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「シナン」/神を捕らえる

 2005-11-02-09:10
夢枕獏「シナン」中央公論新社

タイトルの「シナン」は、オスマントルコ時代の建築家の名前。
彼は、それまでのトルコ建築、あるいはイスラム建築の歴史を一変させた人物であり、ミマール・コジャ・シナン(偉大な建築家シナン)と呼ばれた。シナンはその百年の生涯をかけ、石をもって神を捕らえようとした。

シナンの生きる時代より更に一千年以上も昔、イスタンブール(当時はコンスタンチノーブル)に、巨大なギリシア正教会の聖堂があった。
建物の上部に半球状のドームが被さり、その球の直径はおよそ三十一~三十二メートル。ドームの内側の頂点までの高さは、床から五十六メートル。

一四五三年、オスマントルコのメフメット二世によってビザンチン帝国が滅ぼされ、コンスタンチノーブルが陥落した時、この巨大な聖堂、聖ソフィアは、イスラム教のモスク(=ジャーミー)に改められた。
オスマントルコは、ヨーロッパとアジアに覇を唱え、巨大な帝国を築いてゆくが、コンスタンチノーブル陥落以来、キリスト教国から、一二〇年余りも言われ続けたことがあった。曰く。

「野蛮人」
「トルコ人は、他人が築きあげたものを奪うことはできるが、文化的には極めて劣っている。それが証拠に聖ソフィアより巨大な聖堂を、彼等は建てることができないではないか」

聖ソフィアよりも巨きなモスクを建てること。 これが、オスマントルコ帝国の歴代の王の夢となった。
この悲願を、コンスタンチノーブルが陥落してから一二二年後、ミマール・シナンという天才建築家が為しとげた。トルコのエディルネに建てられたモスク、セリミエ・ジャーミーがそれであり、ドームの直径は三十二メートル。
これは、シナンが八十七歳の時の出来事であった。

シナンは
デヴシルメ という一種の徴兵制度により、オスマン・トルコのスルタン直轄の歩兵軍団であるイェニチェリ の一員となった(それぞれ、Wikipediaにリンク)。

この時代、アナトリア地方やバルカン地方に住むキリスト教徒の少年は、定期的に強制徴用され、イスラム教への改宗の後、個人の資質にあった教育・訓練を施された(イェニチェリの他は、宮廷侍従や官僚、地方官などへ登用された)。

デヴシルメの出身者であるシナンは、当初はキリスト教徒であった。信仰する神を変え、故郷を捨てなくてはならないのだから、当然苦悩する者も多かった。しかし、シナンはそうではなかった。

神が、この世で唯一のものなら、その神に名をつける必要があるのだろうか
― そもそも、神に名をつけたのは誰であるのか。
それとも、神自らが、自らの名を語ったのだろうか。

シナンは上のような疑問を抱えた少年であり、郷里では神父と次のような対話を行っていた。

「名というのは、便宜上のものなのだよ」
「―」
「名があると、便利であるから我々はものに名をつけ、それを使うのだ。存在の本質に関わるものだが、本質そのものではない」
「名をつけたから、神が存在するのではない。名をつける前から神は存在しているのだ。名をとったからとて、神はこれまでと同様に存在する―」

シナンが神父との対話により得た答えは、以下のようなものだった。

「心により多くの量の神を持つものは、この世により多くの量の信仰心を持つ者は、それを持たぬ者よりずっと多く神を見ることができるであろう」

故郷の小さな村で、彼は神父が神の存在を確かに感じたという、イスタンブールの聖ソフィアに思いを馳せる。聖ソフィアを見ることが出来るという一点で、デヴシルメという制度はシナンにとって好都合であったともいえる。

イスタンブール到着後、聖ソフィアに向かったシナンは、その存在感に圧倒されるが、まだそれは、神を捕らえるに完全なものではないと感じる。ギリシア正教から奪った聖堂である聖ソフィアは、上から塗り固めたものの、所々にギリシア正教時代の顔を覗かせているのだ。ここに、シナンの生涯を掛けた夢、「神を捕らえること」がはじまる。神を捕らえることが出来れば、より多くの人が神を感じることが出来るのではないか?

シナンは、歩兵軍団であるイェニチェリの建設部門(戦争中に橋を掛ける、船を作って部隊を輸送するなど)に配属されるが、勿論直ぐにジャーミー(モスク)を作ることが出来るわけではない。ジャーミーの建築にはまだ長い時が必要となるが、シナンは着実にそのステップを踏んでいく。

遥か遠くを見つめるシナンに対し、同じイェニチェリの仲間で、どこまでも現世的な出世を目指すハサンとのコンビもいい。両者ともタイプは全く異なるのだけれど、互いを尊重し、その能力を認め合うという点では、同じ夢枕獏が描く晴明と博雅のコンビを思い出す。

その他の登場人物は、スレイマン大帝、その妻であるロクセラーヌ、宰相イブラヒム、詩人ザーディ。ヴェネツィアでは、ミケランジェロ・ボナロッティが登場する。この時代の、微妙な政治的駆け引きの話なども興味深い。

終章の「チューリップの丘」だけは、少し夢を見ているのだけれど、ここまで丹念にシナンの生涯を追ってきたのだから、最後少しくらい夢を見てもいいよね、と思う。どこまでも揺るがず、一つの目標を淡々と見据える、シナンの透徹した眼差しが印象深い本だった。

夢枕 獏
シナン (上) シナン (下)

風のような文、史実を巧みに織り交ぜた文章には、全然違うと言われるかもしれないけれど、私は司馬遼太郎に似た香りを感じた。 本の装丁がすごく凝っていて美しいのだけれど、写真や挿絵がないのを非常に残念に思った。

*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

fc2とアメブロの相性の悪さは困ったものですね~。

繋がらない「みすじゃん。」のおんもらきさんの記事にリンク
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「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
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2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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