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「猫舌男爵」/魅惑の舌触り

 2007-08-31-22:49
猫舌男爵猫舌男爵
(2004/03)
皆川 博子

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人を食ったようなタイトルに惹かれて借りてきた、皆川さんの本です。味も舌触りも異なる五本の短編。どれもいいなぁ、流石、皆川さんだよなぁ、と一人頷いてしまいました。

目次
水葬楽
猫舌男爵
オムレツ少年の儀式
睡蓮
太陽馬


好きだったのは、「猫舌男爵」と「睡蓮」、「太陽馬」。
水葬楽」は侏儒が奏でる音が印象的であり、「オムレツ少年の儀式」はやはりここで小道具はオムレツでなくてはならないよなぁ、と感じました。ふわふわと調えられたオムレツって、なんか幸せではありませんか?

■「猫舌男爵
これは、ヤマダ・フタロのニンポをこよなく愛する、ヤン・ジェロムスキなる人物による翻訳本。
ヤマダ・フタロの本を漁る内、彼の手に入ったのはハリガヴォ・ナミコ(針ヶ尾奈美子)が書いたという短編集、「猫舌男爵」。日本語を学ぶ彼は、この本を訳すことに決めたのだが…。翻訳をするには、語学力に激しく難があるジェロムスキは、周りの人間を巻き込みながら、翻訳とは言い難い本を著すことになる。そして、更にこの本が与えた悲喜こもごもとは…。
老日本語教師、コナルスキ氏の怒りから受容の様子が面白かった。うん、まぁ、その生活もありだよね。
山田風太郎は、昔から面白い面白いと聞いていて、十年ぐらい前に一度チャレンジしたんだけど、ダメだったんだよねえ。今だったら、何とかなるかしらん。

■「睡蓮
ある狂女の物語。美貌と美術の才能に溢れるエーディト・ディートリヒは、なぜ「狂女」となってしまったのか。時系列を遡る書簡や日記がスリリング。

■「太陽馬
敗走中のドイツ兵が語る現況と自らの歴史、彼らが閉じ籠った図書館にあったという、言葉ではなく指弦を操るという一族の物語が交錯する。
最初は読みづらくて、取っつき難かったんだけど、読み終わった今、これが一番心に残る。

敗走中のドイツ兵である「俺」。今ではドイツ兵と共に行動している「俺」だけれど、俺の出自は、トルコ語で<豪胆なる者、叛く者、自由なる者>という意味を持つ、コサックの民。皇帝に忠誠を誓う、気高く誇り高き民。
広大な土地を有する富裕なコサックの子に生まれた「俺」は、戸外では常に馬上にあり、そして疾風を、陽光を楽の音に変え、言葉なき歌を歌った。幼き幸せな日々。しかし、運命はコサックを襲う。コサックが忠誠を誓った帝政は倒され、彼らコサックはボリシェヴィキに容赦無く襲われる。それは姉と結婚することで、ドイツ人からコサックとなった、義兄もまた…。
忠誠を尽くすべき皇帝を失い、また義兄を最悪な形で失った「俺」が新たに尽くすのは、ドイツ軍将校である「少尉殿」。崩れかけた図書館に潜伏中の彼らの手に、降伏勧告書がもたらされた。大尉、少尉、従軍牧師、ユーリイ、俺。俺たちはどう動く?

取っつき難かった主因でもある、この中で語られる指弦を持つ一族の話がまた魅力的でねえ。言葉では表しきれない響きや感動が、きっと世の中にはある。それは「俺」が馬上で歌った言葉なき歌と同じ…。

さて、コサックといえば、あの「コサックダンス」しか知らず、また騎馬民族といえばモンゴル!だった私にとって、「俺」が語る彼らコサックの歴史は全く未知の世界。ロシア革命含めて、もそっとその辺の知識が欲しいよ~。
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「巫女」/佇む少女は・・・

 2006-08-30-22:58

皆川 博子
巫子

潔癖な少女の季節。神秘的なもの、潔く美しいものに心惹かれ、またそれらを崇拝する彼女たち。ただし、意に染まぬものには、徹底的に厳しいのもまた同じ彼女たちである。

目次
冬薔薇
夜の声
骨董屋
流刑
山神
幻獄
山木蓮
冥い鏡の中で
巫女

「冬薔薇」
勘当同然に、過去、母が追い出された家。母を許さなかった祖父が危なくなり、その家に招かれた典子。汐子伯母は絶え間なく喋り捲り、典子は自分そっくりの少女、異母妹の碧に出会う。

「夜の声」
志乃のもとに深夜掛かってきた電話。それは過去の自分からの電話のようであった。「自殺ゲーム」を繰り返した幼き頃。現実にコップに入れるのは塩であったけれど、少女達の空想の中でそれは確かに毒であった。志乃はまだ幼い声に「十五で死ぬのも五十五で死ぬのも変わりはない」と告げるのだが・・・。

「骨董屋」
既に二人の子がある男の元に、後妻に入ることになった麻子。男との待ち合わせの前に、ふと入った駅近くの骨董屋。そこには不思議な姉弟がおり、彼らはおかしな事を口走る。麻子には全く覚えがないのに、「あこちゃん」、「あこちゃん」と馴れ馴れしい、姉エツ子。無口でありながら、何か訴えるような目をする弟リュウ。彼らは何者なのか?何を伝えにやって来たのか?

「流刑」
彼の最期を看取ることと引き替えに、生活の保障を得て、年老いた夫の後妻に入ることになった「私」。新婚旅行の代わりに、少女時代を過ごした土地へ赴いた彼女は、過去の神事の際に起こった出来事を思い浮かべる。

「山神」
学生時代の友人であった、玲子と和代。画家になった和代は、田舎暮らしを始めた玲子のもとを訪れる。学生時代華やかだった玲子は、見る影もなく老け込んでおり、和代に彼女が信ずるところの、幸不幸の帳尻の話をする・・・。

「幻獄」
幻覚剤の中で見る夢は・・・。タブーは夢の中までにも追いかけてきて、「私」は夢の中でも常に禁忌の世界に閉じ込められる。

「山木蓮」
按摩に訪れた女が語る昔話。彼女が話したくない話に巧みに持っていく客は誰だ?、と思うとゾーっと怖い話。

「冥い鏡の中で」
姉恵子をほとんど崇めていた麻子。その姉や、家族、招待客までが、齢三十一にしての姉の結婚式で一様にはしゃいでいるようである。麻子が信じてきた姉の憎悪、潔癖さは幻だったのか?

「巫女」
別の物語、巫女の棲む家」の母体のような作品であるそう。私小説ではないけれど、体験が七割ぐらい入っているとのこと。これが実体験とは・・・、と驚く話。「巫女」にされた少女の辛さ。

どれもこれも、読んだ後に心がしんとするような物語。

「鳥少年」/怖い短編集

 2006-07-16-21:27
皆川 博子
鳥少年

これは、皆川博子さんの短編集。
幻想的でホラー調でもあるんだけど、ここに描かれているのは、人間の業というか、どうしようもない感情。ある意味現実的なんだけど、短編だけに説明が少なく、ぷつんと断ち切られるために、より怖さを感じるのかも。

目次
火焔樹の下で

血浴み

黒蝶
密室遊戯
坩堝
サイレント・ナイト
魔女
緑金譜
滝姫
ゆびきり
鳥少年

」、「黒蝶」は、芝居者達のじっとりした舞台裏の話。女形の嫉妬は怖い。
緑金譜」、「滝姫」は、姉への密かな思慕を描く。

作品としての出来は良く分からないけれど、「血浴み」は描かれた女性の人生が哀しい。地方都市の名家の末娘、夏代は離婚して子連れで郷里に戻ってきた女。その後も、父親を決して明かさない、またそれぞれに父親の違う子どもを、ぽこぽこと産む。淫乱だと後ろ指をさされても、夏代には夏代なりのルールがある。夏代のもとに、詩の文芸誌で知り合った須賀という女が、やって来る。夫に離婚を切り出され、また浮気相手にも捨てられた彼女はボロボロ。しかし、泣ける彼女はいい。泣けない夏代とて、男に捨てられて、決して平気なわけではない。

魔女」もまた怖いなぁ。
独りの女が深夜、部屋にこもっているとき、どんな力を持つものか、男は知らないのだって。魔女達の対象である、美容師見習いの六也が健全なだけに、この怖さが際立つ一編。

」、「密室遊戯」は何とも隠微な味わい。

」。夫の浮気を知った依子は、年の近い叔父の結婚式で知った、叔母のつよさに惹かれ、叔母の住む町へと向かう。以前、人形作りをしていたという叔母の元には、既に先客があった。それは、睡眠薬で眠らされた二人の若い男性。叔母は、眠る若い男性に化粧を施す。美しく、艶かしく、汗ばんだ無骨なTシャツとジーンズの上に、男とも女ともつかぬ艶やかな顔が眠る。依子もまた、その魅力に酔うが・・・。

密室遊戯」。「わたし」が住む部屋は、肉屋の二階を三間に仕切ったもの。ある日、「わたし」は隣の部屋から明かりが漏れていることに気付く。隣の部屋の女の生活を覗き見る喜びを知った「わたし」は、女に教えられた甘美な遊びに酔う。隣の女もまた、覗かれる事を知って、「わたし」に遊びを教えたのかもしれない。

のほほんと生きているので、こんな怖い経験はないのだけど、一つのパラレルワールドとして、自分の現実の他に、こんな世界が実は成立しているのかも、と思うと、更に怖い本。うーむ、暑い夏にちょうどいいか? ちょっとぞぞぞ。

*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

「花櫓」/芝居者たちと少女の恋

 2006-06-09-21:29
 
皆川 博子
花櫓 

これ、面白かったー! 皆川博子さんは、色々な設定で書けちゃうんだなー。
以前読んだ「死の泉」は第二次大戦下のドイツを舞台にしていたけれど、こちら、花櫓」は江戸時代の歌舞伎、芝居者の世界を描いている。

歌舞伎の世界を全て理解出来たとは思えないんだけど、芝居者達の世界、「櫓」にかける思いには胸が熱くなる。あったり前なんだけど、中村勘三郎、市川団十郎、市川海老蔵、松本幸四郎など、見知った名前が出てきたりね。歌舞伎の一門に生まれるということ、連綿と続く伝統の世界に身を置くということは、やはり特別な重みがあることなんだろうなぁ。普通の世界とはきっとまったく違う世界。

お菊とお珊の二人は、中村座の座元の娘。二人の父は、八代目中村勘三郎。お菊は妾の、お珊は正妻の娘であるが、正妻の病が篤く、お菊の母が内内の事は取り仕切る日々。大人の思惑が渦巻く中、二人の少女は案外孤独であり、近づいたり反発したりしながら、それでも互いに唯一の味方として生きる。

また、子供の頃は芝居の楽しさ、煌びやかさしか見えなかったけれど、少女達は既にその裏側も存分に知っている。役者の世界は華やかなだけではない。地代は滞って、座元の内情は火の車であるし、歌舞伎役者は色づとめとも無縁ではない。少女達とほとんど年の変わらないあどけない伝九郎、美しい七三郎。彼らもまた、色子をこなして、役者としての色気を手に入れている。

俗にいう江戸三座。公許の櫓を上げられる小屋は、江戸に三つしかない。江戸に見世物、芝居は数あれど、三座の他は、野天の掛小屋でなくてはならぬのだ。
ここに野心を抱えた一人の若者がいた。<馬場の芝居>の若、源次の夢は、祖父が果たせなかった夢を果たす事。いつか三座のように、芝居町・二丁町で、良い役者を揃えて、大芝居を打つのだ。

彼ら芝居に魅せられた若者たちが、恋に、夢に生き、成長していく。少女だったお菊は、中村座座元のおかみに、お珊もまた揺れる不安定な時期を通り過ぎる。

櫓を上げるのは、江戸中の人たちに恋文をおくるようなもの。彼らの気持ちは、きっと届くはず。ただし、その内幕は、人々に分からなくとも良い。ただただ、芝居を楽しんで貰えれば・・・。しかし、その内部に生きる者達の姿は凄まじい。でも、この凄まじさがあるからこそ、内部に生きる者達の人生が濃密なのだろう。

すっごい面白かったのだけれど、うーん、この感動を上手く言い表せないな~。
残念無念す。

 ← こちらは講談社文庫
皆川 博子
花櫓 
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プロフィール

つな がる

Author:つな がる
つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
興味を持った記事があったり、あなたが読み終えた本について語っていたら、是非あなたの感想を教えて下さい。お待ちしています。

2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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