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「書店はタイムマシーン」/桜庭一樹さん読書日記

 2009-03-14-23:30
書店はタイムマシーン―桜庭一樹読書日記書店はタイムマシーン―桜庭一樹読書日記
(2008/10)
桜庭 一樹

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「桜庭一樹読書日記―少年になり、を買うのだ。」(感想)に続く、第二弾。

正直ね、このに収められているものは、全てネットで読んでしまっていたから、あえて読まなくてもいいかなぁ、と思ってたんです。でも、何だか、「日々是げんじつ」のいちみさんが読んでらっしゃるのを見て、むずむずと読みたくなってしまったのです。

結果、やっぱりネットとは違うものなのねえ、とか、ネットで読んでても、流石きちんとお金を取るものだけあって、楽しませてくれるもんなんだなぁ、と思いました。作家も編集者も当然プロなのだものね。

今も、桜庭さんの読書日記はネットで連載されていて、最近で言えば、モリミーの結婚報告にものけぞったんですが、桜庭さんもご結婚されたんですよねえ。おめでとう!

とりあえず、これ読んでも、「翻訳文学ブックカフェ」(感想)を読んでも、やっぱり「アンジェラの灰」は読まなきゃなぁ(しかも、「アンジェラの祈り」という続編もあるんだよね、これ…)とか、後は、ベストセラーで読みそこなってた、なかにし礼さんの「兄弟」とか、新訳の「ロリータ」はみなさん読んでて気になるなぁ、とか、「翻訳文学ブックカフェ」にも出てきた、アーヴィングの「また会う日まで」を読むのはやっぱりキツそうだなぁ、とか、ああ、でも、こういうなっがいのを読んだあとは至福の時間が待ってるんだよなぁ、とかとか。ネットで読んだ時に思った諸々(&最近得た知識)を一気に思い出しましたよー。あ、ちょっとこてこてかなぁ、と思って敬遠してた「香水-ある人殺しの物語」も、ラストがどうのこうのと話されると、やっぱり気になる!

あと、気になると言えば、「灯台守の話」(感想)を読んで、良かったー!面白かったー!と私が思っている、ジャネット・ウィンターソンについて。「灯台守の話」を読んでも「オレンジだけが果物じゃない」を読んでも、桜庭さんは自分にとってのこの作家のベストの一にまだ会っていないと感じたのだとか。「自分にとって」だから、私にとってとはまた別なのかもしれないけれど、その後、桜庭さん的ジャネット・ウィンターソンのベストが見つけられたのか、気になるのです。

しかし、前作もそうでしたし、今の連載もそうですが、呆れるほどに沢山のの話が出てくるわけです。私はこんなに読んでないので、実際にその場にいたとしても話せないけど、桜庭さんと編集者(特にオツボメンK島氏(三十二歳で男性で、夏木マリみたい)が気になる)の会話をのぞき見てみたーい!

とりあえず、図書館でも直木賞受賞作を除き、桜庭の予約も落ち着いてきたことだし、そろそろ作家・桜庭一樹も読んでみようかな。や、「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」(感想)のショックが尾を引いてんですが・・・。「砂糖菓子」と言えば、この間本屋で見かけたんですが、普通の(?)表紙の文庫が出てました。萌え系表紙の文庫→ハードカバー→普通の文庫(今、見たら、角川文庫だった)に漫画と、ものっすごい展開ですねえ、これ。確かにエライ破壊力のお話でありましたが、みんな、これ、普通に読めるのかなぁ。私はきつかったっす…。
目次
三月は(ちょっとだけ)パンク・ロックの月である。
四月は穴居人生活の月である。
五月はクマとパンツとベレー帽だった!
六月はほんの三日間だけ八頭身だった!
七月は海辺の町でみんなで海産物を手に手に踊る。
八月は銀の箱を持って匍匐前進する!
九月は地図を握ってあっちこっちにワープする!
十月はドイルの頭にちょっとだけ、触った。
十一月はジョン・アーヴィングに頭から油をかけられる……。
十二月は編集長が酔って石と話す。
一月はコックリ三で埴谷雄高を呼びだす。
二月はコタツで亀になる。
特別座談会 ジゴロになりたい。あるいは四十八時間の恋!
あとがき

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「翻訳文学ブックカフェ」/翻訳者は黒子なのか?

 2009-03-14-22:23
翻訳文学ブックカフェ翻訳文学ブックカフェ
(2004/09)
新元 良一

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珍しくも手持ち。といっても、古屋で偶然見つけたんですが。図書館に押されて、ついつい後回しになっちゃったんだけど、これ、すっごい楽しかったーーー! 最近、自分が読むのも、翻訳モノの比率が増えているしね。

帯から引きます。
翻訳の心
  ×
文学の愉しみ

若島正/柴田元幸/岸本佐知子/鴻巣友季子
    青山南/上岡伸雄/小川高義
中川五郎/越川芳明/土屋政雄/村上春樹
錚々たるメンツでしょ? 元々知っている人も知らない人も、訳したを見て分かる人も、それでも分からない人もいたけれど…。

対談って基的に苦手なんだけど、これは楽しく読めたなぁ。対談というよりもインタビューで、これ、インタビュアーである新元さんがきっと巧いんでしょうねえ。取り上げられたトークのほとんどは、ジュンク堂書店池袋店にて収録されたものなのだとか。

翻訳というとテクニカルな話になるのかなぁ、と思ったんだけど、テクニカルな話で面白い部分もあったけど、みなさん、すごくハートで訳されてる感じがして面白かったです。やっぱり、つるっとした訳がいいわけじゃなくって、原文の癖であるとか、ひっかかりを大切に訳されているのは共通していました。原文に対峙しうる日本語を探すことが大切なんですね。

手がける本の見つけ方も、それぞれ面白かったです。海外ならいざ知らず、日本の書店で見つけて、なんてことも実際にはあるんですねえ。どこまで本当のことかは分かりませんが、青山南さんなんかは、翻訳する作家を、写真で決めるのだとか。

翻訳家は黒子なのか、というと決してそんなことはなくて、今ではこの人が訳しているから読もうとか、自身の言葉で書かれた翻訳家のエッセイも楽しんだり出来るし、更には新訳だって色々出ている。幸せな時代ですよねえ。版権の問題とか色々あるだろうけど、色々な人の訳で読むのも楽しいのかも。

とはいえ、この作家はこの翻訳家じゃなくっちゃ!、というのもあって、小川高義さんの項で言えば、その扉にも書いてあるんですが、「ラヒリは俺の女だ!」発言なども飛び出ています。笑 勿論、冗談ではあるのだけれど、ちょっとドッキリする発言ですよね。でも、作家と翻訳家の名コンビ。素敵ですよね。

全てに色々気になるところはあったけれど、一番びっくりしたのは、土屋政雄さんの項。「日の名残り」の端正な世界が印象深い土屋さんですが、実は文学作品以外にも、コンピュータのマニュアルを訳されることもあるのだとか。意外だなぁ。

同じく土屋さんのところで言うと、その作品の世界を作るため、文体を掴むまでに、小説の推敲作業にかける姿勢に心を打たれました。みなさん、それぞれ色々なやり方があるのだとは思うのですが・・・。

手順としては、ある程度いくまでは、作品の初めから昨日までに訳した部分を全部読み直す。これを必ず毎日やります。原文に対してこれで必要十分な日本語か。違和感があったら、どんな小さな部分でも直す。それを直すことで、ほかにも直す必要のあるところが出てきますから、それもどんどん直す。それを終えて、まだ時間が残っていれば、初めて今日やるべき未訳の部分を訳します。次の日、また同じことを繰り返す。こうやって、もう句読点の位置まで変えるところがない、というところまできっちり決めていきます。

この本、一回読んだだけでは、この情報量をとてもこなせない感じ。いいところは、「これから訳してみたい本」についても、インタビューしてるところなんですよね。その後を考えると、実際に出ているものもあったりとか。ジェフリー・ユージェニデスについて、柴田さんがヘンな作家だ!、って仰ってるところも、何だか嬉しかったなー(既読本:「ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹」、「ミドル・セックス」)。私もヘンだと思うけど、何だか惹きつけられる作家なんです。とにかく本の、作家の話題がいっぱいで、にんまりしてしまう一冊なのでした。楽しかったー! 本の雑誌社、素敵です。

【追記】
そうそう、これについてメモっとこうと思ってたのに、すっかり忘れていたのでした。

青山南さんの項で、創作科の話が出てたんです。あのアーヴィングやレイモンド・カーヴァー(こっちは読んだことないけど)も、先生をしていたことがあるのだとか。

創作科というのは、最初は文学なんて教わるもんじゃないと、バカにされてきたそうだけれど、今アメリカで活躍している作家はほとんど創作科の出身なんだって。創作科を出ると創作科の先生になる。すると、生活が安定して一年に一冊本が書ける。そして、そこの生徒が…、というように再生産のような広がりがあるのだとか。で、アメリカ中の大学にそういう創作科があるから、層の厚さはすごいものになるわけですね。波及効果でイギリスも同じ状況で、カズオ・イシグロとかイアン・マキューアン(こっちも読んだことないけど)も創作科の出身なんだって。

日本では、こういう取組みはないのかしら。アーヴィングの授業なんて、「昨日こんなものを書いたんで、今日の授業はこれを読む!」と、自分の小説を読み、「どうだ、いいだろう」と言っておしまいだったんだそうな。ま、これは創作科の創成期の話らしいんですが、創作科って面白そうな場所だよなぁ、と思ったのでした。そうやって、生活が安定するのもいいことだしね(って、本をあまり買わずに、図書館でばかり借りている私の言う台詞ではないかもしれませんが)。
目次
Day1
若島正
Day2
柴田元幸
Day3
岸本佐知子
Day4
鴻巣友季子
Day5
青山南
Day6
柴田元幸
Day7
上岡伸雄
Day8
小川高義
Day9
中川五郎
Day10
越川芳明
Day11
土屋政雄
Day12
村上春樹
 あとがき

「文芸誤報」/05-08

 2009-02-24-21:42
文芸誤報文芸誤報
(2008/11/20)
斎藤 美奈子

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見開き二ページの鮮やかな書評。知っているについてはふんふんと読んだし、知ってはいても食指が動かなかったものも、斎藤さんの手に掛かると面白そう。「結末がいい」とか言われると、粗筋を何となく知っちゃって、もういいやーと思ってたですら、気になって来ちゃいます。頁数が短くったって、その魅力(やそのトホホっぷり)をきちんと伝えることは出来るのだよね。

書評の数は173で、取り上げられているの冊数は、200冊近いのだったかな。読みたいが色々あって、こまごまとメモしたはずなのに、手違いでそのメモを消しちゃったようなのです。涙 今、覚えているのは、乙一が別名でも書いてるとか、そういうことくらい~。

最初に掲げられていた、文芸書を読むための十箇条も面白かったです。ま、今の世の中、文芸とエンタメを殊更に分ける必要もないとは思うのですが、確かにどっちよりかで自分の読むモードも変わっているものね。純粋文芸も純粋エンタメもあまり好きじゃないので、その中の程良いどこかに自分が好きなバランスがある気がするけど。

「倉橋由美子 夢幻の毒想」

 2009-02-07-12:59
倉橋由美子 (KAWADE道の手帖) (KAWADE道の手帖)倉橋由美子 (KAWADE道の手帖) (KAWADE道の手帖)
(2008/11/06)
不明

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倉橋由美子特集みたいなもんなんですが(単行未収録作品が掲載されていたり)、お目当てだったのは川上弘美さんと桜庭一樹さんの対談だったり、古谷美登里さんの対談だったりします。意外に楽しかったのが、倉橋さんのエッセイ・コレクションの中の「倉橋由美子の人生相談」だったかなー。

私は倉橋由美子さんの作品を、前期とか後期とか、一連の流れとして捉えたことがなかったので、そういう捉え方をしている川上さんと桜庭さんの対談には、いま一つ共感出来ないままでした。私はどうも、ここで言ってる、硬質でタガを作ってるような前期作品の方が好きで、お二人が良いといっている、タガをゆるめてきたような(表現ちょっと違うけど)後期作品はいま一つと思っていたしなぁ。

と、思っていたら、歌人、穂村弘さんによる「思春期の薬」の章にはなんか納得。これは決して、倉橋由美子作品を褒めている文章ではないと思うんだけど、倉橋作品は「時代を問わずに或る種の若い読者を強烈に惹きつける作品世界。」を持っていると…。そして、それは自意識が肥大した思春期の薬であったと…。

あとは、倉橋由美子と綿矢りさを比較して論じた、陣野俊史氏の「精神の王族とその系譜」が面白かったです。それぞれ、ある種の少女小説とも読める、デビュー作を終わらせ、次なる新しい進化を目指した作品がある、と(倉橋由美子は「パルタイ」でデビュー、「聖少女」がデビュー作を終わらせた作品、綿矢りさの場合、それは「夢を与える」。「夢を与える」を読んで、なんだかモヤモヤしていたものが、少し掴めたような?)。「小説家はデビューを終わらせなければならない」。完全には意味が分からなくても、どこか心に残る言葉でした。

「アンのゆりかご―村岡花子の生涯―」/腹心の友

 2008-12-26-00:52
アンのゆりかご 村岡花子の生涯アンのゆりかご 村岡花子の生涯
(2008/06/05)
村岡 恵理

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目次
口絵・村岡花子の書斎、愛用品、『赤毛のアン』直筆翻訳原稿、手紙など
プロローグ 戦火の中で『赤毛のアン』を訳す
 昭和20年(1945)4月13日、太平洋戦争が終結する4か月前
第1章 ミッション・スクールの寄宿舎へ
 明治26~36年(1893~1903、誕生~10歳)
第2章 英米文学との出会い
 明治37~40年(1904~07、11~14歳)
第3章 「腹心の友」の導き
 明治41~大正2年(1908~13、15~20歳)
第4章 大人も子供も楽しめる
 大正3~6年(1914~17、21~24歳)
第5章 魂の住み家
 大正7~10年(1918~21、25~28歳)
第6章 悲しみを越えて
 大正11年~昭和2年(1922~27、29~34歳)
第7章 婦人参政権を求めて
 昭和3~13年(1928~38、35~45歳)
第8章 戦時に立てた友情の証
 昭和14~20年(1939~45、46~52歳)
第9章 『赤毛のアン』ついに刊行
 昭和21~27年(1946~52、53~59歳)
第10章 愛おしい人々、そして
 昭和28~43年(1953~68、60~75歳)
エピローグ 『赤毛のアン』記念館に、祖母の書斎は残る
 アン誕生100周年、花子没後40年の平成20年(2008)4月13日
目次を書き写しただけで、満足ーーー!な感じもするんですが、内容も読んで満足の一冊でした。最初はね、プロローグにここを持ってくるのは構成的にあんまり好きじゃないなぁ、とか思っていたんですが(なんつか、クライマックスを冒頭に持ってくる昔ながらの伝記スタイル?)、途中からはそんなことはすっかり忘れ、引き込まれて読みました。孫なのによくぞそこまで書いた!というぐらい、赤裸々に描かれた部分もありますが、それはスキャンダラスというよりは、真摯な姿勢によるものなのでしょう。

アンはやっぱり村岡花子訳よね♪、と思いつつ、空白だった翻訳者、村岡花子の生涯を知ることが出来ました。でもね、今、気になって、私が持っているポプラ社の「赤毛のアン」を確認してみたら(昭和53年第1刷、昭和57年第9刷のもの)、村岡花子による解説がきちんと書いてありました。この物語を読む少女たちへの優しさ溢れる語り口は、この「アンのゆりかご」を読んで知った、村岡花子の人となりにぴたりと一致したものでした。この解説には、モンゴメリが「赤毛のアン」を出版するに至った経緯、村岡花子自身が翻訳し、日で出版されるに至った経緯がきちんと書いてあるというのに、今の今まで、すっかり思い出す事もなかったのです…。子供時代、何度も読み返していたのに、解説は流してみたい…。

モンゴメリとの共通点、寄宿舎での生活、厳しくも優しい女学校の教師、綺羅星のような友人たちとの交わり、子供たちへ良い物語を届けなければならないという使命感、どれも興味深く良かったです。ちょっと話はずれますが、氷室冴子さんがやっぱり少女小説の復権を志していて、それで知った「リンバロストの乙女」も村岡花子訳だったんだよねえ。

「村岡花子」というと、現代にいても決しておかしくはない名前だけれど(というか、明治、大正、昭和を生きたとなれば、それはそんなに遠い時代ではないのだろうけれど)、佐々木信綱(「一葉さんが歌を始められたのも、あなたと同じくらいの年ごろでしたよ」)、柳原白蓮、市川房江、林芙美子、岡かの子、円地文子、徳富蘇峰、与謝野晶子、宇野千代、真杉静江、吉屋信子、壷井栄、矢田津矢子などなど、私にとっては意外な交友歴が分かりました。「村岡花子」だけはぽーんと宙にいて、あとは歴史的人物だと思っちゃってたんですよね。

「今から何十年後に、あなたがたが学校生活を思い出して、あの時代が一番幸せだったと感じるなら、私はこの学校の教育が失敗だったと言わなければなりません。若い時代は準備のときであり、最上のものは過去にあるのではなく、将来にあります。旅路の最後まで希望と理想を持ち続けて、進んでいく者でありますように」(p97の卒業にあたってのミス・ブラックモアの言葉より引用)

ユートピアのような寄宿舎(ただし、花子自身は、貧しい家庭の出で、成績が悪ければ即退学となる給費生だった)での生活が翻訳者・村岡花子を形作ったのだろうし、灯火規制の中、敵国となってしまったカナダ人宣教師、ミス・ショーとの約束を胸に、いつか平和な時代が来ることを信じて仕上げた「アン・オブ・グリン・ゲイブルズ」だからこそ、私も大好きなアンのあの箇所がぴたりと訳されたんではないのかなぁ、と思いました。

今は曲がり角に来たのよ。曲がり角を曲がった先になにがあるかは、わからないの。でも、きっといちばんよいものにちがいないと思うの。(p247より引用)

実際、村岡花子は翻訳者としてだけではなく、一流の物語作家になれたかもしれないし、「ラジオのおばさん」をやった事もあるそうなんですね。その才能は、もっと多彩な展開があったのかもしれないけれど、「赤毛のアン」を翻訳し、私たちに紹介してくれた事、アンの腹心の友を自称する元・少女としては、非常に感謝なのでありました。「赤毛のアン」はモンゴメリが国カナダで出版するまでも色々な経緯があったわけだし、日での刊行はそれより更に遅れたわけだけれど、辿るべき道を辿って、その物語の力で広まっていったのかもしれませんね。

あ、亡き息子の名にちなんだ「道雄文庫ライブラリー」のお話で、協力者として「エルマーの冒険」の訳者、渡辺茂男(当時、慶應大生)の名前が出てきたのも吃驚でした。石井桃子さんの名前も出てきたし、秀でた人たちはどっかで繋がってたんですねえ。

■関連過去記事■
・「アンの娘リラ」/青春の書(小中編)
「「赤毛のアン」の人生ノート」/いき方

「自負と偏見のイギリス文化」/ジェイン・オースティン

 2008-12-22-23:14
自負と偏見のイギリス文化―J・オースティンの世界 (岩波新書)自負と偏見のイギリス文化―J・オースティンの世界 (岩波新書)
(2008/09)
新井 潤美

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J・オースティンの世界という副題があるだけに、イギリス文化を知ろう!と思って読んだだったけど、読み終わって思ったのはJ・オースティンを読みたい!!、ということでした。

いや、イギリス文化も勿論良く分かるんですけどね~。ディナーの時間の話なんかも面白かったし。ただ、時代が限定されているだけに、そちらは私としては少し霞んでしまって、J・オースティンの作品に心惹かれちゃったわけです。

実際の書のねらいは、引用しちゃうとこうなんですが↓。

ヴィクトリア朝とは明らかなコントラストをなし、どこか堕落した、かつ華やかなイメージがある時代である。この時代の道徳観、階級意識、生活様式など、今日ではあまり知られていない部分を描きだすことによって、オースティンの作品の生まれた背景を明らかにしていく。さらに、オースティンの初期の作品における「パロディ」の要素、そして作品に表われるミドル・クラスのスノビズム、女性の結婚願望などさまざまなテーマを追っていく。これらのテーマを、オースティンの時代というコンテキストだけではなく、現代のイギリスの読者にどう受け止められているかという点からも見ていく。(「はじめに」の”書のねらい”より引用)

残された親族たちが、作家の真実の姿を歪めてしまう行動をとるところには、「アンネの日記」を思い出してしまいましたが、古典ー!と思ってしまうような堅物ではなく、実際には結構茶目っ気のある人だったよう。J・オースティンの場合には、特に彼女が生きた時代のせいもあるそうですが…(奔放なリージェンシー摂政時代から、がちがちのヴィクトリア朝へと時代が移行していた)。

あの「ブリジット・ジョーンズの日記」も、J・オースティン作品の現代版翻案といえるのだとか。確かに、若い女性の夫探しと玉の輿願望が描かれているし、ブリジット自体はミドル・クラスというか、ごく普通の女性だもんねえ。私、最初の一冊だけ読んで、面白いけど、まぁ、一冊読めば十分よねえ、なんて思ってたんですが、J・オースティンを知って読めば、またもっと違う楽しみ方が出来たのかも!

ちょっと皮肉っぽいイギリス的ユーモアの持ち主、ジェイン・オースティンの作品を、読んでみたくなりましたー。各作品のかなり詳しい粗筋があるのも嬉しいところ。amazonをチェックしてみたら、意外と新しいも多いみたいですね。やっぱり、現代でも人気なのかなぁ。翻訳もいろいろあるみたいなので、どの作品を誰の訳で読むべきなのか、迷っちゃいますけど。色々読んでみた後に、「ジェイン・オースティンの読書会」に行ってみるのも楽しそう~。それともこっちを読んだ後に、色々読んでみるべきなのかな。

ジェイン・オースティンの読書会ジェイン・オースティンの読書会
(2006/01)
カレン・ジョイ ファウラー

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目次
 はじめに
第1章 オースティンは「お上品」ではない―奢侈と堕落の時代の文学
第2章 パロディから始まる恋愛小説―分別と多感のヒロインたち
第3章 恋愛と結婚―女性の死活問題
第4章 アッパー・ミドル・クラスのこだわり―階級を示す目安は何か
第5章 オースティンと現代―空前のブームの背景
 あとがき

「桜庭一樹読書日記」/読めよ、生きよ!

 2008-03-16-21:41
桜庭一樹読書日記―少年になり、本を買うのだ。桜庭一樹読書日記―少年になり、本を買うのだ。
(2007/08)
桜庭 一樹

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現在も、東京創元社のこちら で連載されている、Webの読書日記の2006年2月~2007年1月分の書籍化です。

この本のいいところは、本文は上段にあるんだけど、下段に書影と、桜庭さんご自身や、編集のK島氏による簡単な本の紹介が載せられているところ! 何せこの「読書日記」には本がざばざばと贅沢に出てくるので、本の洪水に溺れないためにも、この構成は実にいいねえ。

桜庭さんにとっては、呼吸すること=本を読むことなんじゃないかというくらいに、とにかく、日々、本を読んでおられる。面白い本を読んでは、面白いっ!と叫ぶこの感性、この密度の読書の中で保っておられるのが凄いよなぁ。

桜庭さんが本を読んでないのは、直木賞受賞作でもある「私の男」を書くために音楽漬けになっている時くらい。意識的に本を読まず、自分を追い詰めているこの時期には、桜庭さんはどんどん痩せていってしまうのです(ま、これは「読んでない」せいだけではないとは思うけど)。

以下、本読みとしての心意気に、こちらも感動だった箇所。そうだよねえ、「やさしい」本ばっかり読んでると、自分がどんどん偏っていく気がするのだ。

わたしは普段、本や映画を選ぶときに、人が薦めるものをなるべく入れるようにしている。自分の選択だけだとどうしてもかたよって、その場所がせばまっていってしまう。せばまり続けるとちいさくなって完結して、そうなったら、死ぬ。(二〇〇六年八月のp144より引用)


帰宅して、なにを読もうかなぁと積み本を眺めていたら、なにか急に、怖くなる。東京に戻ってきたので新刊がいくらでも手に入るのだが、いや、自分の本も出たときは新刊なのだが、新たに出る注目の本ばかり追いかけると、まるで流行りのJ-POPを消費する若者のような心持ちで読んでしまう気がして、手が止まる。
 こういうことを繰り返したら、作家も読書も聞き分けがよくに通った、のっぺりした顔になってしまうんじゃないか。みんなで、笑顔でうなずきあいながら、ゆっくりと滅びてしまうんじゃないか。駄目だッ。散らばれッ!もっと孤独になれッ!頑固で狭心で偏屈な横顔を保て!それこそが本を読む人の顔面というものではないか?
(中略)
みんな、足並みなんか、そろえちゃ、だーめーだー……。古い本を!古い本を!むかしの小説を!読まないと死ぬゾ。
二〇〇六年十一月のp211-212より引用)

死ぬ死ぬ出てきちゃいますが(笑)、この切迫感も桜庭さん独特なのかなぁ。ご自身の小説は、私は「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」しか読んだことがないんだけど(そして、あまりの救いのなさに大ダメージを受けた)、桜庭さんの尖りや切迫感が少し理解出来たように思いました。
そして、本読みとしての目は実に確か! 自分が読んだ本については、うんうんとうなずきながら読んじゃうし、凄い本を凄いスピードで読んでるところには驚愕してしまうなぁ。普通、こんな濃い密度で読めないよ~。凄い本を探すのに、この本はオススメです。

■とりあえず、ざっくり気になったところのメモ■
愛についてのデッサン―佐古啓介の旅 (大人の本棚)
キャロル・オコンネル
淑やかな悪夢―英米女流怪談集

目次
二〇〇六年二月 読書にまつわるすごいこと(たぶん)を発見する。
二〇〇六年三月 町中に”なぞの女”がいる、気がする。
二〇〇六年四月 ジョン・ランプリエールが辞書になる!
二〇〇六年五月 夏木マリと、カー談義する。
二〇〇六年六月 直毛なのに、アフロである。
二〇〇六年七月 バナナの皮で、世界が滅亡する。
二〇〇六年八月 傑作の前を、歌って通りすぎている。
二〇〇六年九月 百匹の蠅が死に、百人の老人がやってくる。夏が、終わったのだ!
二〇〇六年十月 片手に二十世紀梨、片手に豆腐竹輪の夜である。
二〇〇六年十一月 「ビバビバ都会!野戦病院!」である。
二〇〇六年十二月 少年になり、花を買うのだ。
二〇〇七年一月 書店はタイムマッシーンである。
あとがき

「古本道場」/当世古本事情

 2008-01-14-22:39
古本道場古本道場
(2005/04)
角田 光代岡崎 武志

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作家の角田さんを弟子とし、岡崎さん(私は知らなかったのだけれど、書評を中心に活躍するフリーライターだそう。これ読んだあと、図書館で著書を見かけました!)を師とする古本道場。毎回、師から指令が出され、弟子・角田さんはその指示に沿って行動する。そこは作家、角田さんであるからして、師に対する報告も、やはりまた読ませるのです。角田さんの旅エッセイも読んでみたいなぁ、と思ったことでした。実際、この本を書いている最中にも各地を旅されていたようで、さらりと書かれているそれにも興味を持っちゃったのです。

目次
古本道場 其の一 入門心得
神保町
古本道場 其の二 なつかしい、あの本と再会
代官山・渋谷
古本道場 其の三 代官山で知る古本屋の未来形
東京駅・銀座
古本道場 其の四 夜のパラダイスよ、花の東京
早稲田
古本道場 其の五 早稲田古本街で青春プレイバック
青山・田園調布
古本道場 其の六 ついに二階級特進!
西荻窪
古本道場 其の七 西荻村を満喫
鎌倉
古本道場 其の八 土地柄と値段を学ぶ
ふたたび神保町
 古書店一覧
 あとがき


私が普段行く古本屋は、所謂チェーン展開しているようなお店で、ここで出てくるような古本屋ではないのだけれど、絵ハガキがあったり、蔵書票があったり、昔の映画のパンフレットがあったり、紙という文化そのものを愛するような、こういう古本屋さんも良いなぁ、と思いました。

児童書・絵本が専門の古本屋さんなんてものがあるのだとは知らなかったし〔神保町・呂古書房〕、同じく東京駅の八重洲の地下街に古本屋があることも知らなかった〔八重洲古書館〕。古本屋街がくっ付いている、早稲田の町での学生生活は羨ましかったなぁ。

これ、この本自体もとても美しい作りで、表紙は角田さんご自身の本棚だそうです。味のある本棚ですよね。ポプラ社って、昔は児童書でお世話になったものですけれど、最近ずいぶん頑張ってますよねえ。

でも、これ、第二刷なのに、実は誤植を発見してしまいました! 誤植を見つけると、なんかドキドキしちゃうのは私だけ???
(p175 ×抱負→○豊富 だと思う)

さて、角田さん、さんざんご自身が育ったところは田舎で、一軒あった本屋も、田舎にありがちな品揃え(週刊誌と文房具と漫画雑誌を売っている)だったと書かれているんだけれど、横浜市出身と書いてあるのですよね。うーん、横浜でもそんな? つか、横浜の山側に育ったとか、海と言えば鎌倉とか、大船観音を見て「大船を通過するとき見える大船観音は、これくらい大きいんだよな、という大きさをいつも上まわって大きい。」とか、何だか私の育ったところと近いように思うのだけれど、うーん、横浜のどの辺なのかしらん。

なんて、個人的興味は良いとして、角田さんが買われた本は、趣味が良すぎて、私には分らない物もたくさん…。そういう意味で、作りはポップで美しい感じになってるし、柔らかい語り口だけれど、なかなかに侮れない物があります。私にとっては、釣り好きの気のいいおじさんである、開高健さんのベトナム戦争でのエピソードも知らなかったし(開高健はアメリカ軍の最前線に加わってルポを書いていた時に、戦闘に巻き込まれる。この戦闘で助かったのは、二百人中たった十七名)。

人によっては、単なる汚い本になってしまうかもしれない古本。でも、どこかの誰かの血や肉となり、愛された本がまた新たな読者を得ていくとすれば、こんなに素敵なことはないよねえ。

<関連過去記事>
・「対岸の彼女 」/大人になるのは何のため?
・「空中庭園 」/砂上の楼閣
・「人生ベストテン 」/浮遊するこころ

ニシオギと言えば、古川さんのこちら!
ここでは、「サブカルチャーの整った田舎」と書かれているのだけれど、やっぱり何だか独特な街なようで、行ったこともないのに、私の中での西荻窪イメージがどんどん固まって行きます。笑
・「サウンドトラック 」/青春を駆け抜けろ

「百年の誤読」/ベストセラー百年史

 2008-01-07-22:23
岡野 宏文, 豊崎 由美
百年の誤読
ぴあ株式会社

ベストセラー本の正体を知るために、二十世紀の日本の代表的なベストセラーの大海へと飛び込んだ、岡野さんと豊崎さん。さて、その戦いの首尾は如何に?、な本です。

ベストセラーというのは時代の空気を大きく反映し、また、普段本など読まない、買わない人までをも巻き込むところが特徴であり…。トホホ本が多いことは、本読みの中では周知のことではあると思うのだけれど、1900年代まで遡ってるのは珍しいし、貴重だと思いました。斎藤 美奈子さんの、「趣味は読書 。」に通ずるところもあるんだけど、あちらが一人で書いているのに対し、こちらの本は対談スタイルなので、多少悪ノリする部分も無きにしも非ず。基本、岡野さん、豊崎さん、どちらかの舌鋒が鋭くなってくると、まぁまぁ、とどちらかがとりなしていたりもするのだけれど、作者の顔だの生活だの、二人の突っ込みの範囲は、結構下世話な部分にまで及んでいます。本来、作者の人間性って、作品とは関係ないと思うんですけど。また、一つの作品に割ける頁数の都合か、お互いの意見が割れたりすると、せっかく面白くなってきたところで、なぁなぁで綺麗に纏めちゃっていたりもするので、時々、そこもっと聞きたかったのに!、と思いました。

イイものはいいとお二人も仰っているのだけれど、多少煽情的に書いているせいか、いい作品でもくだらない突っ込みもしているし(というか、こういうのって、真面目に語っちゃうことへの照れというか、反動?)、お二方がダメ!と判断した作品については、もう、本当に糞味噌だったりもします。その作品が好きな場合は、その読み方は違うんだよーー!、と叫びたくもなるのだけれど(例)「ハリー・ポッターと賢者の石」)、私は例によっておおむね楽しく読んじゃいました。下段の、主観溢れる註も充実してました。

ちょっと吃驚だったのが、銀の匙」の中勘助が、なかなかの偉丈夫だったこと。1885年生まれで身長180センチって凄いよねえ。そして、彫りの深いモテ男だったにも関わらず、人嫌いで病弱、上野の森の奥、墓地の隣のお寺に部屋を借りてたんだそうです…。ああ、私の印象に残ったところも、思いっきり下世話なところだな。汗 そして、この本を読んだ後の弊害は、ついついツッコミながら読書してしまうこと! 

真面目な感想を言えば、ベストセラーは時代性もあるので、その時代性を込みで評価しないのは不当だとは思うのだけれど(たとえば、当時は類書がなく、非常に新しかった、とか)、古典だろうが名作だろうが、実際に読んでみて自分の感性を信じる他はないということ。ま、でも、こんなことはみんな分かっていることでもあるよな…。ざーっと百年史が読めるというのが、やっぱりこの本の良いところですかね。大分駈け足ではあるけれど、日本のベストセラー史を一気に読めるのは、やはり貴重でしょう。引用箇所も流石に巧いので、これだけで読んだ気になっちゃったりね。ただしこういう本は、皮肉なことにこれ自身が非常に時代性を持ってしまうので、2004年に出版されたこの本、今読むとやっぱり少し古いような気もします。笑って楽しめる人向けでしょうねえ。

目次
百年への船出 岡野宏文
第一章 1900~1910年
第二章 1911~1920年
第三章 1921~1930年
第四章 1931~1940年
第五章 1941~1950年
第六章 1951~1960年
第七章 1961~1970年
第八章 1971~1980年
第九章 1981~1990年
第十章 1991~2000年
付録 百年の後読 2000~2004年
百年を語り尽くして 豊崎由美
 参考文献
 索引

「宮沢賢治のお菓子な国」/心を満たしてくれるのは

 2007-12-16-21:08

中野 由貴, 出口 雄大

宮沢賢治のお菓子な国


宮沢賢治のレストラン 」のコンビが贈る、お菓子を切り口にした本なのです。

お菓子と言えば、生きていくために、必ずしも必要なものではない。けれど、それがあることで、幸せな気持ちになったり、一緒にお茶の時間を過ごすことで、素敵な時を持つことが出来たり。そんなちょっと余計な部分であるからこそ、より愛しいもの。

ちと長くなるけれど、「お菓子なごちそう」「巨きな菓子の塔」より引用します。

 「お菓子って何だろう」と考えると、童話集『注文の多い料理店』の序文を思い出す。

 ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでせうし、ただそれつきりのところもあるでせうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだが、わけのわからないところもあるでせうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。
 けれども、わたくしは、これらのちひさなものがたりの幾きれかが、おしまひ、あなたのすきとほつたほんたうのたべものになることを、どんなにねがふかわかりません。

 なくても大して困らないし、十分に生きていくことはできる。でも、それだけではきっとつまらないだろう、と気づかせてくれるもの。
 ほっとしたり、うれしくなったり、楽しくなったり、普段とちょっと違った気分や時間を味わわせてくれるもの。
 それがお菓子なのだ。きっと。賢治はそんなお菓子の効能をよく知る人だったのだと思う。
                 
                           (p14-15より引用)

そして、それはきっと物語も同じ。実用書や仕事に必要な書物だけでは、体を作る食べ物としては十分なのかもしれないけれど、それだけではちょっと心がカサカサしてしまう。そこを潤してくれるのが、こういった「お菓子」(勿論、この本の中に出てくるお菓子は、現実に存在するものばかりではない)であったり、想像力豊かな「物語」なのでしょう。ま、現実と同様、お菓子ばかり食べて生きていくことも、また同様に出来ないことだろうけれど、そういった楽しみも必要だよね。

本としては、お菓子を扱う分、ちと細切れになってしまう印象が強いので、「食べ物」を扱った「~レストラン」の方に分があるかなぁ、とも思うのだけれど、こういった切り口は大好きだし(そして、実に良く調べておられること!)、出口さんの水彩画も相変わらずの美しさ。まさにお菓子のように、ちびちびと少しずつ読む楽しみがある本でした。

目次
はじめに
○お菓子なごちそう*和洋菓子
○森のおもてなし*くだものなど
○野原の菓子屋のお気に入り*駄菓子など
○イギリス海岸のティパーティ*のみもの
○イーハトーヴ横丁*お店など
索引
イーハトーヴ<作品別>たべもの帖(宮沢賢治作品別たべもの索引)
参考文献
おわりに


*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

「鬼平が「うまい」と言った江戸の味」/鬼平の食の世界

 2007-11-20-23:15
逢坂 剛, 北原 亞以子, 福田 浩
鬼平が「うまい」と言った江戸の味
PHP出版

池波さんのシリーズ物の中では、私の好みでいえば、

 好き ← 剣客商売 > 梅安 > 鬼平

だったりするのですが、池波さんの食の話って美味しそうだし、と借りてきました。

これね、語りも逢坂剛さんと北原亞以子さんと、作家のお二人が担当してらして、お二方とも本業でお世話になったことはないけれど、作家から見た裏話的なものも面白かったです。

鬼平犯科帳の一部が抜き書きされて、その部分に描かれた食を再現した写真とレシピ、それを味わってのお二方の文が入る。春夏、秋冬篇があるのだけれど、まぁ、このシリーズは冊数もかなりのものだとはいえ、オールシーズン通して食の話があるのも凄いことだよねえ。池波さんは季節感を表すのに食を用いたとのことだけれど、こういう描写があってこそ、あの世界に浸れるわけだよね。

目次
 甘いもの好きだった「鬼の平蔵」  福田 浩
一、鬼平の味 春・夏篇
二、料理を楽しみ、作品を味わう
三、鬼平の味 秋・冬篇
あとがき


どれも美味しそうなのだけれど、本作の料理人である福田さんが作る根深汁の葱は、短めのぶつ切り。「こうすると、切り口がなぜか丸みを帯びて美しく、食べやすくなる」とこの後の文章「恨みも根深い、根深汁」にて、逢坂さんが書いておられるのだけれど、私もいつも斜め切りだったので、これは試してみよっと。

私、全シリーズ通して、美味しそうだと思ったのが、根深汁なんだけど(我ながら、安い・・・・)、池波ワールドの中では、食の話はどれも重要というか、目を惹く感じで繋がってますよね~。

←amazon見てたら、こんなのも~。

「物語の旅」/五十四篇の本を旅せば

 2007-11-07-22:32
物語の旅物語の旅
(2002/01)
和田 誠

商品詳細を見る

冒頭から引きますと、

 これから書こうとするのは、物語に関するささやかな四方山ばなしである。自分にとって印象の深かった書物についてごく個人的なことを記すだけだから、読書案内として役に立つものにはならないだろう。
 一つ一つ挿絵を入れるが、仕事で描いたことのないものばかり。ぼくが面白がった物語は、挿絵を描きたくなった物語だと言うこともできそうである。

というわけで、これがこの本の性格です。

基本、読んだ時の記憶を大事にした文章で、後から確認したら~だった、などの注釈が良く入ってますが、そっか、こういう風でもいいんだ、と逆に安心しちゃったり。間違えちゃってる記憶の方が、時に印象深いのは何でなのだろ。特に幼少時に読んだものなどは、一部分のみを強烈に覚えてたりするから、物語のバランスが妙になってたりもするのですよね。

さて、和田誠さんが選んだのは「かちかち山」から「最後の仇討」まで、和洋を問わない全54編。これがね、結構、自分が読んだり、かすったりしていた本と被っていたので、なかなか楽しく読めました。ねじの回転」なんかは、恩田陸さんのは読んだものの、本家(?)のヘンリイ・ジェイムズのは未読なもので、まさに”かすった”印象の強い本です。

この本を読んで、きちんと読んでみたくなったのは、実業家でもあるというヘンリイ・スレッサー(別名O・H・レスリー)による「怪盗ルビイ・マーチンスン」。キョンキョン主演の映画、「怪盗ルビイ」って、和田誠さんが監督してたんですねえ。そして、それはこの「怪盗ルビイ・マーチンスン」を原作としていたわけです(さらに同時期にこの作品を芝居にしていたのが、当時、一部ですでに注目され始めていた三谷幸喜さんだそう)。犯罪者に憧れる従弟のルビイに引き摺られる相棒の「ぼく」。設定が魅力的だ~。

村上 啓夫

怪盗ルビイ・マーチンスン (1978年)

*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

「お父さんは時代小説が大好き」/本読み人の習性とその生態

 2007-11-01-22:19


吉野 朔実
お父さんは時代小説(チャンバラ)が大好き (角川文庫)

「お母さんは「赤毛のアン」が大好き」 が一作目ではなく、この「お父さんは時代小説(チャンバラ)が大好き」が、この本の周辺を描いたシリーズの一作目なのでした。特に問題なく読んじゃったのだけれど、多少、何だかおかしいなー、と思った部分も…(「お母さん~」が一作目だと信じて読んじゃったの)。

なぜそう思い込んだのか分らないのだけれど、えーと、それはやっぱり、母は強し、ということと、私が赤毛のアン好きだから??(とはいえ、吉野さんのリアリストなご母堂は、どうもアンではなく、マリラに感情移入して読まれてるらしい。そういう読み方って、たぶん珍しいですよね?)

というわけで、これからお読みになる方は、お気を付け下さいませ。お父さんが一作目、お母さんが二作目でありまする。

目次
「咳をしても一人」は誰の句だったか?
草の匂いにつつまれて
山吹と山茶花と
「羊たちの沈黙」日記
やっぱりアルジャーノンには花束を?
これがフランス料理だ!!
「いまさらアンドロイドが電気羊の夢を見るか?」
鮫と古事記
(対談)誇り高い少年たちの王国 吉野朔美×沢田康彦
午後のお茶会
ステキなタイトル
お父さんは時代小説が大好き。
犬づくし
正しい本の捜し方?
友人に薦めてもらった本はつまらないほど面白い。
この本によって自殺者は増えるだろうか?
パトリック・ジュースキントのこと
(対談)現実と夢の挟間に生きる人々 吉野朔美×穂村弘
ふんわり毛布にくるまって
漱石先生に再会する。
百見は一画にしかず
恐怖は人類の遺産である。
ロールシャッハ・テスト
狂気なおともだち
父の野望
(対談)植物の声に耳を傾けたとき 吉野朔美×北上次郎
あとがき
解説 目黒考二


この本は平成八年に単行本となったものが、文庫化されたもの。だから、本の雑誌に連載されていたのは、当然もっと前。今から10年以上前と言えば、大分状況が異なっているのが、ネット環境であるわけで、一部にはネットで調べたり、ネット書店を使えば解決されちゃうような問題も描かれておりますが、実際はこういう問題って、友人を介して解決するのがきっと面白いんだろうなぁ。「羊たちの沈黙」が三冊集まっちゃう件も楽しそう~(私は「ハンニバル」は面白く読んだけど、「羊たちの沈黙」は訳がダメでした…)。

吉野さんの周囲には、本好きの人々が溢れていて実に羨ましい! 私もブログをやるようになって、本好きなお友だちがずいぶん増えたなぁ、と嬉しく思ってはおりますが。

さて、友人つながりでいえば、「友人に薦めてもらった本はつまらないほど面白い。」。これは一体どういうことかと言えば、面白い、面白くない、そういった好みが一致しない方が、議論になって面白い、ということ。思い入れがあるほど、意を尽くして語るから、確かにこういうのって面白いですよね。

さて、目黒考二さんは、解説にて吉野朔美さんの本業の漫画を読んだことがないんだ…、と告白しておられますが、私も同様に吉野朔美さんのストーリー漫画をほとんど読んだことがありませぬ(あ、スピリッツ連載の「瞳子」はそういえば、ちょっと読んだかも。でも、あまり覚えてなーいー)。

なぜかいっつも「純情クレイジーフルーツ」の松苗さんと混同しちゃうんですよね、あれ、並べると全然似てない?汗




そして、気になった本たち。アンドロイド~、今からでも遅くはない?
レオ・レオーニのこの本、前から気になってはいるのだよね~。
…レオ・レオニって、レオ・レオニ(「
フレデリック 」とか)と一緒ですよね??(ちと不安)

「お母さんは「赤毛のアン」が大好き」/本読み人の習性とその生態

 2007-10-31-22:29

吉野 朔実

お母さんは「赤毛のアン」が大好き (角川文庫)


柴田元幸さんの「つまみぐい文学食堂 」を読んでた時に、気になった吉野朔美さんの本です~。

文庫で出ているということだし、と珍しくも買おうと意気込んで実書店に出かけたのですが、置いてなーい! 早く読みたいのにー、とがじがじしながら、ネット書店で購入しました。

で、届いて直ぐに読み始めたんだけど、いやー、これ、面白いですね。
本読みならあるある!、と思う、習性と生態といいましょうか、その辺りが、吉野さんの漫画で語られるわけです(時に文章もあり)。
すぐ読み終わっちゃうので、コストパフォーマンス的には、ちとどうかなーとも思うのだけれど、いっぱい書き込んであるので、たぶん何度でも楽しめるはず(というわけで、コストパフォーマンスは、きっと結果的に丸)。

オーソドックス(?)なところでは、本の解説を先に読むか後から読むか?、という疑問(ちなみに私は絶対に後から。私はこうやって読んだけど、あなたはどう読んだ?、とせーのでカードを開くようなイメージで、読み終わった後のお楽しみにしてます)や、カフカの「変身」におけるザムザのイメージなどなど、吉野さんや周りの本好きの人々を巻き込んだ話が面白ーい!!

最近、手を出し始めたポール・オースターについて、色々書いてあったのも、私にはちょうど良かったです。

最後の物たちの国で 」の絶望とユーモアにうーむと思い、「ミスター・ヴァーティゴ 」のめくるめくエンターテインメントを楽しみ、「ティンブクトゥ 」では純粋な魂にじーんときて。
でもね、どうも、ポール・オースターという作家が、いまひとつ掴めなくって。

と、思ってたら、吉野さんも、オースターはちょっと微妙な評価みたい。

 また読んでしまったな。どうして読んでしまうのかな? オースター。

と、読むたびに思ってしまう作家なのだそうな。

私は次はエッセイの「トゥルー・ストーリーズ 」を読んで、そのあと、柴田さん吉野さん共に面白かったという「偶然の音楽」に行ってみよっと。ポール・オースターの人生自体、扉の著者紹介を読んでもずいぶん波乱万丈だなぁ、と思ってたんだけど、その辺も作品に影響しているのかなぁ。



目次

 オースターたち
ポール・オースター『偶然の音楽』
本を拾ったことがありますか?

<本の解説>先に読むか後から読むか
ストリックランドの汚名
読み手の身勝手
装幀の力
なんかそーゆう本なのだ
私はこれを”読みきった自慢”[男性編]
いつも本が入っている
ローレンス・ブロック 風呂で読むか!?布団で読むか!?
父の霍乱
わたしのザムザ
危険な書物
どうでもいい話
私はこれを”読みきった自慢”[女性編]
アインシュタインの脳
ワインの通(みち)
お母さんは「赤毛のアン」が大好き
どれも これもが 読みかけ
装幀の秘密
”読書”の定義
『招かれた女』あとがきにかえて
対談
柴田元幸×吉野朔美
偶然と貧乏の達人、ポール・オースター

「世界×現在×文学―作家ファイル」/見開き二頁お得なファイルにござります

 2007-10-27-22:34
越川 芳明, 沼野 充義, 野谷 文昭, 柴田 元幸, 野崎 歓
世界×現在×文学―作家ファイル

図書館で例によって持ち分の10冊を借りきってしまった後に、見つけてしまった本書。お陰で借りてくることは出来なかったのだけれど、その場で興味のあるところはざっと読んできました。

amazonから引きますと、

118人の現代作家たちのプロフィールと作品紹介によって構成された現代世界文学のガイド。いま現在、文学を作り出している内外の作家たちの姿が、これからの文学が何を指して進んでいくのかを示す。

とのこと。国書刊行会なんて出版社から、こういうのが出てるのが嬉しいではないですか(でも、ある意味、らしい、本でもあるのでしょうか)。編者たちの心意気も嬉しいです。118人の中には、「世界」であるからして、日本の作家も何名か含まれ、島田雅彦さん(露出してるのはよく見るけど、小説読んだことないんだ)、高橋源一郎、金井美恵子、笙野頼子、吉本ばなな、村上春樹なんかも載ってました。
最近読んでるあたりでは、コーマック・マッカーシー、カズオ・イシグロ、ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、マーガレット・アトウッド、ニコルソン・ベイカーなどを拾い読み。
その他、「チカーノ文学」、「ドイツ文学」などの、大きなくくりでのお話もありました。

これら全てが、見開き二ページに収まっているので、非常に読み易くガイドとしても実に優秀。現代において、文学を読むのに力強い助っ人になりそう。

でもね、うわー、こんな本知らなかった!、なんて便利なんだ!、いいなー!、と軽く興奮していたら、これ実は1996年刊行だったのですね。知らなかったよ…。今度、図書館に行く時には、必ず借りてこよっと。

さて、ガイド本とくれば、やはりそこでは気になる本が、また増えていくわけで。
ざっと読んだ限りで気になった本のリンク。



なんで気になったのかは、微妙に忘れてしまったので、借り出しきてから追記します。

「眺めたり、触ったり」/本読み人のヨロコビ

 2007-10-15-20:23
眺めたり触ったり眺めたり触ったり
(1997/10)
青山 南阿部 真理子

商品詳細を見る
本の楽しみは、全ページを読まなければ、また、書かれたこと全てを理解しなくては、得られないもの?

いやいや、そんなことはないでしょう。

本棚に並ぶ背表紙を、うっとり「眺め」てみたり、装丁を楽しんだり、時に本棚から抜き出して、ぱらぱらと頁を繰りながら、その手「触り」を楽しんだり…。

「眺めたり、触ったり」の他にも、表紙には「The Feel of Reading」とありまして、だから、これは本を読むその周辺の感情を書いたもの。

勿論、この本自体も、「眺めたり、触ったり」して楽しむことが出来る作りで、阿部真理子さんの絵は眺めて実に楽しく、私は図書館で借りちゃったので、表紙の手触りを知ることは出来ないのだけれど(ビニールパックみたいなのになってる)、内扉(ああ、この部分ってなんていうんだ??表紙めくって、一枚あった次にある、タイトルが書いてあるところ)の紙質も壁紙みたいで楽しい♪

阿部真理子さんのこの表紙、どこかで見たよなぁ、と思ったら、宮部みゆきさんの「心とろかすような 」でした。心とろかすような」は、探偵事務所を営む家族と共に暮らす、元・警察犬マサが語るものなのだけれど、阿部さんの絵はこのお話の魅力への貢献度がとっても高いと思うのです。

この本にも、実に様々な絵が載せられていて、楽しいですよー。「はらぺこあおむし」のように、本を突き抜けたBOOK WORMなどは、本読みのキャラクターにしたいぐらい。あと、阿部さんは犬がお好きなのかな。マサも良かったんだけど、ここに出てくる楽しげに本を読んでいる黒縁めがね犬も実にいいんだ。

テキストは、翻訳家の青山南さんによります。「Ciel Bleu 」の四季さんに教えていただいた翻訳家さんなのですが、本業の方ではまだお世話になったことがありませぬ~。ところで、「南」さんというお名前から、勝手に女性を想像していた私は、のっけからその間違いに気づくのでした。うーむ、作家さん、翻訳家さんの性別は、名前からは分からんなー。

青山さんの文も飄々といい感じ。読むのが遅い、とか嘆いておられるにも関わらず、歯切れのいい文章で、ざばざばと本や、他の作家による書評、作家の言葉がふんだんに語られます。遅読だと仰るから、油断してたのに…、となぜか唇を噛み締めそうにもなるのですが、でも、実は全部読んでらっしゃるわけではなかったりして。笑

読書という、きわめて個人的でひそやかで秘密めいた作業は、あらゆる記憶違い、思い違い、読み違い、を許容する(p194より引用)。

んであるから、私がそうとっても別にいいのかなー。

うん、でも、まぁ、読書というのは、とっても自由なものなのだよ。本を読みながら、精神はそうやって飛翔するんだよね。

*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

「打ちのめされるようなすごい本」/書評家としての米原万里さん

 2007-09-15-21:24

米原 万里

打ちのめされるようなすごい本


ずーっと前に(珍しくも)購入して、それからぼちぼちと読み進めている本です。

目次
第一部 私の読書日記
第二部 書評 1995~2005


「読書日記」と、「書評」とに分かれた二部構成。読書日記で出てきた本が「書評」の方にも登場したりして、被っている部分もあるのだけれど、そうするとどちらかというと生の感情が出ている日記と、評論的に書かれた書評を読むことが出来て二度美味しい。

それにしても、驚くのは読書の幅広さもさることながら、世界情勢と緊密に繋がった、まさに「活きた」読書であること。

たとえ、フィクションであっても、土台を知っていたり、更に深く知ろうとすることで、同じ一冊の本から得られることは格段に増える。同じ高野和明さんの「13階段」を読んでいても、私は「面白い」とは思ったけれど、粗も気になったし、米原さんのように深くは読み込めなかった。米原さんの死刑制度への考えは、この一冊の本から深まっていく。私が思った粗の部分は、勿論米原さんも指摘されていて、「欲を言えば、真犯人の造形をもう少し肉付けしてほしい。それから、なぜ犯人は証拠を焼却せずに隠したのか、合理的な理由が欲しい」と注文を付けていおられるのだけれど、それはそれとして、その段階で得られる全てのものを、深く深く吸引していくような迫力を感じるのだ。

深く感動し、深く考える、米原さんの溢れる活力を強く感じる一冊。ああ、こういうことね、とさらりと流したり、ああ、知ってる知ってる、と斜に構えたりせず、いつだって一冊の本に対してとっても本気。

1995年の書評から引くと、米原さんの読書ペースは「ここ二十年ほど一日平均七冊を維持」しておられたそうで(このあと、視力と読むスピードの減少を嘆く話に続くのだけれど)、この深さでこの読書量。圧倒されてしまうのだけれど、もう、こういうものを読むことが出来ないのがとても残念。「書評」も2005年で止まっているわけだけれど、新刊でとても良い本に出会うと、ああ、この本を米原さんが読まれたら、どう評されるのだろう、と考えてしまう。この「すごい本」に出会えた喜びを、米原さんと共有したかった!、と。

■小説家としての米原さん■
オリガ・モリソヴナの反語法 」/オリガ・モリソヴナとは何者か?

■エッセイストとしての米原さん■
真夜中の太陽 」/米原万里さん

■気になった本メモ■




アナトーリイ・イグナーチエヴィチ プリスターフキン, 三浦 みどり
コーカサスの金色の雲 (現代のロシア文学)

←これはどうかな、と思ってたけど、装丁もいいし、amazonのレビューもよさそう。この表紙って、朝倉めぐみさん?? んー、これだと良く分からない…。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡下さい。

「三四郎はそれから門を出た」/汝、愛なくして語るなかれ

 2007-08-24-23:56

 
三浦 しをん
三四郎はそれから門を出た

目次
 三四郎はいかにして門を出ることを決意したか まえがきにかえて
一章 犬のお散歩新刊情報
二章 三四郎はそれから門を出た
三章 本のできごころ
四章 役に立たない風見鶏
五章 本を読むだけが人生じゃない
六章 愛の唄
 三四郎は門を出てどこへ行ったのか あとがきにかえて
特別附録「火宅拝見」イラストレーション:浅生ハルミン(後ろ見返し)


三浦しをんさんは、「愛がないなら、黙して語らずにおけ」を書評の信条としていきたいのだという。そんなしをんさんの愛のこもった書評と、本の周辺の話、家族の話、またはananに連載された、時流に微妙に乗っているような乗っていないようなお話(何せ、「役に立たない」風見鶏だし)を集めたエッセイ集。

しをんさんのことを「ブタさん」と呼ぶ弟や、パワフルさが透けて見える母との会話もいいけれど、やっぱり「愛」ある書評が楽しかったな~。自分が読んだものだと、そうそう!と思ったりして。

二章の「三四郎はそれから門を出た」は、朝日新聞に連載されていたもの。通常の書評は、一冊の本について書くものだと思うのだけれど、ここでは一見関連のなさそうな二冊について、面白い着眼点で共通項を見つけて紹介してくれるのが面白かった。たとえば、最相葉月さんの「東京大学応援部物語」とマルキ・ド・サドの「ジェローム神父」を、”報われぬ献身の美しさ”で括ったりとか。

笑っちゃったのが、京極夏彦さんの「陰摩羅鬼の瑕」における表現。しをんさんは、氏の「京極堂シリーズ」とは、総じて高級幕の内弁当のようなものだと考えるのだそう。それは、選び抜かれた素材で丹念に調理されたおかずと、白米(京極堂の蘊蓄)とのハーモニーを重視した、安心して食せる満腹感のあるもの…。ところが、一作目の「姑獲鳥の夏」には、「幕の内弁当だと思って食べ進んだら、弁当の底にカレーが敷きつめられていたよ!」という驚きがあった、とのこと。姑獲鳥の夏」は、ねえ。凄いとは思うし、好きだけど、あれ、基本的に確かに一発芸だし…。

さて、本に塗れたエッセイの中で、私が気になったのは以下の本。

 

硬軟合わせて、いろいろな本が取り上げられていたけれど、ナチス親衛隊であった母について、娘が書いたノンフィクションと、漫画家・山本直樹さん(そいえば、最近スピリッツで見ないなー)の三十年間の夢の記録、この二冊が興味を惹いた。しかし、黙って行かせて」はともかく、ラジオの仏」は図書館にはないだろうなぁ。いつか読めるといいな。

「晩夏に捧ぐ-成風堂書店事件メモ(出張編)」/今度は出張だ!

 2007-07-19-22:54
大崎 梢
晩夏に捧ぐ<成風堂書店事件メモ・出張編>

配達あかずきん 」の続編、今度は出張だ!スペシャル。

いつものように成風堂で働く杏子のもとに、届いたのは一通の手紙。それは故郷に戻り、地元の老舗書店・「まるう堂」で働く、元同僚の美保からのもの。手紙が知らせるのは、「まるう堂」に持ち上がった幽霊騒動。杏子が常日頃から多恵の推理力を自慢していたために、是非探偵としてお越し頂きたい、との要請。

駅ビルの休館日、成風堂恒例の八月の休みに合わせ、老舗書店の見学も兼ねて、しぶしぶながら、杏子は多恵と二人、信州の高原へと赴くことになる。そこで待ち受けていたのは、四半世紀前の殺人事件の謎。老作家が殺され、弟子が逮捕されたこの事件、「まるう堂」に出る幽霊は、この弟子だとのまことしやかな噂。なぜ、こんな噂が流れるのか、真犯人は別にいたのか??

成風堂、出張編。前作は短編だったけれど、今回はこれ一本で読ませます。終盤付近で描かれる、弟子、小松秋郎の事情はあまりに陰惨なので、うわ、これ、そんな筋じゃなくても良かったのでは、とは思うのだけれど、あとは割といい感じなのではないでしょうか。ま、「歓迎 成風堂書店 名探偵ご一同さま ようこそ まるう堂へ」の横断幕には、杏子でなくともびっくりだけれど。

しかし、この人の本を読むと、自分も本屋が好きだとは思っていたのだけれど、自分なんかはまだまだなのだな、と思います。結局、本にかかわる仕事に就くこともなかったしねえ。この本の中、「まるう堂」こと、「宇都木堂書店」の店内や棚の様子の描写には、ほんとに愛が溢れてます。お店は店主の小宇宙なんだよね。ネット書店や図書館もいいけれど、時には地元の頑張ってる本屋さんで、買い物しなきゃなぁ。

「配達あかずきん-成風堂書店事件メモ」/本屋の謎は書店員が解く!

 2007-07-06-23:26
大崎 梢
配達あかずきん

駅ビルの六階にある書店、成風堂。働くは、店員の杏子、バイトの多絵(いや、勿論、その他にも働いておりますが)。

この成風堂を舞台とする、様々な謎。時に、病気の老人への本の差し入れから、事件の匂いを嗅ぎ取り(「パンダは囁く」:パンダといえば、あのYonda?よね)、時に老婦人の失踪から、彼女の亡くなった息子の秘密を読み解く(「標野にて 君が袖振る」)。時に、まるで赤頭巾のように配達先から帰らないバイトの「ヒロちゃん」の危機を救い(「配達あかずきん」)、時に、入院中の女性に本を選んでくれた「書店員」を探し出す(「六冊目のメッセージ」)。「ディスプレイ・リプレイ」では、まさしくこの成風堂が舞台となる。出版社の販促活動の一種、ディスプレイコンテストに、成風堂は人気コミック『トロピカル』のディスプレイで挑むのであるが…。

謎のボリュームも程良く、楽しくさくさく読めちゃう本です。しっかり者の店員の杏子がホームズ役かと思いきや、実際の謎解き役は勘の良い大学生の多絵。

杏子がお客のアヤフヤな情報を頼りに、目的の本を探し出すところが最初のシーンなんだけど、そこからノックアウトですよ。うわー、こういうの楽しそう! ぴたりと当てれば快感だろうけど、でも、毎日だとちょっと辛いかなぁ。ほんとにこういうお客さん多いんですかね?

やっぱり本絡みでいえば、「六冊目のメッセージ」もほのぼのと良いお話。成風堂では、五冊コンプリートした者はおらず、三冊読んでいた杏子が最高だったのだけれど、私もこの中では「ダヤン」しか読んでません。長谷川 哲雄さんも、浅田さんも違う本なら読んでるんだけど。

・林完次 「宙の旅」
・河合 雅雄、長谷川 哲雄 「散策ひと里の花」
・池田あきこ 「ダヤンのスケッチ教室」
・浅田次郎 「民子」
・ハインライン 「夏への扉」

そして、ここで彼と彼女が選んだ「六冊目」は、どんな本だったのだろう。最近とみに売行きを伸ばしている女性作家の、初エッセイ集、「特製ポストカードつき」。本文中にはタイトルなかったよねえ、モデルがあるのかしらん。

二作目も既に予約済み♪ 楽しみです。

目次
パンダは囁く
標野にて 君が袖振る
配達あかずきん
六冊目のメッセージ
ディスプレイ・リプレイ

書店のことは書店人に聞け
 青野由里 鶴岡寛子 伊藤久美子 飯窪由希子 戸川安宣
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プロフィール

つな がる

Author:つな がる
つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
興味を持った記事があったり、あなたが読み終えた本について語っていたら、是非あなたの感想を教えて下さい。お待ちしています。

2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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