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「沈黙」/生きのびるための音楽が死んだとき

 2007-06-09-20:31
古川 日出男
沈黙

物語るとは人をあざむく事。

そう作中人物に語らせる、古川日出男が語り、騙るストーリー。

それは架空の音楽史であり、「獰猛な舌」を持つ家系の話であり、転生する悪との戦いの話である。音楽史と家系の方にばっかり気を取られて読んでいたら、ラスト、急に悪との戦いの方がクローズアップされちゃって、ちょっと戸惑いました。うーむ、その辺り、ちょっと消化不良。あんなに上手くいっていた静さんとの生活を捨ててまで、薫子は戦いに出なくてはならなかったのでしょうか。楽しみにしていた、雪かき後の温泉は~?

東京に住む美大生、秋山薫子は喪われた母系の親族を知り、若くして亡くなった実祖母、三綾の姉、大瀧静の家に住まわせて貰うことになる。移り住んできた薫子と猫は、大瀧の屋敷に直ぐに馴染む。

屋敷の地下室には、ジャケットもなく、ラベルを剥ぎ取られた何千枚ものLPレコードと、徹底した防音が施されたリスニングルーム、そして、やはり若くして亡くなった静の甥、修一郎が遺した「音楽の死」と題された十一冊にも及ぶノートが残されていた。

「音楽の死」と題されたそのノートは、カリブ海から始まった「生きのびるための音楽」ルコ(rookow)の歴史を記したもの。想像力が歴史を系(つな)ぐ。あたし、薫子は、ルコの歴史を紐解き、読み解く。そこには誤読の可能性すらも、赦されている。ノートのトレースにより、ルコそのもの、修一郎そのものをトレースした薫子は、そうして音楽そのものとなり、ルコとなり、修一郎の脳を手に入れる・・・。

さて、薫子には、かつて秋山燥(ヤケル)という名の弟がいた。小学生だったある日、鍾乳洞の中で完全な闇を体験した燥は、薫子の家族が知っていた弟だったものとは違っていた。父は弟の所業に顔を無くし、薫子は東京へと出て行く。

薫子と燥の対決の前に、今では修一郎ともなった薫子は、修一郎の父、大瀧鹿爾と怪物との対決、大瀧鹿爾と修一郎の対決をも視る。悪とは形、形式であり、悪に対抗できるのは、ただ聴くことの出来る音楽である。生き伸びるための音楽史を創り上げた修一郎であったけれど、悪を葬ったことで、後に聴力を喪う。また、悪を縊った鹿爾は、自らが悪となってしまった・・・。悪とまみえることで、鹿爾と修一郎の二人は音楽=生を失ったけれど、燥と戦った薫子にはまだ音楽が残されていた。

その辺は希望なのかなー。うーむ、音楽の歴史、声で変装を施すことが出来る、獰猛な舌を持つ鹿爾、その鹿爾に鍛えられ、本職の声優すらを唸らせた修一郎の声の話などは面白かったんだけど、私にはどうにも「悪」が分からなかったような気がします。修一郎のおじにあたる、祝田慶典による、でたらめな吹き替え映画、「マシンガン姉」も気になるな~。「マシンガン姉」って・・・。タイトルだけで、何だかすごい。

「悪」というのは戦ってたおせる、毀せるものではなく、京極堂のように「落とす」もんなんですかね。人を唆し、世界の破綻した部分を嗅ぎ付ける燥のような悪。うーむ、これは、ある意味、クリスティのポアロ最後の事件、「カーテン 」のようなタイプの悪でもあるのかな。そうだよなー、あのポアロですら、あの「悪」には手を焼いたのだった・・・。

文庫では「アビシニアン 」と併録されているようですが、これ、保健所を襲撃して、エンマの猫を救い出したのが、薫子たちだったからなんですね。しかし、このボリュームを併録するっていうのも、なかなか凄いかも。「アビシニアン」はさっさと読めたけど、「沈黙」は今週ずーっと読んでましたもん。二つのルコに翻弄された面も大きいんだけどさ。

目次
第一部 獰猛な舌
第二部 カムフラージュ/モンタージュ
第三部 受肉する音楽
第四部 ルコ


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「アビシニアン」/古川版ボーイミーツガール&ことばの力

 2007-05-30-23:58
アビシニアンアビシニアン
(2000/06)
古川 日出男

商品詳細を見る

出会うのは、三者三様の痛みを抱え、痛みを克服する術をそれぞれの手段、それぞれの手法で勝ち得た人々。

義務教育終了後、全ての過去を棄て去った少女は、都心には珍しい巨きな緑地をかかえた公園に還る。
そこにはかつて彼女の家の飼い猫だった、アビシニアンの雄猫がいるはずなのだ・・・。
アビシニアンと再会を果たした彼女は、猫の生態に学び、猫と共にバードサンクチュアリに築いたシェルターの中で、季節を過ごす。
去勢された飼い猫であったアビシニアンは野性味溢れる動物として生き、彼女もまた嗅覚を研ぎ澄まし、独自の体感を発達させる。

そうして、ある日、彼女は強烈なイメージを得る。それは焚書。野生の言葉、ほんとうのことばを識った彼女に、以降、書かれた文字は必要のないものとなる。


大学生の青年は、突然襲い来る偏頭痛の発作に苦しんでいた。それは圧倒的なイメージの奔流であり、言葉にして表す事、他人に対して説明する事が出来ないもの。
発作が何なのか全く分からなかった彼に、ある日開いた雑誌の偏頭痛の特集は啓示となる。それはことばの可能性。
正体不明のものを理解可能なものとするために、青年はシナリオ書きに熱中し、多様な声を聴く事を始める。


青年と彼女はダイニングバー「猫舌」で出会う。彼女に物語る事で、青年のシナリオは加速する。それは顔のない少年と声の物語。顔のない少年は、「顔がない」ゆえに世間から、また両親からすらも識別されず、彼と共にいるのは彼が生れた時から聞こえる声のみだった。物語が進む中、その声からも断ち切られた少年は、最後ににおいを知る少女に見出される。顔がなくとも、においを識る彼女に、少年の識別は可能だ。


ダイニングバーの経営者であるマユコから、彼女に与えられたのは「エンマ」という名前。「エンマ」から青年に与えられたのは「シバ」という名前。

言葉とは、文字に書かれたものだけではない。体で知る言葉、においで知る言葉・・・。真実の言葉とは、体感を伴うものなのか?

マユコのエピソードはちと余計かなぁと思いつつも、古川さんの独特のイメージの奔流をどっぷり楽しめた。物語の力を信じている作家さんの物語は楽しい。
目次

Ⅰ 二〇〇一年、文盲
Ⅱ 無文字
Ⅲ 猫は八つの河を渡る

「13」/原色の色を生きろ

 2006-12-11-21:26
古川 日出男
13


目次
第一部 13
第二部 すべての網膜の終り
1 ココとマーティン/2 ココとサルサとマデリーン/3 ”マスマティシャン・オブ・カオス”/4 ココとCD/5 ココと臨死体験/6 響一と犬の少年/7 ココとマーティン、天使、響一/8 響一とココ/9 響一とココ?/10 ガブリエラ/11 ”王の王”/12 橋本響一、ココ・ココ・マチューカ・プラード/13 ”13”

片目だけの特殊な色覚障害を持つ響一は、その障害のゆえに特異な色彩の世界に生きていた。彼の描く絵は幼児のレベルを超え、輪郭線は存在せず、物体の輪郭は全て「色の終わるところ」として表現されていた。

そうして彼は、入園検診の時の色盲検査で新しい世界を知る。色盲の検査表には、正常者には読めても異常者に読めない文字や数字、また逆に異常者には読めても正常者には読めない文字や数字が配されている。響一が利き目ではない、異常がある左目で表を見た時に、立ち上がってきた文字や数字。それはまるで色の幽霊だった。響一はもう一つの異次元の世界を発見したのだ。それは彼の左目だけが捉えることの出来る、秘められた色彩の異世界。

響一はその異世界を再発見するために、色を塗る、色を作る。この世のありとあらゆる色を繰り、支配する手段を着々と磨く。でも、まだ足りない。まだあの世界への道は閉ざされている。

中学生となった響一の元に、ザイールのムンドゥの森から、狩猟採集民ジョ族の一員、ウライネがやって来る。霊長類の研究者である響一の従兄弟、関口昭彦が、彼らジョ族に命を助けられ、その恩返しとしてこの少年ウライネを、「白人の国」日本へと連れて来たのだ。

森の民であるジョ族にも、彼らの事情があった。農耕民族と白人たちとの接触により、これまで周囲の農耕民族たちを怯えさせていた「森」の魔力、霊力が薄れてしまったのだ。森の魔力を取り戻すため、ジョ族もまた「白人」の力を必要としていた。「白人」の霊力を手に入れることで、森の超自然力は快復する。彼らの中から選ばれたのが、ウライネだったのだ。

中学校を卒業した響一は、高校進学の道を選ばない。響一はザイールのジョ族の元へ行く事を望む。ザイールに渡った響一は、ジョ族の中にウライネの兄弟としての地位を築く。響一はジョ族と共に狩りをし、食事をし、ジョ族に伝わる昔話を好んで聞く。最初の人間の話、死者の世界であるバチカンバの話・・・。濃密な森の色の中、黒い膚の彼らの、白い膚を持つ兄弟となる。

物語の縦糸は、この色彩の求道者、橋本響一が紡ぐ。

これに絡んでくるのは、ザイールの農耕民の中に出現した、聖母マリアと見なされる少女ローミ。彼女は黒いマリア。農耕民たちは、森の民、ジョ族の敵であるのだが・・・。

そして、痛ましい事件の後、ザイールを後にした響一に絡んでくるのは、「すべての網膜の終り」なる映画を撮ろうとしている映画監督マーティンに、女優ココ、主題歌を作り、歌うCD。
粗筋にもなってないような粗筋だけれど、粗筋として言えるのはこれくらい。もう、もう、全ては混沌の中、カオスの中。色、音、匂い、味・・・。森の色彩、ジョ族のボディペインティングの色、彼らの食事、映画の中の映像イメージ、本を読むという行為なのに、物凄く五感を刺激する文章に酩酊する。

犬の物語であったり、神に到達する映像であったり、森の人の話であったり、膚の色の話であったり、まだ読んでないけれど、「ベルカ、吠えないのか?」に繋がるかと思われるもの、「サウンド・トラック 」のレニにも通ずるもの、「アラビアの夜の種族 」にも通ずるもの。

古川さんの話は、全然違う物語であっても、どこか同じ地平で繋がっている感覚がある。一部だけを取り出しても、凄く豊かなイメージなんだけど、それがまた違う世界とも繋がっていたり、また違う色合いを新たに乗せられて語られるのは、物凄く嬉しいなぁと思う。

 ← こちらは文庫

「サウンドトラック」/青春を駆け抜けろ

 2006-11-23-20:01
古川 日出男
サウンドトラック

青年は護るべきものを見つけ、目覚めたガールは踊りによって外界を揺らし、未だどちらの性にも属さないものは、誠実に現実を射って、一人、烏と共に戦いを挑む。そして、最後に彼らは共闘する。

さて、「
アラビアの夜の種族 」ではまった古川さん。図書館にあるもので次何を読もうかな~、と考えていた私は、amazonやbk1の書評を参考にしました。で、概ね好評だったこの「サウンドトラック」を読んだわけですが、いやー、皆さん良くこれ読みこなしましたね、という感じ。450頁をちょっぴり超える上下二段組と、かなりボリューミーなこの作品は、半分くらいまで読む進まないと、どんな物語かすら分からない。

私が読んだ単行本の表紙を上に載せましたが、今回の場合、こちら、文庫本の表紙の方が内容に合っている様に感じました。多分これは、現実から少し捩れた場所にある、東京を舞台にした青春小説。

? ?


主な登場人物は、トウタとヒツジコとレニ。冒頭は、六歳にしてサバイバル技術を叩き込まれたトウタが、父親とのサバイバル・クルーズの訓練中に、荒れる海の中でいきなり父親を亡くす場面。それまで鳴り響いていた音楽は死に、父親は海に消える。トウタは一人、無人の山羊の島に辿り着く。同じ夜、同じ海で、四歳の幼女、ヒツジコは母親の無理心中に付き合わされていた。同じ夜にヒツジコの乗る客船から出た、浅はかな自殺志願者のために降ろされた救命ボートが彼女を救う。ヒツジコもまた、トウタと同じ島に辿り着く。

トウタとヒツジコは、無人の島で完璧に暮らす。ヒツジコはまた、この島にいる間に経験した地震により、自身の体が重力から解き放たれる瞬間を知る。そして1997年、環境庁の依頼で、東京都が小笠原諸島の北部地域からのヤギの駆除に乗り出す。トウタたちが暮らす無人の島に人が入る。都の職員は、トウタとヒツジコを発見する。保護された彼らは、兄妹として父島で暮らすことになる。

父島の暮らしの中でトウタは苛立ち、ヒツジコはある切っ掛けで、自らが沈められた過去を思い出す。目覚めたヒツジコは、トウタより一足先に島を出る。トウタが島を出るのはもっとずっと後。義務教育を終え、持て余されたトウタが父島にいられなくなるのは、まだ先の2008年の話。

現実から、少しずつ捩れていくのはこの辺りから。小笠原諸島よりも暑いくらいに、熱帯化した東京。東京から既に冬は消失していた。女子高生たちは、冬を非夏と呼びならわす。2004年7月に入管法と外国人登録法が改正され、東京のあちこちに移民街が出現していた。少女と少年の間を自由に行き来するレニは、神楽坂の角付近、通称「レバノン」で暮らしていた。本当のレバノンでは、大叔父は王族の鷹匠(サッカール)だったのだという。サッカールとは、黒い目のハヤブサや黄色い目の大鷹を調教する専門の技術者。レニは東京のレバノンで、ハシブトガラスのクロイのサッカールとなる。

移民街で「非日本人化」が進むにつれ、その反動のように「純日本人化」が進む地域もある。ヒツジコが住み、彼女の学校、テレジアがある西荻窪、通称「ニシオギ」は、純日本人のサンクチュアリと化す。

ヒツジコは踊りの技術を高め、外界を揺らすことを覚える。攻めに転じた彼女は、テレジアを揺らす、揺らす。その舞いは、ほとんど天災。免疫を持つ、揺らされぬ何かを持つ少女以外は、全てその踊りに感染する。ユーコ、フユリン、カナという「免疫体」を従え、ヒツジコは長い髪、長い手足を揺らし、踊る、踊る。

東京には様々な要素が混在する。レニが敵視する「傾斜人」、自称コロポックルたちの住む地下。純日本人、非日本人・・・。正規日本人でありながら、変わった生き方を選ぶ、トウタ、ピアス。移民たちのドクトルとして生きるリリリカルド。熱帯化により爆発的な流行を見せる伝染病。トウタは、ヒツジコは、レニは、それぞれのフェイズで、このイカれた東京の状況と戦うことになる。

面白かったんだけど、この面白さに至るまでが、大変な一冊でありました。一旦、読み始めたら、最後まで読むことをオススメしますが、青春物であるせいか、何となく舞城氏に似たものを感じたり(そして、読みこなすのがちょっと大変?)。文庫本の表紙なんかを見ても、これ、長編のアニメなんかにいいんじゃないかな、と思いました。

amazonを見ると、文庫本の解説は、これまた柴田元幸さんのようですね。立ち読みしなくっちゃ!

この記事を書いた時は、割とブツブツ言ってたんですが、でもこれは読み終わった後の方がじわじわとすっごいクる物語でした。なんか中毒性があるというか。私にとってある意味分りやすかった「アラビアの夜の種族」と比べても、全く見劣りしない物語であったなぁ、と。

以下、トラバのためのリンクです。

物語三昧 」のペトロニウスさんのリンクを辿って、更新を楽しみにしているブログ「族長の初夏 」さんの「サウンドトラック」記事です。

・「サウンドトラック」(上) 古川日出男
http://umiurimasu.exblog.jp/5988131
・「サウンドトラック」(下) 古川日出男
http://umiurimasu.exblog.jp/6010103

「ルート350」/小説の中の旅

 2006-11-07-23:04
古川 日出男
ルート350

「アラビアの夜の種族」 で、はまった古川日出男さん。今度は短編集を読んでみた。でも、これは全てするりと読めたわけではなくって、意外に読むのにてこずってしまったのよ。完全にエンターテインメントしているわけではなく、視点の面白さなどで切り込んでいるからなのかなぁ。でも、長編の枝葉がたっぷりとついた「アラビアの~」のようなものから、こういう短編集まで、古川さんはほんと色々書けちゃうんだな。きっと、物語巧者なんだろうな。

目次
お前のことは忘れてないよバッハ
カノン
ストリートライター、ストリートダンサー、ストリートファイター
飲み物はいるかい
物語卵
一九九一年、埋め立て地がお台場になる前
メロウ
ルート350

さて、この8編の物語の中では、私は孤独なものたちを描いた、「お前のことは~」「ストリートライター~」「メロウ」が好き。

「お前のことは忘れてないよバッハ」
「あたし」が住む家には、かつてゴールデンハムスターのバッハがいた。三軒隣り合った親同士の笑っちゃうような不倫により、ハナとマユとあたしは親を失い、あたしの家に三人で住む事になった。
ゴールデンハムスターは、シリア、レバノン、イスラエルが原産国で、彼らはアラブの砂漠に棲む。檻から脱走したバッハが家の中にいることに気付いたあたしたちは、バッハの好む場所を「保護区」とし、世界各地の土地の名前をつけ、更にそれぞれの場所に大バッハの音楽をかけた。
めちゃくちゃになってしまった家庭の中で、バッハだけは華麗な世界旅行を繰り広げていた。それはあたしたちにとって、希望、救い。「冒険をしろ、バッハ」。「お前のことを決して忘れていないよバッハ」。

「ストリートライター、ストリートダンサー、ストリートファイター」
幽体離脱をした「僕」こと「記録者」が記録する、三つのストーリー。それは、エロ王とガーリーとお猿の三人のお話。お話を作るお猿、踊るガーリー、闘うエロ王。それは高校生である彼らが、仲間には見せない姿だったけれど・・・。

「メロウ」
天才児 対 謎の街の狙撃手。

うーん、長編小説の種になっているようなものもあるようなので、私の場合は、それらの長編小説を読んでから、もう一度読んだ方が楽しめそう。きちんと楽しめずに、ちょっと悔しく感じてしまった。

「アラビアの夜の種族」/そして、物語は続く・・・

 2006-10-14-22:21
?
古川 日出男
アラビアの夜の種族 ?

物語はそれを聞くことを望む者の前に姿を現し、物語は語られることで不滅の存在となる。そして、物語を識った者は、その者自身が一冊の本となり、またその者自身の物語をも含んで、物語は続いていく。これは、そんな物語。きっと永遠の物語。

系統は全然違うけれど、物語の中に内包される物語、という点では、恩田陸の「
三月は深き紅の淵を 」を思い出した。?

これは、一冊の稀書を巡る物語。

ナポレオン・ボナパルトに侵攻される直前のカイロ。イスマーイール・ベイに仕える、一人のマムルークの若者、アイユーブが夜毎暗躍していた。イスマーイール・ベイは、二十三人いるベイ(知事)たちの間で、現在三番手のベイ。一番手、二番手の、ムラード・ベイとイブラーヒーム・ベイは、煌びやかで美々しいマムルーク騎馬隊の能力を、露ほども疑わないが、しかし、イスマーイール・ベイただ一人は、「騎士道」が廃れた近代戦をおぼろげながらも知る。美が即ち強さそのものである、騎士道の世界は、西洋では既に終焉を迎えた?

命ぜられる前に、常にイスマーイール・ベイに先んじて策をとるアイユーブが、近づくフランク族の脅威に対してとったのは、一冊の稀書。それは類稀なる書であるという。読み始めた者は、その本と「特別な関係」に落ち入り、うつし世のことを全て忘れ去る、別名「災厄(わざわい)の書。これをあのフランク人に、献上しようというのだ。そう、公式(おもて)の歴史には決して残らず、非公式(うらがわ)の歴史にのみ、語られるこの書を・・・。それは誰も知らぬ刺客となる・・・。

「災厄(わざわい)の書」を語るのは、夜(ライラ)とも呼ばれる、夜の種族(ナイトブリード)、ズームルッド。その声は甘い蜜の舌で語られ、夜毎語られるその言葉を、流麗な書体を操る書家と、助手のヌビア人の奴隷が余さず写しとる。そして、物語を聞く、アイユーブと書家、ヌビア人の奴隷もまた、夜の人間となった・・・。

語られるのは砂の年代記。砂漠の歴史。「もっとも忌まわしい妖術師アーダムと蛇のジンニーアの契約(ちぎり)の物語」と呼ばれるその物語には、複数の挿話が織り込まれ、その一遍一遍は主人公を異にする独立した物語である。しかし、語りが進むにつれ、それは巨きな物語に収斂する。別名、「美しい二人の拾い子ファラーとサフィアーンの物語」「呪われたゾハルの地下宝物殿」としても知られるこの物語の運び手は、わずか少数の選ばれた語り部、聖なる血を秘めた夜の人間のみ。そう、まさにズームルッドのみが、この物語の運び手である。

語られる物語は、二十数夜にも及ぶ。夜の物語にとっぷり漬かった後、夜が明ければ、待つのはカイロの危機的状況。ズームルッドの語りが佳境を迎えるにつれ、カイロの状況はますます悪くなる。すっかり夜の人間となった書家とヌビア人の助手は、カイロの危機的状況も知らずに、美食と美しい物語に耽溺し、充実した時を過ごすのだが・・・。アイユーブの計略は、さて、実を結ぶのか?

夜の間に語られる、長い長い物語をとっぷりと楽しんだ。アラビア色の溢れる艶やかなこの物語は、読んだことないんだけど、「千夜一夜物語」的でもあるのかな、と思ったり。純粋な人間としては、完璧の極みに辿り着いた、呪わしく醜い呪術師、アーダム。無色(いろなし)の皮膚(はだ)を持つ麗容の魔術師、ファラー。無双の剣士、美丈夫のサフィアーン。彼ら三人の物語が混じり合い、撚り合わされる様は圧巻。

これは彼ら三人の愛の物語でもあって、ファラーがひとり、人外境(ジンニスタン)に留まることを決めたのは切なくもある。美が善である世界において、醜く生まれ付いてしまったアーダムの純情、彼の報われなかった想いもまた切ないし、サフィアーンの純真無垢さはこれは救い。三者三様の世界が、色鮮やかに立ち上がる。

そうして、物語を聞き終わったアイユーブは、今度は彼自身が一冊の本となり、アイユーブの人生が語られる。ラストはある日本人作家の物語へと、舞台は移る。そうして、物語はきっと続いていく。ズームルッドから糸杉に、語り手が変わるように・・・。

語り手と聴き手がある限り、物語は存在する。物語は不滅だ。

目次
聖還暦(ヒジュラ)一二一三年、カイロ
 第一部 0℃
 第二部 50℃
 第三部 99℃
仕事場にて(西暦二〇〇一年十月)

・マムルーク(Wikipediaに
リンク
・ナポレオンのエジプト遠征について(Wikipediaに
リンク )?

←長いな~、と思いながら読んでいたら、文庫では三分冊されていました。

いやー、しかし、こういう物語はこの「長さ」も魅力の一つですなぁ(っても、読むのがそう遅い方でもないと思われる自分が、一週間びっちり読んでました。ま、一日の内で、純粋に読書に当てられる時間も、そう多くはないけど。にしても、な、長い・・・)。「物語」を愛する人間には、たまらない本だなぁ、と思いました。面白かった! 

トラバが飛ばない「みすじゃん。」のおんもらきさんの記事にリンク → 
アメブロ、なぜ一部のfc2ブログからのトラバを弾くの~?(困)
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プロフィール

つな がる

Author:つな がる
つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
興味を持った記事があったり、あなたが読み終えた本について語っていたら、是非あなたの感想を教えて下さい。お待ちしています。

2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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