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「ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」」/とある人生

 2009-01-15-00:01
ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」 (ハヤカワ・ノヴェルズ)ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」 (ハヤカワ・ノヴェルズ)
(2001/03)
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「ゴールドバッハの予想」(Wikipediaにリンク)とは、加法的整数論の未解決問題の一つなのだそうな。曰く、「2より大きいすべての偶数は、二つの素数の和で表わすことができる」。

小川洋子さんの「博士の愛した数式」(感想)と比較している文章をどこかで見て、気になったので借りてきました。数学をモチーフにしていても、結果、私には特に共通点は見つけられなかったなぁ。

一族の中の変わり者の伯父。「わたし」の父や叔父は、兄であるペトロス伯父を常に軽んじていた。広い庭と果樹園に囲まれたギリシャの片田舎で、節度ある一人暮らしを送る伯父。わたしはどこか秘密めいた伯父に心惹かれるのだが…。

伯父は、かつて天才的な数学者であった。自らの力を示すために、伯父が選んだのは、「ゴールドバッハ予想」。若き日の伯父は、その問題に全力で取り組み、誰か他の者が答えに辿り着くことを恐れるあまり、その途中で得た成果すらも発表することを恐れるのだが…。やがて訪れる挫折。

若き日の伯父の話と、「わたし」の話が重なってゆく。伯父の影響で数学者を目指した「わたし」は、伯父の企みにより、いったんはその道を諦める。しかし、伯父の出した問題が何たるかを知った「わたし」の胸に、再び数学者への夢が宿るのだが…。

実業を重んずる「わたし」の一族の気持ちも分かるし、完全な理論のみの数学の美しさも良く分かる。伯父の諦めは正しかったのか、「わたし」が伯父に認めさせようとした過ちは、確かに過ちだったのか。

「ペトロス伯父」は架空の人物ですが、実在の人物がうまく絡めてあります。ハーディ、ラマヌジャンについては、過去、藤原正彦さんの 「心は孤独な数学者 」(感想)を読んでいたのでわかりましたが、そうでなかったら分からなかったかも~。

ペトロス伯父の生き方は、全か無かしかありませんでした。それはほとんど狂気ともいえるほど。

これを読んで印象深かったのは、実は下に引用する箇所だったりします。

真理に近づきすぎる危険について彼が言ったことばが真実味を帯びて頭の中でこだましていた。”狂った数学者”というイメージは陳腐な空想ではなく、実在するものだ。“科学の女王”の研究者たちは蛾のようなもので、輝く無慈悲な光に引き寄せられ、容赦なく焼かれるのだ。(p159より引用)

良くは知らないけど(というか、これ読むまで、認識してなかったけど)、他の分野ではこんなことってあるんだっけ? 数学だけ???
数学といえば、これも読んでみたいんだけど、果たして理解出来るであろうか。汗 表紙も素敵だよねえ、これ。
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(2005/08/30)
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「第四次元の小説-幻想数学短編集」/日常生活の中に数学的問題をそっと置いてみますれば

 2007-03-27-23:01
R・A ハインライン, 三浦 朱門
第四次元の小説―幻想数学短編集 
目次
タキポンプ   エドワード・ペイジ・ミッチェル
歪んだ家   ロバート・A・ハインライン
メビウスという名の地下鉄   A・J・ドイッチュ
数学のおまじない   H・ニアリング・Jr.
最後の魔術師   ブルース・エリオット
頑固な論理   ラッセル・マロニー
悪魔とサイモン・フラッグ   アーサー・ポージス
コラム   吉永良正
あとがき  三浦朱門
解説   森 毅
リスト・オブ・ブックス


それぞれの短編の頭に書いてある文がぴったりなので、引いちゃいます(臙脂色の文字の部分が引用部分)。

◆タキポンプ◆
もしあなたが、走っている電車の上を前に駆ければ、
電車より速く移動していることに気づくはずだ。
その原理を利用して無限の速度を生み出す意外な仕組みとは・・・。

数学嫌いの私が、数学教授の娘に恋をした。教授に出された課題とは・・・?

◆歪んだ家◆

一次元の直線を横に移動させると、二次元の正方形が作れる。
二次元の正方形を上方に移動させると、三次元の立方体が作れる。
それならば、三次元の立方体をどこかの方向へ動かせば、
四次元の「超立方体」、すなわち過剰空間が作れるはずだ・・・。

意気盛んな建築家のティールは、画期的な家を作ることを考えた。それは四次元の家だというのだ。
友人ベイリーのために、ティールは四次元の家を設計するのであるが・・・。

◆メビウスという名の地下鉄◆ 
細長い帯を半回転ねじって貼りあわせると、
裏も表もない輪ができる。
そのメビウスの輪のような不思議な性質が、大都市の地下鉄網に
まぎれこみ、一台の電車が忽然と姿を消した・・・。

ある日、忽然と姿を消した一台の電車に対し、タペロ教授はある考えを示すのだが・・・。
音も電流の流れすらも検知出来るというのに、消えた電車はどこに行ってしまったのか?

◆数学のおまじない◆

もし、何の努力もせずに
数学がめきめき上達する方法があったなら・・・。
できの悪い学生を救うために教授が考え出した苦肉の策は、
こんな不思議なおまじないだった・・・。

不出来な学生のために、ある馬鹿らしい約束をしたランサム教授。ところが、その学生、フィンチェルは、見る見るうちに数学的才能を発揮する。それはあの「おまじない」のせいなのか?
 
◆最後の魔術師◆

「クラインの壺」は、内も外もない不思議な空間だ。
脱出ワザを得意とする魔術師が、
なんとそのクラインの壺からの脱出に挑戦する。
むろん、タネもシカケもあるのだが、
そこには二重、三重のどんでん返しが待ち受けていた・・・。


◆頑固な論理◆ 
6頭のチンパンジーが100万年の間、
タイプライターをたたき続けたら、
大英博物館にあるすべての書物を打ち出してしまうという。
それを実際に確かめようとしたある人物が遭遇した
驚くべき結果とは・・・?

◆悪魔とサイモン・フラッグ◆
ある数の2乗とある数の2乗を足すと、別の数の2乗になる、
これはめずらしいことではない。たとえば3^2+4^2=5^2がそうだ。
ところがこれが3乗以上の場合だと見つからない。
本当にひとつもないのか? 歴代の数学者を悩ませる
世紀の難問「フェルマーの定理」に悪魔が挑む
 
リスト・オブ・ブックス
では、数学はおもしろい、数学から広がる想像力、不思議なパズルの世界、時空を超えた冒険、異次元への入口の5つのジャンルに分かれて本が紹介されている。

気になったのは以下の本。

ブルーノ・エルンスト, 坂根 厳夫
エッシャーの宇宙

ジョージ ガモフ, 伏見 康治, 鎮目 恭夫, 市井 三郎, 林 一
トムキンスの冒険



どの短編がすごくいいとか、着眼点に感服したりする本ではないのだけれど、切り口や本の作り方に好感を持った本でした。アンソロジーは楽しいねえ。

「心は孤独な数学者」/三人の天才は如何にして生まれ出たのか

 2007-01-18-23:02
藤原 正彦
心は孤独な数学者

イギリスのニュートン、アイルランドのハミルトン、インドのラマヌジャン。数学において天才的な業績を残した三人は、如何にして生まれ出たのか。自らもが数学者である藤原氏が、辿る彼らのあしあと。数学者が書く数学者の本であっても、それは決して難しいものではない。彼らの人生を、その生まれ育った風土から丹念に辿った本。

目次
神の声を求めて
 Isaac Newton 1642-1727
アイルランドの悲劇と栄光
 William R. Hamilton 1805-1865
インドの事務員からの手紙
 Srinivasa Ramanujyan 1887-1920

この三つの話の中では、その分量にも著者の力の籠り具合が現れていると思うのだけれど、インドが生んだ数学者、ラマヌジャンを描いた「インドの事務員からの手紙」が面白かった。ニュートンはそれなりに知っていたし(というか、知った気でいたし)、ハミルトンも、全く理解は出来なかったけれど
ハミルトニアンH を習った記憶がある。でも、ラマヌジャンについては何も知らなくて、インドのカースト制度やかの国の歴史を含めた、この夭折の天才の話は、自分が全然知らなかっただけに、面白かったなぁ~。名前や地名に馴染みがないので、読むのにちょっと苦労はしたけれど。

神の声を求めて」では、ニュートンの頃から不変であるという、トリニティ・コレッジ(ケンブリッジにある三十ほどの内のコレッジの一つ)の正式ディナー*の様が、「アイルランドの悲劇と栄光」では、それが悲劇であって尚、自らヒーローとなることに情熱を持つ、アイルランド魂**が面白かった。

*七時半頃に広間に黒ガウンを着て集合し、食前酒を飲みながら会話を交わす。八時前に学長を先頭に一列縦隊を作り、中世そのままの食堂へ行進する。学生達が総起立で迎える中、フェローは彼等より二十センチほど高い床上にあるハイテーブルにつく。ドラの音とともに全員起立して、学長によるラテン語の祈りを聞く。暗いローソクの下で二時間ほどかけて食事を終えると、再びドラが鳴って、フェローは行列を作りティールームへ行進する。そこではポルト酒を、必ず右の人からもらい左の人へ渡しながら飲み、銀食器に盛られた果物やチーズを口にする。

**夢の世界に片足を突っ込んでいるように思われるかの国の国民性は、軽挙妄動とそしられても仕方のない歴史を持ち、綿密に計画を練るイギリス人に、ロマンティック・フールと馬鹿にされたりする。
インドの事務員からの手紙」は、まさにこの天才を知らしめたのが、「インドの一事務員」からの手紙であったことから。南インドの貧しいけれども、正統派バラモン家庭に生まれたラマヌジャンは、優等生として高校を卒業し、数学に天才的なものを示したものの、数学以外のものへの関心を失ったために大学は中退、ほとんど独力で数学を学んだのだという。マドラス港湾局の経理部員として勤めるかたわら数学研究を続け、夥しい数の定理や公式を発見したが、インドには判定出来る者があらず、宗主国イギリスの一流学者達に、研究結果の一部を送る事にしたのだ。こうして、天才ラマヌジャンは見出された。

ところで、インド人傭兵の大反乱、セポイの乱は彼らが海外派兵と新銃使用を拒否したことから起こったものであったという。海外に出る事はカーストの掟に背き、新銃への弾丸装填には、牛脂や豚脂を塗った弾丸包みを噛む必要があり、ヒンドゥー教徒、イスラム教徒はそれらを噛む事を拒否したのだ。

インドの人々にとって、カーストの掟は斯様に重要なものである。イギリスの数学界に見出されたものの、正統派バラモンであるラマヌジャンにとって、渡英はまさに戒律破り。カーストを逸脱することは、これ即ち自らが属する世界からの、自らの係累を含めた追放を意味する。ラマヌジャンは、信仰篤い母コーマラタンマルを説き伏せ、自らをも納得させるために、ナーマギリ女神の真意を確かめんと、女神の祀られているナーマッカルへの巡礼を経て、渡英を果たす。名声を博し、彼を見出した数学者ハーディとの独創的な共著論文を多数ものしたものの、極端な菜食主義や、第一次世界大戦によるインドからの物資の困窮により、ラマヌジャンは病を得てしまう。インドに戻った彼は、妻ジャーナキの献身的な介護を受け、また病床にあって尚、多数の公式を見出すものの、32歳でこの世を去る。

このラマヌジャンについての記述は非常に詳しく、インドと同じく、所謂西欧諸国的にはマイナーな国である日本の数学者としての、藤原氏の強い思い入れがあるのかも、と思った。

【メモ】
タフトゥ:後頭部に残した房(前髪は剃る)
ナーマム:額に練粉で描くカーストの印。白い大きなUの字と、真中の赤い縦線とからなり、それぞれヴィシュヌ神の足と配偶者を象徴する。
ドラヴィタ人:インダス文明を築いたと言われる民族。
チャンティング(詠唱):インドでは長い間、教科書でさえ全て詩文で書かれていた。

 ←文庫も。表紙、いいですね。

藤原正彦氏の両親は、「
流れる星は生きている 」の藤原ていさんと新田次郎さんなのですよね。気骨もやっぱり遺伝するのでしょうか。

喪う/「博士の愛した数式」

 2005-03-24-10:39
過去形で書かれた物語には、何だか切ない匂いがする。

この物語は、80分の記憶しか持つことの出来ない博士、家政婦の私、その息子ルートの交流を描いたものだ。
博士は不慮の事故により、それまで持っていたものの殆どを喪ってしまった。
残されたのは、事故に遭う以前までの記憶、研究していた数学の知識、子供に対する限りない慈しみの情、そして80分の記憶しか保つことの出来ない脳。

博士から語られる数の話は、静謐で美しい。
そっと博士に寄り添う家政婦の私の姿、博士に全幅の信頼を寄せる息子ルートの心も、優しく、ただ切ない。本当に美しい魂の物語。
博士が喪ったものは数多いけれど、残されたものは削ぎ落とされた美徳だったのだろうなあ、と思う。どちらが幸せだったのか。
普通に考えれば事故に遭う前だと思うのだけれど、この物語を読むとどちらなのか分からなくなってくる。勿論、80分の記憶による苦悩も書いてあるのだけれど。


ahaha さんの所で、「
人前で読んではいけない本 ・感涙編」に分類されていたというのに、ついうっかり外で読み、目をシバシバさせながら、ラストを読む進める羽目に陥りました。外出中は大抵本を持ち歩いているので、そういう状況が実はとても多い…。
(このエントリーで同じく「感涙編」に分類されていた、島本理生「ナラタージュ」も新聞の書評で高評価。読んでみたい。)


数学の美しさ。感じてはいたのだけれど、私が出来たのはガチャガチャ計算していけば、いつかは必ず解ける「微分・積分」だった。
あれは所謂数学ではないように思う。
「美しい証明」や「美しい解法」。何となく判別がつくだけに、出来ない自分が悲しかった。これはもうきっとセンスで、そして残念ながら私にそれはなかった。
物理なんかをやっていると、ああ数学は物理の法則を理解するために発展したのかしら、等と思ったのだけれど、純粋な数の世界はもっと美しいものなのだろうか(この辺り、頭が文系なのに理系に進んでしまった人間の戯言なので適当です。物理と数学はどっちが先なんだ?でも物理は明らかに実学だけど、数学はそうではない気が)。

作中に出てくる江夏投手のエピソード。山際淳司「江夏の21球」を思い出した。こちらもまた良い本でした。




著者: 小川 洋子
タイトル:
博士の愛した数式
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プロフィール

つな がる

Author:つな がる
つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
興味を持った記事があったり、あなたが読み終えた本について語っていたら、是非あなたの感想を教えて下さい。お待ちしています。

2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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