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「ぐるりのこと」/わたしと世界と

 2007-09-09-22:45
ぐるりのことぐるりのこと
(2004/12/22)
梨木 香歩

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目次
向こう側とこちら側、そしてどちらでもない場所
境界を行き来する
隠れたい場所
風の巡る場所
大地へ
目的に向かう
群れの境界から
物語を

普通は「小説」よりも「エッセイ」の方が、軽く肩肘張らずに読めるものだと思うのだけれど、梨木さんは珍しい作家さんで、全く逆。
梨木さんの「エッセイ」は、「軽い読み物」などでは決してなく、その思索の過程を綿密に辿るような重いもの(って、「春になったら莓を摘みに」と本作しか読んでないんだけどね)。

本作は、梨木さんが旅先で出会った人、出会った言葉、身辺のこと、まさに身の回りの「ぐるりのこと」(この「ぐるりのこと」は、先年亡くなった、京都周辺で開催される茸の観察会の指導者として著名だったという、吉見昭一さんの言葉から貰ったのだという)。

梨木さんの思索は、本当に生真面目で誠実。こんなに考えていたら、疲れてしまうのではないかなぁ、と思うほど。それでも、梨木さんは深く長く考え続けていく。こんなにぎっちりと思索をする人の物語が、むしろすかすかに程良く空気が抜けるように思えるほどになるには(「家守奇譚 」とか「村田エフェンディ滞土録 」とか)、一体どれほどの推敲を重ねられたのか、とくらくらと眩暈がする思いがする。

でも、きっと「物語」とはそういうもの。「ほんとう」のことをそのまま書いても、また言いたい事を全部詰め込んでも、それは人の心に届く物語にはならない。そうやって、削いで削いで削いでいったものが、大吟醸のように豊穣な物語となる(そういう意味では、梨木さんの「裏庭」は私にはまだちょっと息苦しい)。

いろいろ、引きたいところもあるのだけれど、最後の「物語を」から、梨木さんの「物語」に対する思いの引用を。

近代化され、西洋化された現代の日本で、アイデンティティという言葉が使われるようになって久しいけれど、幾重にも取り囲む多層の世界、多様な価値観、それぞれとの間断なき相互作用、その中心にある不安定で動的な「自己」に、明確なアイデンティティを自覚するのは、生半可なことではないのだ、本当は。ましてやその「自己」が自身を取り囲む多層な世界を語り出す、などということは。その中に棲まう、地霊・言霊の力とおぼしきものを総動員して、一筋の明確性を辿りゆくこと、それが「物語化」するということなのだろう。

物語を語りたい。
そこに人が存在する、その大地の由来を。

梨木 香歩
ぐるりのこと (新潮文庫 な 37-8)  ←文庫化もされているようです

■この本の中に出てきて、気になった本のメモ。



*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

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「この庭に―黒いミンクの話」/窪地の家で

 2007-06-28-22:04
この庭に―黒いミンクの話この庭に―黒いミンクの話
(2006/12/13)
梨木 香歩

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北国の窪地にある家に、引き篭もったある人物の視点で語られる物語。

物語の中でもしんしんと雪が降るのだけれど、この本にはまるでその雪のように静謐な絵が挿まれる。そのほとんどは無彩色の世界なのだけれど、時に効果的に赤い色がほんの少量用いられる。静かで、時にユーモラスな絵が、この物語には良く似合う。

読み進める内に、読者はその人物が若い女性であるらしき事を知り、ある生きにくさを抱えた彼女が、この北国の家に逃避してきたことを知る。それはまるで、春を拒絶する冬眠のよう。部屋に転がるのはさまざまな国籍の酒瓶であり、彼女はアルコールと、この家に偶々あった、オイル・サーディンだけで、この家に来てからの日々を過ごしていた。

そんな彼女の元に現れたのが、「黒いミンクを探している」という日本人形のような女の子。この窪地の家の庭にミンクがいるはずなのだ、と少女は言うのであるが…。そうして、いつしか野性味を残した、しなやかな黒いミンクがあらわれるようになる。そのミンクは、彼女の中のサーディンの群れを狙い、サーディンはミンクから逃げ惑う。

この野性味溢れるミンクを受け容れるか否か? 下品なほどの野性味を見せる、帰化動物であるミンク。新しい環境に適応してしぶとく生きるミンクに、彼女はふと自分の父を思い出す。そんな彼女のもとに、日本人形のような少女が再び訪れる。少女はこの事にも意味があるのだと説き、彼女は深い深い雪の中でただ眠り続ける。

5ページにわたる絵が載せられた後には、更に場面が転換する。そう、この彼女とは「からくりからくさ」「りかさん 」に出てきた、ミケルのことであり、たぶん、今までのことは、熱を出して寝込んでいたミケルの夢の話であり、ミケルの将来の姿でもある。ちょっと不思議で、ミケルに優しく説く少女は、きっとあの人形のりかさん

何かが起こるわけでもなく(頭のないサーディンが宙を舞ったり、頭を見つけたサーディンが、嬉しそうにその頭をてんでばらばらにつけたりはするけれども)、ドラスティックに何かが変化するわけでもないのだけれど、ほんの少しの流れによって、人の心が変わっていく梨木さんお得意のストーリー展開とでも言えましょうか。しんしんと降りこめる雪、現実離れしたサーディンの舞う様、鮮やかにその場を乱す黒いミンク、不思議なストーリーだけど、何だか心地良いのです。

「村田エフェンディ滞土録」/私と、私に連なる者たち

 2007-01-14-22:54
梨木 香歩
村田エフェンディ滞土録

目次
一 鸚鵡
二 驢馬
三 ヨークシャ・プディング
四 神々の墓場
五 アジの塩焼き
六 羅馬硝子(ローマガラス)
七 ニワトリ
八 雑踏の熊と壁の牡牛
九 醤油
十 馬
十一 狐
十二 雪の日
十三 山犬
十四 大市場(カパル・チャルシュ)
十五 まつろわぬ足の指
十六 博物館
十七 火の竜
十八 日本

「Disce gaudere」ディスケ・ガウデーレ(楽しむことを学べ
ムハンマドが通りで拾ってきた鸚鵡は、土耳古(トルコ)の下宿屋の食堂で叫ぶ。

さて、タイトルにあるエフェンディとは、学問を修めた人物に対する一種の敬称。よって、タイトルの村田エフェンディとは村田「先生」という程の意味で、家政を司る土耳古人のムハンマドは、下宿人のことを「エフェンディ」と呼ぶ。下宿人とは、質実剛健な独逸人の考古学者、オットー、発掘物の調査に当たる研究家であり、端正な美男で時に哲学者のようでもある、ビザンツの末裔だという、希臘人のディミトリス、それに日本人の留学生で、考古学を学ぶ村田。マルモラ海への眺望が素晴らしいというこの屋敷には、彼ら三人の学者と、英国人でこの下宿屋の主人であるディクソン夫人、土耳古人のムハンマドが住む。

信仰する神も違えば、民族も異なるこの人々と、日本人村田は友情を育んでいく。最後の村田の言葉を借りれば、「私は彼らに連なる者であり、彼らはまた、私に連なる者達であった。彼らは、全ての主義主張を越え、民族をも越え、なお、遙かに、かけがえのない友垣」となった。

また、「
家守綺譚 」ではないけれども、この屋敷にも様々なものが「出る」。払い下げられた遺物を建築資材とすることが珍しくもないこの街で、この屋敷もまた様々な神々の祭壇で出来ていたのだ。今はもう誰も拝まなくなった、名もない神たち。屋敷の壁には、そこで立つ事が習い性になっているビザンティンの衛兵がぼんやりと立ち、村田の部屋の壁には様々に形を変えるものや、牛の角がぼうっと浮かび上がり、波斯(ペルシア)から土耳古に入る途中、匪賊に襲われた木下から稲荷の札を貰って帰れば、ざわざわとざわめいた後に、これまで居た牛の角や羊の角などと三者がしんみりと語り合っているようでもある。

村田が日本に帰ることになった時に見た夢は、こんな夢。

巨大な牡牛と、キツネに山犬、アオサギに牡羊が、透明な炎を纏っているイモリのような小さな火の竜を真ん中にして、横になりくつろいでいた。それを横目で見ながら、私はアレキサンダー大王に向かい、気心が知れるまでの間なのだ、若しくは全く気心が知れぬと諦めるまでの間なのだ、殺戮には及ばぬのだ、亜細亜と希臘世界をつなげたいと思ったのだろうが、もう既に最初から繋がっているのだ、見ろ、と懸命に説いている。

個別には「連なる者」となった彼らであり、土耳古の未来のために、懸命に働くものたちもいるのだけれど、村田が土耳古を去った後、事態は悪いほうへと進んでいく。ラスト、ディクソン夫人の手紙が知らせる事実は、あまりに切なく、哀しい。

人間は過ちを繰り返すもの。そして、人の世は成熟し、退廃する。人はそれを繰り返していくだけなのだろうか。しかしながら、繰り返す事で学ぶ事もある。繰り返した事は、全く同じでは有り得ない。それはきっと新しい型。「人が繰り返さなくなったとき、それは全ての終焉です」。

歴史とは物に籠る気配や思いの集積でもある。村田たちの友情も、何かに籠り、国境を知らない大地のどこかに、密やかに眠るだろう。

そして、日本に住む村田の手元に戻ってきたのは、絶妙なタイミングで、絶妙な言葉を叫ぶ、あの鸚鵡・・・。友よ!」
ちなみに、この村田は、家守綺譚」で綿貫と時折手紙のやり取りをしていた、あの村田であり、日本へ急遽帰る事になった村田は、綿貫の家を下宿先とし、高堂とも出会います。

本当に好きな言葉が沢山ある本だったのだけれど、西洋の合理的、明晰な論理性を叩き切る、シモーヌの言葉も良かったです。

そういう世界、知らなくもないけど。あまりにも幼稚だわ。分かることだけきちんとお片付けしましょう、あとの膨大な闇はないことにしましょう、という、そういうことよ。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡下さい。

あまりに感銘を受けたので、思わず色々メモしてしまいました。
→「
村田エフェンディ滞土録」覚書
←文庫化もされています。

「家守綺譚」/文士、綿貫、家の守役となる

 2007-01-13-00:38
梨木 香歩
家守綺譚

その家の北側は山になっており、山の裾には湖から引いた疎水が走る。家の南側には田圃。
この田圃にも疎水から用水路が引かれており、その水路の途中が、この家の池になっている。

水や自然に囲まれたこの家の本来の持ち主は、綿貫の学生時代の友人、高堂。高堂は湖でボートを漕いでいる内に、行方不明になった。高堂の老父に頼まれた、私、綿貫征四郎はこの家の守をすることになる。売れない物書きの端くれである、綿貫にとっては願ってもない話。

目次
サルスベリ
都わすれ
ヒツジグサ
ダァリヤ
ドクダミ
カラスウリ
竹の花
白木蓮
木槿
ツリガネニンジン
南蛮ギセル
紅葉


ススキ
ホトトギス
野菊
ネズ
サザンカ
リュウノヒゲ
檸檬
南天
ふきのとう
セツブンソウ
貝母(ばいも)
山椒

葡萄
-------------
綿貫征四郎随筆「烏傷ォ苺記(やぶがらしのき)」

ところで、この家には色々なものが「出る」。水に恵まれた環境からか、最初にやって来たのは、逝ってしまったはずの高堂だった。それに触発されたわけではないのだろうが、庭のサルスベリは綿貫に懸想し、掛け軸の中にいたはずの鷺は池の河童を狙い、犬のゴローは河童と鷺の仲裁で名を馳せ、庭の白木蓮はタツノオトシゴを孕み、木槿が満開になれば、その助けを借りて聖母が出でる。松茸を狩りに山寺へ行けば、信心深い狸に出会い、疎水べりを歩けばカワウソの老人の釣り姿を見る。啓蟄には小鬼のふきのとう採りを手伝い、疎水の桜に見蕩れれば、桜鬼(はなおに)が暇乞いにやって来る。

語られるのは、様々な交わり。

合理的、科学的であることが幅を利かせる以前の時代。隣のおかみさんは、河童や鬼の話をしたり顔で聞き、明快に判断するが、土地の者でもない異国の学者が言う事などには否定的。

文明の進歩は、瞬時、と見まごうほど迅速に起きるが、実際我々の精神は深いところでそれに付いていっておらぬのではないか。鬼の子や鳶を見て安んずる心性は、未だ私の精神がその領域で遊んでいる証拠であろう。鬼の子や鳶を見て不安になったとき、漸く私の精神も時代の進歩と齟齬を起こさないでいられるようになるのかもしれぬ。

とはいえ、これらの鬼の子や鳶との交わりのなんとも豊穣な事。交わるものが人であろうと、そうでなかろうと、恬淡としつつも、綿貫の交わりには貴賎はない。

例えばそれは、信心深い狸と出会い、背中をさすり、お経を称え続けた時の話。信心深い狸は、畜生の身でありながら、成仏出来ない行き倒れの魂魄を背負ってしまうのだという。綿貫を騙して背中をさすらせた格好となった狸は、お礼として松茸を籠に一杯置いてゆく。回復したばかりの身で、律儀に松茸を集めてきた狸を思い、綿貫は胸を突かれる。何をそんなことを気にせずともいいのだ。何度でもさすってやる、何度でも称えてやる。

無駄を愛し、花や木を愛でる。そして、それらとの交わりを持つことで、人間だけではない、もっともっと豊穣な世界が立ち現れるのかも。行動半径も狭い綿貫の世界は、現代のどこへでも行ける私の世界などより、もっとずっと広がっているように思える。

また、のんびりしているようで、綿貫の生き方は真摯。それは高堂たちの世界である、あちらの世界に行った時の会話にも。何者にも煩わされない美しいだけの世界は、「私の精神を養わない」。

何者をも否定しないけれど、自分というものを持つ綿貫。
日常の不思議を扱った小品集のようでありながら、その背後には骨太の時が流れている。
【メモ】
疎水ってナニ?、と思って調べたら、こちらのサイトを見つけました。

 
疎水百選  (音が出ます、注意!)

水のせせらぎが心地よいこのサイトによると、『疏水』とは、水田の国、日本の水路造りや水路網をあらわしてるとのことです。

*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡下さい。
「みすじゃん。」のおんもらきさんの記事にリンク

「りかさん」/慈しむ

 2005-08-16-08:54
梨木香歩「りかさん」

目次
りかさん
  養子冠の巻
  アビゲイルの巻
ミケルの庭

■りかさん
リカちゃん人形が欲しかった「ようこ」の元に、おばあちゃんから送られてきたのは、真っ黒の髪の市松人形の「りか」だった。おばあちゃんの手による「説明書」には、こう書いてある。

『ようこちゃん、りかは縁あって、ようこちゃんに貰われることになりました。りかは、元の持ち主の私が言うのもなんですが、とてもいいお人形です。それはりかの今までの持ち主たちが、りかを大事に慈しんで来たからです。ようこちゃんにも、りかを幸せにしてあげる責任があります』

「大事に慈しむ」というのは、どういうことかというと、具体的には「りか」のお世話をすること。着替え、食事(大事なことは、必ずようこちゃんもいっしょに食べること。(だってひとりのお食事って味気ないでしょう。)の世話、隣でいっしょに眠ること。一緒に食事をするようになって、七日目の夜、「りか」はようこに話しかけるようになる。ようこよりしっかりして、年上のお姉さんのような「りか」を、ようこは「りかさん」と呼ぶことにする。

「りかさん」はおばあちゃん曰く、こんな性質の人形。

「人形の本当の使命は生きている人間の、強すぎる気持ちをとんとん整理してあげることにある。木々の葉っぱが夜の空気を露に返すようにね。」
「気持ちは、あんまり激しいと、濁って行く。いいお人形は、吸い取り紙のように感情の濁りの部分だけを吸い取って行く。これは技術のいることだ。なんでも吸い取ればいいというわけではないから。いやな経験ばかりした、修練を積んでない人形は、持ち主の生気まで吸い取りすぎてしまうし、濁りの部分だけ持ち主に残して、どうしようもない根性悪にしてしまうこともあるし。だけど、このりかさんは、今までそりゃ正しく大事に扱われて来たから(人形の中には、正しくなく大事に扱われるものもある)、とても、気立てがいい」

りかと本当に馴染んでお付き合いが始まったので、ようこには他の人形の気配も分かるようになる。「養子冠」「アビゲイル」のどちらも、人形たちの思いの話。

□養子冠の巻
ようこのお雛さまは、ちぐはぐ。普通、お雛さまは、セットでやって来ることが多いから、セットで一つのぼんやりとした思いを醸し出すもの。別々につくられたお雛さまたちが一つのセットになった、ようこのお雛さまたちは、それぞれの思いが衝突して、不協和音がかしましい。この巻では、擦れ違ってしまっていたようこの父とおばあちゃんの蟠り、お雛さま達の不協和音が解消される。

「でも父さんには父さんの理屈があるんだよ。人間って長く生きてると、ああいう冠みたいなものを置き違えてそのままにしてたりすることもたくさんあるけど・・・・・・」

□アビゲイルの巻
「養子冠」から続くお話。ようこの友達、登美子ちゃんのお家は何だか大変そう。「養子冠」の巻で、ようこの部屋にやって来てしまった「背守の君」と、登美子ちゃんのお家でかしましかった人形たちの中で、ただ一人沈黙を守る「汐汲」の思いが解きほぐされる。「汐汲」はあまりに重くて沈痛な思いを引き受けているので、何も話すことが出来なかったのだ。

「汐汲」が語った悲しいアビゲイルの話。アビゲイルは日米親善使節団の任務を背負わされて、日本にやって来たママードール。美しい青灰色の瞳をした、美しい愛らしい人形であるアビゲイルは、自らの親善使節としての任務を大切に思う。故郷で最初に自分を目覚めさせた、あのまぶしい光の洪水のような愛情を、今こそ自分たちはこの日本の子どもたちに伝えるのだ。折悪しく日米は開戦し、アビゲイルは敵国の使者、「鬼畜アメリカ人のスパイ」と見なされる。哀れな姿になってしまったアビゲイル。ようこはりかさんに促され、アビゲイルの供養を行う。アビゲイルはかわいがられることが使命。とても可愛いとはいえない姿のアビゲイルを、可愛いと抱きしめてあげることが供養になる。

―かわいいという言葉を胸の中に抱いてみて。
ようこはうなずき、かわいいという気持ちを、小さな鞠のように胸の中にふうわりとおいた。
―そしたら、そのかわいいという感じがどんどん拡がって行くように力を出して。
ようこは言われたとおり、かわいい、という温かなどこかくすぐったくなるようなほんわかした気持ちがどんどん、心いっぱい拡がって行くようにした。それはだんだん、ようこの体の隅々まで、髪の先から手足の爪の先まで満ちて来た。両の手のひらを開けるとそのあいだの空間までかわいい温かさでいっぱいになるようだ。

アビゲイルのもう一つの使命は、りかさんに受け継がれ、その後のお話「からくりからくさ」、次の章「ミケルの庭」にリンクする。

「からくりからくさ」に繋がる、ようこの染織の話も出てくる。この頃から、蓉子は既に染織に興味があったのだね。植物染料の話から、おばあちゃんの話はこんな話へ。

「おまえは、ようこ、澄んだ差別をして、ものごとに区別をつけて行かなくてはならないよ」
「まず、自分の濁りを押しつけない。それからどんな『差』や違いでも、なんて、かわいい、ってまず思うのさ」
「ようこがそうやって、頭でなく言葉でなく、納得して行く感じは、そういう『悲しいもの』が『昇華に至る道筋』をつけるんだよ。」

■ミケルの庭
文庫収録にあたり、書き下ろされた短編。これ一編でも分かるけれど、「からくりからくさ」を読んだ後だと、更に良く分かる仕組み。アビゲイルから受け取った使命を、りかさんが果たす。「からくりからくさ」もとてもいい話なのですが、蔓草の様に繋がっていく「からくりからくさ」のお話。まだ上手く感想が書けないのです。
***********************************************************
人形の世話もペットの世話も、私は碌にしたことがありませんが、自分以外のもの(特に小さいもの、かな)の世話をし、慈しむことは自分のためでもあるのかもしれない。
梨木 香歩
りかさん
梨木 香歩
からくりからくさ

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

児童書あれこれ/「西の魔女が死んだ」

 2005-03-17-09:03

昨日の「魔法使いハウルと火の悪魔」 の記事をご覧になった方がもしおられましたら、是非とらさんの「手当たり次第の本棚」 こちらの記事 に飛んでみて下さい。私が勝手に「お約束」として片付けていた所には、きっちりと下敷きがあったそうです。「ハウル」「ヨーロッパの昔話風魔法の世界」「数々のイギリス文学に引用されたり登場したりしてるイギリスの詩人」を知っていると面白さが倍増するようです。どうも映画に引きづられた私。ハウルとソフィーの関係にばかり目がいってしまいました。「下敷き」の部分をほとんど知らなかったために、面白さが半減してしまったようです。

DWJは「ハウル」が初読。ファンタジー好きとか言ってる場合じゃないかもしれません。とほ。とりあえず、DWJの入門書として良いらしい「デイルマーク王国史」に挑戦してみたいと思います。
とらさん、ありがとうでした!ブログやっていると、いろいろ教えて頂けていいですね(初めてトラバされてちょっと嬉しかったり。^_^;)。とらさんのコメントによると、「ファンタジイに、アニメや漫画、ゲームなどから入った人でしたら、むしろ、『ダークホルムの闇の君』(創元推理文庫F)がおすすめ」とのことです。


さて、昨日の続き。どうせ少女の物語を映画化するのであれば、こちらがいいなと勝手に希望しています。梨木香歩「西の魔女が死んだ」。主人公のまいは中学生です。

どうにも学校にいけなくなってしまったまいは、一ヶ月あまりおばあちゃんの元で“魔女の修行“をします。おばあちゃんと暮らす日々の中で、まいは自分を律することを覚えていきます。この後、まいは大好きだったおばちゃんの元を、心にしこりを残したまま去ることになります。しかし、おばあちゃんはまいとの約束を覚えていたのでした。

あんまり書くとネタバレになってしまうので、この辺で。いい本ですよ~。
それ程厚くもなく、比較的字も大きな本です。疲れた時に一読されるとよいかもしれません。風や木々の匂いが感じられるような本です。

赤い野いちごのジャム(黒にも近い、深い深い、透き通った紅!)。毎朝、鶏からいただく卵。ラベンダーの茂みの上に広げて干したラベンダーの香りのするシーツ。おばあちゃんのどっしりした香辛料やドライフルーツの入ったお菓子

映像化すると素敵だと思うのですけど。
「おばあちゃん、大好き」「アイ・ノウ」のやりとりも素敵。

何回か読み直しているのですが、私は最後の方ではいつも泣いてしまいます。良質な児童書だと思います。今読んでも勿論いい本ですが、主人公・まいと同年代の頃に読んでみたかったなあ。
その後のまいを描いた「渡りの一日」も併録されています。

銀龍草をいつか実際に見てみたい。
この本は私の中で「外で読みたい本」に分類されています。




著者: 梨木 香歩
タイトル:
西の魔女が死んだ

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プロフィール

つな がる

Author:つな がる
つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
興味を持った記事があったり、あなたが読み終えた本について語っていたら、是非あなたの感想を教えて下さい。お待ちしています。

2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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