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「夢のような幸福」/しをんさんエッセイ

 2007-12-18-22:50

三浦 しをん
夢のような幸福
大和書房

今回の本で言いたいことは、表紙が吉野朔美さんだよ!!、ということでしょうか。笑
(吉野朔美さんの本エッセイ漫画?の感想はこちら
→「
お父さんは時代小説が大好き 」/本読み人の習性とその生態
 「
お母さんは「赤毛のアン」が大好き 」/本読み人の習性とその生態)

先日読んだ、「
乙女なげやり 」といい(こちらは、のだめの二ノ宮さんが表紙絵を描いておられます)、しをんさんの漫画への愛故か、しをんさんのエッセイは素敵な表紙がついてまさに「幸福」。

目次
一章 我が愛のバイブル
二章 夢のような話
三章 男ばかりの旅の仲間
四章 楽園に行く下準備
五章 世界の崩壊と再生
あとがき


内容はいつものしをんワールド。世界の名作、嵐が丘」を読むに及び、ガラスの仮面」から入り(ああ、私だって、ヒースクリフ桜小路優は忘れられないさ)、己の中の愛の位置づけを再確認するために、梶原一騎原作「愛と誠」を読む。愛と誠」って見たことも聞いたこともなかったんだけど、しをんさんの解説を読むだけでおなかいっぱい。さすが梶原一騎原作…。なかなか恐るべき漫画のようですね。

映画についての、しをんさんの解説というか紹介もまた面白くって。しをんさんは故・淀川長治さんの「どんな映画に対しても愛を持ち、少しでもいいところを見つけて褒めよ」との言葉を大切にしておられるそうだけれど、微妙なラインにいる愛すべきダメ映画に対する文章が面白いです。
 (織田裕二主演、「T.R.Y.」、しをんさんの愛するヴィゴ氏出演の「G.I.ジェーン」など。どう考えたって微妙だよね、これ。笑)

さて、これはあまり関係ないのだけれど、しをんさんといえばBL、BLと言えばしをんさん。

本日、本屋で「ユリイカ」がなぜか裏表紙を表にして並べられてるなぁ、と思ったら、表紙はこんなでした。別に裏返さなくてもいいじゃん、と思うのだけれど。でも、やるな、ユリイカ…。


ユリイカ 2007年12月臨時増刊号 総特集=BL(ボーイズラブ)スタディーズ
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「三四郎はそれから門を出た」/汝、愛なくして語るなかれ

 2007-08-24-23:56

 
三浦 しをん
三四郎はそれから門を出た

目次
 三四郎はいかにして門を出ることを決意したか まえがきにかえて
一章 犬のお散歩新刊情報
二章 三四郎はそれから門を出た
三章 本のできごころ
四章 役に立たない風見鶏
五章 本を読むだけが人生じゃない
六章 愛の唄
 三四郎は門を出てどこへ行ったのか あとがきにかえて
特別附録「火宅拝見」イラストレーション:浅生ハルミン(後ろ見返し)


三浦しをんさんは、「愛がないなら、黙して語らずにおけ」を書評の信条としていきたいのだという。そんなしをんさんの愛のこもった書評と、本の周辺の話、家族の話、またはananに連載された、時流に微妙に乗っているような乗っていないようなお話(何せ、「役に立たない」風見鶏だし)を集めたエッセイ集。

しをんさんのことを「ブタさん」と呼ぶ弟や、パワフルさが透けて見える母との会話もいいけれど、やっぱり「愛」ある書評が楽しかったな~。自分が読んだものだと、そうそう!と思ったりして。

二章の「三四郎はそれから門を出た」は、朝日新聞に連載されていたもの。通常の書評は、一冊の本について書くものだと思うのだけれど、ここでは一見関連のなさそうな二冊について、面白い着眼点で共通項を見つけて紹介してくれるのが面白かった。たとえば、最相葉月さんの「東京大学応援部物語」とマルキ・ド・サドの「ジェローム神父」を、”報われぬ献身の美しさ”で括ったりとか。

笑っちゃったのが、京極夏彦さんの「陰摩羅鬼の瑕」における表現。しをんさんは、氏の「京極堂シリーズ」とは、総じて高級幕の内弁当のようなものだと考えるのだそう。それは、選び抜かれた素材で丹念に調理されたおかずと、白米(京極堂の蘊蓄)とのハーモニーを重視した、安心して食せる満腹感のあるもの…。ところが、一作目の「姑獲鳥の夏」には、「幕の内弁当だと思って食べ進んだら、弁当の底にカレーが敷きつめられていたよ!」という驚きがあった、とのこと。姑獲鳥の夏」は、ねえ。凄いとは思うし、好きだけど、あれ、基本的に確かに一発芸だし…。

さて、本に塗れたエッセイの中で、私が気になったのは以下の本。

 

硬軟合わせて、いろいろな本が取り上げられていたけれど、ナチス親衛隊であった母について、娘が書いたノンフィクションと、漫画家・山本直樹さん(そいえば、最近スピリッツで見ないなー)の三十年間の夢の記録、この二冊が興味を惹いた。しかし、黙って行かせて」はともかく、ラジオの仏」は図書館にはないだろうなぁ。いつか読めるといいな。

「私が語りはじめた彼は」/愛って何だ?

 2006-07-27-21:33

三浦 しをん
私が語りはじめた彼は

「月魚」 を読んで、文章の巧さは良く分かったんだけど、その寸止めBL小説のような香りに、ちょっと何が言いたいのか分からんなーと混乱し、でも、此度めでたく直木賞を獲ったことだしと、評判の良い「私が語りはじめた彼は」に挑戦。

結論からいうと、いや、これは良かったんだよ。胸に染み入るような綺麗な表紙、そのまんまの世界。そして、此度は言いたいこともちゃんと分かりましたよ。

愛って何だ?そして愛を持続させるには?

目次
結晶
残骸
予言
水葬
冷血
家路

「ニシノユキヒコの恋と冒険」 のように、一人の男性について、関わった人々が語るスタイル。「ニシノ~」の場合は、語るのは女性だけだったけれど、こちらでは男性も。

さて、この輪の中心となるは、歴史学を専門とする村川教授。彼は妻に言わせるとこんな男性。「村川の魅力は、ある種の女にはたまらないものです。どこを掴まれたのかは自分でももうわからない。けれど、彼によってふいにもたらされた痛みと驚きだけは、いつまでも新鮮に残る。外見や性格とはかかわりのない、そんな種類の魅力です」

浮気を繰り返した彼は、妻と二人の子どもとは別れ、太田春美というカルチャー・スクールの生徒と結婚し、彼女の連れ子を娘とした、新たな家庭を築く。

「結晶」は村川の弟子、三崎が怪文書を確かめに彼の妻の元を訪う。
「残骸」は、村川のカルチャースクールの生徒、多分、彼の最初の浮気相手である真沙子の夫が語る。
「予言」は村川の息子、呼人が語る。離婚を知った彼は荒れる。彼だけが父の十数年に亘る浮気を知らなかったのだ。現在高校生である彼が過ごした時間の大半が、全て嘘で塗り固められたものであるとは、なんと残酷な事だろう。
「水葬」は、大田春美の連れ子、村川綾子の物語。なぜか彼女を監視する調査員が語る。彼女は自らを海に埋葬する。
「冷血」は、村川の娘、ほたるの婚約者、市川律が語る。
「家路」は、新聞の訃報欄で村川の死を知った、三崎が再び語る。

村川の心中はどこにも描かれないけれど、様々な人が語る彼の様子から、村川の心が浮かび上がってくる。

この世のどこかに不変なものがあると信じたい、子供のような村川。誰かと生活を共にするという事は、鮮烈な感情が薄れ、ゆっくりと変化していくということでもある。永遠を求めて、次々と恋を仕掛ける村川は、純粋ではあるが、ある意味哀れな男なのかもしれない。

愛を求め、確かにそれは得られたけれど、誰が村川を理解しただろうか。
また、一体誰が理解されたのだろうか。

変化するからこそ、揺らぐからこそ愛は美しい。
それは、一瞬の完璧に固められた恋の輝きとはまた異なったもの。

村川とは違う生き方を選ぶ男性二人にしんみりする。

冒頭の二千年以上前の、不義密通をした寵姫に対する皇帝の残酷な仕打ちは非常に怖い。変わらぬ愛を許さない大田春美の怖さにちょっと通じているのやも。全く同じ状態をキープしようと努力する愛なんて、不自然なものなのかもね。思い出を合った事として、そのまま受け入れる村川の家族と比べ、村川の何もかもをも奪おうとする、貪欲な大田春美はあまりに醜い。

巻末には、田村隆一の詩が載せられている。
「私が語りはじめた彼は」というタイトル、かっこいいよなー。

 この男 つまり私が語りはじめた彼は 若年にして父を殺した
 その秋 母親は美しく発狂した
    田村隆一「腐刻画」



*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。

三浦しをんさん/「人生激場」「月魚」

 2005-05-25-09:07
最近の私の読書の仕方はちょっとずるくて、エッセイ・考え方の類から、読んだ事の無い作家さんに入門する事が多い。考え方の本ってちょっと読み辛いかなあ、と思っていたのだけれど「どこに着地するのかよく分かんない小説」を読むよりもストレスが少ない事が分かったし、日常を書いたエッセイはそもそも読み易いし。さらに最近の読書としては、金銭的な問題(無職なので)や時間的な事(暇ですからね)から、図書館の利用頻度が非常に高い。当然賞を取った本なんかは、貸し出し中な事も多いけれど、その作家さんの本が他にないわけでもなし、装丁や冒頭が気に入ったものなんかを借りてきて読んでいる。

前置きが長いですが、で、三浦しをんさん。まずは、エッセイ「人生激場」を読んでみた。面白かった。女性の作家さんって、日常の物事に対し、突っ込む方が多いのかなぁ。山田詠美さんのエッセイにも似てる。あちらよりも、当然若いけれど。ヒステリックさを除いた、氷室冴子さんのエッセイのようでもある。

それで、「月魚」という言葉と、著者の着物姿の古風な近影に惹かれて、こちらの本を借りてきた。

三浦しをん「月魚」角川書店

古書の世界に生きる幼馴染の男性二人の物語。古書の世界も興味深いし、齟齬も無い。文章の巧みさは、かなりのレベル。

その細い道の先に、オレンジ色の明かりが灯った。古書店『無窮堂』の外灯だ。瀬名垣太一は立ち止まり、煙草に火をつけた。夕闇が迫っている。道の両側は、都心からの距離を考えれば今どき珍しい、濃縮された闇を貯蔵する雑木林だ。街灯はあるが、それも木々に覆い隠されている。瀬名垣の訪れを予知したかのごとく、『無窮堂』の灯りは薄暗い道を淡い光で照らした。霧の港で船を導く、灯台の灯火。寄港の許しを請う合図のように、瀬名垣の口元の小さな赤い火が明滅した。

こんな書き出しの冒頭、素敵でしょう。でも、何となく騙されたような思いが残る。なぜかというと、この作品には、矢鱈とやおいの薫りが濃いのです。ちょっと読み進めるのがきつかった。いいなあ、と思った箇所もあったのだけれど、これ男女では駄目だったのかなぁ。同性愛に偏見があるわけではないけれども、色素の薄い美少年キャラと、快活で豪胆な背の高いその相方、ってのは如何にもやおい的典型に感じてしまった。

ちなみに、いいなあと思った箇所。

瞼の裏に、記憶の底に刻みつけられた緑の山々の稜線が浮かび上がる。奥深い山の間を流れる細い沢。流れに沿って並ぶささやかな家々。私の生まれた場所。今はもうない故郷の村。(中略)「天気のいい日に砦のような見学用の橋の上から覗き込むとね、澄んだ青い水の中に、ゆらゆらと村が見えるんだ。細い川にかかっていた橋が、雑貨屋の前にあった赤い郵便ポストが、そのまま水底に残っている。」

若いけれどいい作家さんなのだと思うのです。技量にも問題はないのでしょう。ただ、巧いのだけど、伝えたい事がよく分からなかった。

気に入らなかった本について、何だってこんな長々と書いたかと言うと、「面白い作家さんだとは思うので、このブログにいらした方で、『しをんさん、これが面白かったよー』、というのがあれば教えて下さーい」ということに尽きます。ご存知の方、お手数ですが教えて下さい~。あ、もし「月魚」を読まれた方がいらしたら、そちらの感想もお聞きしたいです。
著者: 三浦 しをん
タイトル: 人生激場
著者: 三浦 しをん
タイトル: 月魚
「月魚」、ハードで読みましたが、文庫になっているようです。

*臙脂色の文字の部分は、本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。
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プロフィール

つな がる

Author:つな がる
つなです。
「日常」logとも称していますが、そう多くはない手持ちの本、興味が赴くままに借りてきた図書館本の感想が主になります。
興味を持った記事があったり、あなたが読み終えた本について語っていたら、是非あなたの感想を教えて下さい。お待ちしています。

2008年3月23日に、fc2ブログに引っ越してきました。それ以前のamebaブログでの更新も、引っ越しツールによって移行しています(以前の記事は、表示が少々見辛いかもしれません。ご容赦を)。

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