Rosso 赤ワイン
Formaggi チーズ
Dessert デザート
Caffe コーヒー
Digestivo 食後酒

「打ちのめされるようなすごい本」/書評家としての米原万里さん

 2007-09-15-21:24

米原 万里

打ちのめされるようなすごい本


ずーっと前に(珍しくも)購入して、それからぼちぼちと読み進めている本です。

目次
第一部 私の読書日記
第二部 書評 1995~2005


「読書日記」と、「書評」とに分かれた二部構成。読書日記で出てきた本が「書評」の方にも登場したりして、被っている部分もあるのだけれど、そうするとどちらかというと生の感情が出ている日記と、評論的に書かれた書評を読むことが出来て二度美味しい。

それにしても、驚くのは読書の幅広さもさることながら、世界情勢と緊密に繋がった、まさに「活きた」読書であること。

たとえ、フィクションであっても、土台を知っていたり、更に深く知ろうとすることで、同じ一冊の本から得られることは格段に増える。同じ高野和明さんの「13階段」を読んでいても、私は「面白い」とは思ったけれど、粗も気になったし、米原さんのように深くは読み込めなかった。米原さんの死刑制度への考えは、この一冊の本から深まっていく。私が思った粗の部分は、勿論米原さんも指摘されていて、「欲を言えば、真犯人の造形をもう少し肉付けしてほしい。それから、なぜ犯人は証拠を焼却せずに隠したのか、合理的な理由が欲しい」と注文を付けていおられるのだけれど、それはそれとして、その段階で得られる全てのものを、深く深く吸引していくような迫力を感じるのだ。

深く感動し、深く考える、米原さんの溢れる活力を強く感じる一冊。ああ、こういうことね、とさらりと流したり、ああ、知ってる知ってる、と斜に構えたりせず、いつだって一冊の本に対してとっても本気。

1995年の書評から引くと、米原さんの読書ペースは「ここ二十年ほど一日平均七冊を維持」しておられたそうで(このあと、視力と読むスピードの減少を嘆く話に続くのだけれど)、この深さでこの読書量。圧倒されてしまうのだけれど、もう、こういうものを読むことが出来ないのがとても残念。「書評」も2005年で止まっているわけだけれど、新刊でとても良い本に出会うと、ああ、この本を米原さんが読まれたら、どう評されるのだろう、と考えてしまう。この「すごい本」に出会えた喜びを、米原さんと共有したかった!、と。

■小説家としての米原さん■
オリガ・モリソヴナの反語法 」/オリガ・モリソヴナとは何者か?

■エッセイストとしての米原さん■
真夜中の太陽 」/米原万里さん

■気になった本メモ■




アナトーリイ・イグナーチエヴィチ プリスターフキン, 三浦 みどり
コーカサスの金色の雲 (現代のロシア文学)

←これはどうかな、と思ってたけど、装丁もいいし、amazonのレビューもよさそう。この表紙って、朝倉めぐみさん?? んー、これだと良く分からない…。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡下さい。

「真夜中の太陽」/米原万里さん

 2006-05-30-22:29
 
米原 万里
真夜中の太陽 
中央公論新社
(画像は、中公文庫)

「真夜中の太陽」とは一体何ぞや?

これは、暗闇が怖くて夜になるのが嫌だった、四歳の頃の米原さんに、お父さまがしてくれた話に由来する。この辺は土地柄が日本とは違うのだなぁ、と思うのだけれど、「隣の広大なお屋敷の奥からお化けや妖怪たちの鋭い目が怪しく光り、自分をつけ狙っているような気がしてならなかった」そう。

もとは、お父さまが寝る前にしてくれたおとぎ話。欲の皮の突っ張った馬鹿な男が、畑の収穫を上げるために、太陽を沈ませまいとして悪戦苦闘する。米原さんも目的は異なるけれど、おとぎ話の男と同じように、太陽に沈んで欲しくないと思っていたわけで、「太陽が沈む」ということに興味を持つ。子供を寝かしつけるためのおとぎ話だったはずが、いつしか地動説を理解させるための説明へ・・・。

その瞬間から、わたしの心の中に、地球の裏側で、ご機嫌な顔をして大地を照らす太陽のイメージが生まれた。真夜中の暗闇の中でお化けや妖怪たちに襲われそうになるとき、地球の裏側の太陽を思い浮かべると、彼らは退散してくれるようになった。
お化けや妖怪を信じなくなった今も、真夜中の太陽のイメージはわたしを励まし続けてくれている。目前の状況に悲観的になり、絶望的になったときに、地球の裏側を照らす太陽が、そのうち必ずこちら側を照らしてくれると思えば、気が楽になるし、その太陽の高みから自分と自分を取り巻く事態を見つめると、大方の物事はとるに足りないことになる。もちろん、その逆に、情け容赦ない太陽の光は、至近距離では、とるに足らないことが、実は人類全体にとって致命的プロセスなのだとあぶり出してくれることもある。

本書は、二十世紀末から二十一世紀初頭にかけて、いくつかのメディアに連載された文章を纏めたもの。いずれも、今現在の日本と世界の状況を、米原さんの目で見て、解釈したもの。

「真夜中の太陽」のエピソードを知ってからは、少々怖い事、嫌な事があっても、ご機嫌な太陽を背に、楽天的に物事に立ち向かう少女の像が、米原さんの後ろに見えて、何だか微笑ましくもあった。

ちなみに、「いくつかのメディア」とは、「婦人公論」、「ミセス」、「熊本日日新聞」、「公研」のこと。「婦人公論」、「ミセス」などは読んだ事がないのだけれど、そうか、こういった文章も載っているのか、と興味を覚えた。米原さんを選ぶとは、センスいいね、と・・・(米原さんの著作を二冊しか読んでないくせに、生意気ですが)。

非常に残念な事ですが、米原万里さんは25日午後1時12分、死去されたそうです。まだ56歳の若さでありました。ご冥福をお祈りいたします。「
オリガ・モリソヴナの反語法 」のような、骨太の物語をもっともっと紡いで欲しかった、と思います・・・。

 検索で見つけた、北海道新聞の訃報に
リンク

*臙脂色の文字の部分は引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

「オリガ・モリソヴナの反語法」/オリガ・モリソヴナとは何者か?

 2006-02-03-09:44

米原 万里
オリガ・モリソヴナの反語法

約三十年前、チェコスロバキアはプラハ、ソビエト大使館付属八年制普通学校に通う、志摩たち生徒を虜にしていたのは、ダンスの授業を受け持つ女教師、オリガ・モリソヴナだった。オリガ・モリソヴナは、五年前も十年前も、自分の年を「五十歳」と言い続けていたらしい、七十歳にも八十歳にも見える年齢不詳の女性。服装はとびきり古風で、一九二〇年代には間違いなく新鮮で格好よかったであろうファッションを好む。二十世紀初頭には粋だったような帽子、顔面を覆うベール、付けボクロ、レースの手袋、大振りで大時代なアクセサリー・・・。ついたあだ名は「オールド・ファッション」。しかしながら、オリガ・モリソヴナはそんな他人の視線も、風評もそ知らぬ振りで、強烈な香水のにおいをふりまきながら、校内を傲然と闊歩する。

悪ガキ達も一目置く、オリガ・モリソヴナの授業では、反語法を駆使した濁声が飛び交う。「ああ神様!おお感嘆!まあ天才!」。「これぞ想像を絶する美の極み!。勿論これは、感嘆の言葉などではない。そして勿論、子供たちはこういう言葉、身振りにはいつだって夢中になる。オリガ・モリソヴナ固有のものかと思われる、おかしな諺のような言葉もふんだんに使われる。「下手な考え休むに似たり」に当たるであろう、思案のあげく結局スープの出汁になってしまった七面鳥」から、ここに記すのを躊躇するような言葉まで。

しかし、子供たちを夢中にしたのは、ただその言葉、身振りだけではなく、そのダンス教師としての天分だった。恐ろしげな顔と濁声さえなければ、完璧な美女ともいえる、スラリとした理想的な姿形の肉体が繰り広げる、しなやかで切れのよい身のこなし、踊る姿! 盛大に祝われる樅の木祭りにかけては、そのダンスにかける情熱で、学校中のほとんどを支配下におく。オリガ・モリソヴナのレパートリーはあらゆるジャンルを網羅し、ほとんど無限ともいえ、舞踊と名の付くものなら一切差別をせず、どの国の舞踊音楽をも弾きこなす。全八学年各クラスの群舞、ソロやグループ・ダンス、いずれもオリガ・モリソヴナが振り付け、稽古、編曲、伴奏をこなすのだ。

魅力的な教師であり、また謎めいた人物でもあるオリガ・モリソヴナ。謎といえば、オリガ・モリソヴナととても仲の良かった、エレオノーラ・ミハイロヴナもまた謎の人物であった。美しい銀髪を高く結い上げ、十九世紀風ドレスに身を包み、ほとんど絶滅した美しいフランス語を操る、エレオノーラ・ミハイロヴナ。彼女は志摩を見掛けるといつも、まあ、お嬢さんは中国の方ですの?」と小首を可愛らしく傾けるのだった。教師を両親に持つ、親友のカーチャに言わせると、この二人の教師はかなり異色の存在でもある。カーチャがプラハに来る際には、両親だけでなくその子であるカーチャまで、ソビエト本国の色々な機関の面接や面談に引き回されたのだという。風変わりな教師であるこの二人は、一体どうやって厳しいであろう審査をパスしたのだろうか?

オリガ・モリソヴナに夢中だった志摩は、親友カーチャ、ほとんど光速の伝達速度を誇るスヴェータ(「ヒカリちゃん」というような語感)とともに、オリガ・モリソヴナの謎解きに夢中になる。オリガ・モリソヴナとエレオノーラ・ミハイロヴナを「ママ」と呼ぶ、転校生の美少女ジーナ(どう見たって、孫のはずだ!)、凍るような美しい緑の瞳を持つ、志摩の初恋の少年、レオニードを含め、謎はより深まってゆく。謎解きといっても、そこは子供のすることでもあり、いくつかの断片を嗅ぎ取ったものの、やはり謎は謎のまま、志摩は日本に帰国することになる。

そしてこれは、大人になった志摩が語る物語。オリガ・モリソヴナによってダンスの魅力にとりつかれた志摩は、ダンサーを志したが、今ではその夢を諦め、少女時代に親しんだロシア語を生かして翻訳者をしている。少女時代、個性を重んじ、興味深い授業が展開されたソビエト学校時代から一転、画一的な日本の教育現場に放り込まれた志摩を助けたのは、生き生きしたオリガ・モリソヴナの白昼夢だった。ソ連邦が崩壊し、生活にも心にも余裕が出来た志摩の心に再びのぼったのは、少女時代に夢中になった、オリガ・モリソヴナの謎。彼女はモスクワにわたり、出会った人々の助けを借りて、再びオリガ・モリソヴナの謎に迫る。

オリガ・モリソヴナとは、一体何者だったのか?

気になったあなたは、是非この物語を読んでみて欲しい。非常に面白く、引き込まれる物語なので、きっと損はないはずです。全く馴染みのない世界であるのに、ソビエト学校の生き生きとした授業の様子、子供たちも魅力的。また先ほど、「面白い」と書いたけれども、実はこの物語には、「オリガ・モリソヴナ」の苦難の多い人生が隠されている。しかし、この苦難、困難を乗り越えた、「オリガ・モリソヴナ」の強さ、凛とした生き様が実に魅力的であり、それを踏まえて読むと、オリガ・モリソヴナの濁声の反語法もまた、更に魅力的に思えるのだ。骨太のいい物語でありました。

さて、余談ですが、日本のバレエ団の実情の話。これ、物凄く実在の人物とバレエ団をもじっている様に思うんですけど、気のせい? 名前が滅茶苦茶似てるんですよ。日本の中で、「踊り」で食べていくのは、確かにとても大変なんだろうけど・・・(特にバレエをやるなら、骨格が、とかね)。

← こちら、文庫です

*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

■トラバが飛ばない「みすじゃん。」のおんもらきさんの記事リンク
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プロフィール

つな がる

Author:つな がる
つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
興味を持った記事があったり、あなたが読み終えた本について語っていたら、是非あなたの感想を教えて下さい。お待ちしています。

2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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